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episode74 神との邂逅

 


「私はクラリス・フォン・ゼーゲブレヒト。ここでは創世神ソルなんて呼ばれてるわね」



「私は神だ」なんて昨今流行りの転生もの小説の冒頭みたいなこと言われた。


 いや、しかしそれを否定できないほどのことを既に何回かされている。


 もしかして本当に?



「あ……あなたが創世神様……なのですか?」


「ええそうよ、シャーリーさん。本名はクラリスっていうのだけど、好きな方で呼んでくれていいわ」


「で、ではソル様と呼ばせていただきます」



 シャーリーが恐る恐る声をかける。


 創世神と名乗る女性……クラリスさんはあっけらかんとした態度で普通に会話をしているが、もし本当に目の前の人が創世神と言うなら360年以上……見た目20代以上だから、歳は380歳以上ってことになる。


 そんなのおかしくないか?



「あら? おかしくないわよ。アーサー君」


「っ!?」



 また心を読まれた。


 それ、心臓に悪い……



「あら、ごめんなさい。ヒトとの会話なんて久しぶりだったからつい」


「……改めていただけるならいいですよ」



 また俺の心を読んだのだろう。


 ひとまず、シャーリーが隣でハテナマークを何個も浮かべているから話を進めよう。



「あなたが創世神と言うのなら、お歳は380歳以上ということになります。しかし見た目から察するにあなたは二十代後半といったところ……どう見てもおかしいでしょう?」


「あっ……なるほど……」



 シャーリーは俺の疑問に合点がいったようだった。


 そこでシャーリーから質問が飛んできた。



「でもアーサー? あの方は月に居られたのよ? そんなの神様じゃないとできないんじゃ?」


「俺達も自力で来たじゃん」


「それは……けど、私達が初なんだから、既にいたこの方は神様と見ていいんじゃ?」



 どうもシャーリーは目の前の女性を既に神様として認めてしまっているらしい。


 神様なんだから歳を取らないだろうと言いたいんだろうが――



「今俺達がいるここが月だと断定できない」


「えっ?」


「俺達はあの黒い板からここに連れられてきた。未知の魔法を使って、アルカイムのどこかに連れてこられた可能性もある」


「た、確かに……それでもすごい魔法技術だと思うけど」


「……」



 それはそう。


 でもここが月である確証がない以上、クラリスさんが月にいたという証拠にはならない。


 心を読んでいるのも何かの魔法の可能性も否めないからな。


 クラリスさんは黙り込んでいるがどうなるか……



「疑り深いわねぇ……じゃあまずはここが月である証拠を見せましょう」



 クラリスさんが肘掛けのところをタップしていく。


 何かのコンソールがあるのか?


 数秒すると女性の左奥の壁が凹んでスライドした。


 どうも通路に繋がっているらしいそこに、クラリスさんはまたコンソールを叩くと、座っていた椅子そのものがふわりと浮いた。



「ごめんなさいね。もう私、歩けない体になっちゃってるから」


「……いえ」



 あの椅子……どうやって浮いてるんだ?


 魔力は感じるが、物を浮かせるほどの魔力量は感じない。


 とりあえず、とんでもない技術力を持っていることはこれで理解できた。


 どうぞと言わんばかりに、開かれた通路へ進むよう四つ指を指される。


 もう、こうなったら虎穴に入らずんばだ。



「……エリオット、記録はちゃんと取れてるな?」


『あ、ああ……それは大丈夫だ』



 よし、ならいいか。


 エリオットも突然、神なんていう存在が出てきて戸惑ってるみたいだな。


 それに、クラリスさんは通信妨害とかをするつもりはないようだ。


 ……そんなことしなくても圧勝できると踏んでいるのかもしれないけど。



「シャーリー」


「な、なに?」



 少し戸惑っているシャーリーに左腕を差し出す。



「掴まれ。何かあったら庇うから」


「えっ……あっ……」



 突然差し出された腕に戸惑っているが、お前さっきまでしがみついてただろうに。



「その……失礼します……」



 キュっと腕を掴まれたことを確認して、通路の入り口まで歩く。


 バイザー越しにシャーリーの顔が少し赤らんでいたのが見えたが大丈夫か?


 医療担当からなにも言われなきゃいいけど。



「お待たせしました」


「いいのよ。……私も堂々とじゃなくて、そんな感じでやってたらあいつをすぐに落とせてたのかしら?」


「?」



 なんか落とすって物騒な言葉が聞こえたぞ?


 大丈夫か? このまま着いていって。


 少しの不安を抱えながら、スィーと進む浮かぶ車椅子……と形容していいのかわからんが、それに乗ったクラリスさんに着いていく。


 しばらくすると、またドアが現れて、クラリスさんがそのドアを開けて入っていく。


 俺達も同じく入室すると、入ってきたドアが閉まった。



「っ!?」


「あっ!? ここはエアロックなの!! ごめんなさい、ホントにヒトと接してないと説明不足になっちゃうわね」



 警戒を高めた俺と不安を感じたシャーリーを見て、クラリスさんが説明してくれた。


 そうか、ここエアロックだったのか。


 エアロックというのは宇宙船に備えられている部屋で空気を抜いて宇宙空間に出たり、逆に入ってきたりする為のいわば玄関だ。


 ……ん? エアロック?


 目の前にいる人は宇宙服着てませんが!?



「ちょ!? 宇宙服着てませんよ!?」


「……ん?」



 俺は慌ててそう言ったが、クラリスさんは不思議そうに首を傾げた。


 なんで!?



「貴方達、ちゃんと宇宙服を着てるじゃない」


「違うっ!? 俺達じゃないっ!! クラリスさんがですよっ!!」


「ああ、そういうこと」



 こうしてる間にもどんどん空気が抜けている。


 早くしないと減圧症になってしまう!!


 なのにこの人全然焦ってねぇ!!



「減圧を止めてください!!」


「大丈夫よ」


「なにがですっ!?」



 とうとうH(ヘッド)M(マウント)D(ディスプレイ)に映る圧力計が0になった。



「ね? 大丈夫でしょう?」


「大丈夫じゃないですよっ!?」



 早くしないと死ぬってのに!!


 そう思って焦っていたら、シャーリーが腕をクイクイと引っ張ってきた。



「ねぇ、アーサー。クラリス様……空気がない状態で話しかけてこなかった?」


「は? ……ホントだ」



 圧力計0表示の時に「ね? 大丈夫でしょう?」って俺に言ってきた。


 ……えっ?



「ホントに説明不足でごめんなさい。私の体にはフルスペックナノマシンが入っているのよ。そのおかげで宇宙服なしでEVA(船外活動)が可能なの」


「そ、そうだったんですか……」



 フルスペックナノマシンって……俺達が魔力って呼んでいるアレのことか?


 その言い分じゃ、俺達の知っている魔力は機能限定版ってことなのか?


 ともかく、減圧症の心配はないということで、エアロックの出口が解放され始めた。


 そしてクラリスさんに付いていくと――



「……月面だ」


「あっ! あそこにエンデバーがあるわよ!」



 そこに広がっているのは月面だった。


 しかも着陸地点から結構近い。



「これで、私が創世神ソルだと信じてくれたかしら?」



 月面……空気がなくて、宇宙線も大量に降り注ぐ場所で和かに笑いかけてくるクラリスさんは異様に見えた。


 ……ここまでのことを考えると信じざるを得ないか。



「信じましょう。クラリス様」


「さっきまでさん付けだったのに、急に様付けになるとこそばゆいわ。じゃあ、またあの広間に戻りましょうか」


「? なんのために?」



 ここでも話せるんじゃ?



「……結構きついのよ。生身で船外活動って。日差しも強いし」


「……なるほど」



 引きこもりが久しぶりに外出た時に感じるあれか。



 ――


 ――


 ――



 ということで与圧された、最初の広間に戻ってきた。


 与圧されているってことでヘルメットを外して話を聞くことになり、用意された椅子に腰掛ける。


 カメラやマイクがヘルメットにあるからカメラがクラリス様に向くようにして横に置く。


 ヘルメットを置く台もクラリス様が気を利かせて、用意してくれた。


 ……ちなみに全部3Dプリンターで形成されるみたいに、地面から生えてきたからシャーリーと一緒に唖然として見てた。



「さて……遠路はるばるご苦労様。まさか十年ほどで(ここ)まで来るなんてね」


「いや……360年近くだと思いますが?」



 新暦ってクラリス様が月に昇ってから始まったって話だ。


 ようは各国王家に伝わるあの伝聞……月を目指せっていうのを始めたのは新暦からってことになる。


 途中、諦めて手をつけなかった期間があるけど、月を目指し始めておおよそ360年くらい経っている。


 そう思って指摘したら、クラリス様はクスクスと笑った。



「ふふっ、なに言ってるの? アーサー君が知識を得てからの話よ」


「えっ?」



 声を出したの俺ではなくシャーリーだった。


 俺は声を出せなかった。


 なんでこの人は俺が前世の知識を持っていることを知っている?


 ……神だからか?


 いやでも――



「――神様には見えない?」


「っ!?」



 また心を見てきたのか、俺の心中を当ててきた。


 目の前の人はあまりにも人間染みている。


 それが俺には違和感に感じた。


 だから俺は正直に答える。



「はい」


「ちょっと!? 失礼よっ!?」


「いいのよシャーリーさん。その感覚は正しいから……そうね、なにから話せばいいのかしら」



 クラリス様はそう言うと頰に手を添えて考え始める。


 ほんの数秒経つと、考えがまとまったのか口を開いた。



「そうね。まず私は神様じゃない……あなた方と同じ人間よ」



 やっぱりか……どう見てもヒトだもん。


 多分今頃、ミッションコントロールセンターは大騒ぎだろうな。


 しかしだ――



「では、なぜクラリス様が神として崇められているのですか? 私達はヒトや生物は創世神ソルが生み出したと聞いているのですが……それは嘘なのですか?」



 シャーリーも同じ疑問を持ったようだった。


 クラリス様が神と認識された理由は惑星の浄化や生物の創造を行ったからだとソル教では説かれている。


 となるとそれらは創作だったのか?



「……確かに私がヒトを含めた生物を生んだわ。惑星アルカイムをテラフォーミングしてからね。貴方達は見たでしょう? 海底に埋めたナノマシン製造機……魔力製造機と言った方が伝わりやすいかしら?」



 やっぱりこの人……魔力をナノマシンと言っている。


 やっぱ、魔力ってナノマシンなのか……


 なんかしょんぼり。



「では……神なのでは?」


「ん〜……確かにそう言われるとそうなんだけどね? 私はただ、この世界で種を芽吹かせただけだから、神様って感覚はないわね」



 種を芽吹かせた?


 それって――



「それって、宇宙播種(スターシード)ってやつですか?」


「さすがね、アーサー君」


「……アーサー、すたーしーどって?」



 宇宙播種は遺伝子を遠い宇宙……生存可能領域(ハビタブルゾーン)の惑星に送り、そこで芽吹かせる。


 そうすることで人類や他の生物を残す「種の保存」を成す。


 クラリス様はそれをしたということをシャーリーに説明した。


 ってことはクラリス様は――



「クラリス様は別の惑星からやってきたってことですよね?」



 俺がそう言うとクラリス様は困った表情を浮かべた。


 ……なぜ?



「うーん……半分正解。もう半分はね――」



 そう言ってクラリス様の口から語られたそれは、あまりに荒唐無稽なものだった。



「――こことは違う宇宙……具体的には高次元宇宙から落ちてしまったの。私」

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