入学式RoundⅠ
エヴェスト学園は、王国一の巨大な湖、パルティ湖の中の島にある。主に生徒たちが活動するのは、島の中の城、エヴェスト城だ。お互いに切磋琢磨しあいながら、絆を深め合い、学問や魔法を学ぶのだと言う。(ファレンの説明より)そんなに上手くいくかは疑問だが。
とにかく、今、その城の前には、長い列ができていた。
こんなにたくさんの子どもが一箇所に集まっているのを見るのは初めてだ。全員が同級生なのかと思うと、少し気圧されてしまう。果たして、本当の意味での平和を、東西の縮図とも言えるこの場所で創り出すことができるのだろうか。いや、それ以前に、破壊を巻き起こさないように気をつけなければ。列の一番後ろに並びながら、コルタはぶるりと震えた。
「どうせなら、前に行きたかったなぁ」
ローサが呑気にそんなことを言う。
「でもさ、後ろで前の人たちを参考にできるのも良くない?もしかなり待たされるなら、湖に潜ったりもしてみたいけど、そんな時間はないのかな」
「…からかってるの?」
ローサが眉をひそめた。驚いたように、ファレンが首を振る。
「そんなことないよ!この湖には湖の主がいるって聞いて、気になってるだけだよ。君も一緒に潜る?」
ローサがますます困惑している声が聴こえてきた。この点だけはローサに同意だ。もしかしたら、ローサ以上に扱いにくいのはファレンかもしれない。ミロは知らない。
そんなことを憂いながら、コルタは辺りの声に耳を澄ませた。一応、他の生徒の声も聴いておかなければ。たくさんの声を聴いておくに越したことはない。
[はぁ、お腹空いた。ここの食事って、オヴェストのだけなのかな。オープ羊の乳は、もう飽きたのに…。あーあ、屋敷の食事が恋しいなぁ。やっぱり乳製品と言ったら牛だよね。オヴェストの人たちは、何でわかんないのかな?]
[というか、ずっと待ってるんだけど。まだ開かないわけ?ほんと萎える。そういえば、開けゴマっていう呪文が異国にはあるんだっけ。え、嘘だって?でも、ほんとかもしれないじゃん。試してみようよ]
[怖いなぁ、試験って何をするんだろう?兄さんたちは、ドラゴンの角の上で逆立ちをするんだって言っていたけど、嘘だよね?ボク、逆立ちできないよ。それとも、エスト風の怖い訓練でもさせられるのかな]
なるほど。コルタは心の声が浮かんでは消えていく、深い水の中のような世界から戻った。途端に、生徒たちのおしゃべりで、耳の中がうるさくなっていく。
とりあえず、東西間での微妙な関係、そして試験というものがあるようなのは理解した。(おおかたは)唯一常識人のかけらを保持しているファレンにたずねてみたいところだが、また怪しまれたくはない。訊いても、曖昧な答えしか返ってこなさそうだし。
そうだ、フェデルタがいた。ずっと黙り込んでいたから忘れていた。元はと言えばアレキサンドラの差し金だし、何か知っているかもしれない。小声で、肩に止まっているフェデルタに話しかける。
「ねぇ、フェデルタ、試験って何をするの?」
「知らねぇよ」
一喝された。あれれ、おかしいぞ。コルタは頭を掻いた。そして、もう一度たずねてみることにした。
「…おまえ、そんな性格だったか?もっと馬鹿っぽかったろ、喋り方とか」
「あれは演技だよ。馬鹿っぽく振る舞ってたら、仕事が減ると思ったんだ。でも、なぜかあいつに斡旋されちまった。がきんちょのお守りはごめんだっつうのに」
「じゃあ、何で今さらやめたんだ?もっと馬鹿っぽく振る舞ってたら、呆れたわたしがアレキサンドラに突き返したかもしれないよ」
好奇心から、コルタはたずねた。うんざりしたようにフェデルタが答える。
「あの喋り方、疲れんだよ。もしまだやってほしけりゃ、金を積みな」
「金の処分に困ったら考えるかもな。にしても意外だな。ただのかわいい使い魔だと思ってたのに、口の悪い守銭奴の烏だったとは」
コルタはしみじみとつぶやいた。呆れたように、フェデルタが羽をすくめた。
「おまえも大概だぞ。こんなに口が悪いとは思ってもみなかったぜ」
「そりゃどうも。で、ほんとに何も知らないんだな?アレキサンドラから何か言われてないのか?」
「知らねぇ、何度も言わせんなよ。あいつはただ、俺におまえをサポートするようにって言っただけだ。追加の指示か連絡があれば、あとで知らせるって」
「そうか。で、今のところは?」
「なし、ゼロ、皆無。あいつ、忘れてんじゃねぇのかな。きっと今頃、紅茶でも飲んでるぜ」
そうだった。変なところで適当なんだった。思い返してみれば、自分を迎えに来たときもかなりギリギリだったし、手段も雑だった。
「ありがたいね、最初から丸投げとは」
コルタはやれやれと、天を仰いだ。
そんな自分を、フェデルタが興味深そうに見ているのに気がついて、コルタは片眉を上げた。
「なんだよ?」
「いや、おまえ、人の心を聴けるんだろ?校内にいる奴らの声とか、聴けたりしねぇの?」
「うーん、遠いから無理。普通に声を出したとき、聞こえる範囲のところまでくらいしか聴こえないんだ。それに、聴こえたとしても、人がいっぱいいるから聴き取りづらい。割と不便だよ」
しかし、フェデルタはまだ何か言いたいようだ。首を傾げている。
「だとしても、便利じゃねぇか?目の前にいる奴の本音は、全部わかるんだろ?」
「まぁ、だいたいだけどね。全部聴くには、心の扉っていう、精神の要みたいな場所を開ける必要があるからさ。それに、うっかり〈共鳴〉しちゃうと、」
そこまでなんとはなしに話して、コルタははっとした。ちょっと喋りすぎてしまったかもしれない。自分は一応危険分子だ。今後、アレキサンドラと敵対する可能性も十分にあるのに、その使い魔であるフェデルタに、迂闊に能力を漏らしてしまった。
「話しすぎたって顔してんな」
おかしそうにフェデルタが口を開いた。コルタはため息をついた。
「そんなにわかりやすかった?気をつけなきゃな」
「うん。ま、俺はおまえのこと気に入ったから、なるべく味方してやるよ。もっとも、我が身第一で動くけどな」
「それは助かる、ありがとう」
コルタはほっとした。安請け合いではないのは、ちょっと耳をすませればすぐにわかる。ありがたい。
「それはそうと、この〈ユニット〉、大当たりだな。アレキサンドラが仕組んだのかね」
照れ隠しなのか、フェデルタが話を変えた。大当たり?本気で言っているのだろうか。コルタは顔をひそめた。
「大外れの間違いじゃなくて?湖に潜ろうとしてる奴と、温室育ちのお嬢様と、変な奴しかいないぞ」
「間違いじゃねぇ。いや、ある意味ではそうかもな。とにかく、もうちょい小声で話せよ。ご本人様たちが近くにいるんだからさ」
あっ、そうだった。コルタは声をひそめた。
「わかった。で、大当たりって?」
「どいつの家も大金持ちで、かなりの権力を持ってるってことだよ。この中でも特にな。上手く入り込んだら、おまえの任務の成功に結構近づけるぜ、たぶん」
「そうなんだ。じゃ、ごまでもすればいいのか?」
「そこまでは知らねぇ。友達作りのアドバイスがもらいたかったら、アレキサンドラにでも頼めよ」
「もう頼んだよ、というか、向こうが勝手に教えてきた。何を言っているのか全然わからなかったけど」
コルタは肩を落とした。食事をするなら正面よりも手前に座れとか、同調行動をしろとか、名前を呼べとか、よくわからないことを散々言われた。結局、身についていないと思う。
「なら、まぁ、頑張るんだな。これも青春だよ」
フェデルタがカァと笑った。




