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51話 目覚めの兆し(2


 人類擁護を切り捨てた姫様は目的地に向かおうとして、ふと歩みを止める。

 面白いものを見つけたように口元が弧を描いていた。


「ふふふ。心の奥で猛反発されてるわ。良いのよケーナ、貴女はそれで。私の考えを理解する必要はないからね。私たちはただこの世界の(ことわり)の外から持ってきた技術で生み出してしまった害虫を駆逐するだけよ。その為には世界の(ことわり)に関係ない私たちの能力を存分に使う。よく見て学びなさいな。力というものの扱い方を!」


 ピアスから外した如意棒を手元で2メートル程に変え、リュノフをお供に姫様は東側の外壁へ辿り着いた。

 都市内を飛び交う通信波に波長を合わせれば、インカムが無くとも情報を仕入れることは可能だ。現在は北側で防衛に当たっている者たちが見えない援護射撃に困惑しているところだった。


 『おいおい誰だよ!? 壁の外に先に出た奴はいるか?』

 『こちら青猫団! うちらの仲間で出た奴はいないぞ』

 『こっちもだ! ソロの誰かじゃねえのか?』

 『こちら監視塔! 引き継ぎ時に当直からは不審な機影は確認されていない!』

 『不審な機影を聞いてんじゃねえよ!』

 『奴らのケツに火ィ点けてる射撃はドコのもんだっつーんだよっ!?』

 『あっ!?』

 『止んだみてぇだな?』

 『シールドなんちゃらと砲塔の奴が片付いたら砲撃止んだぞ!』

 『あと小型がちょびっとだな! 全部片付けてってくれりゃあ楽なんだがなあ』

 『ばっかオメエ。その後こっちに銃口向いたらどーすんだよ!』

 『しかし、なんだったんだいったい……』


 耳に手を当てながら姫様は「よーしよし」と頷いた。


「ターフは北側を終えたようね。次はオプスあたりが無双してくれたら混乱するかしらね」


 東側の外壁上に設置してある砲台や銃座からは激しい火線が飛び出している。更には上がってきた騎兵も射撃を行っており、さながら火線の土砂降り(横向き)のようだ。


 だが大盤振る舞いをしたとして、弾薬にも限界というものはある。

 全体の5割程度を減らしたところで、弾薬不足に陥る未来は姫様に見えていた。


「あ、蹴り姫の嬢ちゃんじゃねえか。棒っきれ持ってこんな所でどうしたんだ?」


 ケーナと面識のあるハンターとその仲間が、ランチャーを担いでいた。


「ええ、ここに居るならば分かるでしょう。戦いをしに来たのよ」

「イヤイヤ、相手は砂アゴほど柔らかくはねえんだぜ。足が折れちまうだろう」

「それはそれで遣りようというものがあるわ。その為の手段なら幾つも持っているしね」

「あ、お、おいっ!?」


 床を蹴ってひらりと壁の上の衝立を越え、下に落下していく姫様に手を伸ばしたハンターが焦ったように声を掛けた。


「それではまた会いましょうオジサマ」


 下からウインクを飛ばす姫様に頬が赤くなる。

 少しの間ポカンと呆けていたが、首を振って正気に戻るとインカムに向けて怒鳴りだした。



「蛇。防御は任せる」

(御意ニ)


 自身の力を触媒にリュノフの力場を経由して、事象そのものを呼び寄せる。


 ヤルインという都市の空は急速に雲が湧き出していた。目聡い者がそれに気付き、空を見上げて唖然と口を開ける。長年砂漠の過酷な環境に身を置いていたハンターたちでも見たことのない現象だからだ。


 厚みを帯びて渦を巻き、ゴウゴウと音を立てて蠢く様はこの世の終わりのよう。

 戦場の遥か頭上、成層圏にほど近いところから圧力そのものを降下させ、自動機械の群れの鼻先に叩き落とした。


 直後、人であれば全身を貫く轟音に眩暈を起こして、倒れ込んでしまうだろう。

 同時に巻き起こった衝撃波が数100kg単位の自動機械をゴミのように吹き飛ばす。砂粒も散弾に勝るとも劣らない凶器と化すが、ヤルインの壁から内側への影響は皆無だった。


 数分程経って、砂嵐か竜巻かという暴風が収まった後に立っている者は姫様だけになっていた。

 自動機械は真っ白な霜に覆われて、進軍していた地点より1〜2kmは後方に転がっている。


「さて諸君。偶には狩られる側に回ってみるという気分を味わってみないかね?」


 スタスタと事象によって起こされた巨大な窪みの空中(うえ)を歩きながら、姫様はぞっとするような笑みを浮かべた。




 東側の戦場から外に出た者がどーとかいう知らせが聞こえ始めた時である。

 全ハンターが一斉に耳からインカムを毟り取るという光景が目撃された。いうまでもなく姫様の行使したダウンバースト現象で発生した、騒音公害レベルのノイズによるものである。


「おっぱじめやがったみたいだな」


 キーンと耳鳴りのする自分の左耳に蓋をして、インカムを睨み付けたファングが呟く。

 こちらの戦場はつい今し方、動く物が何もいなくなったところだ。周囲のハンターたちは驚愕の眼差しでオプスを注視している。


「どうじゃっ!」

「いや……。『どうじゃ』と言われても、なあ」


 先ほどまでの醜態を払拭したと確信したオプスだったが、ファングの反応は微妙なものであった。


「いや、使った奴は派手だったのは認めるよ。認めるけども、効果の程が判りにくい」

「なん、じゃと……」


 両手膝を付いて愕然とするオプス。

 彼の行使した力は実にシンプルである。長さ10メートルもある丸太のような雷撃の槍を生み出して、群れの先頭に投擲しただけだ。それだけで北側に攻め込んで来た自動機械のほぼ全てが停止したのである。


 だがいくら雷撃槍(ラガ・ルオト)が命中位置から半径5メートルに拡散するとしても、通常ではここまでの効果は及ばない。

 オプスは残った小型機全部の表層を先頭の自動機械周辺の空間に繋げて撃ち込み、一網打尽にしたのである。確かに1発撃つ分には派手だが、事前に説明して貰わないと何が起きたのか、まず分からない。


「な、なあ、おい。あれ、どーなってんだよ? それにさっきの東側の……、て、天が落ちて来たようにも見えたけどよ……、お前さんたちが、やったのか?」


 震える声で動く様子もなくなった自動機械を指差し、尋ねてくるハンターたち。


 無理もないかとため息を吐き、ファングは苦笑する。ゲームの世界からという前提があるからこそ、魔法やスキルのようなものをファングは受け入れている。

 それがないこの世界の住民たちには童話とか本の中のような現象が目の前で繰り広げられたのだ。

 常識の範疇外として目を白黒させるのも当たり前だろう。


「俺が知るか!」

「ええ……」


 どちらにしろ何が起きて何が落ちたかなんてファングの知るところではない。東側に向かった今のケーナはファングの知るケーナではない訳だし。


「おい、オプス。さっさと南側に行こうぜ。まだ始まってはいないようだけど、あの忠犬は勤勉なようだからな」


 ノイズの消えたインカムから流れてくる情報で南側に関するものがないか探っていたファングは、未だに打ちひしがれているオプスに声を掛けた。


 ヤルインは南北が10km以上もあるせいで、車両でも使わないと反対側に辿り着くまで時間が掛かってしまう。

 北側の戦場を離れた戦艦ターフはおそらく、人に探知されないよう大回りして南側へ向かうだろう。辿り着くまでに2〜30分としても、その間にシールドマシンが壁に接触しない保証もない。




 一方、東側では防御に当たっていた者たちが(ことごと)く動きを止め、目の前で行われている蹂躙劇を茫然と見ていた。


 銃のような飛び道具を持たず、戦車のような装甲があるわけでもないたった1個人が、千数百機の自動機械と拮抗しているのだ。彼女が棒のようなものを振るうたびに10〜20機の自動機械が粉々になったり、強風で倒れる自転車の如く横倒しになる。


 更に信じられないことに、彼女は戦闘を始めてから数百発以上の銃撃を食らっている筈なのに、掠り傷1つ負っていない。今まで自分たちが信じていた戦いに置ける定義は何だったのかと動揺するのは仕方のないことだろう。


 ヤルインで砂アゴを蹴り殺したことで有名な嬢ちゃんが、まさかそれ以上の事を成していることに、彼女を知る者も知らぬ者も眼前の常識外れの惨状に微動だにしない。


「なんっ……、だよ、あれ、は……?」


 誰かの呟きがその場で防衛に当たっていた者たちの心情を代弁している。


 「ありえない」「あるはずがない」「信じられない」「信じることができない」「人のすることじゃない」「人じゃない」「……なら何だ(・・)?」


 その感情が分からない彼らではなかった。

 しかし、彼らの心に納得のいく言葉を落ち着かせるための、言葉遊びと連想ゲームのようなものがハンターたちの中に(さざなみ)となって広まっていく。


『あれは、【化け物】だ』


 そして辿り着いた言葉がすとんと彼らの心に落ちる。湧き上がる、化け物に相応しい感情とは恐怖だ。


 「あれは化け物だ」「化け物だから自動機械と対等に戦える」「化け物だから自動機械を凌駕する」「化け物だから……」「人間の、何だ(・・)?」


 ある者はその場で腰を抜かしてへたり込む。

 ある者は震えが止まらなくなり、青い顔で茫然自失となる。

 ある者はその矛先が人間に向くかもしれないと恐怖し、悲鳴を上げて逃げ出す。

 彼らには何の危害も加えられてはいないのに、防衛陣にいた者たちは勝手にパニックになっていた。




「む?」

「どーしたのー? ひめさまぁ」

「神威パワーがいきなり急上昇したような気がする」

「し ん い。かっこわらい」


 ヤルインの壁の(ふち)から大層恐れられているとは知らない姫様たちは、実に暢気な様子で事を成していた。


 如意棒を下からすくい上げると、そこに固まっていた自動機械が10数機も木っ端微塵となって撒き散らされる。横に打ち払えば、ダルマ落としのように機体の一部が輪切りにされ、10数機がいっぺんに崩れ落ちる。


 この間にも自動機械からは9ミリ、12ミリといった銃弾が雨あられと飛んできているのだが、全て姫様に到達する前に空中で停止。バラバラと砂漠に撒かれるだけのゴミとなっている。


「うーん。“打ち”と“抜き”はともかく“払い”が使えないのは面倒ねえ」

「つかいますかー? わくわく。つかいますかー? わくわく」

「やめなさいよ、その棒読み。使ったらこの辺一帯何にも無くなっちゃうじゃない」

「あはー」


 にぱーと満面の笑みとなるリュノフ。

 知らない者には天真爛漫な笑みに見えるかもしれないが、知る者にはどす黒い悪意満載な企んでいる表情だ。


「っと! ちょっとっ!」

「ぐるぐるたまごやきぃ」


 ガクンと如意棒の片方が重くなり、横に取り回しそこねた姫様は非難の声を上げる。人の目には何もないように見えるが、如意棒の片方には渦を巻く気流で出来たフライパンのような物が形成されていた。


「ああもうっ、まったく!」


 戦闘開始からドカドカと、姫様に向かって砲撃を繰り返すナナフシ型の自動機械が固まっている所へ、渦巻く先端を叩きつけた。直後に耳障りな金属音と共にペシャンコなオブジェと化す。

 コーヒーにクリームを溶かしたような、4体が渦巻き状に絡み合った状態で。


「これで最後かしらねえ」

「いっぱいばらばら〜」


 今の砲撃型が東側の最後の戦力だったようで、見渡す限りスクラップの山である。

 シールドマシンなどは開始早々に下から跳ね上げられ、直立させられた後に6等分輪切りにされて停止していた。


 動く物が何もないのを確認した姫様は如意棒を縮めてイヤリングへ戻し、その場を後にした。



 ヤルインの正門前まで戻って来ると、壁の上から幾つもの視線がこちらの動向を窺っていた。

 それと何時まで待っても閉ざされた門の開く気配がない。


「こわくてあかないとか〜?」

「有り得る過ぎる程有り得そうだけど……。コンテナ退かしてるのかな」


 首を傾げたすぐ後にゴリゴリガリガリと轟音をあげて門が左右に開いていく。


 門の向こう側には戦車や騎兵やトラックが多めに並んでいた。姫様と視線の合った騎兵がザザザザーッと怯えたように後ずさった。

 分からないでもないが、ずいぶんと失礼な反応である。更には真ん中に立っている姫様に恐れをなしたのか、どの車両も動き出そうとはしない。


 やれやれとため息を吐いた姫様は横に移動して道を開けてやった。姫様を避けるように間を空けて車両や騎兵が外へ出て行く。残骸を回収しに行ったのだろう。


 そのうちの1台。ジープがすぐ近くに停まり、1人のハンターが手を上げて「よう、嬢ちゃんお疲れー」と挨拶をして来た。それは出て行く際に壁の上で出会ったハンターたちである。


「あら。オジサマたちは平気そうね?」

「いやいや。これでもずいぶんと怖がってるんだぜ」


 笑いながら軽口を叩くが、ジープに同乗している他の仲間には、露骨に視線を逸らす者もいる。


「んで?」

「いや、アレ等を回収して代金は嬢ちゃんに渡すってー事になったんだが」

「なんで?」

「ほとんど倒したの嬢ちゃんだろーが」

「要らないわよそんなの。そっちで適当に割り振ってちょうだいな」

「え、マジかよ!」


 目を見開いて驚愕するハンターたちだが、追い打ちを掛けるように姫様が頷くと手を取り合って喜びに湧く。


「老後を考えて少しは溜め込んどいた方がいいわよ。オジサマ」

「うっせーよ! 俺はまだ30代だ!」


 挨拶代わりに手を上げてその場を離れる姫様の背に、捨てゼリフのような文句が飛んで来た。


 宿にしているマルマールまでの道のりで、道行く人々を観察してみる。

 南北の掃討も済んだらしく、広域放送では自動機械の脅威が去ったことを流していた。その際には“誰が”といったことを出さない辺り、行政府にどこまで情報が回っているかは分からない。


「ま、かんけーないし」

「ひめさま、どらーい」


 街の人間たちは安堵した表情で外を行き来し、市場では畳んでいたテントを広げて早々に営業を再開している所もある。子供たちが荷物を抱えて、手伝いに奔走する光景も見られた。


 ただ、時々出会うハンターたちにはギョッとした顔で距離を取られたり、恐怖に引きつった顔で逃げ出されたりするのは変わらない。


「あれがしんいぱわーのみなもとかー」

「やめなさい!」


 尻尾を巻いて逃げ出すハンターを指差すリュノフ。

 その頭をひっぱたく姫様。心なしかその頬は紅くなっている。


「うふふふふ〜。えへへへへへ〜。おねーちゃんやみかどにおみやげができたよ〜」

「絶対にやめなさいよ!」


 捕まえようとした手をスルリとかわし、上空へ逃げ出すリュノフへ姫様は声を張り上げる。リュノフが見えていないため、周辺にいた人々は関わり合いにならないよう、足早に通り過ぎて行った。


「あーもー! 時間無いってのに! リュノフ! 言いふらすんじゃ無いわよ!」


 上空であかんべーをするリュノフに怒鳴った姫様は足早にその場を去る。

 実のところ現界というか変わっていられる時間には制限があって、その身をその辺に放置する訳にはいかないからだ。蛇やリュノフに任せる手もあるが、立場(プライド)上その方法は頭から却下されている。


 マルマールの前にはオプスと全身ずぶ濡れのファングの姿があった。まあ、気温のせいで乾きかけてはいるが、前髪からは今も雫がポタポタと垂れている。


「何よその海から上がって来たばかりの半魚人みたいなのは?」

「あー。なんというか。先日の如く制御に失敗して、回収の時に……。まあ、あれじゃ」


 努力は認めるが救いようがなかったとばかりに額にシワを寄せて肩をすくめるオプス。

 今回ファングはやむにやまれずではなく、自主的にヒュドラを使った。やはり回収の時まで集中が保たなかったらしく、甘噛み捕獲からベロンベロンに舐めまわされて妖怪唾液べっしょりと化した。

 それをオプスが簡略化した竜巻水流で洗い流した結果がその姿らしい。


 「ふうん」と軽く頷くだけの姫様はオプスに近付き「じゃ、後は頼むわね」と言って目を閉じた。ふらりと倒れそうになった体をオプスが受け止める。

 隣ではファングが慌てて顔をのぞき込んでいた。


「何だ? どうした?」

「落ち着け。姫様が引っ込んだだけじゃ」


 盛大なため息と共に肩の力を抜いたオプスは、ケーナをお姫様だっこにすると部屋へ運び込むのだった。





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