リティシアの嘘
蜘蛛を倒した後、魔法陣を使えないように処理したリティシアたちは、家路についていた。
魔法陣以外に残されているものはなかった。少ししてからもう一度調べてみようという話にはなったものの、何かが見つかる望みは薄い。
つまり、今回も証拠が見つかる可能性は薄いということだ。
(――予想が的中してしまうなんて)
リティシアはアーシャの斜め後ろを歩きながら、そっとため息をついた。。彼女は彼の後ろ姿――もう翼は仕舞われていて目には見えない――をそっと見つめた。
まさか人間界で天使と関わることになるとは、思わなかった。
(これはますます、あたしが魔族だとは明かせないわね……)
リティシアは眉間に皺を寄せ、思案する。
魔族が疑われているこの状況に加え――天使。魔族は他の種族に嫌われている。そしてそれが顕著なのが、天使だ。
天使は他の種族を嫌い、積極的に関わることを規則で禁じていると聞く。自らの種を孤高のものと考え、独自の体制を敷いて生きているのだ。
中でも、自ら魔族に関わった天使には、厳重な罰があると聞く。それにはそれで理由があるのだが――
(……今は天使の決まりごとを思い出してる場合じゃないわ)
アーシャがいくら友好的で、自ら他種族と関わっている「変わり者」だとしても、天使は天使。これは何としても、黙っていなければならない。リティシアが思考すべきは、アーシャにどう隠すかだ。
リティシアが魔族だと彼が知らなかったならば、他の天使たちもそのことでアーシャを責めることはないだろう。
「リティシア? どうかしたの?」
リティシアの思考に、ふと柔らかい声が割り込んだ。彼女はそれにアーシャを見る。彼は歩く速度を少し緩め、リティシアの隣に並んだ。
「どこか痛む?」
「いいえ、そうじゃないのよ」
リティシアはこの場を誤魔化すべく、言葉を探す。
「――そうだわ、アーシャ」
その途中、本当に言わなければいけない言葉を見つけ、彼女は再びアーシャを見た。
「――助けてくれて、ありがとう」
その言葉に、アーシャは柔らかく微笑んだ。
「お礼はいらないよ。仲間なんだから、当然でしょ?」
その返事に、リティシアも同じように微笑む。
そして、心の中で小さく付け加えた。
(――ごめんなさい)
自分が正体を偽っていること。魔族でありながら、人間のふりをしていること。
――アーシャに自分の正体が知られることが一大事であることを、リティシアは知っている。魔界にいるときに、他の種族の話は何度も聞いた。
しかしながら、偽ることに対する罪悪感を、リティシアは確かに感じ始めていたのだ。
アーシャに隠すならば、他の魔法使いたちにも隠しておいた方が安全だろう。リティシアが正体を明かす機会は失われた。それに少しばかり胸が痛んだように思えて、リティシアは密かに息をつく。
(元々隠そうと思って隠したことだし、いつか明かすつもりでもなかったはずじゃない)
そもそも、エリセに初めて会った時から、リティシアは自分の種族のことなど一言も口に出していない。そういう方針で人間界を歩く、そのはずだった。
その上、この一連の事件に関して協力しているのは、そうすれば自分にも利益があると見込んでのこと。元が打算あっての計画なのだ。
(何にしても……とりあえずは、父さまや魔族への疑念が晴れない限り明かさないと決めたはず。迷う必要なんてないわ)
「……リティシア、本当に大丈夫? さっきからちょっと怖い顔をしてるけど……」
「……え? ――ああ、ちょっと、ね。事件のことについて考えていただけよ」
嘘ではないが、本当でもない。最近はそんな当たり障りのない言葉を吐いてばかりだ。
そっか、というアーシャの返事に、リティシアはまた小さく後悔のため息をついた。




