雨の街フィオラ
フィオラの朝は早い。
まだ空が薄暗いうちから、
街の人々は動き始める。
パン屋からは焼きたての香り。
市場には野菜を並べる商人達。
鍛冶屋からは金属を打つ音が聞こえる。
雨は今日も降っている。
けれどフィオラの人々は、
それが当たり前だった。
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「おはよう、エリシアちゃん」
「おはようございます!」
パン屋の扉を開けながら、
エリシアは笑顔を返す。
いつもの朝。
いつもの仕事。
なのに。
窓の外へ目が向いてしまう。
白銀の髪を探してしまう。
もういないのに。
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「最近元気ないねぇ」
店主のおばさんが言う。
「そんなことないですよ!」
「嘘おっしゃい」
即答だった。
エリシアは苦笑する。
⸻
昼過ぎ。
仕事を終えたエリシアは、
祖母の家へ戻っていた。
すると。
家の前に見覚えのある馬が止まっている。
黒灰色の外套。
ヴェルグレイヴ騎士団。
「アルヴィス?」
扉を開けると、
アルヴィスが祖母と話していた。
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「おや、おかえり」
祖母が笑う。
「この騎士さん、真面目そうな子だねぇ」
「……どうも」
アルヴィスは少し困った顔をした。
エリシアは思わず吹き出す。
「何か分かった?」
エリシアが尋ねる。
アルヴィスは首を横に振った。
「まだだ」
その言葉に、
エリシアは少しだけ肩を落とす。
その時だった。
勢いよく扉が開く。
「エリシア!」
聞き慣れた声。
茶色のくせ毛。
少し日に焼けた肌。
鍛冶屋の息子。
マルクだった。
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「マルク?」
「お前パン屋に弁当忘れて――」
そこまで言って、
マルクが固まる。
アルヴィスを見る。
アルヴィスも見る。
沈黙。
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「……誰だ?」
マルクが先に口を開いた。
「ヴェルグレイヴ騎士団所属、アルヴィスだ」
「ふーん」
明らかに警戒している。
アルヴィスもまた、
マルクを観察していた。
街の青年。
鍛冶屋の息子。
だが。
エリシアとの距離感が妙に近い。
「マルクは幼なじみなの!」
エリシアが嬉しそうに言う。
「へぇ」
アルヴィスの返事は短い。
「何だよその反応」
「別に」
早速空気が悪い。
しかし。
エリシアだけは気付いていなかった。
「お茶淹れてくるね!」
そう言って台所へ向かう。
部屋に残されたのは、
アルヴィスとマルクだけだった。
⸻
雨音。
沈黙。
先に口を開いたのはマルクだった。
「……あんた」
「なんだ」
「何しに来た」
アルヴィスは少しだけ目を細める。
「調査だ」
「それだけか?」
「それだけだ」
マルクは腕を組む。
気に入らない。
何故か分からないが気に入らない。
この男は。
フィオラの人間じゃない。
雨の匂いじゃなく、
戦場の匂いがする。
「エリシアを巻き込むなよ」
ぽつりと落ちた言葉。
アルヴィスの眉が僅かに動く。
「……」
「この街には関係ない話なんだろ」
マルクは真っ直ぐ見据える。
「だったら連れて行くな」
アルヴィスは少し黙った。
そして。
「そのつもりはない」
静かに答える。
マルクはまだ納得していない。
けれど。
嘘を言っているようにも見えなかった。
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「おまたせー!」
エリシアが戻ってくる。
空気の悪さに全く気付いていない。
「二人とも仲良くしてね!」
「無理だな」
「無理だ」
二人同時だった。
「えぇ!?」
エリシアが目を丸くする。
祖母は奥で笑っていた。
「若いねぇ」
⸻
その頃。
フィオラから遠く離れた街道。
一人の青年が雨の中を歩いていた。
白銀の髪。
黒い外套。
疲れた横顔。
ペルリニエは立ち止まる。
空を見上げる。
灰色の雲。
止まない雨。
そして。
胸の奥に残る温かい記憶。
『また来てね!』
エリシアの声が蘇る。
⸻
ペルリニエは目を閉じる。
帰りたい。
そんな感情を抱いてしまったことが、
少しだけ怖かった。
だから。
歩かなければならない。
振り返らずに。
前だけを見て。
だが。
遠くの空で、
紫色の光が静かに揺れていた。
まるで。
彼を追いかけるように。




