第12章 神殿炎上
神殿の鎮火活動。
今までと比べると、異常に量が少ないです……;;
あの老人に出会ってから、早くも十日が過ぎていた。
未だにテスカトリポカは見つからない。もう期限は、あと2週間程しかないというのに。
街も、以前よりもさらにどよめいてきた。皆、アトルの儀式が心配でならないらしい。街から笑顔が失われていて、何だが異様だ。
いい情報が得られず、メツスィーの表情も険しい。日に日に昼間の化粧が濃くなってくる。それはもう、化粧なんてしない方がいいんじゃないかと思うほど。それでも毎日欠かさない所を見ると、自分では気づいていないようだ。
周りにある全てが、今までになかったような異様さに溢れていて、居心地が悪い。
だが、シェータの心配の原因は、メツスィーでも町にでもなく、アトルにあった。
最近、アトルの様子がおかしい。
確か、息抜きに夜の散歩に出かけた時だったろうか。あの時からアトルは、何もない所に手を伸ばしてみたり、話を切り出しかけてやはり止めると言ったことが多くなった。それに時間がないと言うのに、考え事ばかりしている。あの老人の話は、とても優しくて、印象深いものだったから、そのせいかもしれないが……それだけではないような気がする。なぜかとても、嫌な予感がする――。
◆◆◆
その事件は、ちょうど儀式まであと1週間を切った頃に起きた。
ある昼下がりのこと―――。
「シェータさん、います!? 拙いことが起きました!」
扉を勢いよくバンと開け、整えられた美麗な長髪を振り乱しながら、メツスィーはシェータを呼ぶ。ちょうど昼休みをとって昼食を食べていたシェータは、唐突のことに食べ物をのどに詰まらせかけて咳き込む。
「ぐ…ゴホッ………な、何? どうしたのメツスィー?」
今思えば、この報告は訊きたくなかった。
「神殿が燃えている!」
場は騒然としていた。墓場のように沈んでいた町が騒がしくなるのはいいことだが、悪い意味で騒がしくなるのは嬉しくない。
神殿から逃げる者、遠巻きに集まるもの、周囲は行きかう人々でごった返していた。
人混みをかき分けながら、シェータとメツスィーは前へ前へと突き進む。人々の頭の上に炎がちらつくのが見える。ちらちら見え隠れする緋い火が心に追い打ちをかける。
シェータの脳裏に嫌な予感が過った。
「…どこの神殿が燃えてるの!?」
最悪なことに、予感は当たった。
「……アトルのいる神殿です!」
――………!
神殿めがけ、シェータは人々にぶつかりながらも全速力で駆け抜ける。その姿は、さながら疾風のようだった。その後ろを、被っている麻布がずり落ちないかと心配しながら、メツスィーが追いかける。
ようやく人混みを抜け、周囲を見渡せる場所に出る。周りをきょろきょろと見回すと、離れたところにアトルや神官たちの姿があった。彼らは、服のあちこちが焦げていて、顔も煤だらけだったが、怪我はなさそうだったので、少し安心する。
そして目つきを鋭く変え、メツスィーに向かって叫んだ。
「メツスィー! 神殿を炎を鎮火しよう!」
「はぁ!? 何言ってんだ! そんな目立つことは出来ない!」
あまりのことに、男言葉になっているのにも気づかない。
「神殿は、あたしたち神にとっては別荘のような……家のようなものなの! だから消さなくちゃ」
「あれはウィツィロポチトリの神殿で、お前の神殿じゃないだろう!」
シェータは両拳を握り締めて言った。
「でも、ものが壊されるのは嫌なの!」
メツスィーはあんぐりと口を開け、少し驚いたようだった。そして納得したように、ふっと笑った。
祖父が孫を見守るような、優しい笑みだ。
「そうか……なら、やってみよう。出来るところまで!」
「うん!」
応えるなり、シェータは攻撃体勢に入った。仁王立ちにし、両手を神殿に向けて構え、光る双眸で炎を見据える。そして針のように神経をぴんと張り、人々の声は既に聞こえない。
ぼそりと、地上の植物たちの呼びかける。
「……あなた達が、炎を苦手とするのは分かってる。でも、力を貸して……」
そして、放つ。
「地上の植物たちよ! 我らが家を破壊する火妖どもを懲らしめよ!」
はっとした。メツスィーは、寸前で大事なことを思い出した。
「……! 待てっ、シェータ……」
メツスィーの制止の声は、熱風と人々の騒音にかき消された。
シェータの掛け声と共に、彼女の掌からは日薔薇の蔦が現れ、大地からはぼこぼこと木の根が這う。蔦や根は、人々の波を乗り越え、神殿を覆う火炎に巻きつく。じゅわ…と、草木の燃える匂いが風にのって届く。
そして、ざわざわという風の音と共に、木の葉が竜巻をつくって炎の中に飛び込む。焼かれて無残な姿となった葉が宙を舞う。シェータは少し、複雑な気持ちになった。
「きゃあ! 何!? 一体何が起こってるの!」
「わあ、竜巻だ! 神殿に竜巻が襲いかかってるぞ!」
事情の分からない人々は、新たなる異変に戸惑い、喚く。蔦も竜巻も、炎を収めようとして神殿にぶつかったのだが、人々にはそれが襲っているように見えるらしい。事態は悪化するばかりのようだった。
次第に、風が強くなり、炎と竜巻の勢いも増す。
ばさりと、シェータが頭に被っていた麻布が落ちる。途端に、眩い白緑色の髪が流れ落ち、風になびく。白い肌も露わになる。
彼女は、それに気づかない。視線はずっと、神殿を向いたまま。
誰かがそれに気づいて、奇声を上げた。
「異形人だ、異形人がいるぞ!」
「なんだと!? では、炎や竜巻はそいつのせいか!」
「魔術師がいるのか!?」
「なんてことを……っ!」
「奴を捕まえろっ!」
人々はシェータの姿を見て、口々に騒ぎ出す。今にも掴みかかろうとする勢いで、大柄な男たちが沸き立つ。
普通なら気づきそうなものだが、全てを取り払って鎮火に集中しているシェータには気づけなかった。
「シェータ! シェータ!」
メツスィーが必死に叫ぶ。
シェータははっとして、メツスィーの方を振り向く。そしてようやく周りの様子に気がついた。草木を操る手を止め、駆け出そうとする。
しかし、遅かった。
がっちりとした太い腕に、シェータの細腕はあっさりと掴まれてしまった。
じたばたと小さな抵抗をしてはみるが、そのまま羽交い絞めにされ、後頭部を殴られる。
「……メ、メツスィ………」
――神様なのに、こんなのじゃ………。
友人の名前を呼びかけ、シェータは力なくその場に崩れ落ちた。
「――――――…ータ!」
メツスィーの叫びは虚しくも消された。
最悪の状況が出来上がってしまった。




