9話 想い
長身な男と、比べそれほど身長の高くない少年が天界を疾走していた。
2人とも神や天使といったところだ、勿論人間より足も速い。
「ねぇ…!!天界の果てって…ど、どこなの…?!」
セルザスの足についていくのに精一杯なフェルが、息を切らしながら半ば叫ぶようにして尋ねる。
「もっともっと向こうだ、ほら速く走らんと間に合わんぞ」
対するセルザスは爽やかな顔で受けこたえる。
薄い顔してるのになんでこの天使はこうも体力があるのだろうか、僕も大人になったらこのくらい爽やかになんでもこなせるようになりたい。と密かに心に決めるフェルである。
景色は鬱蒼と木々の生い茂る樹海へと変わっていった。
今彼らは、天界の果てへ向かっていた。
+ + +
「ちょっと来てもらおうか。」
不気味な影がフェルを覆う。
灯りに照らされて影が大きく見え、それが威圧感と不気味さを生む。
「…!」
まだ闇の日までには少し時間があるはずだ。
フェルはひくりと息を呑んだ。
「…なーんてな」
兜の中から聞えてきた拍子抜けするようなおどけた声にフェルは目を瞠り、瞬かせた。
あれ?この声どこかで…
兵がおもむろに兜に手をかけかぱっと外す。フェルは兜の下から現れた顔を見て、更に目を見開き小さくあっと声をあげた。
「じゃじゃーん!なぁ、驚いた?驚いた??」
「セルザス!!」
さっきまでの不安と緊張はどこかに吹っ飛び、代わりに安堵し、膝をついて柵まで近寄った。そしてごく普通の疑問が頭の中に浮かぶ。
「え…?なんでここにいるの?
誰も入れないはずじゃ…なかったっけ…」
「ふむ。見張りの者にちょっと眠ってもらった」
囚われの姫を助けに来るヒーローみたいだろ。前からやってみたかったんだー、といたずらっぽい笑みをこぼす。
セルザス曰く。中に入らせてよと見張りの者に言ったら駄目だと言われたので、聖法で眠ってもらって、ついでにこのかっこい鎧と兜と剣を奪い、もとい、借りてきたとのことらしい。
ちょっと動きにくいよなぁ。こんなんで戦ったり護ったりできるのかいな。と足や肘を動かしながら不満を漏らすセルザスを、フェルはあんぐりと口を開けて見ていた。
一通り不満を言い終わったセルザスが唐突に話だした。
「魔界は広くてな。距離的にも広いだろうが、
なにより悪魔の強さ別に色んな空間が多数あるそうだ。
互いの空間に行き来することもできるが、力のない者は絶対に不可能だ」
セルザスが何が言いたいのか分らず、フェルは首を傾げ眉根を寄せた。
いつもこの人は唐突に話な事を唐突に話し始める。
セルザスはかまわず話し続けた。
「お前が堕とされる空間と、母がいる空間は違うらしい。噂で聞いた」
言っている意味がよくわからず更に首を傾げた。
「つまりだ。お前が堕天してしまったら、
もう二度と母と逢いたくても逢えなくなるということだ」
同じ魔界にいるのに逢えない。どうすることもできない。自分が無力なことくらいわかっている。柵にかけていた手をぶらんと力なく落とし、どうしようもない想いに顔をしかめ、悲痛な面持ちで力なく言った。
「そんな…そんなこと言われても…どうしようもないよ…」
そのままぺたりと座りこむ。
地面に鎖が当たる音が空しく響く。
「なぜ?」
「なぜって…だって僕には何もできないし……こんなことなら…!
お母さんが生きてるなんて、知らない方がよかった!!!」
吐き捨てるように悲痛に叫ぶ。
少しの間無言の時が流れた。唐突にセルザスが喋り出す。
「なぜ初めから諦めるんだ。それは自分が堕天することが決まっているからか?ここに居ろと言われたからか?他人に言われたから、諦めるのか?どうしようもないのか?そうだよなぁ。他人が自分の事を何でも決めてくれれば楽だよなぁ。自分は何も考えなくていいんだから」
セルザスの嘲るような口調に勢いよく顔を上げ、反論しようとする。
「そんな…こと…!」
反論しようとしたが、上手い言葉が出てこない。
周りに惑わされず、自分で自分の事を決めたことなどあったか。
大体、自分の気持ちなど、あったのか。
フェルは力なく俯いた。
やっぱりどうしようもないよ。
「お前はどうしたい?おまえの、フェルの気持ちは?」
フェルは緩慢な動作でセルザスを見上げて目を瞬かせた。
僕の、気持ち?
お母さんが生きているなんて、
知らない方がよかった?
本当に、本当に?
「僕の気持ちー…」
本当に堕天したのだとしたら。
何故?
悪いのは自分であって、決してお母さんではない。
本来堕天するのは自分だ。
お母さんは、
お母さんは悪くないのに。
「僕が…どうしたいか…」
瞼を伏せる。
魔界で生きているのだとしたら…
もう二度と会えなくなる前に一度でいいから
逢いたい。
そして
「助けたい」
助けられるものなら助けたい。
いや助けなければ。僕が堕天する前に連れて帰って、天国へ戻れるようにお願いするんだ。
フェルの顔つきが心なしか力強く見える。
しかし再び表情が見るからにしおれていく。
「でも…どうしようもない…」
また先ほどと同じ言葉を漏らし俯いた。
セルザスがふっと笑い一つ頷いた。
「どうしようもないことないぞ。ほらこれなーんだ?」
チャリンと音を鳴らしながら取りだしたのは鍵だった。
「え…どうして…」
フェルが驚きで茫然としている間にも、セルザスは牢屋の鍵を開け
フェルの手を引いて牢屋の外に連れ出した。
「こ、こんなことしていいの?!」
手錠まで外し出したセルザスに、フェルはさすがに焦った様子を見せた。
手錠をかけられ此処にいなさいと言われたから、此処にいなければいけないという意識があるのだろう。こいつは、言われたことや規則とかはどうしても破れないタイプだからなぁといセルザスは心の中で思った。フェルの同じ目線まで身をかがめ、ぐいっと顔を近づける。
「これでよしっと…行くぞ!あ。これ持っとけ。お守りだ。」
白い紐に丸い水色の石が1つだけ付いたブレスレッドをフェルの腕にかけた。
フェルはというと、意味不明な言葉を投げかけられ、さらに顔を近づけられたことに少し顔を赤らめながら、素っ頓狂な声をあげた。
「えぇっどこに?!」
「なーに言ってんだ、助けに行くんだろう?お母さんを!」
軽快に笑いフェルの手を強引に引っ張る。
「俺に考えがある」
フェルを一瞥し不敵な笑みを浮かべた。




