終焉 〜ビギニング〜
いざ、決戦
闇を光が駆け抜けていく。絶望を断ち切る力、雷にも似たそれは異形がトドメを刺す寸前に吹き飛ばすことに成功した。
「…………?」
ほとんど失神しかけのモモは完全に視界が真っ暗になる前に、十字のエンブレムを付けた二人を見た。
■■■■■
ヨハンは投げた剣が跳ね返って来るのをキャッチし、腕を畳んで突撃の構えを取った。
「マギー、その娘は助かりそうか?」
「なんとかね。かなり生命力が強いわ、彼女」
「分かった……後は任せた」
「ええ……ハデにブチかまして来なさい」
靴が、石畳を擦り、踏みしめた瞬間に破片が飛び散る。
ヨハンは雄叫びを上げ、異形に突進した。すぐに剣の風切りの音、破砕音、気合が聞こえてくる。
マギーはぴくりとも動かない少女の首に手を当て、脈を取る。とても弱いが、それでも標準程度の間隔で脈拍がある。
少女に意識はなく、半開きの目はどろりと濁っていて生気を感じられない。
マギーは背中のリュックから大量の医療用の布と薬品を取り出した。止血効果のある魔法がかけられた布で体の傷を覆いつつ、消毒効果のある薬品をふりかけたガーゼで全身を拭く。
さぞかし痛めつけられたのだろう。体の傷は深く、多かった。マギーは治療用の印刷魔法陣をモモにかぶせ、集中的に治療を開始した。
■■■■■
「ウェイ!」
渾身の一撃が異形をかすめ、石畳を粉々にして欠片を散らす。
一瞬の白煙に紛れ、異形は腕を振り回してヨハンに襲いかかる。彼は攻撃を左腕で難なく払いのけ、剣の柄を裏拳気味に叩き込んだ。
命中は頭部、硬質な手応えと衣服に何か液体が付着する。すぐさま蹴りを入れ、よろけた所に踏み込んで斬撃、返す手で斬り返し、振り上げた勢いがままに横殴りの一撃、流れるような連続技をすべてを命中させた。
異形は最終段の威力で地面にめり込むほど叩きつけられた。しかし、すぐに起き上がり、怒りを含んだ凶暴な叫びを上げる。
「痛いか、醜い化物よ。だが貴様が嬲りものにした少女は貴様比べ物にならない程苦しんだ。今更貴様が怒りを覚える道理はない!」
異形が吠えると同時に、ヨハンはツーハンデッドソードを大上段に構えて突貫した。
異形が腕を振るう。よくしなるそれは周囲の建物の外装を軒並みえぐり飛ばしながら残忍な一撃をヨハンへと走らせる!
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」
まき散らされる破片に怯みもせずヨハンはまっすぐに異形へと突き進む。足をとめず、タイミングを図って、一瞬身をかがめる。
頭上を通り過ぎた異形の腕が一軒家の屋根を直撃し、ごっそりと吹き飛ばす。
至近にもぐりこんだヨハンは迎撃をかわし、右斜めから剣撃を放った。
黒い液体が宙を舞う。
続く二撃目は異形が剣を払い、爪による刺突が眼前に迫るがヨハンはそれを体を反らして躱し、左の拳で異形を殴りつける。威力で地に伏せかけるが、
骨格を無視した動き、アッパー気味の爪、
剣で受け、押し返して右のローキック、
攻撃を受け流す異形、
空中できりもみ回転、フェイントと混ぜた攻撃、数発命中、ヨハンの服が裂ける。
しかし効いた様子はなく、着地した瞬間に顔面に斬撃、あとずさりする異形。もつれるように数歩後ろに下がるとでたらめに両腕を繰り出す。
常人からは全く目視のできない、恐ろしい速度の連撃。その一つ一つをヨハンは逆手に握りなおした剣で次々に捌いていく。
鋼の澄んだ高い音と、身も凍る風切りの音。
デュエットが一瞬止まり、異形がヨハンの剣に体当たりを繰り出す。全体重が乗った攻撃はヨハンをよろけさせた。
今の隙を利用し、異形は大きく後方に跳躍するとゴムのように伸びる腕を体全体をつかって真上からた振り落とす!
しかし、ヨハンはその場から動きもせずに攻撃を左手で受け止めた。威力の余波がマントを揺らすが、当の本人は涼しい顔をして異形の腕を握りしめた。
ぐっと引き寄せると、異形の体が石畳を離れてこちらにすっ飛んでくる。カウンター気味の頭突きをお見舞いしてやると異形は頭部を抑えて、倒れ、のたうち回った。
休ませる暇も与えず、ヨハンは異形をつかんで立たせるとたっぷり溜めて、溜めて、溜めた正拳突きを打ち込んだ。
砲弾を撃ったかのような重い打撃音が反響し、遅れて異形がはるか遠くの時計台に衝突し、陥没校を穿つ。
異形が苦痛の叫びを上げた。しかし、それを塗りつぶす程の憎悪の咆哮が街中に響き渡る。
魔なる物は恐怖を糧にする。今のおぞましい声で街の大半の人間が目を覚まし、恐れを抱いた。
彼らにしか見えない、恐怖の流れ――紫色の煙が異形に集まる。
ぼこっ!ぼこっ!と異形の四肢が膨れ上がり、次の瞬間、異形は一瞬にしてヨハンに接近し、彼を弾き飛ばした。
「くっ…!」
転倒は避けたが、大きく体勢を崩された。ヨハンは通り過ぎたはずの異形を探すが、すぐに二撃目が飛来し、ついにヨハンは吹き飛ばされた。
どうにか受け身をとり、ゴロゴロと転がりながらも立ち上がろうとするが、その前に異形が猛然と走りながらヨハンを掴み上げ、広場のアレス像に叩きつけた。石のオブジェが一秒足らずで瓦解し、四散して白煙を噴き上げる。
異形はさらに空中に飛び上がり、飛び散った像の頭をひっつかんで、とどめとばかりにヨハンに投げつけた。石像は途中で紫色の光弾となり、白煙の中で大爆発を起こした。
瓦礫が激しく舞い上がり、衝撃で像の破片が火山弾のように飛び交う。
ガラガラガラ…
破壊された物のかけらが慣性を失うとそれっきり静かな夜が戻った。雲ははれ、星々ががきらめきを放っている。
異形は口を全開にして空に向け、勝ち誇った咆哮を放った。
と、その口に大粒の岩石が直撃し、異形はひっくり返る。
ブンッ…!
剣が煙を払う。立ち込める白い障壁がかき消されるとそこには全くの無傷のヨハンが立っていた。異形は確実に殺したとはずだとおもっていた。
「効かないよ。その程度じゃティタン神族の血を引く俺に傷はつかない」
ダン!と石畳を粉砕、陥没させるほどの踏み込み、地を火花の線が走り、剣が異形を切り伏せる。
斬撃の勢いは異形を地に叩き伏せ、それでも有り余る威力でさらに跳ね上げる。
「ウェエエッ!」
裂帛の気合で放たれたヨハンの二撃は異形の左腕を容易に切断し、下あごをえぐり飛ばしただけでなく何メートルをも吹き飛ばした。
石畳にすさまじい勢いで激突し、三度ほど跳ね、滑って一度叩きつけられた建物の壁をぶち破り、そこでようやく止まった。
受けたダメージの大きさで動けない異形の上にバラバラと砂利と塵が降り積もる。どうやら倉庫らしく、遠目からヨハンは無人であったことに安心した。
怒りを強めた異形が甲高い叫びを上げ、先ほどと同じように四肢を張り、しかも二回りほど肥大化させる、そして―――
消失。
音は後から来た。
今や異形は音速すら突破した。
通常時ですらヨハンを吹き飛ばす威力。それが今や計り知れないほど威力を増大させ、天使に肉薄する。
しかし。
鉄槌で鋼板をぶち破るような轟音、風圧がマントを吹き流し、異形は無造作に掲げられた左手で止められていた。
音速の一撃が、腕一本で。
もがく異形だったがヨハンは手に力を籠め、握りつぶす勢いで異形を突き上げる。
「ティタン神族はかつて、世界の支配者だった。彼らはオリュンポス神族にその座を奪われたが、彼らが強力な力を持っていることには変わりはない。ティタン神族は巨大で、何より」
締め上げられた首がゴキゴキと歪な音を立てる。
「頑丈だ」
剣を握りこんだ拳が異形の顔面をとらえ、べこり!と大きくへこませる。行き場を失ったエネルギーが圧となって異形の体を揺らす。
一撃。
二撃。
三撃と巨人が大地を踏みしめるような低く、鈍い音が響く。
四撃目にして異形はずるりとヨハンの腕から滑り落ちた。力のない動きをヨハンは睨みつけながらジリジリと距離を開けていく。
すると突然異形がガバっと起き上がり、とんでもない速度でヨハンと真逆の方向に加速した。勝てないと見て逃げ出したのだろう。
その判断は正しい。逃げ切れるのならば。
あっという間に小さくなる異形を掌に収めるように手を広げて突き出し
「来い」
自分の方に引き寄せる。
すると異形の挙動がおかしくなり、あたかも空中を落下するようにもがき始めた。さらに順次速度を増しながらヨハンの方にすっ飛んでくる。
「跪け」
勢い良く異形が地にへばりついた。それだけでなく石畳を砕いてぐんぐん地面にめり込んでいく。まるで、何十倍もの重力をかけられたように。
「貴様は逃さん……ここで倒す!」
一切動けない異形の前で、ヨハンは腕を畳んだ中段の構えを取った。そのまま剣を顔の横に掲げ、深く腰を落とす。
両手で構えた剣が鈍い光を放つ。光は輝きを増し、大地に眠るマグマのごとく赤光に転じる。
ヨハンが集中させた強力な魔力は周囲に影響を与えていた。剣を中心に景色が螺旋状に捻じ曲げられていく。異形には歪な世界が襲いかかってくるように見えた。
剣の光が最高潮に達したとき、ヨハンの足元が大きくくぼみ、地面が囂々と揺れ、土砂が波のように噴出する。大地はティタン神族が作った。ヨハンの激情に大地が呼応しているのだ!
「ハァァッ!!………ヴェェェェェェエイッッッ!!!」
眩い閃光と共に繰り出された必殺の一撃は、ほんの僅かな間、この街の時空を歪め、直後それが元に戻るエネルギーがすべて異形に炸裂した。
風景が一瞬ズレ、復元した瞬間にあらゆるものが吹き飛んだ。広場の石畳がことごとく消し飛び、宙を雪のように舞う。砂嵐と紛うような土くれが渦を巻いて街中を駆け抜け、大地はなお暴れ続ける!
重力を操るヨハンの必殺。威力を一箇所のみに集中し、セーブしたとは言え、内包する力の大きさはとても限定できるものではなかった。
「…………」
土砂の飛散が収まり、視界が晴れた。隕石でも落ちたようなクレーターが眼前にできている。渾身の一撃だ。あんなものを至近で食らって生存できるのは本物の悪魔ぐらいしかいないだろう。
終わった。
ヨハンは戦いの痕を静かに眺める。市街地での戦いはやはり慣れていない。本気で戦い、街に被害がでないように努めたつもりだがそう、うまくは行かないようだった。
舗装された道路は荒れ果て、街からは美しい景観が損なわれていた。
(……”魔物”を倒すときは全力でやれと先輩に言われた。……でも、それはいつでも正しい事なのか……?)
著しく崩壊した時計台が目に入る。はたしてそれは魔物一匹倒すのにふさわしい代償だろうか。
ヨハンは緩慢に剣を鞘に戻し、マギーの所に戻ることにした。
通常、力天使が街中で戦闘した場合、少なからず建造物に被害が出るため、そのサポートとして能天使や天使達が街の修復にあたることになっている。気に病む必要はないだろう。
(本当にそうか…?)
にわかに窓を開ける音が増えてきた。明かりのつく家も多くなっている。あれだけの騒ぎを起こしたのだ。無理もない。
ヨハンはマギーの元へと急いだ。
■■■■■
「マギー」
路地の所に戻るとマギーが少女の手当を終えたところだった。マギーのそばには幼い女の子が一人座っていた。少女は負傷の多い両足を止血され、教会御用達の治癒が早まるルーンの刻まれた包帯に体を包まれた状態で寝かせられていた。
ヨハンが、馬の荷からスペアのマントを差し出すとマギーは器用にモモを包み込む。
「大丈夫かな、その子」
「平気よ。かなり出血したけど彼女、本当に生命力が強いわ。普通なら呼吸停止で死に瀕していてもおかしくないのに、この娘と来たらぐっすり寝ているだけ」
「マギーの治療が効いたんだろ。とにかくよかった」
「でも、念のため、輸血の必要があるわ」
「アルザスに教会はあったよな」
ヨハンは地図を取り出そうとしてモタモタする。
「街の外れにあるわ、アサド婆のところ。このまま道沿いに行けば大丈夫」
「なら急ごう」
ヨハンはなんでもないふうにモモを抱え上げた。腕に伝わる軽さにヨハンはどこか申し訳無さを感じる。
元は端正な顔立ちなのだろう。亜麻色の髪の少女の傷だらけの顔を見るといたたまれない気持ちになった。
そんなヨハンの心中を鑑みてから、マギーがぼそりと呟く。
「アサド婆はわたしの師匠でね。彼女にかかれば傷跡一つ残らないそうよ」
「本当か!」
パッ、とヨハンが笑顔になる。その子犬のような人懐っこい笑顔がなんだか直視できなくて、マギーは目を逸らす。
メアリの案内に従う内に森の中にポツン、と建っている煉瓦造りの建物が見つかった。2階建てで、クロス教のシンボルである十字エンブレム付いている。
「よし、……着いたぞ」
ヨハンは意識のない少女に言葉をかけた。
先頭を行くマギーが馬に乗ったまま、教会の門を叩く。
しばらく間があってから黒塗りの戸が空いて、背筋の伸びた老婆がでてきた。
彼女はマギーの顔を認識するとはきはきした顔になって歓迎してくれた。
「久しぶりじゃないかマグノリア。力天使になったんだって?よくやったじゃないか」
「えぇ。気持ちは嬉しいけどともかく今は急患がいるの」
マギーが身を引くとちょうどヨハンが包帯だらけの少女抱えてやってくるところだった。
老婆は真面目な顔になり、静かに二人を招き入れた。
教会の中はとても暗かったが、老婆が指を鳴らすと燭台に次々と火が灯っていった。
「あの、あなたがアサド婆さん…ですか?」
ヨハンが遠慮がちに聞くと、彼女はぶっきらぼうに「そうさ」と肯定した。
「アサド·イスマイール。今はこんな婆だが、昔は軍医でね。腕にゃ自信がある」
振り向いて、欠けのない歯を見せて笑う。
奥の方から修道服に身を包んだ男女が担架をもってやってきた。ヨハンは少女の身体を丁寧に横たえた。
「後は任せな」
そう言って、アサド婆は数名の道士達と一緒に医務室と書かれた部屋に入っていった。
礼拝堂に残された二人の天使は手持ち無沙汰になり、めいめい長椅子に腰掛けた。
ヨハンはなんとなく顔を上げた。月光がステンドグラスを通してカラフルな模様を床に描いている。
「あの子、誰かの名前を呟いていたわ」
「本当か?」
「ええ。メアリ、って言ってた」
「家族なのかな。今から調べてこようか」
「わたしが行くわ。ヨハンは休んで。あんだけ戦ったんだからしっかり寝ときなさい」
「そっか…じゃあお言葉に甘えて」
どさり、とヨハンは長椅子に横たわった。足音が遠ざかっていくのが聞こえる。
すぐに寝息が立ち始めた。
マギーは肩をすくめた。
大した肝の座りっぷりだ。まだ脅威が去ったかもわからないというのに。
マギーはすぐに切り替えた。この街に来たのには理由がある。何が起きたとしても全部、解決する。マギーは誰にも悟られないよう、心に誓った。
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荒い息遣いで、ところどこ欠損した黒い影法師が歩いていた。異形であった。直撃の寸前、再生に足る最低限の肉片を守るように形を変えた異形は見事その計画を成功させていたのだ。
それはまた手頃の人間を見つけて皮を被り擬態しようと考えていた。
ふと、異形は何者かの存在感を感じて空を仰いだ。
やけに明るい三日月。
それを背にして立つものが一人。
いたるところに鎖の巻きついたロングコート、その色は血で染めたように赤く、嫌な色をしている。
顔はフードと逆光で黒くなっており、全く見えない。
それを人と認識した異形は歓喜の叫びを上げ、跳躍して殺してしまおうと身を屈めた。
瞬間、
突如として半透明の十字架が異形の目前に現れた。驚く暇もあたえず、長い方が異形の胴体を貫き、さらに円錐状に展開して後方に押しやる。
とてつもない魔力で形成されたその赤い円錐めがけてその謎の人物は飛び込み、一瞬にして異形は爆散した。
破片がワインのような朱い炎にまとわりつかれている。特別燃え移りもせずやがて黒い灰になってひらひらと空を漂っている。
紅い衣装の人物も、もうそこにいない。まるで、全てが嘘であるかのような時間であった。
これにてシーズン1は終了!二週間の間皆さんとお別れですが、その間、番外編の投稿は決まってます!あのキャラの意外な側面、そしてもっと理解が深まるかも……?
それではシーズン1をご覧頂き、誠にありがとうございました!




