第16話 百合の下僕へと(第1部・全16話)
This is my turn。
間違いない。
ここは俺の出番だ、絶対に。
俺はできる。
自分は敵種の攻撃を無効化・中和できる。
そう信じよう。絶対にそうだ。
俺は一歩一歩足を進める。
怖くはない。
これまで異形や怪異に絡まれてきた。
だが自分は常に無傷だった。
俺自身の身体や精神にもなんの影響もない。
だからそう信じて歩を進める。
苦しむ泉さん、猫又のミケの前に立ち、2人に攻撃を加える二匹の魔犬の前に立つ。
黒と白の魔犬は、俺を見ていったん動きを止める。
まるで新たな獲物が来たと事を確認するように。
そして勝ち誇ったような表情を上げる黒と白の魔犬。
『バカなやつめ』と言うような表情をあげる黒い魔犬。
『どんなやつだ?』と探るように怪訝そうに俺を見る白い魔犬。
続けてその二匹はタイミングを合わせるかのように前方左右から、炎と氷の二重奏攻撃を仕掛けてくる。
だがそれは無駄だった。
普通に立ちはだかった俺の身体に、炎と氷の二重奏攻撃は無駄に終わった。
二つの攻撃は立ちはだかる俺の前で無効化され霧無のように消失していく。
驚く黒い魔犬の目。
失敗を悟り、恐れる白い魔犬の目。
俺は両手をかがげ、伸ばした指先に意識を集中する。
一点に集中した意識を、前方の二匹の魔犬に集中する。
この時初めて、二匹の魔犬は俺が危険な存在として認識した。
俺が能力覚醒した事を悟り、唸り声を低くあげ警戒しながら二歩三歩後退する二匹。
だが俺はそれを逃さなかった。
俺は確実にターゲットを捕捉していた。
額にシワを寄せ、息を止めて、一点集中する。
俺は自分が持っているであろう『無効化』の力を両手に集中させ、扇状に大きく広げ、そして腕で覆うようなイメージを浮かべる。
そして広げた十本の指を一気に握り、それを潰すように強く拳を作る。
次の瞬間、二匹の魔犬は見えないバリアに押しつぶされるように丸く地面に押しつぶされる。
そう、まさに何十Gと言う重力が二匹の魔犬を押し潰すように。
成功だ。
無効化のドーム状バリアが二匹の魔犬の動きを停止させる。
「泉さん、ミケ、だいじょうぶですか?」
その言葉を聞いた泉さんがすかさず反応する。
息をハアハアさせながら、泉さんが立ち上がる。
火炎熱攻撃で汗だくでぐっしょりの泉さん。
立ち上がる時にはだけた巫女服の中から、白い下着で守られたふくよかな胸の膨らみが見える。
ほくろ?
それとも汚れ?
今はそれを確認できるすべもない。
たわわをカバーする白い下着は汗まみれでぽたぽたしずくがあたりに落ちていく。
あまりにも汗で密着して柔らかくなったせいか、ポツンと乳首のようなものも見える。
きっと股間の下の白い下着も汗で濡れ、その小さな下着はピッチリと張り付いて膨らみや穴の部分に食い込んでいるのだろう。
立ち上がる泉さん。
本来巫女服などは女性の身体のボディラインなどわかるはずもない。
だが今は、滝のように流れ出した汗により、ピッタリと密着した巫女服が、美しい身体のラインをくっきりとさせている。
豊満ではなくセクシーではない、少々幼児体型のシルエットであるが、息も絶え絶え、敵に立ち向かおうとする泉さんは、素敵だ。
「滅破封印!」
印を唱えた泉さんは巫女服の袴部分から二枚のお札を取り出す。
そのお札も濡れに濡れているのだが、彼女は悩まず呪文を詠唱し、すばやく地面に伏せる二頭の黒い魔犬の頭部に貼り付ける。
封印の結界は完成した。
その横で、氷結の攻撃を受けていた猫又のミケが、思いっきり身体を震わせ、溶けかかった氷結を振り解く。
氷のチリとなった氷塊が、俺の身体や顔に当たるが、痛くはない。
身体全身をブルブルさせ、猫又のミケが俺に告げる。
「ナイス! ありがとにゃ。」
二本の大きな尻尾を、まるでVサインのようにして掲げている。
ここは済んだ。
この場所は平定した。
だが敵は、敵の首領がまだいるはずだ。
たぶん、課長とエリ先輩の母親が対峙しているはずだ。
そう思って、この先の通路の先を眺めた時、強烈な波動が遥か遠くから何度も押し寄せてきた。
* * * * * * * *
強烈な波動が津波のように押し寄せる。
いわゆる『煙突効果』である。
水平の細長い通路に地震のように振動し、強烈な衝撃波が押し寄せる。
その衝撃波に飲まれる事なく、必死に耐えている二人の人物。
妖艶な魔少女・刹那=百合と対峙しているエリ先輩の母と課長だ。
二人はボロボロになりながら、流されずにその場所に歯を食いしばって留まる。
その衝撃波を起こした張本人は、もちろん刹那=百合である。
「しつこいわね、あんたたち。」
収まった衝撃波で揺れる塵芥が舞う空気の中を、一歩一歩ゆっくり歩み寄る刹那=百合。
身長140~150cm前後であるのにも関わらず、まるで見下ろすかのように笑った目で二人に語りかける。
和服がボロボロになったエリ先輩の母親。
「彼岸大戦でのここで借りを返す!」
装着していた特殊装甲が飛び散り、ほぼ無防備状態の課長。
「結界事変での仲間の仇を討つまではな!」
二人の決意の表れのその言葉に、かわいく横に首を傾げる刹那=百合。
「私、あなたたちの事、知らないんだけど。」
その語り掛けの口調と表情は、まるで子供のようなあどけなさを見せる刹那=百合。
息を静かに吸い、今自分の目の前で邪魔をしている二人の様子を見つめる刹那=百合。
何かを思い出したかのように、ふっと笑みを浮かべ、自分が抱いた疑問が解けて納得した表情を浮かべる。
「ああ、そうか。わからなかったわ。」
刹那=百合は明らかに人を小馬鹿にした表情で二人に告げる。
「その目、その型、その攻撃方法、気合い、圧力、匂い。なるほどね。」
人を小馬鹿にして納得している刹那=百合の表情を見て、烈火の如く怒り燃え上がる二人。
「思いだしてくれてありがとう。」
その長く伸びた両指の爪をターゲットに向けるエリ先輩の母親。
「こっちは忘れられないんでね。」
手に残された武器を構え、じっと視線を逸らさない課長。
刹那=百合は明らかに小馬鹿にしてエリ先輩の母親に告げる。
「なに、その呪文の刺青は? 前に会った時はなかったでしょ? それで私に対する対抗できるとでも? 笑えるわ。」
エリ先輩の母親の衣服がはだけて見え隠れする腕やふとももや足。
そこに無数の呪文の刺青が彫り込まれている。
「これのおかげで少しはお前に対抗できるわ。刹那。」
その呼び名に首を傾げて反応して返す刹那=百合。
「だから私の名前は百合だって言ってるじゃない。覚えてよ。頭悪いわね。でも、かわいいでしょ、私の名前。」
そう言ってから課長の方に視線を送る刹那=百合。
「あなた、何人かの皮膚を移植してるでしょ? 最初お前から複数の肌の匂いがしたから、良くわからなくて混乱したわ。」
その言葉に過剰反応する課長。
「この皮膚は、移植されたこの皮膚たちは、お前の犠牲になった者たちの皮膚だ!」
その言葉に甲高い笑い声を響かせる刹那=百合。
「笑わせないで。私にやられた弱き敗者たちの皮膚を張り付けたの? 何のジョーク?
そんなんで私に対抗できるとでも? それはあれ? 殺された仲間たちへの贖罪のつもりなの?
ああ、思い出した。たしかお前は私によって身体全身が焼けるボロボロの火傷を負った弱きやつでしょ?」
課長がそれまで見せた事のない怒りの表情で声をあげる。
「刹那! 私はお前を許さない!」
その言葉に笑みを浮かべ目を伏せる刹那=百合。
「だから私の名前は刹那ではない。その名で呼ぶなって言ってるでしょ!」
次の瞬間、波動が起きた。
超波動が嵐のように押し寄せ、攻撃に耐えようとした二人をまるで津波に飲まれるかのように押し流す。
目に見えない波動を放った刹那=百合が勝利を確信し、宣言する。
「お前たちは私に勝つ事はできない!」
* * * * * * * *
強烈な波動の津波を身体全身で対抗し前へと進もうとする俺の目の前に、エリ先輩の母親と課長が押し流されてくる。
「!」
俺の足元付近に流れ込んでくる『波動』。
素足で海岸に立ち、押し寄せる波を足で感じるよりも強くて激しい。
警察病院で感じた『空気圧』よりも強力だ。
煙突効果で押し寄せた敵の波動は強力な物であったが、俺は耐えた。
耐えられた。
強力な波動に押し流される事なく、その場に立ち続けることができた。
押し流れてきたエリ先輩の母親と課長を自分が貼ったフィールドを広く展開させて受け止める。
だがすでに二人はボロボロだ。
肩で息をして二人とも同じ方向を睨んでいる。
俺はそれを確認すると、二人と同じ方向を見る。
やつだ。
来る。
やつが来る。
刹那が来る。
そう。
自分が会いたいと願っていた、百合が来る。
身長140~150cm前後の小さい身体。
身体全身から光を放ち、逆光気味のそのシルエットから、身体に衣服をつけていない裸の状態である事を再確認できる。
胸の小さな膨らみは、おそらく第二次性徴期の途中過程で成長中を示している。
一見すると大人になりかけ最中の幼児体型の子供のようだ。
だが違う。
子供ではない。
彼女は子供ではない。
彼女は『敵種』だ。
百合は歩くのをやめて、通路に仁王立ちしている俺を見て口を開く。
「ああ、そこにいたのね。会いたかったわ。私の下僕。」
そう言って、首を傾げ、目を輝かせ、ピンク色の唇を微笑ませるコケティッシュなかわいい表情。
俺は自分の気持ちも、身体全身含めて吸い込まれてもいいような意識にとらわれたが、ここは必死に抵抗した。
不気味で高圧的で、なおかつ愛おしい邪悪な笑顔に全てを捧げてしまいそうな自分の欲望を抑えて、彼女を敵と認めて睨みつける。
「いいわ。いいじゃない。その目つき、その態度。すごく好きだわ。さあ、いいから早く私の下僕になってよ、キミ。」
取り込まれてしまう、取れ込まれてもいいと思いを脳裏に走らせながら、俺は対抗措置に移行した。
約10メートルぐらい離れている。
だが距離は問題ない。
いくら離れていようが、いくら遠くにいようが、俺の解放された能力は、彼女を、百合を捉えて離さない。
印を踏む。
精神を集中する。
自分の髪の毛が逆立つのがわかる。
自分の身体全身の毛穴から、皮膚から、強力なエネルギーが湧き上がっているのがわかる。
それを見た百合、いったん首を傾げ、薄笑いを浮かべ、ピンク色の唇を開く。
「いいわ。いいわね。やってみて。見せてよ、キミの全てを。さあ早く、して。」
俺は意識を集中した。
約10メートル先のターゲットに。
敵であるのにも関わらず、なぜだか気になる邪悪な少女。
関わってはいけないと理屈でわかっていても、自分の本能が求めていると感じる幼児体型の少女。
百合。
またの名を刹那。
敵だ。
彼女は敵だ。
邪悪な魑魅魍魎や怪異たちの首領の少女。
百合。
俺は複雑な気持ちを整理して意識を集中した。
複雑な気持ちを整理した、と思いたい、整理した、と思っているのかもしれない。
俺は意識を全集中して、強力な障壁を10メートル先の少女に向けて放つ事にした。
俺の能力は『敵の能力の無効化』と『強力な障壁結界の形成』らしい。
とにかく今は目をつぶり、全意識を10メートル先に聳え立つ身長140~150cmの彼女に向けてぶつける事にした。
だがそれは無駄だった。
俺は絶対障壁を放った。
絶対障壁を放ち、完璧な結界バリアを作り、刹那=百合を煙突効果の如く、この通路のはるか先の先端に吹き飛ばすイメージで、
自分の能力を解放して解き放ったはずだった。
だがそれは無駄だった。
百合は俺のすぐ目の前にいた。
身長140~150cmくらいの小柄な身体。
正体とは裏腹な、何も知らなそうな可憐な少女が俺の目の前に立っていた。
驚く俺の表情をわかってか、百合はピンク色の唇をかわいく微笑み、首を可愛く傾げてつぶやいた。
「今のがキミの全力? まあまあだったわね。」
なんて事だ!
彼女は、百合は、俺が放った精一杯の『能力』を物ともせず、完全に無効化して俺の目の前に立っていた。
百合は完全に俺の間合いに入り込み、もし鋭い刃を持っていたら今すぐにでも俺の首を切り裂ける範囲に入っていた。
今までに嗅いだことのないほど、吸い込まれそうな心地よい香り。
思わず息を呑み、そして深呼吸してしまう、気持ちのいい香り。
それこそずっとその香りを嗅いでいたいと思ってしまうほどであった。
香水で言ったら、何番なんだろうか。
そして、その肩にかかるぐらいのショートボブの髪の毛。
華奢で可憐な鎖骨。
うるうるとした潤んだ瞳が希望の光でいっぱいに輝く。
ちょっと先端が丸まった、ツンとした小鼻。
そして程よく潤んだピンク色の唇が、俺を見上げてかわいく告げる。
「ねえキミ、私の下僕になってよ。」
俺は必死に抵抗した。
抵抗しているはずだった。
身体全身に抵抗するために力をいれる。
だが、その抵抗は無駄だった。
何者かの力によって頭を強く抑えられている気分であった。
俺は力を入れて必死に抵抗する。
身体全身から緊張と恐怖のためか脂汗が噴き出る。
「むだよ。さあキミ。私の足にキスして。私の足の指を舐めて。それが私の下僕になる契約の誓い。」
低身長の百合は自分よりも背の高い俺を見上げて潤んだ目で見つめる。
小悪魔っぽく、とてもかわいく微笑む百合。
そう、彼女は小悪魔。
まるで天使のような表情をあげているが、それは違う。
俺は必死に抵抗した。
だが、俺の頭は徐々に目に見えない百合が放つ『圧力』によってどんどんと傾いでいく。
俺の視線に百合のきれいでかわいい足が見えてくる。
それだけで判断したら、それは普通にただの女の子の足だ。
成長途中で肌がきれいで小さく可愛い足と指。
百合の見えない力で下げさせられ、抵抗虚しく、ちょうど百合の顔正面付近まで頭を下された。
まるで土下座を強要されている状態なのだろう。
だが土下座ならまだしも、足にキスして指を舐めろとの命令だ。
それだったらまだ土下座の方が許せるかもしれない。
百合の顔がちょうど俺の顔の真正面にある。
俺の顔は見えない圧力で百合の顔真正面の位置まで下げられた。
その距離わずか数センチ。
感じる。
そこのエリアだけ、滞留する暖かい空気。
力強い皮膚呼吸とその息遣い。
例えるなら、寒い外から家に帰った時に感じる、部屋を包むホッとした暖かい空気の感触のよう。
百合のかわいい顔付近から、華奢な鎖骨付近の肌から漂ってくる心地よい香り。
気持ち良い。いい香りだ。
そして何よりも俺の興奮させたのが、百合のピンク色の小さくかわいい唇がすぐそばにあるという事だ。
そのピンク色の小さな唇がやさしくかわいく微笑みを浮かべている。
「ま、いいか。正式の儀式は後ですればいいかな。」
そう言って百合は、おもむろに俺にキスをする。
ちょうど百合の頭付近に、屈んだ位置にある俺の口に、触れられ覆い被さる暖かい感触。
百合の両手が俺の頭を包み、グイグイと彼女の頭に力強く寄せていく。
百合の両手が爪をたて激しく俺の頭を掴んでいく。
驚いた俺が声を上げる間も無く、俺の口の中に力強く温かく柔らかい百合の舌が入ってくる。
呆然と抵抗できる事なくしている俺の舌は、乱暴に侵入してきた百合の舌に力強く絡められていく。
柔らかい。
暖かい。
気持ちいい。
百合の舌は俺の舌と激しく絡み合い、そして百合の唾液が俺の口の中に注がれる。
それは細胞を取り込む採取装置のように。
それは俺を全能無効化する媚薬のように。
激しく絡み合った俺と百合の舌。
やがて彼女は力いっぱい俺の唾液を吸い上げていく。
ものすごい吸引力で『俺』は吸い上げられていく。
彼女が狙っているのは俺の唾液ではない。
彼女が狙っているのは俺の能力だ。
俺の能力を取り込み、俺を下僕にするための、彼女は精一杯に俺の全てを吸い上げていった。
* * * * * * * *
ここはどこだ?
あれ、俺何やってたんだ?
確か、確かエリ先輩の実家の神社で、敵種の襲撃を受けて……。
敵種?
そう、そうだ!
敵種!
刹那!
百合!
目を覚ます。
それまで真っ暗だった世界から目を覚ます。
俺は気を失っていた。
俺の意識は飛んでいた。
なぜだ?
最後に見た物、それは刹那=百合のかわいい顔のアップ。
最後に感じた物、それは百合との熱いキス。
「起きたようね。」
さっきまで耳にしていた聞き慣れた声がする。
刹那だ!
百合だ!
俺は目を開けてその方向を見る。
百合だ。
百合がまさに玉座に座っている。
玉座に座る百合は小悪魔的な笑みを浮かべて俺を見下ろしている。
あれ?
なんかおかしいぞ。
俺は地面に伏している。
気がつくと、俺の首に何かの違和感がある。
なんだろう?
そう思って手で触れて、視線の隅で自分の首部分を確かめてみる。
首輪だ!
俺の首に首輪が付けられている。
え?
何?
これ?
驚いて自分の首につけられた首輪をよく見る。
すると鉄の鎖が結ばれていて、その先端を百合が持っている。
え?
なにこれ?
まるで犬じゃん!
これじゃまるで『下僕』じゃん。
しばらく戸惑っていた俺に百合が優しく高圧的に声をかける。
「さあ、下僕の契約の誓いの儀式をしよいうか?」
そう言うと玉座に座る素足の百合の足首が目に入る。
なんだ?
何がどうなっている?
あたりを確認する。
まわりの状況を確認する。
そこはまるで巨大なホール状の大広間。
あわてて見ると、玉座に座る百合の前の広間に、この世の物とは思えない魑魅魍魎や怪異、異形たちが蠢いていた。
まさに、この世の物ではない。
まさに邪悪な敵帝国の要塞神殿のような図である。
驚く俺を諭すように、目の前の化け物たちを見て口を開く百合。
「ああ、あいつらは私の眷属だ。」
眷属?
郎党?
俺もそうなってしまうのか?
百合は俺の心が読めるのか?
百合はテレパシーが使えるのか?
使えたとしても、それに違和感はない。
「違う。お前は私の側近だ。常にいつでも私のそばにいて、私に誠意を尽くす下僕だ。」
いや!
どっちみち同じだろ?
俺の自由はないのか?
俺はこのままなのか?
俺はこいつらと同じなのか?
俺はとある視線に気が付く。
化け物たちが俺を見る目の中に、ひとつ異質なものを感じた。
あいつだ。
被害者であったハルミ・キョウコだ。
化け物となったハルミ・キョウコが興味深そうな目で俺を見る。
それこそ、百合の手を離れたその瞬間、まるで今すぐ襲ってみたいと思わせる邪悪な目つきだ。
まるでどう言う風にしてやろうか、どう言う風に料理してやろうか、と言う表情で俺の今の状態を品定めしている。
待て待て!
なぜ、ハルミ・キョウコがここにいる?
ハルミ・キョウコがここにいるって事は、あの後どうなったんだ?
ハルミ・キョウコは、エリ先輩の『父親』の形見の服を使って縛り上げられたんじゃなかったのか?
じゃあ、あの衣服はどうなった?
エリ先輩のお父さんの形見だったはずだ。
いったいそれはどうなった?
それに俺はまだ、エリ先輩に謝っていない。
エリ先輩と仲直りしていない!
ハルミ・キョウコがここにいると言う事は二匹の魔犬はどうなった?
二匹の魔犬はどこにいるんだ?
気がつくと自分の背後から二匹の魔犬の息遣いが聞こえる。
俺は思わず自分の背後・左右を確認する。
玉座に座る百合の左右背後で、まさに主人を守るように伏していた。
二匹の魔犬が鋭い目で俺を見る。
二匹の魔犬の息遣いが、早く儀式を行えと言わんばかりに唸り声を上げる。
「私のかわいい下僕。いいから早く、して。」
百合が首を傾げとてもかわいい表情を浮かべる。
すっ、と差し出された百合の小さな足首。
とても邪悪の首領とは思えないほどの可憐でかわいいその表情。
何か、無限のモノに飲み込まれるような意識にとらわれる。
前回は自分の意思で強烈に抵抗した。
前回は百合にキスをして足指を舐めることを精一杯抵抗した。
だが違う。
今は違う。
操られているのか、それとも本能なのか。
俺は言われるまま悩むことなく、自分の目の前に差し出された小さくてかわいい百合の足に顔を向けていく。
ごく自然に。
それが当たり前のことのように自分の頭を向けていく。
あの時、百合にキスされたからなのか?
それが原因なのか?
あのキスが原因で俺は洗脳されてしまったのか?
今自分が考えている思考は自分が考えている思考なのか?
それとももうすでに洗脳されてしまった思考なのか?
自分が行う行為に対して拒否感がだんだんと薄れていく。
それが当たり前の事のように思えてきた。
自分は百合の小さくてかわいい足に口付けしたい。
俺は自らの意思で百合の足指を舐めまわしたい。
それは明らかに自分の意思で動いていることがわかった。
自分の素直な気持ち、自分の持つ本能がそれを行いたいと、自分の体内から訴え湧き出ていた。
ゆっくりと、そしてやさしく、俺は差し出した百合の足に口付けした。
柔らかくきれいな足だ。
しばし自分の口を百合の足にやさしく口付けした俺は、口を広げ百合のかわいい足指を目指した。
百合のかわいい足指を、自分の舌でやさしくていねいに舐め回し、そしてそれを口に含んだ。
柔らかい。
かわいい。
そして尊い。
しばしの時間、ゆっくりと百合の十本の足指を口に含み、丁寧にやさしく舐めていく。
俺は百合に飲み込まれてしまった。
本当に自分の意思なのか?
それとも洗脳され操られているだけなのか?
本当のところはわからない。
実際のところは証明しようがない。
一つ言える事、
確実に言える事、
それは、
俺は百合の下僕となった。
* * * * * * * *
祭主エリは驚いていた。
祭主エリは、意識を取り戻し、目を開けて驚いていた。
自分の目の前に広がる光景を信じたくはなかった。
祭主エリの父親の形見。
部下で新人の如月に貸して着せていた、父親の形見の服。
それらが無造作に床に引きちぎられていた。
ショックのあまり動けない。
衝撃のあまり言葉が出ない。
呆然とする祭主エリの元に母親が声をかける。
「大丈夫?」
その言葉に我に変える祭主エリ。
「これって、どう言う事なの? いったいあの後、何が起きたの?」
『あの後』。
自分でこの言葉の意味がわからなかった。
結局目が覚めて、自身の身体の傷の痛みが収まって起きたものの、確か二度気を失っている。
一回目はなんだっけ?
二回目はどうだったっけ?
記憶が混乱してよくわからない。
よくわからない状況に祭主エリの母親は、自身の娘に衝撃な言葉を告げる。
「あの子たちは拐われたわよ。」
「え? あの子、たち?」
「被害者のハルミ・キョウコさんとあなたの部下の如月クン。」
「え?」
その言葉で祭主エリの頭の中は混乱でなおさら整理がつかなかった。
すぐそばで祭主エリの上司である課長が傷を癒している。
「如月が刹那に拐われた。たぶん分水嶺である中間境界結界の獄門城塞に連れて行かれたのだろう。」
その横で毅然と立つ泉が問いかける。
「仕掛けますか? 獄門城塞に。」
「そうね。とにかく今はそれに向けて準備しましょう。」
課長が立ち上がる。
彼女の両腕に、すっぽり抱かれている猫又のミケ。
「んにゃ。」
そう言って、課長と猫又のミケ、泉が部屋を後にする。
事の次第がよくわからず、目を泳がせる祭主エリ。
「今はいいから。休んで。とにかく今は連れ去られたあの子たちの救出と刹那への反抗作戦の準備をしなくては。」
そう言って祭主エリの母親は部屋を後にする。
一人、部屋に残される祭主エリ。
激しい戦いがあった事を証明する雑然とした部屋に残る祭主エリ。
彼女には何がどうなっているのか、まだ頭の整理がついていけてなかった。
ただわかっている事。
それは自分の部下の如月がここにはいない。
自分の部下の如月が拐われた。
如月が刹那に拐われた。
そして思い出す。
祭主エリはここでもっとも重要なことを思い出す。
如月と喧嘩別れしたままだ。
彼とまだ仲直りしていなかった。
彼女にとって、それが一番重要な事だ。
とにかく、刹那がいると言う境界結界の獄門城塞へ攻め込んで、
彼を、如月を救出しよう。
救出して、彼と仲直りしよう。
彼女が優先すべき事はただひとつ、それだけであった。
第1部 完




