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夜分、村前提が暗闇に覆われる頃、『円環の書』王国東部支部の面々は民家の中で額を合わせていた。
この村に宿泊施設は無く、村はずれにあるもう誰も使っていない家を二軒借りていた。
この村は十年ほど前に、流行り病で多くの村民が命を落としている。
その名残で、空き家が幾つかある。
かつて民家だったがゆえに、椅子の数は多くは無く、何人かは壁にもたれかかっていた。
この場に集められたほとんどの者は、集められた理由が分からず不思議そうにしていた。
遂に目当てである魔法店の魔法書を手に入れたのかと、ヤシウとラルゴに目を向ける者が何人もいたが、当の二人も事情を知らなさそうなのを見て、ますます疑問が強くなっていった。
そんな奇妙な空気の中、バゼルが唐突に口を開いた。
「この村に、堕落の魔女がいた」
予想していなかった報告に、一同は驚愕した。
一瞬の静寂の後、どこに、なぜ、今もいるのか、といった疑問がざわめいた。だが、誰だ、という疑問は無かった。
堕落の魔女。その名を知らぬ者は、この場にはいなかった。
「皆知っている通り、やつは『円環の書』から魔法書を二冊盗み出した」
二年前に、『円環の書』組織全体に指名手配された。
彼ら王国東部支部に限った問題ではなかった。それは、『円環の書』に属するすべての組員にとって無視するわけにはいかない問題だった。
厳重な管理が敷かれているはずの魔法書を持って逃げだすなど、前代未聞の出来事。指名手配されていることを抜いても、記憶に強くこびりついていた。
なにより、集めた魔法書が失われることの重大性は、現在進行形で魔法書回収に苦労している彼らには、痛いほど分かった。
「あの時出回った人相書きに一致している、多少は大人びていたが。なにより、最大の特徴の氷を思わせる白髪だ」
「何故、その場で捕まえなかった?」
ラルゴがバゼルを詰問する。
「経緯は分からないが、彼女は王国が作った征界船アルゴナウタイに同乗していたため、手出しは出来なかった」
「アルゴナウタイの方々は、彼女の過去を知っているんでしょうか?国営事業であれば、汚名が付くようなことは避けると思うのですが」
「知らないだろうな。彼女が魔法書を盗み出したのは、『円環の書』内々の問題であって、世に公表されているわけでも、指名手配されているわけでもない」
「事情を知っていなかろうが関係ない。魔女を匿う以上、アルゴナウタイの奴らも敵だ」
「ラルゴ、弁えなさい。曲がりなりも国家事業である彼らとことを争うのは、得策ではないでしょう。なにより、村で騒ぎは起こすのは得策ではないわ」
レイネがラルゴに送る視線は厳しいものだった。剣呑になっていく場の空気を断ち切るように、バゼルは口を開いた。
「すでに鏡紙で、本部に連絡を送った。《刻席》のお方々が出張る可能性も大いにあるだろう。我らがすべきは、情報収集と継続した情報の連絡、つまりは追跡だ。明日明朝、奴らの行き先や当面の目標を聞き出したい。ヤシウ、散歩中の偶然を装って聞き出してきてくれるか。私とレイネは警戒されてしまう」
いつもの穏やかな調子で頷くヤシウを片目に、続きを話す。
「その後彼らの予定に合わせて村を出る。村の魔法書は後回しにする」
「あっしらの安物の馬車なんかで、征界船に付いていけますかね?」
「正直、分からない。最悪の場合、馬車は捨てて馬だけで進むことになるかもしれないな。そうなってもいいように、必要なものはまとめておいてくれ」
会議で集まっていた面々の半分は会議を終え、借りているもう一軒の民家へ帰っていた。
ラルゴに割り当てられた部屋に、四人ほど集まっていた。
「ラルゴ。聞いた話、アルゴナウタイには、堕落の魔女含めて三人しか乗組員がいないらしい」
「三人だけか?それでなぜ追跡という話になるんだ?バゼルの奴、臆病風に吹かれたか?」
ラルゴを中心にこの場に集まっているのは、バゼルの悠長なやり方にまどろっこしさを感じていた。怒りを隠す必要もなく、その険しい表情に露わにしていた。
「そのうえ、行先も分かっていなければ、奴らの船がどれほどの速度を出せるかも不明」
「なら、どうする?」
ラルゴはかねてより、バゼルと馬が合わなかった。
ラルゴにとって、彼のやり方は手ぬるい。
『円環の書』の命題である「すべての魔法書の回収」を達するためには、多少強引な手を取る必要があると常々考えていた。
ラルゴとしても、命題を本気で成し遂げたい訳ではなかった。
目的は、出世。上に登りたいという、向上心。それこそが、ラルゴが円環の書』に加入した動機だ。
「今夜だ。夜明けなんぞ待っているべきではない。闇夜に紛れて、ラプラスを獲る」
「バゼルの考えとは真反対の行動になるが、どうする?」
「ことが始まってしまえば、あの臆病者のバゼルだって逃げ出すわけにはいかなくなるだろうさ」
情報の秘匿?
村一つ消してしまえばいい。
そうすれば、村にあった魔法書も手に入り、ラプラスの所有する魔法書二冊も手に入る。
三冊。166.5冊あると言われているうちの三冊が手に入る好機を見逃すわけにはいかないだろう。
我々なら、それが出来るはずだ。そうでなくては、我々、「王国東部支部」に、あの魔法書を支給している理由がない。
この実績があれば、将来的に『刻席』にまで登り詰めるのも現実的になるはずだ。
部屋の灯りに照らされた顔には、胸にくすぶる野心がありありと映されていた。
先週は更新できず申し訳ありませんでした。
次の更新も三週間後(7/13)とさせてください。
7/5以降は、執筆時間をとれるようになりそうです。……そのはずです。




