後編:誕生日
最近、ランドルフ様の様子がおかしい。
いや、まあ、だから困っているというわけでもないので特に問題はないけれど、でもちょっと、いや結構気になる程度にはおかしい。
「ねえユリアーネ、陛下と会ったことってある?」
「いいえ、直接はないですね。」
「そうなんだ。じゃあもし、もしね、陛下と会うってなったら緊張する? 負担になる?」
「それは……そうですね、緊張はしますね。」
「えっ絶対嫌?!」
「いいえ、まさかそんな。もし機会があってお目にかかれるのなら、光栄なことです。」
「そっかぁ。」
「ランドルフ様にとっては伯父にあたる方ですものね。国王陛下となにかあったのですか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだ。ちょっと聞いてみただけ。ところでこっちのお菓子はなあに? 僕初めて見た気がする!」
「え、ええ、それはグミです。ゼラチンが手に入ったので、試しに作ってみました。」
「へえ〜〜! 見た目も可愛いし食べやすいし、美味しいねえ。」
「あ、ありがとうございます。」
というやりとりがあったり。
「ねえユリアーネ、指輪とピアスなら、どっちの方がずっと付けていられる?」
「えっと、それは、同じものをということですか?」
「うん、同じものを。」
「そうですねぇ……指輪でしょうか? 正直指輪はあまりしていないので分かりませんが、ピアスは服装に合わせて変えることが多いですから、同じものをずっとは付けませんね。」
「そっか、なるほど。」
「あくまで私の主観なので、参考になるかは分かりませんが。」
「ううん、とっても役に立ったよ。ありがとう。それにしても、今日のお菓子も美味しいねぇ。このチーズケーキ、いくらでも食べられそう。」
「え、ああ、ありがとうございます。……おかわりはありませんよ。」
というやりとりがあったり。
「ねぇユリアーネ、公爵家に来るのは疲れる?」
「……えっと、どういう意味でしょう…?」
「やっぱり緊張するのかなと思って……」
「そうですね、緊張はもちろんしますけれど、ランドルフ様に会いに来ているので疲れはしませんね。」
「本当? 毎日公爵家で過ごしたとしても大丈夫?」
「え、まあ、大丈夫……ですかね。」
「そっかぁ。良かった。ところで、今日は久しぶりに野菜を使ったお菓子だね。」
「え、ああ、はい、カボチャが沢山あったので、使わせていただきました。」
「僕、ユリアーネのカボチャプリンが一番好きだな。」
「あ、ありがとうございます。」
というやりとりがあったり。
とにかく、唐突に脈絡のない質問を投げかけてきたかと思えば途中でお菓子の話題にすりかえられる。意味の分からない質問攻撃は新種の遊びかとも一瞬考えたが、ランドルフ様はいたって真面目な表情なのだ。
「ねぇお母様、どう思う?」
「さぁ、何なのでしょうね。でも、ランドルフ君が変わっているのは、今に始まったことでもないでしょう。今更驚くことでもないんじゃなくて?」
「う……そう、だけれど。」
未来の義母から変わっていると思われているなんて、ランドルフ様ったら可哀想に。
「でも、いつもとちょっと違うと言うか……だって、話をすり替えるなんて初めてだもの。」
「ええ? まあ……そうね、思い当たることと言えば……もうすぐユリアーネの誕生日だし、プレゼントでも考えているんじゃないかしら。」
「え?」
「あら。ユリアーネったら最近色々ありすぎて、自分の誕生日を忘れていたの?」
「いえ、そうではなくて……まさか、誕生日プレゼントに繋がるとは思いもしなかったから……」
本当にあれって誕生日プレゼントを考えての言動なんだろうか。ちょっとよく分からない。
「まあ、ランドルフ君がおかしいからっていちいち気にしていたら、結婚した後やっていけないわよ。それでなにか困っているわけでもないんだし、気にしない方が良さそうね。」
「あ、はい。」
ごもっともな意見を前に、私は納得せざるを得なかった。
* * *
その後も、「ユリアーネって仲の良い友達どれくらいいたっけ?」とか「義兄上っていつ頃結婚する予定か聞いたことある?」とかよく分からない質問攻撃は続いたけれど、しばらくしたらおさまり、私の十九歳の誕生日当日がやってきた。
当日はハウライト公爵家に家族みんなで呼ばれ、一緒に食事会。既に嫁いでおられるランドルフ様の三人のお姉様達もわざわざ駆けつけて来てくださったようで、感謝しかない。
公爵家の料理人達は、流石何年も私とマルセルから渡されたレシピで料理を作っていただけあって、当然のように主食、主菜、副菜の揃った美味しい料理を出してくださった。デザートも文句なしに美味しい。これにもまた、感謝の気持ちでいっぱいである。
ランドルフ様のご両親とうちの両親がワインを飲み交わし、兄様がランドルフ様のお姉様達から早く婚約者にプロポーズするよう説教を受け、ユーリがうとうとし始めた頃。私はランドルフ様に呼ばれて、一緒にお庭に来ていた。
「夜のお庭に入らせていただくのは初めてですね。」
「そうだっけ?」
「はい。一緒に散歩をしたのは、いつも日中だったじゃないですか。月の光に照らされているお花も、綺麗ですね。」
「ユリアーネが気に入ってくれたなら、良かった。」
それからしばらく、二人で夜のお庭を楽しんだ後。ランドルフ様が立ち止まったので、私も隣に立った。
「ランドルフ様、どうかされましたか?」
「あ、えっと……ちゃんと言えていなかったと思って。」
「なにをですか?」
「その……お誕生日おめでとう、ユリアーネ。」
「!」
「それから、生まれてきてくれて、ありがとう。僕と出会ってくれて、好きになってくれて、一緒に居てくれて、ありがとう。……大好きだよ、ユリアーネ。」
両手で顔を包まれて、真っ直ぐな目で見つめられて。……恥ずかしくて、おかしくなってしまいそうだけれど、お礼はきちんと言わなくては。
「ありがとうございます。私も、大好きです。」
私が答えると、ランドルフ様はとっても嬉しそうに笑ってくださった。私も、嬉しくなる。
「あとね、ユリアーネ。手、出してくれる?」
「手ですか?」
「うん。」
言われるまま、右手を差し出した。すると、ランドルフ様はポケットから何か取り出して、私の手を取った。
「ランドルフ様、これって……」
「うん、誕生日プレゼント。」
私の腕につけられたのは、前に、お義兄様と三人で行った宝石店で見たブレスレットだった。
「気に入ってくれた?」
「はい、とっても。……嬉しいです、ありがとうございます。」
右手を開いて、顔の高さにまで上げる。小さめのダイヤの一粒ブレスレットは、少し手の角度を変えると、キラキラと光ってとても綺麗だった。
ところで、質問攻撃と誕生日プレゼントって関係なかったのかしら。じゃあ結局あれは何だったんだと思っていると。
「それからね、ユリアーネ。」
また呼ばれたかと思うと、今度は左手を取られた。え、もしかしてまだプレゼントがあるの…? びっくりしていると、左手の薬指に指輪がはめられた。
「えっ……ラン、ドルフ、様…?」
オブシディアン王国では、プロポーズの時に愛の象徴とされているエメラルドのアクセサリーを渡す風習がある。一番人気の指輪は、どの指につけるか特に決まってはいない。けれど、前世の記憶がある私は確か、小さい頃に結婚指輪は左手の薬指につけたいとランドルフ様に言ったような、言っていなかったような……って言うか。あれ? もしかして私、プロポーズされているの? 勘違い? え? と、思考がここまでたどり着いた時。
「ユリアーネ、結婚しよう。僕の奥さんになってください。」
タイミングを見計らったかのようにランドルフ様が言うので、私は一瞬、息を飲んだ。
「えっと、はい。いつか、しましょうね。」
今までも結婚しようとか愛しているとか言われているので、舞い上がりそうになった気持ちを宥めて、いつもと同じ調子で返事をした。
「……いつかじゃなくて。」
「え?」
「前に結婚してくださいって言ったのは、ユリアーネが僕の気持ちをわかってくれていなかったから。でも今日のはちゃんと、プロポーズのつもりだよ。」
「えっ!?」
いや、そりゃあ、ふざけていると思っていたわけではないけれど、真剣な顔で面と向かって言われると照れる。うぅ、恥ずかしい。思わず大きな声を出してしまったのが余計に恥ずかしくなって、私は下を向いてしまった。
「やっぱり、公爵家と子爵家の縁組って滅多にないし、その上僕国王陛下の甥だし。……嫁いできたら、ユリアーネの負担が大きいだろうし苦労させてしまうんだろうなって頭では分かっているんだけど、だからってユリアーネ以外の人と一緒になるなんて想像すらできなくて。……だからせめて、ユリアーネのこと守っていけるよう、僕なりに色々準備も仕事も覚悟もして、今日を迎えました。一応。」
ドキドキして、自分のことしか見えていなかった私は、ランドルフ様の言葉を聞いて顔を上げた。ランドルフ様の気持ちを考えていなかったって、気付いたから。
「ランドルフ様。」
「はい。」
「そんなの、今更です。」
「……え?」
私は、まだ私の左手を取ったままのランドルフ様の手の上に、右手をそっと乗せた。
「そりゃあ、ランドルフ様との婚約を白紙に戻したいと思った時期もありました。」
だってまさか、あのおデブなランドルフ様がこんな劇的ビフォーアフターを遂げるとは思っていなかったのだ。私よりランドルフ様に相応しい人がいると思ってしまうのも仕方ないと思う。
「でも、公爵家と子爵家とでは身分が釣り合わないことも、あなたが国王陛下の甥であることも、最初からわかっていたことじゃないですか。私にとってはそれよりも、こうしてランドルフ様が私を妻にと望んでくださることの方が大事だし……嬉しいんです。」
「ユリアーネ…!」
私だって、ランドルフ様と結婚したら苦労することくらい分かっている。でも、それでもランドルフ様と一緒にいたいのもまた事実。不安そうなランドルフ様に、そこのところは伝えておきたい。
「指輪、ありがとうございます。大事にしますね。」
「こちらこそ受け取ってくれてありがとうユリアーネ大好き!」
言うと同時にランドルフ様は勢い良く私を抱きしめてくださった。かと思うと、今度は私の両肩に手を置いて、勢い良く体を離される。何だ何だ忙しいなと思っていたら、手が降りて来て、両手を握られた。ランドルフ様の手が少し震えていたので、緊張しているのかなと思って黙っておいた。
「えっと、改めまして。」
「はい。」
「きっと、しんどいのって、身分のことだけじゃないと思う。いくら僕がユリアーネのこと大好きでも、夫婦になって、家族になって、ずうぅっと一緒にいたら、僕に腹が立つことも、理解できないことも、いっぱいあると思う。もしかしたら僕も、ユリアーネに対して何でって思ったり、喧嘩することだってあるかもしれない。……でも、それでもユリアーネに一緒にいて欲しいって思うし、一緒にいたい。」
ランドルフ様の言葉を聞きながら、私は今までのことを振り返った。
突然できたおデブな婚約者にびっくりしたこと。
最初は全然食べてくれなかった野菜も、食べられるようになったこと。
泣き虫だったランドルフ様が、頑張って(外では)泣かなくなったこと。
いつの間にかイケメンに成長したランドルフ様と私とでは釣り合わないと卑屈になったこと。
想いが通じ合った後も、美しいご令嬢方から嫌がらせにあったりランドルフ様の甘い台詞に振り回されたり、とにかく色んなことがあったんだなあと、なんだか懐かしくさえなってくる。
きっとこの先も色んなことがあるだろうし、ランドルフ様の言うように喧嘩したり腹が立ったりすることも当然あるだろう。でも、一つだけ確かなのは、どんな状況、どんな気持ちでも、私がランドルフ様を愛しているという事実はきっと、変えられないし変わらないということ。
「私も同じ気持ちです、ランドルフ様。」
私が答えると、ランドルフ様は涙ぐんでしまわれた。久しぶりに見るなぁ、ランドルフ様の泣き顔。そんなことを思いながら、私は背伸びしてランドルフ様の頭をよしよしと撫でる。
あの質問攻撃って、結婚式とかプロポーズのこととかを考えてのものだったのか。謎が解けてスッキリした気分だ。ランドルフ様の髪の毛は気持ち良いので、それも相俟って今とっても良い気分。
「素敵なプロポーズ、ありがとうございます。きっと、一生忘れられない誕生日プレゼントです。」
「う、うう〜〜そんな嬉しいこと言わないでユリアーネ、僕泣くつもりなかったのに〜〜」
そんなことを言うランドルフ様が愛しくて、愛しくて。私はランドルフ様の両頬に手を添える。びっくりして涙がとまったランドルフ様に、私はそっとキスをした。
「ランドルフ様、大好きです。私を選んでくださって、ありがとうございます。」
「ユリアーネ……」
なんだかとっても甘い声で、私の名前が呼ばれる。あれ。さっきまで涙声で可愛かったのに、おかしいな。なんだかランドルフ様雰囲気も変わってるんですけど。おかしい、絶対おかしいぞこれ。と思ったら、案の定ランドルフ様からキスされましたとも。ええ。私がした軽く触れるだけのキスじゃ物足りなかったんですかね、めっちゃ深いキスでしたよ。ああもう、私慣れてなくて息するの難しいんだってば別に慣れたくはないですけれども!
ただ、正式なプロポーズを受けた後だし、前みたいにどすどすお腹を攻撃するのは良くないかなと思って耐えていたら、満足したのかしばらくしてようやく解放される。
「君ってば本当に、どれだけ惚れさせれば気が済むの、もう。可愛すぎ。」
今度はぎゅっと抱きしめられて、気付けばランドルフ様の腕の中。耳元で話されるので、少しくすぐったい。
「まだ婚約者だからなにもしないけれど、結婚したら、覚悟しててよね。」
え? なにもしないって、どこが? 充分色々されている気がするのは私だけ? いやいやこれでなにもしてないって、結婚したらどうなるの!?
私早まったかなと焦ったけれど、ランドルフ様が嬉しそうで幸せそうで、なにも言えない。
「ユリアーネ。なに考えてるの?」
「…………ランドルフ様のことです。」
きっとこれから、ランドルフ様を甘やかしつつランドルフ様に甘やかされて、甘い甘い日々を送るのだろう。
「もう一回キスしても良い?」
それも、相手がランドルフ様なら悪くないかと思ってしまうくらいには、ランドルフ様に惚れているということで観念します。
「苦しいのは嫌ですからね。」
「……善処します。」
まあ甘やかすのも程々にさせていただきますけどね!
ユリアーネ=ペリドット
前世の記憶をフル活用して、美味しく健康的な食事を家族と食べるのが生き甲斐。ランドルフとはプロポーズの半年後に無事結婚式を挙げ、男の子三人、女の子二人の子宝に恵まれる。レシピ本を出版したところ大ヒット。その売り上げは、将来子供たちが巣立ったらランドルフと旅行にでも行こうと思って貯めているが、調子に乗ると面倒なのでランドルフには内緒にしている。
ランドルフ=ハウライト
お菓子とお肉が大好きなおデブさんだった。自分に自信がない割にとても我が儘という少々面倒なお坊ちゃまだったが、毎日野菜入りのお菓子を持って根気強く自分と向き合ってくれるユリアーネのお蔭で劇的ビフォーアフターを遂げる。ユリアーネ似の子が生まれなかったことを密かに残念がっている。ユリアーネが好きすぎて子供たちとユリアーネの取り合いになってよく怒られる。