episode75 魔力の正体と神の試練
前回のあらすじ:高次元宇宙から来た女の人と月で出会った。
……は?
「どういうことですか?」
「私の住んでいた惑星……エクセルって言うんだけどね、そこである一人の天才が宇宙開発を始めたのよ。私の幼馴染で旦那なんだけど」
「……」
なんか話し出した。
「その天才は魔法を知って学んで、その星で初めて惑星低軌道に行ける宇宙船を作って、そのあと宇宙ステーションを作って、そのあとに核動力の宇宙船を作って外惑星まで行って、いろいろあって今度はM理論を解明してそれを利用した永久機関を作って外宇宙まで出たのよ。そこまで二十年かからなかったんじゃないかな?」
「マジの天才やん」
M理論ってアレだろ、量子物理学の万物の理論って言われてるやつ。
それって確か前世じゃまだ解かれていなかったはずだから、それを解いたんだからすげぇ人だな。
……なんか横にいるシャーリーがジト目で見つめてくる。
なんかヘルメットのスピーカーから小さく「お前が言うな」って声が聞こえた気がするが気にしない。
「それで、外宇宙に出て地球へ行って――」
「地球!?」
聞き馴染みのある単語が出てきて、つい大きな声を出してしまった。
隣にいるシャーリーがビクッってなったもん。
「……そう。地球へ行ってそこでさらに知識を得て、ヒトの寿命を伸ばしたの。私の髪や瞳って今は銀髪で金色でしょう?」
「ええ、そう見えます」
「これ、最初はプラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳だったのよ? ナノマシンによって髪の色や瞳の色まで変わっちゃったわ」
「……」
情報量が多すぎる。
とにかく、クラリス様は別の宇宙に住んでてたが、ひょんなことからこの宇宙に来てしまったと。
「その……どうして母星に帰らなかったんですか? 旦那様もいるんですよね?」
シャーリーがクラリス様に質問した。
それを聞いたクラリス様は悲しげな表情で笑いかけた。
「さっき、私は落ちてしまったって言ったの、覚えてる?」
そういえば、高次元宇宙から落ちてしまったって言ってたな……
「っ!?」
「……アーサー君は気づいたようね」
「な、なに? アーサー、どういうこと?」
シャーリーに裾を掴まれる。
要するにこの人は――
「何かの事故でこの宇宙へやってきて、自身の住んでいた宇宙が高次元であるとわかったからここで種を蒔いたんですね?」
「その通りよ」
要するにこの人は帰るのを諦めたんだ。
これだけ技術が優れていても、高次元には行けないのか……
「ちょ……説明して? 高次元だからなんなの? 帰ればいいじゃない。来れたんだから帰れるでしょ?」
「うーん……」
なんて例えればいいか……
「次元は座標を示す指標なんだけど……これ、高い次元から低い次元に行く分には流れに乗れば行けるんだよ」
まぁ、そう簡単なものじゃないけども。
「流れ? なんの流れよ?」
「重力」
「重力?」
階層性問題。
宇宙は電磁気力、強い核力、弱い核力、重力の四つの力で構成されている。
その力を数字に出すと電磁気力を1とすると、強い核力は100万、弱い核力は0.0001になる。
が、重力はというと――
0.000000000000000000000000001だ。
この通り、重力だけ異常に弱い。
なんで? という疑問に対する仮説が、「別の宇宙に流れてるんじゃね?」というものだ。
M理論の源流である弦理論では、素粒子は粒じゃなくてヒモのような動きをしていて、その振動数で働きを変えているんじゃないかと言われていた。
しかし重力だけはそのヒモが閉じていて、輪ゴムのような形をしており、自由に次元を越えられるんじゃないかと言われていた。
そうだな……その重力の流れは高次元から低次元へ流れているとすれば、滝をイメージすればわかりやすいかもしれない。
「重力の流れを滝とするなら、滝壷に降りる分には問題ないんだよ。落ちるだけだから」
「まぁ……確かに」
「でも上がろうと思ったら? ちなみに水の流れの中でだ」
「ええ……そんなの無理じゃない? とんでもない魔力を使えば行ける……かも……」
俺の説明と例え話で大体察したのだろう。
シャーリーの声が小さくなっていった。
「もしかして……重力の流れに逆らって昇れないってことですか?」
「そうね。具体的に言うと次元昇るには無限に近いエネルギーが必要なのよ」
「でも、それは魔法でなんとか!」
突然、宇宙に放り出されたクラリス様を思ってだろう。
シャーリーはなんとか帰る方法はないか考えているようだった。
「魔法……そうね。魔力があればなんとかできたかもね」
「えっ? 魔力は……ありますよね?」
クラリス様の呟きに、シャーリーがきょとんとしながら答えた。
……なるほど。
「クラリス様の宇宙には本物の魔力があったんですね? どんな物質にもなる万能粒子が」
「ええ。でもこの宇宙にはなかった。だけど私は魔法文化に染まりすぎてたから、擬似的に魔法を発動できるようにしたの」
「それがナノマシンなんですね」
「その通りよ」
クラリス様が指先に光が灯る。
白い光……俺達にとっての魔力そのものだ。
「この光は体内のナノマシンが大量に降り注ぐニュートリノを捕まえて光子とかに変換しているだけ。私達の世界ではそんな小細工はしなかったわ」
悲しげに語るクラリス様。
そりゃそうか……故郷を思って擬似的に魔法を生んだだけだから、自身じゃママごとをやっているような感覚なんだろう。
悲しくもなるか。
「さっき言った永久機関……AS機関っていう名前なんだけどね? それは余剰次元に内包された魔力を取り出して使うもので、ここに来た時に乗っていた宇宙船のメインエンジンだったんだけど……」
「そもそも余剰次元内に魔力がなかったから……自身に馴染みある理論が通用しなかったってところですか」
「なんとか魔力なしのエネルギー総量を計算したんだけどねぇ……魔力の持つポテンシャルエネルギーには到底届かなかったわ。超光速航法くらいならできるけど」
「それはそれですごい」
超光速航法は三次元空間を歪めて距離を縮めて穴を穿ち、その穴を通ってショートカットする移動法だ。
空間を歪めて空間に穴を開けるってだけでも「どんだけエネルギーいるの?」と思ってしまう。
それを実用可能とは……余剰次元恐るべし。
「? ねぇ、余剰次元って? ニュートリノってなに?」
「世界は10次元時空でできてて、認識できてるのは空間三次元と時間の一次元だけ。だから残りの6次元は小さく纏まっているんじゃないかって言われてるんだよ。その小さく纏まった6次元空間のことを余剰次元って言うんだ」
「じゃあ、その空間の中にまだ使いきれていないエネルギーがあるってこと?」
「そゆこと」
「へぇ……ニュートリノは?」
「それは素粒子の一つ。宇宙空間を光速近くで飛んでて、物質に干渉せずに透過するから今も俺達の体をすり抜けてる」
「そんなのがあるの!? じゃあ、わーぷってのは?」
「それは――」
シャーリーの質問に答えていく。
チラリとクラリス様を見ると穏やかに笑みを浮かべてこっちを見ていた。
まるで子供の様子を見ているような瞳だ。
「あの……何か?」
「ああ、ごめんなさい。なんだが私達の若い頃を見てるみたいだなぁって思って……あいつと過ごしてると今のシャーリーさんとおんなじように私と姉さんで質問してたなぁ」
「姉がいらっしゃったんですか」
「ええ、双子の姉なの。ちなみに姉さんも私と同じ旦那様。つまり一夫多妻ね」
「へぇ」
それだけ天才だったらたくさん女性を囲っててもおかしくないか。
英雄色を好むってね。
「にしてもアーサーってクラリス様と同レベルの話してるわよね。実は前々から構想してたとか?」
「えっ!?」
どうしよう……どう言う?
「知ってました⭐︎」なんて言えないしなぁ。
なんて思っていたら――
「アーサー君は六歳の頃に熱が出たわよね? その時に知識を得たのよ」
「「えっ!?」」
クラリス様の言葉にシャーリーと一緒になって俺も驚いてしまった。
えっ? 前世の記憶を取り戻した……じゃないの!?
「アルカイム人は風邪や病気をしない……それはなんでかわかる?」
クラリス様からの問いに首を傾げる。
そういえば月までの道中でシャーリーとティアが言ってたな。
「風邪なんて聞いたことがない」って
あるのは幼少期に発熱することがあるくらいだって言ってた。
しかもそれも全員が全員、発症するわけじゃないってことも。
それは例外として、風邪も病気もしない……まさか――
「ナノマシンの性能……ですか?」
「その通りよ。ナノマシンは元々、長期航宙を可能にする為の技術だったのよ。アルカイム人の中にあるのは私の中にある寿命も伸びるフルスペックタイプじゃなくて機能限定版だけどね」
そういうことか。
ようはナノマシンが病原菌やウイルスや炎症を全て処理してくれているってことだ。
ガン細胞も含めて。
そのナノマシンをアルカイムの人達は全員持っているから体調を崩すことがないのか。
納得したところで、またハテナマークを浮かべているシャーリーに説明をする。
で、理解したところでシャーリーがクラリス様に質問した。
「それとアーサーの知識がどう関係するんですか?」
そうだった、元はそういう話だった。
「病気をしない体なのに幼少期だけ熱が出る子がいる……あなた方が「神の試練」って言ってる現象なんだけど……それ、あながち間違いじゃないの」
申し訳なさそうにしながらクラリス様は言葉を重ねていく。
間違いじゃない? どういうこと?
俺もシャーリーも首を傾げていると、意を決したようにクラリス様は俯きがちだった顔を上げた。
「幼少期の発熱はね……脳のキャパシティが基準値に達していた場合、ナノマシン内にパッケージされている知識や知恵をインストールするようにプログラムされているからなの」
「……は?」
知識を……インストール!?
「ようは知恵熱ってことですかっ!?」
「当たらずも遠からずだけど、レベルが違うわね。なにせ数世代分の知識を脳に書き込んでいくんだもの」
「? どういうこと?」
知恵熱そのものを知らないシャーリーが戸惑っていた。
「例えば高等学院一年生の時に、一夜漬けで学院の教科書の内容を全て理解して覚えろって言われて、お前できるか?」
「できるわけないじゃない。記憶するならまだ希望あるけど理解までは到底できないわよ」
俺が例え話をすると、シャーリーはできないと答えた。
その瞬間、シャーリーの顔が青ざめた。
「……アーサーの知識量が半端ないのってもしかして――」
「……クラリス様の仕業ってことだよ」
ナノマシンを作ったのはクラリス様だ。
ってことはそういう仕組みを作ったのもクラリス様ということになる。
しかしそうなるとなんで俺はこの世界が異世界で前世が地球人だと思ってるんだ?
知識だけを植え付けるだけならこんな発想にならないと思う。
……まだ何かあるな。
そう思って俺はジィーっとクラリス様を見つめた。
俺の心をもう読んでわかってるんだろう?
「……アーサー君、今、自分はなんで地球の記憶があるんだって思ってない?」
「はい」
「えっ? 地球って確かクラリス様のいた宇宙にある惑星よね? そういえばさっき、アーサーは知ってる風だったけど……なんでアーサーが別宇宙の星のことを知ってるの?」
「……」
もうここまで来たら話すしかない。
カメラやマイク越しでエリオット達どころか各国首脳に伝わるが気にしないでおこう。
「俺……地球に住んでいたっていう感覚が色濃くあるんだよ。俺が持ってる知識も全て、地球で解明されたものなんだ。だから俺はこのアルカイムに転生したんじゃないかって思ってたんだけど、実際には植え付けられたものだった」
「で、でもクラリス様は知識を植え付けるって言ってただけで地球のことなんて一切言ってなかったわよ? 仮にどこかの惑星の記憶があったとしても、それはクラリス様の母星のエクセルってところになるんじゃない?」
「俺もそう思う……けど実際俺が覚えているのは地球の方だ。エクセルなんて聞いたことがない……クラリス様、さっき旦那さんは宇宙開発を牽引した天才って言ってましたよね?」
「ええ、言ったわ」
「もしかしてその旦那さんこそ、地球からの転生者だったんじゃないんですか?」
「さすがね、その通りよ」
俯いて、申し訳なさそうにクラリス様は答えてくれた。
そうか……クラリス様は転生者の奥さんだったわけだ。
旦那さんは異世界で、いわば知識チートで宇宙開発をしていったってことだな。
地球からの転生者……膨大な知識……地球の記憶が色濃く残っている感覚……
そしてなにより、この世界で目覚めた時……俺は「俺」の記憶を持っていなかった。
ってことはつまり――
「クラリス様……あなたは俺を……「アーサー・クレイヴス」を殺して、旦那さんのコピーを作ろうとしたんですね?」




