33話 別れと嘲笑と祈りと
目を開けると、先ほどまでとは打って変わって
暗く何処までも続く荒れ地が目に映った。
遠くには険しい崖が行く手を塞ぐかのようにそびえ立っている。
ヴィアに魔法陣の描かれた紙を渡し、無事に辿り着いたのだ。
どちらかというとこちらの景色が想像していた通りの魔界だ。
あまりにも違う周囲を見渡しながら、フェルはそっと前へ歩んだ。
「ここに…お母さんが…」
しかし、ヴィアの気配が後ろに感じられない。
ヴィアが付いてこないのでどうしたものかを思い、フェルが振り向くと、
ヴィアはフェルから少し離れ佇んでいた。
「俺は此処までだ」
「え?どういう…」
「サタンの言っていた通り死神は天界魔界に干渉してはいけない。
これ以上俺は此処に留まるわけにはいかない…。」
「じゃあここでお別れ…?」
「ああ…早く行け」
でも、と言おうとしたフェルをヴィアの言葉が遮る。
ヴィアが目を細め、その場に立ったままフェルを促す。
「ありがとう…ありがとうございました、ヴィアさん」
フェルがそっと頷き、頭を下げた。
頭を上げもう一度ヴィアの目を見て、フェルは踵を返し走って行った。
自分の出番は此処までだ。
戒めの鎖が現れ始め、手に足首に纏わりつく。
どうやら自分が天界と魔界の者にかかわった事が知られてしまったらしい。
このまま死神界へ戻り、果たして無事でいられるかどうか。
ヴィアは自分の胸を見下ろした。
左胸から斜め下にかけて生々しい傷跡が見える。
フェルが半分治してくれたが、これ以上何処まで完治するか分らない。
「…」
もはや時間が無い。
ヴィアはフェルの背中を見つめ、気をつけろよと呟いた。
+ + +
異様な空気が流れる。
ぴりぴりと緊迫したと言ってもいいかもしれない。
落ち着いた感じの部屋が、何処となく奇妙に暗く怖ろしく感じる。
変な沈黙が流れる。
「で?何の用かな?」
サタンが笑顔で切り出した。
ラフィンが見透かすように目を細める。
「…とぼけないでもらいたい。」
「何の事かな?」
「セルザスはどこだ」
重い沈黙が流れる。
突如サタンの様子が一変し怪しげな笑みを口端に浮かべ、くつくつと嗤いだした。
「何で分っちゃったかなぁ、君、なかなか鋭いね…」
顔を片手で覆い隠してひとしきり笑った後、ふぅと息を吐き出し、
両手を広げ、片目を眇めて言い放った。
「ざーんねん。セルザスは此処にはもういないよ?」
「何…?」
「あんた…!セルザスと何を話したの!」
「何をって…彼が手を貸してくれって言うからさ。復讐とかなんとか言っていたなぁ。
私は復讐とか大好物でな。ふふふ、見てると面白いし。
天使が天使を恨む?憎む?復讐?傑作じゃないか!はははっ最高だ!
私はその復讐がより面白くなるよう手助けをしたまでさ」
「は…?!ど、どういう意味よ…!」
「だーかーらー。自分はあの死神がいて近づけないから代わりに母の居場所を教えてやってくれだと。
私は、さっさと殺せばいいじゃんって言ったんだけどなぁ。なんか、母と再会させておいて、絶望させたいんだとよ。
その執念というべき復讐心が私は気に入ったんだよ、ははは」
「それで母の居場所を…?!最低…!」
愉快愉快と言わんばかりに高らかに嗤うサタンを睨みつけてリウスが唸る。
母の居場所を教えたという事より、楽しんでいるサタンが許せなかった。
サタンの方に駆けだそうとしたリウスをラフィンが腕を引いて止めた。
「…駄目だ」
「何で止めるのよ!ラーちゃん!!」
「ふふふ、賢明な判断だな。君たちが私に勝てるはずが無いだろう?
それに此処で争いなどしたら事が大きくなるぞ?君たちが堕天するばかりか…
そうだな~大きな争いへと膨らむかもしれないなぁ」
セルザスを止めに来たが、肝心の彼がいない以上、無駄に事を荒げるのは得策ではない。
このサタンという男。天界で居る時に噂は耳にしたが、思った通りろくな男ではないようだ。
これ以上此処にいても意味がない。
去ったとしても、これ以上セルザスを探す手立ては、無い。
サタンに敵対意思が見られない今のうちに此処を出る方がよさそうだとラフィンは考えた。
「…行くぞリウス」
「ええっ…でも!」
「行くぞ…どうしようもない」
リウスの腕を引っ張って部屋を出た。
その時リウスは見たのだ。これまでにないラフィンの悔しげな横顔を。
今できる事は、ただただ祈るだけ。
祈ることしかできない歯がゆさ。何も出来ない悔しさを、ラフィンは感じでいた。
「賢明な判断だ…」
残されたサタンが呟く。
だが速度を上げた歯車は
誰にも止められない。




