episode80 南極大陸へ
「――様。主様」
誰かの声が聞こえてくる。
すごく近くから聞こえてくるが、俺じゃないなと思って呼びかけを無視して微睡みに身を任せていると体を揺らされた。
「失礼致します、主様。起きてください」
なんなんだ一体、と不機嫌になりながらも目を開けてしつこく呼びかけてくる人の顔を見る。
と、そこにはアニカさんが真顔で立っていた。
「おはようございます、主様」
「……おはようございます」
そうだ俺、主様って呼ばれるようになってたんだった。
起きあがろうとすると、両脇にいつもは感じない重みを感じたので左右を見た。
「んぅ……」
「ふみゅ……」
そこには一糸纏わぬシャーリーとティアの姿があった。
……そうだっ! 俺たちは昨晩っ!!
バッとアニカさんの方を見る。
すると――
「昨夜はお楽しみでしたね。結構お二人の声が廊下まで響いていましたよ」
と、普段と変わらぬ真顔で言われた。
「……シャーリーとティアにはそれ、黙っていてあげて?」
「かしこまりました。あと匂いもかなりこもっておりましたので換気をしてお香も焚いております。これで少しはマシになるでしょう」
「……ありがとうございます」
なにからなにまでありがとうございます。
俺は昨夜ハッスルし過ぎたことを深く反省した。
◆
さて、砕氷船の建造が始まって雪上車の設計も終わり、今はそれらが完成するのを待っている状態だが、まだ決まっていないものがある。
それは探検メンバーだ。
南極大陸中心まで行く過酷な旅。
そんな探検に行くメンバーだ。慎重に考えなければならない。
で、今俺の前にいるのが――
「南極中心の気温……マイナス30℃!? やっぱり寒いわね」
「寒いだけで済ませるものじゃないと思うけれど……」
シャーリーとティアは行く気満々だったからメンバーにいるとして――
「いやぁ、やっぱり私達も行くしかないでしょ!」
「通信機器の修理なども出来ますからね」
カレンとシンシア。そして――
「皆様、紅茶の準備が整いました」
「お茶菓子もございますよ」
マティルデとレイもいる。
まぁいつものメンバーだ。いつものメンバーだが――
「南極大陸……どのような場所なのだろうか。どのような景色が広がっているか興味しかないな。なぁ、エレナ!」
「ふふっ、楽しそうですね。エリオット」
「なんで王子と王子妃も居んだよ」
仲睦まじく会話をしているロイヤル夫婦に向かって言う。
エレナは正式にエリオットと婚約をし、現在王宮内にある屋敷で花嫁修行中だ。
世間じゃ、数々の功績を上げているからって「エリオットを王太子に」なんて声も上がっているのだとかなんとか。
まぁ、そんな二人がだ。
なんで南極探検隊の中にいるんだ。おかしいだろ。
「世界初の南極大陸中心到達……行かないわけがないだろう? 今までも一緒にやってきたではないか」
「いつもお前が勝手に押しかけてきただけだろが」
もう慣れたけど。
「十分安全には配慮するけど、南極の内地に入ったらなにが起こるかわからない。雪上車内はもちろん問題ないけど、覚悟しろよ」
「そんなに危険なのか? 確かにこの寒さは生命に関わってくるが……それほどか?」
「ブリザードって聞いたことないか?」
ブリザード……猛吹雪のことを指す言葉だが、ただの大雪+風と思うこと勿れ。
ブリザードは風の速さと視程、そして継続時間で吹雪かブリザードかを判断する。
具体的には視程1km、風速10m/s以上、継続時間6時間が基準だ。
最悪の場合は――
「風速も秒速50m以上になることもあるし、視程も1mない時もある。そんな状況で迂闊に外に出てみろ? 一瞬で迷子だぞ」
「た、たしかに……命綱を付ける前に風で体を持っていかれそうだ」
エリオットを含め、聞いていた皆が顔を青ざめた。
今までだって危険に身を投じてきたが、今回は装備云々でどうこうできるものじゃない。
万全の防寒をしていても、ブリザードによる寒さは生命を削る。
体温の保持ができない状況では、人間は3時間しか持たないと言われている。
-30℃の世界で一人取り残された場合、いくら魔法の力があったとしても耐えられない。
クラリス様のフルスペックナノマシンだったら大丈夫かもしれないけど。
「食料も幸い、宇宙飛行用に開発したレトルトやら加水食品やらが充実してるからなんとかなるな」
「宇宙飛行しててよかったですね。でないとこれから保存食の開発をしなければいけませんでした」
ティアが宇宙開発していたおかげだと言ってくれた。
南極探検と宇宙旅行は結構似ている部分がある。
おいそれと気軽に外に出られなかったり、食料も持っていった分しかなかったりと挙げていくと結構ある。
食料は……海岸付近だったらペンギンやアザラシを狩って食べることもできるけど、内陸に入ると動物も植物も、なんなら細菌すらもいないから食べるものが一切ない。
この世界にもペンギンっているんだろうか?
……造ってそうだな、クラリス様。
「出発は12月に行くから皆そのつもりで。完熟訓練次第じゃちょっと伸びるかもしれないけど」
「12月? 冬じゃん。そんな時に南極行ったらやばいんじゃないの?」
カレンが日程を聞いて質問してくる。
確かにそう思ってもおかしくないが、それは北半球の話だ。
「自転軸がズレてるから北半球が冬なら南半球は夏なんだよ。だから大丈夫」
「あっ、そういうことなんだ。だったらオッケー」
アルカイムも自転軸が地球と同じようにズレている。
公転面から垂直に自転軸が立っていないからどうしても四季ができる。
赤道付近は関係ないけど、緯度が変わると陽の当たり方が全然違ってくる。
その分、気温も上がるから上陸には夏が最適だ。
まぁ、それでも真冬並の寒さなんだけど。
「道中は船内での生活、上陸後は拠点構築組と行軍組に別れての行動……プレハブの建て方は一度実習した方がいいかもな」
「今後の上陸拠点の構築か。何回でも南極に挑戦するには必要だな」
「この際だからな。立派なのを建てようぜ」
エリオットとそんな会話をして締めに入る。
今日のところはこれで解散して次回はプレハブの建て方を学ぶ為に集まる感じだ。
船での過ごし方なんかはもう皆、十分に熟知してるし、特にこれといって新たに訓練を積まなければならないことがない。
今までの冒険の集大成のような感じだ。
ということで、皆立ち上がって出口に進もうとしたんだけど――
「あれ? シャーリーとティア腰痛めてるの? 歩き方変だよ?」
「「っ!?」」
――とカレンが指摘してきた。
……それは俺が原因です。
◆
あの会議から数ヶ月。
各々で南極探検の準備を進めて、いよいよ南下の時を迎えた。
「おぉ〜……ってちっちゃいね。この船」
「カレン……あなた毒されてるわよ」
港に停泊している砕氷船を見上げて出たカレンの感想にシンシアがツッコミを入れた。
目の前にあるのは全長138m 最大幅28mのオレンジの船体色の船。
船の名前はライザー。初めて南極に足を踏み入れた冒険家のファミリーネームだ。
地球で存在した砕氷艦「しらせ」の二代目の姿を模した船がそこにある。
多分、カレンは掘削船アルカイムと比べたんだろうけど、向こうは全長210m。
比べたら小さく見えてもおかしくないが、この世界でアルカイムは最大級の船だ。
比べる方が酷だろう。
「ねぇ、アーサー。この船もっと大きくできなかったの?」
カレンが質問してきた。
多分、氷を破るのだから大きい方がいいのでは? と言いたいんだろうけど、これには事情があった。
「予算不足でできなかった」
「うぇ〜、世知辛いなぁ」
前回の月旅行計画で金を使いすぎたので、各国から嘆願書が送られてきた。
俺を神の子って思ってるからか、それはそれは丁寧な言葉で「勘弁してください」と言われた。
「今回のこいつは基準排水量12,650tなんだけど、ホントは2万tクラスを建造したかったけどダメだった」
「そっか。でもこれでも南極に行くには十分なんでしょ?」
「もちろん」
そこは地球の近代技術の力。
そして地球南極で接舷困難な東オングルの分厚い氷を破って進むことができる高い砕氷能力。
それを再現できたから不安はない。
これを再現できるこの世界の人達も相当化け物だけど。
「アーサー、荷物の確認終わったわよ」
「不足なし、全部揃っていました」
シャーリーとティアがバインダーを手に近付いてくる。
「ありがとう。あとはムウオーンで追加の食料を積み込むだけだな」
「ですね。積載作業中は観光の時間はありますか?」
「ああ、作ってるよ」
「やったぁ! いろんなところ回りましょうね!」
ティアが跳ねるほど喜びを表現して、俺も嬉しく思っていたところで、シャーリーが裾を引っ張ってきた。
「私も一緒よね?」
「もちろんだ。一緒に回ろうぜ」
「うん!」
眩しい笑顔でシャーリーが答えてくれた。
これから過酷な冒険の旅に出るというのにずいぶんと緩い。
でも、そのほうがいい。
湿っぽいのは嫌だから。
――
――
――
出航してから20日目。
物資の補給の為にムウオーン王国に着岸した。
ここで20日分減った食料やら魔力やらを補給し、5日後に出航。南極大陸へと歩を進める。
しかしここから先は船を運用してくれているポールさん率いる船舶チームの仕事であるが故に俺達探検隊組は比較的暇だ。
ということで――
「おまたせ、アーサー」
「おまたせ致しました」
――この期間を利用して、ムウオーンの街を観光することにした。
シャーリーもティアもカジュアルな服装に着替えていて、南半球が夏だから薄着だ。
可愛らしい服装で目の保養になる。
「旅行目的じゃないからあまり可愛い服持ってこれなくて……」
「ごめんなさい、アーサー様」
「何言ってんだよ。二人とも可愛いし、とても似合ってるよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
「ありがとう。えへへっ」
南極探検の為に、持ってきている衣服は防寒着が大半を占めている。
重量に関しても結構厳重に決めているから、その制限の中で今身につけている服装を選んできたのだろう。
衣服だけじゃなく、女性は化粧品なども必要だろうから更に重量が制限される。
彼女らがこのデートをどれだけ楽しみにしているのかがそれだけで伝わってきた。
「それじゃ、楽しもうか」
「はいっ!」
「ええっ!」
二人が俺の腕を取る。
両手に花の状態でムウオーンの街に乗り出す。
これが俺の、最後のデートだ。




