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第十一話 温室館の小さな工房

 旧温室館の奥には、使われなくなった作業部屋があった。


 祖母が薬草を乾かしたり、香油を作ったりしていた場所らしい。棚には古い瓶が並び、壁には木枠の乾燥網が立てかけられている。埃を払うだけで半日かかったが、窓が大きく、昼の光がよく入った。


「ここ、くしゃい」


 初めて入った時、リュシーは正直に言った。


「古い薬草の匂いね」


「おくすり、いや」


「今日は薬ではなく、布を温める練習よ」


「ぬの?」


 私は小さな羊毛布を机に広げた。


 侯爵家から持ってきたものではない。マーサが昔の冬用肩掛けをほどき、洗ってくれたものだ。少し色褪せているが、手触りは柔らかい。


 私の魔法は熱を作るわけではない。熱の流れを読み、逃げる熱を留め、必要なところへ移す。だから、魔法をかける対象そのものにも向き不向きがあった。


 絹は熱を逃がしやすい。


 厚い羊毛は熱を抱え込む。


 乾いた木は昼の光を少し覚える。


 無機物の石は、夜になると冷えを吐く。


 前世の保育士としての感覚と、今世の魔法が結びつくと、見慣れた部屋の中にもいくつもの発見があった。


「おかあさま、なにしてる?」


「この布が、どれくらい温かさを覚えていられるか調べているの」


「ぬの、わすれちゃう?」


「そうね。薄い布はすぐ忘れてしまうかもしれないわ」


 リュシーは真剣な顔で布を撫でた。


「わすれないでね」


 その言い方が可愛くて、私は笑ってしまった。


 実験は地味だった。


 朝の日差しに当てた布へ魔法をかけ、一時間後、二時間後、三時間後の温度を測る。暖炉のそばで温めた布、湯気に当てた布、乾いた薬草を包んだ布でも試す。


 ハンナは最初、心配そうに見ていた。


「奥様、ご無理はなさらないでください。魔力の使いすぎは」


「分かっているわ。だから、少しずつ」


 私は記録をつけた。


 地味な作業だ。社交界で披露できるような華やかさはない。だが、リュシーが外へ出る時に首元を温められる布があれば、行ける場所が増える。


 侯爵家では、私は守るために閉じ込めていた。


 今は、守りながら外へ出る方法を探したい。


 数日後、最初の保温布が完成した。


 手のひらより少し大きな布袋に、乾燥させた冬鈴草と温石の粉をほんの少し入れる。布の四隅には、私が細い糸で簡単な魔法の結び目を刺した。


 刺繍というほど美しいものではない。だが、熱の流れを留めるには十分だった。


「リュシー、首に当ててみて」


 娘はおそるおそる布袋を首元へ当てた。


「ぽかぽか」


「熱すぎない?」


「あったかい」


 リュシーは両手で布袋を押さえ、目を細めた。


「これ、すき」


 その一言で、作業部屋の埃も、夜更けの記録も、すべて報われた気がした。


 完成した布袋を見たアルノルトは、思った以上に真剣な顔をした。


「これは、どれくらい持ちますか」


「外で使えば二時間ほどです。室内なら半日近く」


「複製は可能ですか」


「材料さえあれば。ただ、魔法の結び目は私が一つずつ整える必要があります」


 アルノルトは布袋を手に取り、指先で縁を確かめた。


「北境の兵にも使えます」


「兵に?」


「冬の見張りで指を失う者がいる。派手な火魔法は敵に位置を知らせるため使えません。こうした静かな保温は、戦場では価値があります」


 私は少し考えた。


 リュシーのために作ったものが、誰か別の人も温めるかもしれない。


 それは悪くない考えだった。


「ただし、最初は子ども用です」


 私が言うと、アルノルトはすぐに頷いた。


「もちろんです。リュシー様と療養児のためのものが先です」


「療養児?」


「王都には、暖かい部屋を必要とする子どもが少なくありません。貴族だけではなく、商家や職人の子にも」


 彼は布袋を返した。


「ノエリア様。これは、あなたとリュシー様の生活を守る仕事にもなります」


 仕事。


 その言葉を聞いた時、私は初めて、自分の魔法を家の中だけに閉じ込めなくてもいいのだと思った。

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