episode79 知識チートの代償
アルカイムに帰還して、屋敷という名の城を頂いて初めての夜。
豪華なディナーに舌鼓を打ち、とんでもなく広い浴場で温まって今、俺はベッドに横たわっている。
家事もせず、入浴の際は着替えなんかも勝手に用意され、喉が渇いたといえば飲み物も用意してくれる。
これが超高級ホテルでのひと時だというのなら「贅沢〜」と言ってこのまま寝ていただろう。
しかしここは俺の家なのだ。
まだ自分の家と認識しきれていないが、自宅なのだ。
……こんな生活が毎日続くの?
「慣れるかな……」
ぶっちゃけ、慣れる前に南極探検に行きそうだ。
そうなると南極から帰ってきたら、またこの生活に慣れる生活が始まるだろう。
いや……もしかしたら――
「可能性はある……かな」
――この家には、もう戻ってこないかもしれない。
――
――
――
翌朝。
緊張しながらも就寝し、これまた豪華な朝食をいただいた後、執務室で今後の予定を考える。
部屋にはシャーリーとティア、マティルデとアニカさんが同室している。
シャーリーとティアは南極探検に一緒に行くからで、マティルデとアニカさんはメイドだからである。
マティルデに関しては多分、南極探検に一緒に行くことになるだろうけど、アニカさんはどうなんだろう?
まぁ、来なくても俺は庶民。
身の回りのことは自分で出来るから大丈夫さ。
「さて、南極中心に宇宙船があるということでそこを目指す訳だが、これが結構難しい」
「えっ? なんで? 何にもないんだから逆に楽じゃない?」
シャーリーが首を傾げて言う。
じゃあ、なんで過去の冒険者が踏破できなかったのか言ってみろ。
「何もないっていうのが厄介なんだよ」
「何もないのが厄介? ……あぁ、そうか。目印がないのね」
「そゆこと」
俺の言葉でその難しさを理解したようだ。
恐らく、月面を想像してその解が出てきたんだろう。
南極の中心に行けば行くほど、真っ白な雪や氷で覆われていて草木も無ければ獣道もない。
指標とできるもの……ランドマークがないのだ。
「コンパスを使って真っ直ぐ進もうとしても、クレバスなんかがあったら真っ直ぐ進めないしな」
「クレバス……割れ目のことですね」
ティアはクレバスのことを知ってるようだ。
クレバスは氷の割れ目のことで、これが南極にはこれが多く存在する。
超えられるものもあれば、大きく深いものもあり、且つそれらが雪で隠れてしまっていることもある。
天然の落とし穴がクレバスなのだ。
「そうならないようにルート工作の訓練しなきゃいけないけど、それに適しただだっ広くて何もない荒野が近くにない」
「えっ? じゃあどうするの?」
そう言ってきたシャーリーにニヤリと笑う。
訓練ができないならどうするか。
それは技術で補うしかない。
「宇宙から見てもらうんだよ」
◆
――魔動計算通信研究所
ここで働くシンシアとカレンに、ことの顛末を話した。
すると――
「もしかしたらと思いまして、今、極軌道に投入予定の地質探査機を開発してます」
「開発も順調だから、半年後には打ち上げられると思うよ!」
――とシンシアとカレンが言ってきた。
準備いいね、君達。
「じゃあ、それとGPSを組み合わせれば道に迷わなくて済むってことだよね?」
「そういうことだな」
「よかったですね! 訓練をする場所を探すのに四苦八苦するよりはマシですよ!」
シャーリーもティアも友人のファインプレイに喜んでいるようだ。
「じゃあ、あとは南極を進む為の乗り物……雪上車だな。それを作ればいいだけだ。……シンシアとカレンの準備が良すぎて時間余ったな」
「では、カフェテリアでお茶でもいかがですか? お淹れいたしますよ」
「いいのか? じゃあ久しぶりにシンシアの紅茶を頂こうかな――」
そう言いながら立ち上がり、出口へ向かおうとした時。
俺は何もないところで躓いた。
「へぶっ!!」
そしてそのまま地面に激突した。
なんの受け身も取ってないからすごく痛い……
顔面だけはと思ったが左右に顔を向けることも出来ず、思いっきり顔面に衝撃がやってきた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「なんで受け身取らないのよっ!?」
ティアとシャーリーが駆け寄って来てくれた。
ティアが即座に治癒魔法をかけてくれたお陰で、痛みが引いていくのを感じる。
が、俺はそんなことよりも動揺してしまって別のことを考えていた。
――俺は何故……受け身を取れなかった?
「思ってたよりも月飛行で体力持っていかれてたんじゃない? それで躓いたんだよ、きっと」
「カレンの言う通りかもしれません。きっとお疲れなんですよ、ご自愛ください」
「あ、あはは……そうだな。思ってたより疲れてたみたいだ」
ひとまずはカレンの意見に乗っておこう。
その方が皆に心配をかけなくて済む。
「では、お茶会は後日行いましょう。本日はご帰宅されては?」
「あのでっかいお城にね!」
「ああ、そうするよ。……まだ自宅って感覚ないけど」
最後に冗談を言って和ませることが出来た。
が、シャーリーとティアは笑っていなかった。
◆
帰宅してからも違和感は続いた。
研究所の時のように盛大にコケることはなかったが、食事中にフォークを落としてしまったり、足の指を角でぶつけてしまったりと色々やらかした。
運が悪いと済ませてもいいようにも思えるが、普段からこんなドジをしない分、心配にもなる。
なんか病気を患っているんじゃないか――
「――なんてな」
ベッドの上で一人呟く。
もう俺の中での結論は出ている。
ただ……それを認めたくなくて色々考えているだけ。
「全く……覚悟はできてるって思ってたんだけどなぁ」
人間、やはり認めたくないことがあるもんなんだなと経験して初めて気がつく。
しかしまさかこんなに早く自覚症状が出るとは思っていなかった。
「もう……時間がないかもな」
そう呟いた時、扉がノックされた。
「はい?」
「シャーリーよ。それにティアも居るわ」
「こんばんは」
「シャーリーとティア? どうぞ」
入室を許可すると、パジャマ姿の二人が扉を開けて入ってきた。
「お邪魔するわ」
「お邪魔します」
「おう。なんだ? こんな時間に?」
俺が質問すると、シャーリーとティアが互いに顔を見合わせて頷いたあと、俺の方を向いた。
「ねぇ、何か隠してることない?」
「……えっ?」
「今日、すごく変でしたよ? 普段ならしないドジばかりで……」
さすが、俺と暮らしてるだけのことはある。
しかし――
「カレンが言ってただろ? まだ月旅行の疲れが残ってるんだよ」
「もう一ヶ月近く経つのに?」
「疲れが抜けるのに時間かかるなんて俺も歳かな? あはは!」
笑ってみせたがシャーリーもティアも笑っていない。
むしろ、若干睨んでいるような表情だ。
「シャーリーから話を聞きました。月面で過ごしてる時、落ち込んだ表情をされていたと」
「えっ? あ、ああ、アレな! ちょっと宇宙船のことで色々言われてこんがらがっちゃってな」
「それはどんなことですか?」
「えっ? ……点火方法だよ! やっぱ神様の世界の宇宙船は難解だったわ。何言ってるのかさっぱりで――」
「私は技術的なことって聞いたけど?」
「……」
墓穴を掘った。
シャーリーに指摘されて思い出した。
あの時俺、技術的なことって言ったわ。
嘘……ついたからなぁ……覚えてなかった。
咄嗟の嘘って覚えてられないもんだ。
なんて言ってられないな。どうしよう……
「アーサー、正直に言って? 何があったの?」
「教えてください、アーサー様」
二人に迫られ、ベッドまで後退する。
ベッドの上を、後ろ向きに這いずっていく俺を逃さないようにシャーリーとティアもベッドの上で四つん這いになってまで迫ってきた。
「〜ッ」
「アーサー!」
「アーサー様!」
言うべきか言わないべきか。
逡巡したが……覚悟を決めた。
「……わかった、話す。でもこれは他言無用だ……いいな?」
「わかったわ」
「それだけ重要なことなんですね? わかりました」
ベッドの上で正座をする。
すると二人も一緒になんでか正座した。
これじゃ初夜を迎えた夫婦みたいじゃないか。
とりあえず、気を取り直して俺は口を開いた。
「……クラリス様から言われたのは、俺は二十五歳を迎える前に死ぬってことだ」
上手い言葉が見当たらず、ストレートにそう言った。
俺の発言を受けてシャーリーもティアも二人ともキョトンとしていた。
そのすぐあと、シャーリーもティアも表情を険しくした。
「……冗談やめてよ」
「そうです。いくら隠したいって言ってもそんな冗談は嫌いです」
二人とも本気で怒ってる。
俺が茶化して言っていると思っているからだろう。
けれど――
「これは冗談でもなんでもない。事実だ。俺は二十五歳まで生きられない」
「だからやめてよっ!!」
声を荒げてシャーリーが俺を睨んでくる。
息も荒く、本気で怒っていることは明白だった。
「……どうして、そういう話になったのですか?」
ティアは粛々と俺に先を進めるように言ってきた。
「例の「神の試練」ってやつだよ。知識を与える時に発熱するってやつ」
「それがどうかしたのですか? アーサー様は試練を乗り越えて、知識を得たじゃないですか」
「その……知識を得たのが悪かったらしくてな。どうも俺は適性がありすぎたらしい」
「……いいことじゃない。それの何が悪いのよ?」
目にじんわりと涙を浮かべながらシャーリーが会話に入ってきた。
「適性がありすぎてナノマシンの持っていた知識知恵を俺は全部受け取れてしまった。それが身体にとってはかなりの負荷なんだそうでな……今はナノマシンの……魔力の力で身体がもってる状態なんだそうだ」
細胞内のミトコンドリアを酷使し過ぎたとか、テロメアを使い過ぎたとか色々あるけど、こう言えば二人にも伝わるはずだ。
俺が言い終わると、シャーリーは俯いた状態で静かに口を開いた。
「……なんであの時言わなかったの?」
「あの時?」
「月に居た時! あの時にクラリス様に……創世神様に言えばなんとかなったかもしれないのに!!」
「もう細胞が死に始めてるんだよ。死んだ細胞を元に戻すことはクラリス様でも無理なんだってさ」
「そんな……」
二人とも、絶望したような表情で俺を見る。
「ということだ。こんな内容だったから言えなかったし、皆にも言いたくなかったから黙ってたのに……お前らときたら」
空気を変える為に少し明るいトーンで話したが、二人とも俯いたままだった。
……そうだな。ここまできたら言っておこう。
「だからさ。俺は二人の想いに応えられない」
「「ッ!?」」
俺がそう言うと、やっと二人とも顔を上げてくれた。
「き、気づいてたの?」
「い、いつからですか?」
「具体的な時期は覚えてないな。でも結構昔からわかってたよ」
「「〜ッ!?」」
今度は暗い表情ではなく、二人は顔を赤くして俯いた。
可愛らしく思って見ていたが、話を進める。
「そういうことだからさ、二人とも別の誰かを探して――」
「いやよ」
「いやです」
「んっ!?」
食い気味で拒否された。
「あなたは私達のことをどう思ってるの?」
「それは……」
「正直に言って」
「アーサー様、お願いします」
「……」
少しだけ考える。
もし、俺が冒険者じゃなくて、こんな境遇でもなければ――
「好きだよ、二人とも。もちろん女性として」
「「ッ!?」」
驚いた表情で俺の告白を聞き終えると、二人は顔を見合わせて両手でタッチを交わした。
何故?
「じゃ、じゃあ!」
「でもだからこそダメだ。俺はお前ら二人を傷付けたくない。だから黙ってたのに……」
今度は俺が俯いた。
しかし、それを聞いてシャーリーが口を開く。
「そんなの、避けられる方が傷つくわよ」
「はい。何かしてしまったのかな? って悩んでしまいます」
「……」
確かに……
シャーリーとティアにそう言われて納得してしまった俺は二の句が継げなかった。
「とりあえず、私達もアーサーも両想いで、時間が残り少ないって言うのなら――」
シャーリーがずいっと迫ってきて、そのまま顔を近づけてきた。
そして唇に柔らかい何かが当たる。
それはシャーリーの唇だった。
「――思い出を、ちょうだい?」
「……えっ?」
揶揄うような笑顔じゃなく、妖艶な笑みで俺を見てくるシャーリーに戸惑う。
そのせいで、もう一人の影が迫っていることに気がつかなかった。
グイっと首を右に向けられた俺の唇にまた何かが当たる。
今度はティアがキスをしてきた。
「……シャーリーばっかりズルいです」
こっちは子供のように拗ねた表情で、大人びた外見とギャップがありすぎた。
……ここまでされて、後に引けるか。
「――わかった。二人とも……覚悟はいいか?」
「「……えっ?」」
俺は二人ともベッドに押し倒した。




