少女と死神
お父さん、ありがとう。
お母さん、ありがとう。
レオ、ありがとう。
私は幸せだった。
だから、泣かないで。
私のために泣かないで。
みんなに囲まれて幸せだった。
だから、泣かないで。
どうすればいいんだろう。
私はもう死んだのに。
死んでしまったのに。
死んでからもみんなを悲しませている。
私の言葉は届かない。
どうすればいいんだろう。
◆◆◆
『はじめまして。お嬢さん』
え?私のこと?
『ええ、そうですよ。お嬢さん』
なんで私の事が分かるの?
『そんな事はどうでもいいじゃないですか。さて、私はジャン。巷で死神と呼ばれている者です』
死神。そういえば、聞いたことがある。
病気の人のところに現れる人。そして、必ずその人は死ぬって。
でも、どうして私のところにきたの?
私はもう死んでしまったのに。
『先ほどと同じです。そんな事はどうでもいいのですよ、お嬢さん。私にはあなたに家族に話をする時間を差し上げることができます。ですが、あなたにあげられる時間はそれほど多くありません。……どうしますか? 』
そうね。理由なんてどうでもいい。
ください。ほんの少しでいい。
お願い。私に、私に伝える時間をください。
『では、しばしの夢の時間を』
死神が指を鳴らすと少女の家族の前に少女の幻が現れる。
幻は紡ぐ。最後の思いを紡ぐ。愛する家族への思いを。
少女の幻は父親に触れ、気持ちを伝える。
「お父さん、泣かないで。私、幸せだったよ。お父さんの子供として生まれてきてよかったよ。また、お父さんの子供として生まれてきたいよ。もし、私の事を思ってくれるなら、その分だけ、お母さんとレオの事守ってあげてほしいの。そしてね、いつものだらしないけどかっこいいお父さんに戻ってほしいの。もう、これが最後なんだから約束守ってよね」
「……クリス」
父親は信じられないながらも、気丈にも涙を拭き、笑顔を浮かべる。
次に、少女の幻は母親に触れ、気持ちを伝える。
「お母さん、泣かないで。あの時はごめんね。ほんの出来心だったんだ。お母さんとはいっぱいいろんな話をしたね。もしできることなら、私お母さんのように結婚して、子供を産んでみたかった。でもね。私、それ以上に大切なものをもらったよ。だから泣かないで。ねえ、お願いだから、いつもの優しい、でも怒ると怖いお母さんに戻ってよ。お願い」
「……クリスちゃん」
母親は父親に寄り添い、なんとか堪え、精一杯の笑顔を浮かべる。
最後に、少女の幻は弟に触れ、気持ちを伝える。
「レオ、泣かないで。私、幸せだったよ。私いいお姉ちゃんじゃなかなかったよね。でも、約束してほしいことがあるんだ。お父さんとお母さんをレオが守ってあげてね。私はもう守れないから。約束だよ」
「……お姉ちゃん。うわぁぁぁん」
レオは堪えようしたが、堪え切れなかったらしい。母親に抱きついて泣いている。でも、必死に頷いている。
少女の幻は紡ぐ。思いの全てを紡ぐ。
「ねぇ、みんな大好きだよ。ごめんね。もうちょっと一緒にいたかった。でもね。泣かないで。お願いだから、私のために悲しまないで。ねぇ、私幸せだったよ。本当はもうちょっと生きていたかったけど、でも幸せだった。だから、泣かないでほしいの。それだけを伝えたかったの」
「ありがとう」
そして、最後にその言葉を残し、少女の幻は消えた。
伝わったかな?伝わるといいな。ねぇ、死神さん。ありがとう。
『もういいのかい? 』
うん。もういいの。ありがとう。
『そうか』
ねぇ、死神さん。あなたも、あなたの家族もきっと。
『……』
……さようなら。優しい死神さん。
『……ああ』
その言葉を残し、少女は消えた。
「もう、すこしだけ……」
父親は死神に願う。後少しだけと。
だが、その言葉は途中で途切れる。
死神の目を見てしまったために。
その目の奥底に眠る感情故になにも言えなくなってしまった。
◆◆◆
死神は帰路に着く。一面雪で覆われた真っ白な道を、真っ黒な帽子、真っ黒なジャケット、真っ黒なズボンを纏った死神が歩く。
その目元は真っ赤で。でも、その雰囲気は周りを拒絶し、誰も声を掛けることができなかった。
姉さん、僕は、僕はまた何もできなかったよ。
その言葉は真っ白な雪に溶けるように消えた。