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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大祭後夜祭編
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間話12.兄上は苦労性

「にーちゃ、とーちゃとかーちゃがいるよ」

「見ちゃいけません、ベイルフォウス」

 私は幼い弟の目を後ろからふさぎ、両親と弟の間に移動してその視線を遮ってから、手をはずした。

「なんで?」


 弟の疑問は尤もだ。正真正銘、自分の両親なのだから、見るくらいいいはずだ。

 そもそも、同じ城に暮らしているというのに、ほとんど会えもしないのがおかしい。それなのに、そのたまの機会を更に奪うだなんて、私だってひどい仕打ちをしているとは思う。

 だが、それでも私は弟の視線を遮る。

 なぜって、あの二人――

 私はちらり、と背後を一瞥した。


 一瞬確認できただけでも、外でやるべきではないことをやっているのがわかる。

 今は露出趣味に走っているのかもしれない。ハタ迷惑な話だ。

 そのくせ見ていたら、ひどく怒るくせに。

 私はもう慣れているので別にかまわないが、せめて弟の目は気にしてやって欲しいものだ。こんな小さい頃から、両親がやっているところを見るなんて、絶対人格形成に悪影響を及ぼすに決まっているのだから。


「ベイル。兄上と遊ぶだけではつまらないか?」

「ううん。にーちゃ、だいっっき。いっとーだいっっき」

「大好き」といってくれたらしい。


 こんな風に弟はまだ、舌もろくに回らないほど、幼い。

 それなのに両親が養育の義務もおざなりに、互いに夢中になり続けているのだから、その分私がしっかりしなければ。

 私は両親の姿が見えなくなる場所まで弟を抱き上げて移動し、それから足を止めた。


「よし、じゃあ今日は遠出をしよう」

「とーで? りゅー?」

「ああ。お前の好きな竜に乗せてやろう」

「やったぁ!」

 無邪気に喜ぶ弟の笑顔が、ささくれそうな心を癒してくれる。


「どの竜がいい?」

「んーとね……赤いの!」

「お前は本当に赤が好きだな」

 理由はわかっている。

 我が弟の髪は母に似て見事な真っ赤――鮮血を思わせるほどの、紛うことなき赤なのだから。


「くろもすきー」

 そう言って、小さな手で私の髪を握る。

 私の髪は父に似て、真っ黒だった。

 生まれてくるまでは、弟なんて面倒くさそうだと考えていたのが夢だったかと思えるほど、この存在が愛おしい。

 慣れたつもりでも、やはり両親ともから顧みられない生活に、どこか寂しさを感じていたのかもしれない。だからこんなにも、まっすぐな愛情をぶつけてくれる弟が可愛いのかも。


 もっとも、弟が可愛いのは私だけではないようだ。幼すぎてたまに妹に間違われる容貌の弟は、侍女や侍従たちからも愛でられている。

 ほとんどの者は幼い者に対する純粋な好意に駆られてのことだとわかるからいいが、たまにおかしな趣味の輩もいるので注意が必要だ。この間なんて、一部の者たちが女の子の服を着せて喜んでいたのだから……。

 うちのベイルが女装癖を発症したらどうすると、烈火のごとく怒っておいたので、もう二度とあんなことはあるまい。


「べーる、たーた、いきたいー」

 たーた、とベイルが言うのは、高い山の中腹にある塔のことだ。

 初めてそこを見つけたときには、すでに廃墟と化していた。足の壊れたテーブルと椅子、埃が堆く積まれ、干からびた何かや蜘蛛の巣の残骸なんかがあちこちに残り、ベッドの布はぼろぼろで、衣装ダンスの中も塵と化していたのだ。

 だが、確かに誰かが生活していた跡が、随所に見受けられた。

 おそらく過去に魔族の誰かが住んでいたのだろう。

 なぜって、その高い高い塔には、地上を離れた遙か上部にしか、窓や露台がなかったからだ。竜にも乗れない人間が、そんな高所で暮らせるはずがない。

 その塔の、眺めのいい一部屋の、古い家具を捨てて掃除し、寝心地のいいベッドと調度品を持ち込んで、快適な空間に変えていたのだ。


「そうだな。あそこなら誰も来ないし、お前もゆっくり昼寝ができるだろう」

 可愛い可愛いと、誰彼にかまわれずに、な。

 せっかくだ。弁当でも持っていって、途中の景色のいいところで食べよう。

 そうして私は、厨房に頼んで朝の残り物をたっぷり詰めてもらい、ベイルフォウスお気に入りの赤い竜に乗って、その塔へと向かったのだった。


「にーちゃ、おなかすいたー」

 空の上で弟がそう言ったとたん、竜の遠吠えを思わすような音を、その小さく突き出た腹が奏でる。

 腹に住む虫までも素直だ。将来はきっと、大物になるに違いない。

「もう少し我慢をし。この先の四阿でお昼をたべよう。ほら、綺麗な花畑があったところだ。何度かいったから、覚えてるだろ?」


 花畑、といっても、自然のものではない。どうやらそこは人間の城の庭らしく、手入れの行き届いた色とりどりの花が、視界を賑やかせているのだ。

 見つけたのはつい五十日ほど前だが、ベイルと何度か訪れている。

 一度は貧相な槍をもった貧相な人間たちが数人で囲んできたが、一人二人、とばしてやったら、それ以来遠巻きに見てくるだけで近づいてこなくなった。


「えーやだー。べーる、いまたべる!」

「ベイル。もうすぐだから……」

「やだ!」

「やだって言っても、お前はご飯を食べるとすぐ眠くなってしまうだろ? せっかく竜に乗っているんだから、しっかり起きていないと。この間だって眠ってしまって、後で後悔してたじゃないか」

「きょーはだいじょぶだーも! ま!」


 絶対今日も大丈夫じゃない。

 絶対また寝てしまって、起きてから機嫌が悪くなるに決まってる。なんども繰り返したから、間違いない。

「きれいな花畑を見ながら食べたほうが、絶対においしいぞ」

「や! おなかすぃた、おなかすいた! はななんてすきじゃなー!」


 どうやら花は好きじゃないらしい。

 大きな蒼銀の瞳をうるうるとさせ、私の腕を弱々しい力を込めた小さな手で叩きだす。

 弟はたいていは上機嫌で私の言うことをきくが、腹が減ったときだけはさすがに本能を押さえきれないのか、たまにこうして機嫌が悪くなる。

 そして、涙目になった弟には、兄も弱いのだ。

 私はため息をついた。


「なら、一口だけな――それで、頑張って起きてるんだぞ?」

 妥協点を見いだし、そう提案すると、ベイルフォウスは一転、満面の笑みを浮かべた。

「おきてーる」


 案の定、ベイルは昼食を少し食べただけで、すやすやと寝てしまった。

 塔についても全く起きず、夕暮れ近くになるまでベッドに寝かせてやっていたが、それでも起きないのでそのまま帰路につくはめになった。

 その結果――


「にーちゃ、おこしてー!」

 帰りの竜の上で目覚め、塔なんてとっくに出てきたことを知ると、起こさなかった私が悪いとぐずり出すのだ。

 どんなに揺り動かしても起きないのはお前なのに。

「わかった、わかった。また明日、こよう」

 今度はお前の腹のタイミングを見計らって、な。

「んと?」

「ほんとだ。帰りには、お前の好きなお姉さんの城にも寄って帰ってやるから……」

「んと!?」


 さっきより喜んだ。

 相変わらず、綺麗な女性には目がないようだ。

 外見はどちらかといえば母上似だが、中は父上に似たのかもしれない。

 だとすると、気をつけてやらないと……。

 いいや、まさか。弟はまだこんなに小さいのだから……いくらなんでも考えすぎだ。

 優しいお姉さんが好きなだけに違いない。


 私は大喜びの弟をつれて、両親の待つ城ではなく、顔見知りの美人伯爵の城に向けて、竜首を向けたのだった。


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