50話 目覚めの兆し(1
「ああ、疲れた」
砂賊の件の処理を面倒くさいと行政にまる投げし、ケーナは宿に来るなりベッドに潜り込んだ。
場所は喫茶マルマールの5階の屋根裏部屋。前回と同じくオプスと同室である。
今回は1つ下の階にファングも部屋を取っている。
「おいまだ朝だぞ」
「五月蠅いな。朝から酒飲んでたあんたたちに言われたくないわ。もう私は寝るの邪魔しないでよぐう」
部屋の中で酒をかっくらっていたファングとオプスは苦笑する。
瞬時に夢の中へ旅立っていったケーナに配慮して声の音量は落とす。
「しかしここのビールはなんというか、こう……。ガツンと来るものがないよなあ」
直ぐに温くなってしまうのは環境上仕方ないとしても、味にひと工夫欲しいとファングはボヤく。
そもそも酒場では電力供給の都合で、グラスまでキンキンに冷やすほどの余裕がない。ケーナとオプスが居れば温度の調整は思いのままなので、そこまで我が儘は言わないが。
「ビールやウイスキーなら前の世界でケーナが作っとったのじゃがな」
「マジか……。もうお前ら砂漠で流しの水&酒屋やればいーんじゃね」
ファングの投げやりな提案で、オプスの脳裏に『水あります』やら『キンキンに冷えたビール!!』等のノボリを大量に立てた戦艦ターフの姿が浮かんだ。
それはそれでわんこを可愛がっているケーナがみっともないと嘆きそうだ。
だが砂漠のド真ん中に建物をぶっ建てて、峠の茶屋ならぬ砂漠の酒場には惹かれるものがある。「ふむ」と頭の中で企画を纏め始めたオプスに、ファングは身を乗り出した。
「お、なんだ? やる気かあ」
「戦艦の存在を公にする訳にはいかんが、面白い提案ではある」
思ってたより乗り気な言い方に、ファングも喜んで口を挟む。
「電力はどうにかなるとしても建物はどーすんだ?」
「そんなものは砂からでも建てることは可能じゃ。いや、オアシスを造っておけば水についての詮索はされぬな」
「オアシスまで造れるんかい。ファンタジーすげー」
「この際T・Sにも手伝って貰おうかの。ケーナが絡むと知れば、無敵の要塞になりそうな気がするのじゃが」
「無敵要塞酒場ってなんだよ……」
ファングの脳内ではオアシスに建つ石造りのほっこりとした建物が、マヤの遺跡の形状に似た黒光りの要塞へ進化した。
更に周囲にはヘリがバンバン飛び回り、サーチライトが蟻の入り込む隙間も無い程に周囲を照らす。あちこちに設置された銃座は動く物を見つけた瞬間、標的を蜂の巣どころか切れっ端にするような威力で……。
というアルカトラズも真っ青な妄想が浮かんでいた。もはや酒場要素ドコ行ったという有り様である。
しかも自重しないT・Sが手を掛けたら間違いなくそうなるとは、ファングは思いもしないのだった。
妙な妄想をぶんぶんと振り払い、脱線した話の続きをしようとした2人。
だが唐突に響き渡った ヴァ――――――――!!!! というサイレンの音にビシリと固まる。
「襲撃か」
「そのようじゃの」
上を見上げて仕方ないなと2人は渋々立ち上がった。
延々と響くサイレンの音にもケーナはピクリともしない。
「あれ、どーするよ」
「寝かせておくべきじゃろう。起きたら起きたで自分で事態を把握するじゃろうて」
ここの会話自体をキーが記録しているので、伝言などは必要ない。
だが、この時起こさなかった事をオプスは後悔することになる。
サイレンはしばらく鳴り続けた。
このサイレンには敵襲を知らせる意味よりも、市民の避難を促す意味合いの方が強い。
街門の外で市内に入るのを待っていた商隊のコンテナは、万が一門が破られた時の壁として利用されるため、正門の内側で十重二十重に並ばされる。
商人には命とも言える物資だが、都市が無くなってしまえば紙切れ1枚の価値もなくなってしまうため、苦渋の決断であった。
そんなコンテナ密集地を潜り抜け、自動機械が大挙してやって来ている方角を都市の指揮権を持っている者から聞く。ファングとオプスはようやく街壁の上でそれを目にした。
「なんじゃありゃ?」
丸型やら菱形やら多脚型やらが群れを成し、うぞうぞと軍隊蟻のような自動機械はまだいい。
いや、ハンターたちから見れば絶望感ありまくりの大軍である。
ファングとオプスが注目したのは群れの中央に位置する土管型であった。
土管の直径は5〜6メートルはあり、正面側の半径の一部にスリットらしきものが見える。本体の長さは10メートル弱で、台座は6つのキャタピラで支えられている。
元の世界でも専門に扱う現場や、それに準じた趣味の者でもない限り滅多にお目にかかれないような代物だ。
同じようにそれを目にした他のハンターからは「なんだあの……、あのー、戦車?」「ミサイルランチャーのコンテナかもしんねーぞ」「何かの司令塔の可能性もある」との声が飛ぶ。
誰も正解にたどり着く者がいないところが非常にマズい。
「……シールドマシン、じゃな」
額にシワを寄せたオプスの声が緊迫感を発しているのにファングは気付いた。
オプスはファングや周囲にいたハンターたちに解るように説明を行う。
「あれはシールドマシンといって、トンネル工事などに使う機械じゃ。あそこのスリットは刃になっていて、回転しながら地中の岩盤などを削りながら掘り進む仕組みになっておる」
オプスの解説にその周辺だけ静寂に包まれた。
シールドマシンが壁に対しての優位性を発揮するならば、外壁にとって最大の天敵ということになる。
「つまりは、アレが壁に接触したが最後?」
「削られてまるーく穴が開くじゃろうな。門など必要なく出入りし放題じゃろうて」
何が、とは言わなくても判る。
都市やそこに住む者の末路を想像した彼らの表情から一斉に血の気が引いた。それぞれが慌ててインカムを使い、指揮者や仲間へとシールドマシンの危険性を広めていった。
そこで新たに判明したのは、都市の3方向からシールドマシンが接近しているというとんでもない報告であった。
自動機械の群れを排除しながら壁に近付かれる前にシールドマシンを破壊しなければならない。というミッションを課されたハンターたちの表情はみんなまとめて暗い。
「こりゃあ我らが打って出るしかなさそうじゃなあ」
「あの中へかぁっ!?」
戦争映画などでみる、画面の端から端まで入りきらない歩兵部隊のような編成を指して、ファングは素っ頓狂な声を上げた。
「とりあえずケーナが来たら相談じゃな」
問題なく突撃する選択肢を選ぶんじゃないかと予測するオプスだった。
だが、事態は別の意味で深刻になっていたとは流石のオプスも想定していなかった。
◆
その頃宿ではようやく起きたケーナが柔軟体操のような動きで身体の把握に勉めていた。
肩を動かし、肘を動かし、手首を動かし、指を1本ずつ折り曲げたりと確認作業のようなことをしていた。本来であれば起きたと同時に伝言を伝えるキーも緊迫した雰囲気で沈黙を保つ。
「ふむ。ふむふむふむ。なるほどなるほど」
ベッドから下りて自身の体を目で確認する。頭から首、肩、胸、腕と順繰りに触っていき頷いた。
「蛇!」
(ハ! ココニ)
呼び方からして違う。友人を呼ぶような気さくさは消え、部下に命令するような勢いだ。
「何処よ、ここ?」
(ココ……?)
「星、惑星、選別番号。あるでしょ」
(ソレデシタラ、NO520CYニナリマス)
「はあ、へえ。ハアァァッ!? 何で1000年足らずで世紀末みたいになってんのよ! 信じらんないっ!!」
現在より前に存在していた頃の記憶とケーナの記憶をすり合わせて、隔たりの幅に愕然とする。
「やはりあの時の許可を与えるべきではなかった」だとかをブツブツ呟き、視線を横にずらす。
そこには空中に直立して浮いているリュノフの姿があった。
「あはー。ひめさまおひさしぶりー」
「なんで第9将軍がここにいるの?」
「それはこっちのセリフだとおもいますぅ」
ぶーと口を尖らせたリュノフに対して、バツの悪そうな顔になる。
「仕方ないじゃない! 夢の境界線を見誤ったのよ! ああもう! ゆっくり統合していたところだったのに、みっともないったらありゃしないわ!」
頭を抱えて失態を恥じる。
その眼が細められたかと思うと、あさっての方向を睨み付けた。
「さっきから何なのよ! ヴァーヴァー、うーうーうるっさいわね! アァン襲撃のサイレン? 人の眠りを邪魔してくれちゃって、すり潰してやるわ!」
ケーナやキーの記憶を照合しながらの1人言である。
1人ボケ突っ込みにしか見えないが、断じて違う。ここは重要なところである。
「カラス居ないし。側仕えの意味を分かってないでしょ。アイツ」
オプスについての文句を呟きながら、姫様とリュノフは街中を移動する。
周辺は音量の控えたサイレン以外は静かなものであった。装甲車やジープなどが時折行き来するくらいである。
「略図だして」
「はぁ〜い」
姫様が頼むとリュノフが空中に青いフレームの3DCGヤルインを映し出した。
大きさにして1メートル×1メートルくらいである。その3方、北・東・南には自動機械がアリをディフォルメした略敵として表示される。略図の上側には『蟻=100』の注釈が付く。
そこから換算すると北側には蟻が2体、南側にも2体。そして東側には12体が表示されていた。
「カラス呼んで」
「はぁ〜い」
略図を見てからすぐ次の指示を飛ばす姫様に、流れ作業みたいだなぁとリュノフは思った。
腕を一振りし、自身の把握領域内にいる知人を手元に呼び戻す。
「うごっっ!?」
「ぶげっ!?」
頭上に開いた穴からオプスとファングがセットで落下し、揃ってカエルが潰れたような呻き声を漏らした。頭を振って立ち上がり、リュノフに抗議しようとしたところでオプスは襟首をガシリと掴まれる。
「ターフと繋げなさい」
「な、な、何が、どうなっとるんじゃっ!? ってえ゛!?」
「全身丸毟りの刑にするわよ」
「いっ、いえっさー!!」
説明を求めるも、目の前に立つケーナがケーナとは違うことに気付き、うろたえるオプス。だがあっさりと姫様の眼力と脅迫に屈して、この場とターフの艦橋を繋ぐゲートを開いた。
離して貰ったオプスは何か言おうとしたファングの頭と口を押さえ、説明を求める視線に強張った表情で首を振って返す。ファングもそこまで必死なオプスの姿に畏れをなしたのか、口を噤んだ。。
「わふっ! ご主人様っ!」
ゲートが開いたことに目を丸くしていたターフだったが、ケーナを目にするや千切れんばかりに尻尾を振って飛び跳ね、嬉しさを猛アピールする。
その姿の愛らしさに「うっ」と姫様すらもたじろいだ。直ぐに気を取り直すと、ターフに色々指示を出していく。
「た、ターフは今、ヤルインのどの方角にいるのかしら?」
「北ですわんっ」
「ぐふぅ」
「わぅん?」
「な、なんでもないわ。そこから自動機械の群れが見えるかしら?」
「大型機械を1機と中型を4機。あと小型を194機確認してますわん!」
大型はシールドマシンで中型は中距離主体の固定砲台だろう。
少なくとも相対するには騎兵が30機以上必要になる群れだ。
「じゃあターフは姿を隠したまま出来うる限りの砲撃を開始。小型は放置していいから、大型と中型を早めに潰しなさい。それが終わったら、南側へ回って頂戴。南側の大中を潰したら、正体が露見する前に急いで離れること。分かったわね?」
「はい! 分かりました! わん!」
むふーと鼻息荒く張り切るターフの姿に、姫様は口を押さえ視線を逸らしてぷるぷると震える。
ファングとオプスの2人は「ああ、可愛いもの好きなのか」と生暖かい目でそれを眺めていた。
オプスがゲートを閉じるとファングが「なんなんだありゃ?」と小声で尋ねてきた。ここまでの一連の行動を見れば、見た目ケーナでも中身が違うことくらいは付き合いの短いファングでも分かる。
「説明は後回しじゃ。今は黙って手と足を動かせ。あれの機嫌を損ねると後々厄介じゃぞ」
「厄介と言われてもなー?」
オプスがそこで言葉を詰まらせるので、ファングには何が厄介なのか皆目見当がつかない。
「リュノフは手を貸してくれるのよね?」
「そこはだぁいじょぅ〜ぶ〜。ねーさまはにじゅっぱーせんとかいほうでおっけーっていってたよ!」
「20%って……。星ごと闇に葬る気か、あの人は……」
恐ろし過ぎる単語が飛び出しているのを聞いて、無言で深く頷いておくファングだった。
「さて、カラス、じゃないオプスはファングと組んで南北の小型の駆逐を。東側は私がやるわ」
事も無げに1200機プラスアルファを相手にすると豪語する姫様に、オプスが渋い顔になる。
「それはケーナに戻った後の事を考えておっての行動かの?」
「勿論よ。要は実力を隠して後で恨まれるか、実力を存分に発揮して恐れられるかの2択でしょう? 恐れられたとしても、別に私は感謝されるためにやったのではない、ということを自覚してればいいのよ。それに人類は現状が甘え過ぎだと分かってないのよね。誰のお陰で安全な都市の中に住めて、食物が供給されて、水に困らないと思っているのかしら?」
「ねえ?」と問い掛けるように視線を合わせられたファングは返事に窮した。
T・Sは姫様の為に砂漠の中に止まり木となれるような都市を造り、安全に過ごせるよう壁で囲み、食料や水を自給自足出来るよう備えた。
姫様が頼んだからこそ人類に安息と対抗するための牙を分け与えた。
その享受を当然と受け止め、力を示した姫様を恐れて追い出すような真似をすれば、都市機能を停止させるだろう。
ケーナである方が頼めば最低限を残すかもしれないが、それでも生き残れるような者は多くはないと思われる。
根本的に人類はT・Sが都市を維持する理由を知らないのだから、「何故・どうして」を考えずに文句や苦情を垂れ流すだけになることは明白だろう。
主人公微妙に不在。
◎NO520CY
この小説の登録コードである。これを利用するとリアデイルの世界がN1247Pになって、佳菜が元居た兼魔王の世界がN7778Pになる。だからどーしたって話なんですけどね。コードの使用法として思いついたんで(笑




