36:根源
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かつて、この世界には強大な力と尊大な欲望を持った王がいた。
名をガイゼルヘルグ。
500万を超える民の王だった彼は、ただ一つ、老いを恐れていた。
王は、1万の下級層住民を贄に、悪魔を召喚した。
願ったのは、自身と親族、そして直属の部下の不老不死。
不死は不可能と拒絶されたが、不老の願いはかなえられた。
悪魔は異世界からの境界に穴をあけ、世界に魔素を招き寄せた。
魔素はあっという間に世界に広まり、王と親族、彼の直属の部下には特に大量の魔素が浸透した。
その力によって、彼らは人間ではなくなった。
外見上は耳に変化が現れた程度だったが、彼らは不老の存在となったのだ。
彼の望みはかなった。
もとより、カイゼルヘルグは比類なき力の持ち主だった。当時、彼を害せる存在は無く、不老である限り不死も同然であったという。
満足していた王だったが、魔素はどんどん流れ込み、世界中でその濃度を高めていった。
やがて、王の宮殿より遠く離れた地域に生息する動物たちが変死し始めた。
危機感を覚える人々はまだ少数で、王には伝わらなかった。
王の国から遠く離れた地で、濃縮した魔素から異形の生物が生まれた。
王の宮殿より遠く離れた地域に暮らす人々に犠牲者が出始めたが、まだ数は多くなかった。
犠牲者は王が支配する国にはいない。王は歯牙にもかけない。
魔物は動物たちも襲い、肉を食らうと、変化していった。
うっすらと透けて、実体がないかのように不安定だった姿が、はっきりとした、完全な肉体を持った姿へと。
肉体を持った異形の生物は、魔素の影響を濃く受けても生き残った、変異の大きい動物たちと交配。
生まれたのは、全てが異形の生物だった。
そうして飛躍的に数と種類を増やした異形の生物を、人々は魔物と呼んで恐れた。
人々に犠牲がおよぶまでさほどかからなかった。
王はまだ動かない。所詮犠牲者は他国の者だ。
世界中のあらゆるものが魔素の影響を受け、食事には耐えがたいほどのエグみが。遠い地では人ですら変調をきたし始めた。
それでも王は動かない。関心すら示さない。
変調をきたす人々は増え続け、ついには魔物化した。
魔物化した人々によって、各地で氾濫がおこり、いくつもの国が滅びた。
所詮は他国。
王にとって、どうなろうと興味はない。
むしろ、他国の滅亡や疲弊を歓迎した。
不老の存在となって500年を過ぎたころ、世界には国と呼べるのは王の収める地だけになっていた。
各地にはまだ、魔物に抵抗する小さな集団が無数にあったが、組織とすら呼べないような荒くれ者の集まりに過ぎなかった。
ガイゼルヘルグは、世界に唯一の国家の王なった。
しかしついに、王の国にも下層階級の民に魔物化する者が現れた。
それでも王の民は1000万を超えており、王は、間引きする手間が省けると放置した。
とうとう、一族の中にまで魔物化する者が現れた。
不老の恩恵を受ける一族にまで魔物化する者が現れたことで、ようやく王は重い腰を上げた。
再び悪魔を召喚し、それ以上の魔素の流入を止めさせた。さらに、一族と家臣が魔素に耐性を持つように指示すると、悪魔は判別できないという理由で人種すべてに耐性を持たせた。この時の対価となった贄、下層階級の市民は10万を超えたという。
耐性は持てても、すでに魔物化していた者たちは戻らず、やがて人型の魔物、オーガやゴブリンなどの原型として繁殖していった。
魔物化していなくても、魔素の影響を大きく受けた者たちは、完全に人には戻らずに獣人や亜人の祖になった。
耐性は持てても、長く生き続けて魔素を取り込み続ければいずれは魔物化してしまう。
つまり、不老の一族の行く末は魔物。
王は部下に命じて、魔素が下へ下へと濃くなってゆくことを突き止めると、三度悪魔を召喚した。
彼は、悪魔に願い彼の王国ごと大地を天空へと浮かび上がらせた。
より魔素の低い場所へと。
500万もの命を贄に。
ノエルは、王の娘だった。
世界で異変が起き始めたとき、近しいものの中で唯一王に打開を具申していた。
動かぬ王に、会うたび対処を願い出たことで煙たがれ、次第に会うことができなくなり、ついには国はずれの塔に数百年もの間軟禁状態となっていた。
天空へと飛び立つ直前の振動で、棟の一部が崩れ抜け出すことに成功すると、そのまま身を潜め、やがてこの森にすみ着き、魔素を遮断する術を見出して暮らしてきたのだという。
王の追手と魔物化に怯えながら。
それから1000年。
おそらく、ついに天空に逃げた者たちにも魔物化が始まったのだろう。
四度悪魔を召喚したのだろう。
世界から魔素を無くせと。
それは不可能か、対価が足りずに断られたに違いない。
それでも王は引き下がらなかっただろう。
こうして、自分たちが召喚された。
魔素を減らすための清浄機代わりに。
あの悪魔ならおそらく、他にもやりようはあったはずだ。
それなのに、こんな回りくどい方法を取ったのは、王を苦しめるためだろう。
より長く。
魔素を無くす、という手段を講じることは、かなえている。
対価が少ないならば、より長く恐怖に、苦悩に苦しむ王の心をむさぼる気だろう。
あの悪魔ならそうするだろう。
それが、ノエルの悪魔に対する見解だった。
悪魔は契約については嘘をつかない。ただし、自分の思うように誘導し、隠し、知らぬふりをする。
そして、契約外、特に自分が楽しむためなら当たり前のように嘘を吐く。
黒く丸い悪魔とは、一人分の命で契約していたから、嘘は無いのだろう。
でも、クソ悪魔とは契約が無い。奴の話には嘘もあった。ということか。
結局、すべてはガイゼルヘルグとかいうクソ王のせいってことなんだな。




