episode76 神様からの贈り物
「クラリス様……あなたは俺を……「アーサー・クレイヴス」を殺して、旦那さんのコピーを作ろうとしたんですね?」
「……悪いとは思っているわ」
クラリス様は悲しげな表情でそう言った。
否定しないということはそういうことだ。
ナノマシンにクラリス様の旦那さんの知識知恵を記録しておき、それに耐えられる脳を持っていると判断された場合はその記録を脳へ書き込んでいくようにプログラムしていたんだろう。
つまり俺は……自分をアーサー・クレイヴスと思っていて転生者だとも思い込んでいる痛い奴ってことだな。
……辛い。
じゃあ、俺は一体誰なんだ。
「あなたはあなたよ。この世界で生まれたアーサー・クレイヴスその人。だけど性格は元々の性格と私の旦那の知識や性格のハイブリッドってこと」
「ハイブリッド?」
「本当は……知識だけじゃなくて記憶も転写するようにしてるんだけど、元々の人格と相反してしまっているようなの。旦那は宇宙好きなのに、あなたは海に興味を持っているのがその証拠」
「俺は元々海が好きだったってことですか?」
「そういうことだと思うわ。山育ちだったから余計にだったんじゃないかしら?」
クラリス様にそう言われてホッとする。
よかった……クラリス様の旦那さんのデータで全て上書きされたわけじゃないのか。
知識と地球の文化の記憶が色濃すぎるけど、俺自身が持っていた興味や好みはそのままって感じだ。
常識とは18歳までに身に付けた偏見のコレクションでしかないとはよく言ったもんだ。
おかげで地球の知識の方に引っ張られてしまった。
「……本当は旦那の完全コピーを作ろうとして仕組んだプログラムだったんだけどね。知識は引き継がれてたけど、性格や記憶は上手く転写されなかったり……インストール時にキャパオーバーでそのまま亡くなった子もたくさん居て、そこで目が覚めたわ。自分の行っていた所業の悪辣さに」
静々と語るクラリス様から、強い自責の念を感じる。
ナノマシンのおかげで長命になったことでヒトの感覚を失いかけていたのかもしれない。
そこを踏み止まることができたのは、ひとえにクラリス様のメンタルの強さからだろう。
この人も人間なんだ。
間違うことなんていくらでもある。
できるとなったらやりたくなる気持ちは俺もよくわかる。
この人の場合、やってることの規模が大きすぎるけど。
「ちょっと待って……じゃあアーサーって、本当に神様から知識をもらったってこと?」
「そういうことだな。神の試練ってのは的を射ていたってことだ」
熱のことを神の試練って名付けたけど、まさか本当に神様からの試練のようなものだったなんて思ってもみなかったんだろう。
シャーリーはかなり驚いているようだった。
「でも、それならなんで過去に神の試練を超えた人達はアーサーみたいに海や宇宙に行かなかったの?」
「知らねぇよそんなの。知識はあっても行こうとは思わなかったんじゃね?」
元々の性格が影響するみたいだし?
実際どうなのか気になってクラリス様の方を見たら頷いてくれた。
「アーサー君の言う通りよ。あとはインストールされた知識の質の問題だと思うわ」
「知識の質……ですか?」
クラリス様の返答にシャーリーが首を傾げる。
「解像度の違い……って言うのかしら? 例えばアーサー君の作った潜水艇だけど、仮に知っていても構造とかまではわからないって感じかしら」
「インストールされる知識でもそんなことになるんですか?」
今度は俺が聞いた。
インストールなんだから全部の知識に精通していると思ったんだけど?
「うーん……インストール対象に選ばれた故って感じかな。脳が知識の取捨選択を無意識にしているんじゃないかしら」
「なるほど」
知識のインストールは脳のキャパシティが一定以上じゃないと行わないってことだったな。
元々天才になり得る脳の構造を持っていたから、ナノマシンから送り込まれる知識を選ぶことが無意識にできたってわけだ。
……あれ? ということは?
「じゃあアーサーってかなりすごいってことじゃないんですか?」
「そういうことね。私の旦那に一番近いんじゃないかって思っているわ」
「えっ?」
シャーリーも俺と同じことを思ったようで、クラリス様にそのことを話していた。
別の世界で初めて宇宙に人送った人と同列に見ないでくれよ。
……いや俺もこの世界で初めて宇宙に人を送ったやないか。
「たくさんの子供の生命を奪ってしまった私は、プログラムを消そうとしたけどなんでかエラーが出て消すことができなくて……自身に罰を与える意味で月へ来たわ。そしてもし、アルカイム人が月へ来れたなら、あるものを渡そうと思っていたの」
「あるもの?」
「宇宙船よ」
「「宇宙船っ!?」」
シャーリーと一緒に驚いた。
クラリス様の世界の宇宙船ってことはとんでもない性能のものなんじゃ?
「それって……ここにあるんですか?」
「ここにあるっていうか……もうあなた達は足を踏み入れてるじゃない」
「「……」」
俺とシャーリーは二人して地面を見た。
もしかしてここがそうですか?
「これくれるんですかっ!?」
「大盤振る舞い過ぎませんっ!?」
俺とシャーリーはあまりにデカい贈り物に恐れ慄いてしまう。
が、クラリス様はくすくすと笑った。
「ふふっ、これじゃないわ。確かにここも宇宙船の中だけど、もう宇宙船としての機能を失ってるからね」
「そうなんですか……じゃあ、その下賜してくださる宇宙船というのはどこに?」
シャーリーが改めて質問する。
するとまたクラリス様は困った顔をした。
「それが……南極にあるのよ」
「南極?」
宇宙船は南極にあるとクラリス様は言うが、確か南極って探検されたよな?
そん時に見つからなかったってことはそんなに巧妙に隠されているんだろうか?
「南極のどこにあるんですか?」
「南極の中心にあるわ。入り口もあるから行くとすぐにわかると思う」
「なるほど、それであれば納得です」
シャーリーは納得したが俺は納得していない。
巧妙に隠されてもいない宇宙船の入り口を何故、過去の探検隊はスルーしたんだ。
「なんで納得すんの?」
「だって南極の中心なんて誰も行ってないもの」
「……」
今なんと?
「南極の中心……行ってないの?」
「行ってないわ」
「じゃあなんで踏破なんて記事があるの?」
嘘ついてるって……ことぉ?
「? 踏破なんて書いてないわよ?」
「へ?」
「到達したって記事ならあるけど、踏破なんて書いてないわ」
「えぇ!?」
あれぇ!? もしかして俺、脳内変換してました!?
ちょっと信じられないからヘルメットを持ち上げて、ミッションコントロールセンターにいるエリオットに聞いてみる。
「なぁ、エリオット。さっきのってマジ?」
『本当だ。中心に行くにつれ、吹雪がきつくて行けなかったと冒険書には書かれている』
「マジか……」
「あんた、冒険書全部読んでないの?」
「……読んだ気になってた」
冒険者目指して情報を色々集めてる時だったからなぁ。
南極行ったんだったら踏破したもんだと思ってた。
ちょっとショック。誰か再挑戦しろよ。
「ま、まぁそこに置いてある宇宙船はこの宇宙船の護衛船だったのよ。護衛船だから戦闘力もあるし、機関もすごいわよ〜」
落ち込んでる俺を見て明るめにクラリス様が宇宙船のことを教えてくれた。
神様にフォローされる俺って一体……
「エンジンってさっき仰ってたエンジンですか? ワープ程度ならできるっていう?」
落ち込んでても仕方ないからとりあえず気になった部分を聞いてみた。
「そう、AS機関。点火には大量の反物質がいるんだけど、ナノマシンがあればなんとかできるでしょ」
「簡単に言いますね……」
大量の反物質ってなんだよ……
それ魔法で作れるんですか?
まぁ、ニュートリノを変換するんならなんとかできるのか?
「まぁ、普通なら簡単じゃないでしょうね。仮に過去の南極探検で宇宙船が見つかってたとしても、誰も理解できなくてただの遺跡として見られてたでしょうね」
「あぁ……なるほど」
空飛ぶ船なんて発想は出てこないか。
「だからこそ、宇宙に来れるほどの技術力と知識を持ってから行って欲しかったの」
「だから月を目指せって神託を託したんですね」
「目指せなんて言ったつもりないんだけどね……私は「月にいるから、立ち寄った時には顔を出してね」って言っただけなんだけど……」
「曲解されてるやないか」
神託扱いされて、なんなら疾く登れなんて書かれてたぞ。
「それで、これがエンジンの核よ」
クラリス様の傍らから台がせり上がり、その上には機械っぽい何かが置かれていた。
エンジンの核と紹介されたそれは、淡く光を帯びて浮き上がり、俺たちの元までふわりと近づいてきた。
「ごめんなさい。もう腕も上げられなくて……許してね」
悲しそうな、申し訳なさそうな顔でそう言うクラリス様。
立てない、物を持ち上げるどころか腕も上げられない……ナノマシンを持ってしても、370年もの時間に人類の身体は耐えられないのか。
「……ありがたく、頂戴致します」
宙に浮くエンジンコアを手に取る。
1/6の重力だからなのか、それとも元々からなのか、かなり軽く感じる。
手のひらサイズのこれで、超光速航法ができるほどのエネルギーを生み出すエンジンが動くのか……
なんか淡く光ってるけど、今もなんかエネルギー出してるとか?
「私の言いたいことは言ったわ。エンジンコアも渡したし、もう思い残すことはない」
「……宇宙船を渡すだけで良いんですか?」
シャーリーがクラリス様を見つめて聞いた。
「……私のいた宇宙へ行ってほしいとかはないのかってこと? そこまで要求はしないわよ。言ったでしょ? エネルギーが足りないって」
「でもっ!? ……」
視線から感じ取ったのか、クラリス様は困ったような笑みを浮かべて話してくれた。
シャーリーはそれでも食い下がろうとする。
恐らく、クラリス様の命はもう長くない。
この宇宙に来てナノマシンがフルスペックを発揮できなくなったからなのかは不明だが、四肢がうまく動かせないというのはそういうことなのだろう。
だからシャーリーは聞いたんだ。
想い人のいる場所へ……せめて最後の言葉を届けてほしいなどはないのか? って
でも、クラリス様の技術をもってしても高次元に上がることは現実的じゃないという結論に至っているんだ。
俺の知識じゃ太刀打ちできない。
シャーリーもそう思ったんだろう。
黙ってしまったのが、それを表している。
「じゃあ、今度はそっちの番。何か聞きたいことはないかしら? アーサー君やシャーリーさんだけじゃなくて、コントロールセンターの人達やユースティアナさんからでもいいわよ。そのまま喋ってくれたらいいから」
そこから先は質問コーナーに入った。
ティアやコントロールセンターにいる教皇猊下から質問を受けて楽しそうに話すクラリス様を見て、俺は心苦しくなった。
この人は神様なんかじゃなくて人間だ。
300年以上の期間、人との関係を断ち、月で孤独に暮らして今、久しぶりに人と話すことができてテンションが上がってしまうくらいに人間だ。
しかし、今の俺じゃなんの力にもなれない。
俺は自身の不甲斐なさに拳を握った。
――
――
――
質問コーナーも終え、気がつけばかなりの時間を過ごしてしまっていた。
そろそろ休まないといけない時間だ。
着陸して今まで休息を全然取ってないからな……結構疲れた。
「では、私達はこれで。エンデバーに戻ります」
「あら? ここで休めばいいじゃない。狭い宇宙船よりよっぽど快適だと思うわよ? 食事も用意できるし」
「えっ? でもそれは……」
「遠慮しないで」
「……承知しました」
そんな寂しそうな顔されたら断り辛いじゃん。
「シャーリーもいいか?」
「うん、いいわよ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「ええ、そうしてくれると私も嬉しいわ。ちなみにお風呂もあるわよ?」
「ホントですかっ!?」
「ええ。あの扉の先、バスルームって書いてあるからすぐにわかるはずよ。タオルもあるし、あなた達が着けているインナーも同じものを精製して置いてあるから自由に使ってね」
「ありがとうございます!!」
そう言うとシャーリーはビュンと音がしそうなくらいの速さで走っていった。
……よっぽど風呂に入りたかったんだな。
ここまで四日間、風呂無し生活だったから尚更か。
てかインナー複製されてるのちょっとショック。
あれ、皆で知恵を絞って作ったのに……これが神の領域か。なんつって。
「さてと――」
――パチンッ
クラリス様が指を鳴らした。
……なんだ? なんかしたのか?
でも、なんか変わった様子はないんだけど……
「今、コミュニケーション回線を遮断したわ。バイタルデータは届くようにはしてるから安心して」
「……」
シャーリーがいなくなって、二人きりになったタイミングで音声と映像の回線を切られた。
俺は警戒を高めて、クラリス様の動向を見つめる。
が、クラリス様は笑った。
「そう警戒しないで。別に危害を加える気はないから」
「そうですか……びっくりさせないでください」
無害を装って最終的に殺される映画みたいなパターンに入ったかな……なんて思ったが杞憂だった。
「……でも、覚悟はして。これから話すのは、今後のあなたのことだから」
真剣なクラリス様の瞳に射抜かれ、居住いを正す。
俺のこれからのこと? なんかあるのか?
あれかな? 占い的な奴があるのかな?
人とはわかっていても、惑星をテラフォーミングしたり生物をDNAから複製したりなんてことができる人なんだ。
未来予測とかできてもおかしくはないのかも?
なんて考え、若干ワクワクしながらクラリス様の言葉を待った。
「あなたに伝えたいこと。それは――」
そして、クラリス様から語られた俺の運命は……あまりに理不尽なものだった。




