初仕事
アーシャがカップを片付け終わるのとほぼ同時。階段を降りてくる、複数の足音が聞こえた。リティシアが階段の方を見遣ると、残りの4人が揃って居間に向かってきているところだった。
「あら、みんな同時なのね。おはよう」
「……おはよう」
「うん。おはよう」
『おはよー』
笑って挨拶をすれば、全員が返事をする。1人無表情が混じっているが、他は笑顔だ。
「みんな、おはよう。紅茶飲む?」
アーシャもやはり微笑みを浮かべ、4人に挨拶をする。この言葉からして、お茶を淹れるのは彼の役目なのだろう。先ほどのリティシアと同じように、4人はアーシャにお茶を頼んだようだった。
シリルとエリセは昨日と同じ席に座る。双子は、今日はソファではなく椅子に座った。双子には、食卓はまだ少し高いのだろう。胸の辺りまで卓の下に隠れてしまっている。
「リティシアは、紅茶のおかわりいる?」
「いえ、大丈夫よ。ありがとう」
リティシアの返事にアーシャは頷いて、また紅茶を淹れ始めた。爽やかな香りが居間まで漂ってくる。
特にすることもないリティシアは、なんとはなしにテーブルについている面々を見渡した。
シリルは真っ黒な服に身を包んでおり、アーシャとは正反対の印象を受ける。エリセは、今日は学院のローブを着ていなかった。
双子をついと見れば、やはり互いに似た格好だ。 違いはやはりズボンとスカート。
それと、首元くらいだろう。
二人はそれぞれネクタイとリボンをつけている。ただしアリスがネクタイを、クリスがリボンを。……逆ではないのだろうか。
リティシアがそう思って双子に問うと、二人は座ったまま胸を張った。
「ワタシたちは二人でひとりだからっ」
「ボクたちは二人でひとりだからっ」
さすがに完全には揃わなかったらしい声は、しかしほぼ同時に聞こえた。
「だから、ワタシがクリスのネクタイをして」
「ボクがアリスのリボンをつけてるんだ」
双子はよく似た笑顔でリティシアに返答する。
『これで、いつだって一緒なの』
元はお互いのものを交換しているらしい。なるほど、とリティシアは頷く。由来はよくわからないけれど、双子なりのおまじないのようなものらしい。
それに、「二人で一人」という言葉。この双子には、その言葉がとてもしっくりくる。
「いつも言ってるよね、それ」
カップを4つ、器用に運んできたアーシャがくすくすと笑う。
『だって本当のことだもん』
にこにこと声を揃える双子の前には、ほとんど乳白色と言っても差し支えのない紅茶が置かれた。
「エリセは、紅茶に何か入れる?」
「ううん、大丈夫」
その言葉で、エリセの前には何も入れていない紅茶が置かれる。シリルも同様に、何も入っていない紅茶のようだ。4人全員がアーシャにお礼を告げ、紅茶に口をつける。アーシャは再びリティシアの向かいに座り、その様子を眺めていた。リティシアはそんなアーシャを眺める。彼は人に何か振る舞うのが好きなのだろうか、と疑問に感じていたのだ。さきほども、リティシアに積極的に紅茶を出してくれたし。
彼は彼女の視線に気づいたのか、少ししてからリティシアに目を移した。
その金色の瞳と、視線がぶつかる。先ほども物珍しく感じた、薄い色の眼。リティシアがそれから目を離せずにいると、アーシャがふと口を開いた。
「……リティシア、」
「なぁに?」
怪訝に思って返事をすると、彼は柔らかく微笑んだ。
「リティシアは、綺麗な眼をしているよね」
「……眼?」
自分がアーシャに対して思っているようなことを、アーシャも感じていたのだろうか。突然の言葉に首を傾げれば、アーシャはにこやかに頷く。
「うん。まるで、紅玉みたいだ」
彼の言葉に、リティシアを含めた5人が彼を見た。エリセは驚いたように瞬きをし、双子は楽しそうに笑っている。シリルはまったく心のうちを読めない無表情だ。
「……えーと」
リティシアは反応に困り、とりあえず微笑む。
「……口説いてるの?」
ふと、そんな言葉が出た。アーシャは驚いたように首を振る。しかし、今のはどう考えても口説き文句じゃないだろうか。いくらなんでも、宝石に例えるのが日常会話だとは思えない。
彼の意図を汲み取れずにリティシアが首を捻っていると、シリルがぽつりと呟いた。
「……こいつのこれは天然だ。気にするな」
「天然、ね……」
思わず苦笑いがこぼれる。双子は声を上げて笑い、エリセはリティシアと同様に苦笑を浮かべた。当の本人たるアーシャは、不思議そうにリティシアとシリルを見比べていた。
つまり彼に他意などまったくなかったということだ。
とりあえずご飯食べようか、と。アーシャが不思議そうにしつつもそう呟いてから、しばらくの時間が経った。朝食を終えたのち、リティシアは、エリセから講義のようなものを受けていた。
内容は、魔物を召喚する魔法について。仕組みを知っているに越したことはない。そう考えたリティシアが、エリセに頼んだのだ。
テーブルに置いた紙を黒板代わりに、エリセが説明を交えながら文字や陣を書き込んでいく。万が一にも発動しないように、紙にはとある魔法が掛けてあった。
その魔法については、「魔法を封じる魔法なの。矛盾しているような名前だけど」と、エリセが小さく笑いながら説明してくれた。
「こういう色々な魔法を知ってるのは、学院出の魔法使いの利点だよねぇ」
と、アリスが紙を見ながら呟く。やることがないらしい双子も、一緒に講義を受けていた。
「二人は、独学だっけ?」
アリスの言葉に、エリセが一旦説明を止めて首を傾げる。
『うんと、シリルに教わったの』
声が揃うのには、もう慣れた。
「そのシリルは独学だし」
「アーシャもそうだよね。というか、アーシャはリンドールの人じゃないし」
双子は姉、弟の順に言葉を紡ぎながら、台所で後片付けをしている二人を見る。
「あら、そうなの」
リティシアはクリスの言葉に首を傾げる。
「うん。というより――」
クリスの言葉の途中で、玄関からけたたましいノックの音が響いた。その切羽詰まったような響きに、シリルが早足でドアに近寄る。
全員が注目する中、ドアが開かれた。
「……どうした?」
ドアの前にいた都民らしき青年に、シリルが声を掛ける。走ってきたのだろうか、青年は息を切らしていた。
「……魔物が、魔物が出たんです!」
途切れ途切れながらも、力強い声で青年が告げる。リティシアは思わず椅子から立ち上がった。双子とエリセも、同じように立ち上がる。
「――どこにだ」
一方、シリルはあくまで冷静だった。
アーシャは珍しく、しかし当然ながらに笑顔を消して会話を聞いている。
「向こう。郊外の崖で――」
青年は素早く一方を指さした。
「分かった。案内してくれるか」
その言葉に青年が頷く。シリルはそれを見届けると、リティシアたちを振り返った。
「全員、出るぞ!」
低く力強い声に、全員が頷く。リティシアは同時に気を引き締め、一度深呼吸をした。協力を宣言してから、はじめての「事件」だった。




