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episode81 南極探検の洗礼

 


 ムウオーンでの5日間を終え、いよいよ南極へ向けて船を進めた。


 最初の数日間は皆手慣れたもので、船での作業やらなんやらをスムーズにこなしていた。


 エリオットとエレナも普通に仕事してたんだが、王子と王子妃に仕事させて俺は怒られないだろうか。


 ……いまさらか。


 まぁともあれ、順調に過ごしていた俺達だが、驚いたことがあった。


 それは――



「あっ、これ美味しい!」


「そうね! おかわりしちゃおうかな?」



 シャーリーとティアが食堂で今日の夕飯の味を絶賛している。


 ――食器を乗せたトレイを傾けながら。


 というのも、今この船は絶賛暴風圏に突入している。


 俺の設計した船には横揺れ防止用にビルジキールやフィンスタビライザーといった横揺れ防止装置が付いているが、このライザーには付いていない。


 理由は「氷海を進んだ際に壊れる可能性が高いから」である。


 そして船底も氷海を進みやすくするためにすり鉢状になっているから波の影響をよく受ける。


 故にライザーはこの暴風圏の波の高さの影響をもろに受けてしまうから船内はかなり悲惨な状況になる。


 地球の日本では南極観測員が船酔いしているブログなどが数多くあった。


 だから船酔いでグロッキーになる人がどれだけ出るか心配だったんだけど――



「おぉっと……ははっ! これはなんだか楽しいな!」


「もう、エリオットったら……でも、仰りたいことはわかるかな」


「だろう?」



 ――仲睦まじく、トレイを傾けながらこの状況を楽しみ食事するエリオットとエレナ。



「おわぁ!? やっちゃった!!」


「もう! ちゃんと揺れを感じてよ!!」



 ――揺れに対応できず、スープをこぼすカレンを叱るシンシア。



「エリオット様、お飲み物にございます」


「シャーリー様、ユースティアナ様、食後の紅茶にございます」



 ――揺れに動じず、いつも通りに給仕をするレイとマティルデ。


 ……ていうか久しぶりに二人の声を聞いた。


 じゃなくて!



「よく……この揺れの中で普通に過ごせるな……」


「私は今までにも帆船とかのよく揺れる船に乗ったことあるからね」


「私もです。というより、アルカイムなどのアーサー様が設計した船が揺れなさすぎるんですよ」


「……なるほど」



 ようするに慣れてるってことね。


 確かに、帆船はバラストもないしビルジキールもフィンスタビライザーもないから普通の海域でもよく揺れるだろうな。


 帆船(それ)に乗ったことのない俺は想像しかできないけど。


 何はともあれ、そりゃあ――



「……俺だけが辛くなってもおかしくないってわけだ」



 俺は船酔いをしていた。


 もう気分悪いのなんの。


 宇宙酔いはしなかったのになぜ……


 地球の近代船って、すごいんだなぁ。










 ◆










 アーサーが船酔いでダウンしてしまった後。


 シャーリー達は就寝までの間の時間を使ってお茶会を開いていた。


 集まっているのは女子のみ。所謂女子会である。



「まさかアーサーが船酔いになるなんてねぇ」


「でもアーサー様が乗ってた船ってヴェリタスやアルカイムでしょ? あの二隻は全然揺れなかったから、揺れに耐性がなかったんじゃないかな」


「あぁ〜、確かに」



 お茶菓子を口に運びながらカレンがアーサーの船酔いのことに言及した。


 それに対してシンシアが意見を言うと、カレンは納得して二個目のお茶菓子に手を伸ばした。



「飛行機や宇宙船に乗ってる時はなんてことなかったのにね」



 そう言ってエレナが紅茶を口にする。


 その所作は洗練されていて、見ていて気持ちがいい程に綺麗であった。


 王族の嫁になる為の花嫁修行が身に付いている証拠である。



「……ねぇ、エレナ? 聞きたいことがあるんだけど、いい?」


「うん? なに?」



 何気なく、シャーリーの問いかけに答えたエレナだが、その意を決した表情から雑談ではないなと感じ取った。


 シャーリーは隣に座るユースティアナと顔を見合わせ、互いに頷き合ったあと、口を開いた。



「殿下とは……その……もう寝た?」


「ごふぁッ!?」



 シャーリーの言葉に動揺して、エレナは飲んでいた紅茶を盛大に吹き出した。王子妃にあるまじき行為である。


 いつぞや、エリオットと付き合っていることをシャーリーとアーサーに打ち明けた時とは逆の立場になった。


 それを側から見ていたカレンとシンシアも目を点にしている。



「なっ、なななっ!?」


「ごめん! でも大事なことなの!! 教えて!!」



 シャーリーもユースティアナも、そしてエレナも顔を真っ赤にしていた。



「ッ〜……し、したよ? 恋人同士だもん……」



 照れながらどうしようか悩んだ結果、ちゃんと答えることにしたエレナは指を突き合わせながら答えた。



「そ、そっか……やっぱり……」


「そういえば、二人ともアーサー君と付き合い始めたんだよね? 南極探検の一回目の集まりの時に言ってたじゃない」



 一回目の会議の際、カレンがシャーリーとユースティアナの歩き方を指摘したあと、アーサーが二人と恋人同士になったことを打ち明けたのだ。


 それを聞いてエレナはもう二人とも、アーサーと肌を重ねたのだということも察していた。



「もしかして……もうレスになってるの?」


「えっ!? 違う! そうじゃないの!!」


「ちゃんとしっかり二人とも平等に愛してくれてます!!」


「そ、そう……」



 二人同時に相手してるのかなとエレナは考えると顔を赤く染めた。


 しかしそうなるとなぜこの話題を出したのだろうという疑問が浮かんだ。


 すると、それを察したのか、今度はユースティアナが話し出した。



「あの……こういった話題を話せるのが友人の中ではエレナさんしかおらず……不躾で申し訳ないのですが、お聞きしていいですか?」


「……どうぞ」



 一体どんなことだろう……そう身構えるエレナにユースティアナが言い放つ。



「……行為中に、気絶ってしますか?」


「……」



 エレナは聞かれたことを反芻し――



「……はい?」



 ――理解できずに聞き返した。



「ですから、閨を共にした際に気絶したことはありますか?」


「ないよっ!? っていうか気絶するってなにっ?!」



 肌を重ねる行為が気絶する程の事とは思えないエレナはどういうことか純粋に二人に聞いた。



「えっと……愛してもらって絶頂に達して頭の中がふわぁってなってるところにさらに追い討ちかけられると今度は頭がチカチカしてくるのよ」


「……へぇ」



 シャーリーの返答に対して、なんてことしてんだとエレナは内心アーサーに対してツッコんだ。



「その……すごくはしたないんですけど、気持ち良すぎて意識が飛んじゃうんです。そんな経験ありませんか?」


「ないよ、普通ないよ。大体行為が終わったら、少しお話しして幸せな気持ちのまま寝るもんだよ」



 考える素振りもなく、ユースティアナからの問いかけにエレナは即答した。



「そうなんだ。やっぱり……」


「なにぶん初めての経験でしたので、これが普通なのか気になってしまって……」



 薄々、何か違うなと思っていたのだろう。


 そんな二人をエレナは心配して声をかけた。



「あの……ちゃんと嫌なことは嫌って言った方がいいよ? その……そんな契りの交わし方――」


「あっ、それはいいの。別に嫌じゃないから」


「――えっ?」


「これが普通なのなら私達って体力無さすぎなのかなと思っていたんです。そうじゃないとわかって安心しました」


「そ、そうなんだ……」


「ティアって結構乱暴にされるのが好きみたいでね。お尻叩かれて達してたよ」


「そんなこと言って、シャーリーはお尻でアーサー様のものを受け入れてたじゃない」


「攻められて獣みたいな声あげてる人に言われたくないわ」


「それはあなたもでしょ」



 友人二人がアブノーマルな方向へ進み初めていることを知り、エレナは顔を引き攣らせた。


 そしてそれを側から聞いていたカレンとシンシアは顔を真っ赤にして聞いていた。










 ◆










 暴風圏を抜け始めた頃、やっと船の揺れに慣れてきた。


 しかし上陸したら今度は陸酔いが来るだろう。


 辛い。


 そして辛いと言えばだ。


 ある日からエレナの目線が少しきつくなった気がする。


 俺は何かやっちゃっただろうか?



「……あの、エレナ? 俺、なんか怒らせるようなことしちゃったか? 申し訳ないが皆目検討がつかなくて――」


「……ケダモノ」


「――いきなり罵られたっ!?」



 ケダモノって何!? なんのことっ?!



「……ハァ、まぁ二人とも幸せそうだから許してあげましょう」


「えっ……えっ?」



 二人って……シャーリーとティアのことか?


 ケダモノって言葉のあとに二人のことが出てくるってことはもしかして!?



「あいつら……話したの?」


「なんのことだかわからないけど、あまり女の子に負担かけないようにね?」


「……ウス」



 ほんのり頰を赤く染めてるところから察するに聞いたな。俺たちの夜のこと。


 どこまで聞いたのかはわからないが、まさかあいつら全部話してたりしてないよな?



「アーサー! 外見て! 外!!」


「来ましたよ!」



 羞恥で顔を熱くしていたら、シャーリーとティアが興奮気味に駆け寄ってきた。


 来たってなにが? なんて聞かなくてもわかる。


 非番の乗組員の方々のテンションも上がっていて、皆さんこぞって外に向かっていく。


 部屋に戻って厚着をして、船の前方甲板へ向かう。


 もうすでに俺とシャーリーとティア以外の全員がそこに集まっていた。



「遅いぞ、アーサー」


「ごめんごめん」



 エリオットが待ちくたびれた様子だった。


 結構急いだんだけどなぁ。



「付き合い始めたとはいえ、公衆の面前で堂々といちゃつくのはどうかと思うぞ」


「えっ?」



 言われて気付く。


 両脇を見るとシャーリーとティアがしっかりと抱きしめるように俺の腕をとっていたのだ。


 確かに側から見たらいちゃついていると思われてもおかしくない。



「これが私達の愛の形なんです」


「お許しください、殿下」


「う、うむ、そうか。そういうのならば仕方がない」



 堂々と言われて気恥ずかしくなったのか、エリオットの頰が桜色に染まる。


 あとチラチラとエレナの方を見ていて、その視線にエレナも気づいた。



「私は……皆の前じゃ恥ずかしいかな?」


「そ、そうか……」



 心底残念そうにするエリオット。


 それを見てエレナは恥ずかしそうに目線を伏せながら話を続けた。



「で、でも……二人きりなら……思いっきり甘えますよ?」


「エレナ……」



 なんだか二人の空間が出来始めてる。


 しかしその発端が俺だから、なにも言えない。


 まぁ、なにはともあれ――



「おぉ……」



 遠くで山脈のような形の青白い物体が海に浮かんでいる。


 氷山だ。


 真っ白ではなく、その奥に青い透明の氷が見えることから、それが山じゃないことが窺い知れる。


 そして、それがあるということは――



「来たんだな……南極圏に」



 この先の大陸、細菌ですら生きられない氷の世界のその中心に、クラリス様から……神から託された宇宙船がある。


 もっと先を見たくて船首へと向かおうと足を上げる。


 が、小さな段差に足のつま先が引っかかった。


 バランスを崩し、それを立て直そうと思うが体が上手く対応せず、前へ倒れようとする。


 しかし――



「おっとっと」


「だ、大丈夫ですか?」



 両腕をとっていたシャーリーとティアが俺を支えてくれた。



「ありがとう」


「どういたしまして」


「このために私達はアーサー様の隣にいるんですから」



 ここ最近、この間よりも頻繁になにもないところでつまづくようになった。


 しかも、それに対応できずに転んでしまうからと、そうならないように歩幅も小さくなってしまった。


 周りを見ると、皆「ドジだなぁ」というような表情で見てくれている人が大半だったが、最近では心配そうに見てくる人も少なからず出てきている。


 二人が俺の両脇で腕を組んでくれているのも、恋人同士のそれの為じゃなくて介助の為というのが主な理由だった。



「……もう、誤魔化しきれなくなりそうだな」


「……そうね」


「……」



 俺が漏らした言葉で、シャーリーとティアの表情が曇る。


 目標を目の前にしてぽっくり逝くのだけはやめてほしいと、そう願わずにはいられなかった。

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