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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大祭後夜祭編
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間話13.母と娘たちの午後の歓談

「お母様のお部屋でお茶だなんて、珍しい!」

 二十五人いる娘の一人――ネネリーゼが声を弾ませます。

 私はネネリーゼとネセルスフォ、双子の四女五女と、この〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉の城主であるジャーイル大公閣下の御令妹、マーミルとを部屋に迎えているところです。

 ビスケットを楕円のお皿に綺麗に並べ、三名揃いのティーカップにお茶を注いで、娘たちの前に出しました。


「たまにはよいでしょう。おちびさんたちはアディリーゼとシーナリーゼがみてくれているし、中の子たちはピクニック。あなたたちはいつも三人でいて、こういう機会もなかなかないですから」

 とはいえ、実はこの状況は、わざと作り出したものです。私はある一人の娘のために、マーミルに確かめておきたいことがあるのです。


「実は、あなたたちに内緒のお話があるんですよ」

 女の子は内緒、という言葉が大好き――それは、私自身の経験も踏まえた確信。

 現に娘たちは、秘密を匂わす言葉に瞳を輝かせ出しました。

「長女のアディリーゼがフェオレス公爵と想い合っているのは、あなたたちも知っているでしょう?」

 しかも、恋にまつわる話ときけば、好奇心を抑えられないに違いありません。


「もちろんですわ」

「素敵よね、フェオレス公爵……」

「お姉さまったら、いいお相手を見つけたわよね」

 思った通り、反応は上々です。

「アディリーゼはあと数年で、成人を迎えます。私は本人たちの希望もあって、そのときにはすぐにフェオレス公爵との縁を結んであげたいのです」

 娘たちは息をのみました。まさかそこまで話が進んでいるとは、思っていなかったのかも知れません。


「縁を結ぶって、つまりそれはその……け、け、っけっ」

 マーミルが顔を真っ赤にして口ごもります。

 近頃女の子らしさの増した彼女ですが、身近な相手のこととなると、結婚という言葉を口にするのもまだ気恥ずかしいようです。


「ええ、婚姻を許してあげたいと、思っています。もちろんそのときには、マーミル。あなたも祝福の列に加わっていただけるでしょう?」

「も、もちろんですわ!」

 私と娘たちの視線が集まる中、マーミルは任せて、と言わんばかりに、自分の胸を叩きました。


「でも、なぜ内緒ですの、お母さま。そんなおめでたい話なら、別に秘密にしなくても……」

「本来ならそうです。けれどね、ネセルスフォ。私たちはここ、大公城へはお世話になっている身。相手のフェオレス公爵も、大公閣下の副司令官で、ジャーイル閣下には大変近い立場にあります」

「ええ」

 娘たちの表情には、それがなんなのだろう、という疑問が浮かんでいます。


「つまり母は、二人ともが主君と近しすぎるが故に、大公閣下の儀式の予定があれば、時期については考慮すべきだと考えているのですよ」

 私とマストヴォーゼの結婚自体が、周囲に巻き込まれる形で危うくなりかけた過去の記憶のために、時期には慎重にならざるを得ません。娘たちには同じ苦労を、味わわせたくはないのです。


「ああ――」

 娘たちは察したようですが、一人、マーミルだけが首を傾げています。

「要するにジャーイル閣下に、数年のうちに結婚に発展するようなお相手がいないかってことですわ」

「お兄さまに!?」

 予想外だったのでしょう。ネネリーゼの言葉に、マーミルは大きな瞳を更にまん丸に見開きました。


「まさかそんな! 誰一人として、いるはずがないわ!」

 妹に即答で否定される、というのも男性としてどうなのでしょう、ジャーイル閣下……。


「貴女から見て、マーミル。一人も?」

「誰一人!」

「けど、噂はいろいろあるわよね?」

 四女と五女が私の考えを察してか、マーミルに遠慮のない質問をなげかけてくれます。

「噂なんてあてになりませんわ。二人だって、そう思うでしょ?」

「まあ、あなたのお兄さまに関しては――」

 娘たちも顔を見合わせています。


 確かに――

 閣下は実力でみても、容貌の評判や実績からいっても、女性から秋波を送られぬはずはありません。

 けれど噂も半分は面白がって語られているだけで、実体がありそうでもないのです。私から軟膏などもお渡ししてみましたが、通常の目的で利用された様子もないですし。

 そうはいっても実の妹なら、世間が知らない何かを感じ取っているかもしれない、と思ったのですが。


「私だって、ウィストベル閣下とか――てっきりお兄さまのことがお好きだと思っていたのに、いつの間にやら魔王様と仲良しになっていらしたり!」

「マーミルはウィストベル閣下のことを尊敬しているものね」

「ええ。あの絶世の美女の、ぼん・きゅ・ぼんは私の目指すところですもの! でも正直、あの方をお義姉さまと呼ぶのには抵抗があるの……」

「あら、どうして?」

「だって、そうなったら絶対……お兄さまは私よりあの方を優先なさるもの!」


 それはとても強い、確信に満ちた言葉でした。

 けれど私たちは疑念を浮かべて顔を見合わせます。

「そうかしら。今と変わらないんじゃないかしら……」

 ネセルスフォがぽつりと言った言葉は、私たち母娘の心中を代弁するものでしたが、マーミルは激しく顔を左右に振ります。

「だって、なんだかんだいって、お兄さまは気の強い女性が好きだもの! 私、知ってるもの。口では可憐な女性がどうとかこうとか言ってるけど、実際にお兄さまが昔、婚約していた相手といったら……」

 過去にその女性がらみで何かあったのでしょうか。マーミルはみる間に眉間にしわを寄せていきました。


「とっても気の強い、押しの強い女性だったんだもの……しかもお兄さまはずっとデレデレで」

 とうとう苦虫を噛み潰したような表情になってしまいました。

「あら、ならそれで気の強い女性には懲りて、今は好みが変わったってことじゃありませんの? 実際、近頃はとってもおとなしい、図書館に勤めている司書がお気に入りとも聞きましたわ」

「ああ、ミディリース、という……まだ私たちも、会ったことがないのよね」

「その方なら、お兄さまはお友達だって言ってましたわ。魔族には珍しい、本の虫なんですって。どんな人って聞いてみたら、今度紹介してあげるとは言われてるんですけど……」


 マーミルは浮かない顔です。

 最愛のお兄さまから女性を紹介されるのは、それがたとえ恋人としてではなくとも思うところがあるのかもしれません。

 もしくは本能で、その彼女が本命らしいと察せられる、とか?

 彼女についての情報は、不確定要素が多いのでもう少し集めておくべきかもしれません。


「確かマーミルは、ジブライール閣下を推していたわよね?」

「私が? ジブライール公爵を?」

 ネセルスフォの言葉は意外だったのか、マーミルは目をむいています。

「だってあなた、公爵にお兄さまの好きな香りだとか、服装だとか、いろいろアドバイスしていたじゃない」

「あれは……そりゃあ、ジブライール閣下は他の方より強引じゃなさそうだし、それに、私のことも大事にしてはくれそうだから……でも、応援したのかというわれると、それはまた別の話で……」

 もごもご、と、口ごもります。


 マーミルも幼いながら、やはりお兄さまのお相手には嫉妬をせざるを得ないようです。

 ジブライール公爵のジャーイル閣下に対するひとかたならぬ好意のことは、実際に何度も目にして把握はしています。私ばかりでなく余程でない限り、誰もが気付いていることでしょう。それほど彼女の好意はわかりやすいのです。

 けれどその想いを向けられているジャーイル閣下本人が、いっこうに気持ちを察知なさらないご様子。本当に不思議で、いっそ不憫ですらあります。

 そんな状況であるからには、少なくともジャーイル閣下に大きな変化がない限り、あの二人の仲に進展はなさそうだと踏んでいるのですが……。

 そうはいったところで、男女の仲にはいつ何時、なにがあるか分かりません。こちらは同僚であるフェオレス公爵にも、探りをいれておきましょう。


「私……例えば、だけど、お兄さまの恋人に、というなら……」

「ええ」

「ユリアーナとか……なら……まだ……」

「えっ!?」

 双子の娘たちが驚いた表情を浮かべます。


「えっ! 嘘でしょう、マーミル!」

「あり得ない……あり得ないわ、いろんな意味で……」

 ネネリーゼが大声をあげ、ネセルスフォがぽつりと呟きます。

 ユリアーナとは確か、アレスディアの代わりにマーミルについていた侍女の一人ではなかったかしら。明るくはあるけれど、おっちょこちょいというか……早とちりがすぎるというか、そんな印象しかないのですが。


「ユリアーナもジャーイル閣下のこといっこうに好きじゃないし、ジャーイル閣下も……ねえ」

「ええ」

「で、でも、ほら……好きだからうまくいくって限らないじゃない? 付き合ってみれば、お互い知らなかった面を知れて、逆に楽しいかもしれないし、それにあの独特の感性が……」

「むしろ問題は、あの感性だと思うけど」

「ええ」

 娘たちは顔を見合わせ、頷きあっています。よほど考えられない相手なのでしょう。


「じゃあ、マーミルはお兄さまのお相手に、と一番に望むのは、そのユリアーナという侍女なのですね」

 私の質問に、けれどマーミルはフルフルと顔をふりました。

「そうではないの? ……では」

 やはり誰も嫌、という結論なのでしょう。

 そう思っていたのですが、マーミルは意外にも私を指さします。


「あり得ないのはわかってるけど……スメルスフォがいい……」

 まさか……!

 私の名が挙がるとは、思ってもみませんでした。

 私は今でも亡くなった夫一筋ですし、ジャーイル閣下もデヴィル族には興味がないこと明らかだからです。

 別に特別親しくしていたわけでもないと思うのですが、なぜそんなことを思ったのでしょう。


「だって、そうなれば、私たち、本当に本当の家族になれるわ……」

 思いもよらなかった可愛らしい意見に、思わず心がほころびます。

「ありがとう、マーミル。けれど今だって、家族ですよ。マーミルがそう思ってくれるなら」

「わ、私、もちろん、今でもそう思っていますわ!」

「ええ、わかっていますよ」

 私が頷くと、マーミルはホッとしたような、信頼に満ちた瞳を向けてきます。


「本当は……誰かにお兄さまを取られるのは、嫌なの。ずっとこのままっていうのは無理だとわかってはいるんだけど……」

 マーミルはぽつり、と呟きました。

 でも、どうでしょう。このままという可能性もあり得ませんか?

 あのジャーイル閣下なら。


「いっそ私が妹でなかったら、とも思ったんだけど、やっぱりそれも何か違うの。私はお兄さまの血のつながった、実の妹であることが、何より嬉しいんだもの……」

「マーミル」

 ネセルスフォが親友の背をなでます。

 近頃、自分自身も恋心を覚え出したとはいっても、やはり最愛のお兄さまに関しては相手への嫉妬を抑えきれないのでしょう。

 マーミルには、時期尚早な話題であったのかもしれません。

 いいえ、私には兄がいないのでわかりませんが、妹から兄への思いというのは、いつまでたってもこのようなものなのかもしれません。


「役に立たなくって……ごめんなさい」

 私はテーブルの上に置かれた彼女の手を、上から包み込みました。

「とんでもありません、マーミル。あなたが私たちを家族のように思っていてくれていることが知れて、私は嬉しかったですよ。私もあなたのことは、実の娘のように思っているんですからね」

「スメルスフォ……」

 マーミルは嬉しそうに顔をほころばせます。


「でも今後、もしなにかお兄さまから聞いたり、見たりしたときは、きっとスメルスフォにお知らせしますわ」

「ええ、ありがとう。期待していますよ」

 そもそも今回の件は私の勝手な思いから、マーミルに明かした話。

 けれど考えてみれば彼女には母親がいないのですから、ふとしたときに相談できる気の置けない年上の女性の存在が、あったにこしたことはないのです。

 そういう相手にいろいろ話すことで、マーミルの想いにもいろいろな変化や思わぬ発展がみられることもあるでしょうから。

 きっかけはお兄さまの恋愛話でも、そこから始まって、私を頼るようになってもらえればよいのですが。


「これは内緒ね。スメルスフォと、私たち三人だけの内緒話」

「ええ、しばらくはね」

 嬉しそうに笑うマーミルと、新たにわき上がったこの考えに、私は襟を正す思いを覚えたのでした。


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