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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大祭後夜祭編
170/176

157.ハラハラドキドキ――僕は一体、どうなってしまうのでしょうか?

「ジブライール、血迷ったか!?」

 まさか、奪爵!?

 ここに及んで奪爵なのか!?


「血迷ってなど……いえ、そうかも……」

 否定しないのか!?

 なにこれ。なにこのジブライール。

 今までに見たことのない、嗜虐的な表情を浮かべて、俺の両肩を押さえつけて見下ろしてくるんだけど、なにこの状況!?


「今日はなんだか、気分がよくて――」

 ジブライールはそういいながら、舌なめずりをした。その扇情的なこと――

 まさか……まさか、ジブライール!

 まさか、俺!

 押し倒されてるのか!? もしかして、普通に!?


 え、ちょっと待って! おかしくない!?

 百歩譲って、逆じゃないか!?

 呆然としている間に、気づけばジブライールの顔が、吐息がかかるほど、睫が触れるほどの距離に――


「ジャーイル様……」

 ちょ……!

 危機一髪! 危機一髪でジブライールの顔を避ける。

 今、間違いなく、ジブライールは俺にしようとしたよな、しようとしたよな!?


「なぜ、避けるんです!? 私のことが、そんなに嫌いですか!?」

 ジブライールは身体を起こすと、激怒の言葉と共に一層、俺の肩を強く押さえつける。

「そんなに嫌い……きら……い……うっ」

 しかしその表情は、見る間に気弱に崩れ、目尻に透明な滴が浮かび上がってしまった。

 それがぽたぽたと、俺の頬に落ちる。


「いや、好きとか嫌いとか、そういうことじゃなくて……えっ、なんでこんな急にっ! 絶対、おかしい、おかしいって! 毒かなにかを盛られ……」

 その瞬間、俺はハッとした。

 そうだ、ジブライールはおかしい。最初は毒かと思ったが、そういえばこの症状は――

 そうだ、あの酒……ジブライールが一気に飲み干した、あの、酒――

 確か赤くなかったか!?


「まさか催淫ざ……」

 しばし呆気にとられていた隙を、ジブライールは見逃さなかったらしい。俺は最後まで、その問いを口にすることができなかった。

 なぜって、ジブライールに唇を奪われたからな!!


 俺は覚悟したが、しかしジブライールの口づけは、あっという間に終わった。

 ……え?

 え? なに今の?

 あれ?

 一瞬だったんだけど、あまりにも一瞬だったんだけど……。

 え?


 見上げると、さっきまでの強気な様子はどこへやら、急に顔を真っ赤に染めて、恥じらう乙女が一人……。

「えっと……」

 戸惑って見上げる俺の肩からジ、ブライールはそろそろと手をのけ、俺の上からどいて横にちょこんと座り直す。

 そうしてもじもじしだしたかと思うと、真っ赤になった顔を覆って、寝台に突っ伏したのだ。

「恥ずかしい……」

 消え入るような声と共に。


 ……えっと……。

 待って。逆に俺が恥ずかしい。心の中で大騒ぎした、俺が恥ずかしい。

 とりあえず、いつまでも寝ているのもおかしいので、身体を起こす。

 だいたいなんだ、男が押し倒されるって!!

 ばか、俺のばか!!


「と……とにかく、毒でもなんでもないのなら、よかった……」

 催淫剤でも飲まされたのかと思ったのに……。

 だいたい、この気分がころころ変わるハイテンションっぷりは、あの薬の副作用が表れたようだったではないか。

 酒も赤かったし。

 だったらまだ、本能に負けて、手近な俺を襲ったのかとも思えたのに。

 だが、催淫剤を盛られたのなら、こんな程度ですむはずがない。


 そりゃあ考えてみれば、母親が一人娘の貞操を危機にさらすようなことを、いくらなんでもするはずがないよな。

 そうだとも……。

 だが、しかし……。

 っていうか、じゃあ、逆に今のはなんだったんだ?


「ジブライール?」

 俺は横で突っ伏しているはずの、ジブライールを見た。ところが。

 彼女は恥じらうのはとっくに飽きたらしく、なぜかその、黄色いドレスを脱ぎはじめていたのだ。

「ちょ、ちょ!」

 俺は慌てて、彼女の手をつかむ。

「なぜ、止めるんです?」

 そう問いかけてくる目は、今度は座っている。


「なぜって、当然だろう。むしろなぜ、脱ぎ出すんだ」

「だって、ドレスが汚れたから……ベッドが汚れてしまいますし……」

 ああ、なるほど……って、違う! いや、違わないかもしれないが、違うだろう!

「着替えなら、衣装部屋でやってくれ」

 そういうと、ジブライールは俺のことを信じられない、と言いたげに、瞳を一杯に開いて見つめてきた。


「やっぱり……私のことなんて、嫌いなんだ……」

 ……なに?

「私のこと、そんなに嫌いなんですね……」

「いや、そんなこと一言もいってない」

「わ……私……わたっ」

 またぽろぽろと泣き出す。

 いや、やっぱりこれおかしいって! 絶対おかしいって!


「私はっ、はっ、はじっ、初めてお会いした時から……」

 まるで子供のように、ぐすぐす泣き出すジブライール。

 催淫剤だとしたら、あまりにもベイルフォウスが語っていた症状と、違うではないか。どちらかというと、マーミルのようだ。

 でも、妹は子供だったから、ああなったのだろうっていってたし。ジブライールは大人だし。

 これは一体……。


 だが、もしも、だ。

 もしもジブライールがあの催淫剤を飲んだのだとしたら……手はある。なにせ、俺はこんな時のために――まあ、想定とはちょっと違ったが、とにかく医療棟で色々仕入れてきているからだ!


「ジャーイル様のことが、こんなに好きなのにっ!」

 …………え?


 ……。

 ……え?

 ……。

 ……え?


「今、なんて……」

 俺が問いかけると、ジブライールはきっと顔をあげ、こちらを射抜くような瞳を向けてきた。

「お慕いしています。初めてお会いした時から……」

 まるで命を奪う宣告をするような、重々しい声での告白。


 だが、初めて会った日って……なんか、初対面からじっと睨まれていたような気がした、あの時から!?

 え、俺のこと嫌いだったんじゃ?

 だが確かに……確かに何度か、今までに何度か、そうかもしれないと思えたことはあった。

 スプーンも取られたし、ぎゅっとさせられたし、照れているだけ、みたいな態度も何度か見た……ように思う。

 でも……だがしかし……。


「閣下は以前、おっしゃいました。私の片思いには、望みがないと」

 そういえば――そんなことも言ったっけ。でもあれは、あの時は――

「だから、かまいません。たった一日の、たった一夜のお相手でも……それでも……」

 また感極まったのか、ジブライールの目の端から涙が流れる。

「それでも、私は……」


 いやいやいや。

「待て、ジブライール。俺がああ言ったのは、あくまでもジブライールの片思いの相手が、魔王様だと思っていたからで……」

 ん? いや、まあ、そうなんだけど!

 でもだからといって――

「だったら四の五の言わないで、私の初めてをもらってください!」

 ジブライールさんは、今度こそ止める間もなく怒ったようにドレスを脱ぎさる。

 やだ、無駄に男らしい!


 もちろん、全裸ではない。いきなり全裸ではない。

 だが下着だ。透けてはいないものの、薄い下着姿なのだ。

 だというのにさっきまでの恥じらいはどこにいったのか、完全に目が据わっている!


 今の告白が、真実心の底からのものだったとしよう。いや、今更そこに疑いは持たない。ジブライールの瞳にも言葉にも、本気がうかがえる。

 だがそれにしたってどう考えても、今のジブライールはおかしすぎる。これを通常の状態というには、さすがに無理があるではないか。

 いかに、たまにおかしくなるとはいえ、だ。

 あと、いい加減にしないと、俺もそろそろ限界だ。

 この状態で、この場で、取れる手はただ一つ。


「わかった。ジブライールは本当にいいんだな? 後悔しないな?」

「後悔なんて、するはずがありません。だって、私は本当に――」

 ジブライールは再び頬を赤らめ、うっとりとしたような表情で、俺ににじりよってきた。最後の涙が、その頬を流れる。

 俺はそれを指先ですくい上げ、そのまま彼女の頬に触れた。

「ジャーイル様……」

 ジブライールが俺の手を、一回りも小さな両手で愛おしげに包み込む。


「大好きです……」

 恥じらいのこもった心からの言葉を聞いた瞬間、下っ腹がぞくりとした。

「ジブライール……」

 今度は、俺からだった。ジブライールの唇をふさぐ。

 彼女からは一瞬だったが、触れるだけですませるつもりはない。


「んっ……」

 ゆっくりとジブライールの身体を押し倒し、彼女の柔らかい唇を割って、口内に舌を差し入れた。

 ――やばい。これはちょっとやばい。

 うっかりすると、理性をもっていかれそうだ。

 目的を忘れるな、俺。冷静になれ、俺。

 だが、しばらくは――


 ジブライールは時々、苦しそうに息を漏らし、それから――

 一切の反応を止めた。

 いや、止めたのではない。できなくなったのだ。


「はあ……やばかった……」

 俺は身体を起こし、口元を拭いながらジブライールを見下ろす。

 やばかった、じゃない。今現在まだやばい。

 ジブライールはただでさえ、美人だ。残念美人だけど、スタイルも抜群の美人なんだぞ!

 それが薄着で迫ってきてみろ。

 反応しない方がどうかしてる!

 その美人が今、俺の下でぐったりと気を失っているんだ。現在進行形でやばい。


 いや、別にジブライールは俺の技術の賜物で、気を失った訳じゃない。

 そこはまあ、残念といえば残念だ。

 さすがにいくらジブライールが望んだからといって、その希望を口にしたのが正気の状態ではないとわかっている上で、本当に手を出すわけにはいかない。

 俺だって、今は相当混乱してる。

 そんな勢いだけで、初めてをもらっていいわけない。だって、魔族なのに初めてなんだぞ!?

 俺より年上なのに!

 そうだとも……俺たちの時は長いんだ。急ぐ必要が、どこにある。


 ジブライールを押し倒す前に、俺はこっそりと一錠の丸薬を口に含んでおいたのだ。

 以前マーミルが催淫剤を飲んでしまったときに、我が医療班が作ってくれた対処薬。その丸薬を、口移しでジブライールに飲ませた。

 ……効いてくれてよかった。

 となるとやはり、あれは――あの酒には、催淫剤が入っていたのか。


 くそ、何を考えてる、リリアニースタ!

 自分の娘だぞ!?

 俺に、というならまだわかるが――いや、その方がやばいか。ジブライールが拒否しても、どうにもならなそうだもんな。

 だが、なんだって一体――


 ……。

 とりあえず、水でも浴びてこよう。

 いくらなんでも、風呂くらいどこかにあるだろう。

 冷静に――ここは、押さえきれなくなる前に、冷静にならなければ!

 でなければ、何のために我慢したのか――


 だが、俺は立ち上がることができなかった。

 行こうとした瞬間、ジブライールが俺の腕をつかんできたからだ。

「ジブライール!?」

 まさか、もう起きて――いや、寝てる。大丈夫、寝てる。

 その手をふりほどこうとしたが――

「ジャーイル様……」

 ほとんど呟くような、寝言が漏れる。


 ジブライールが俺を、初めて会ったときから好きだったって?

 だとしたら俺は割と色々、やってしまっていたのではないだろうか。

 無自覚だったとはいえ……。

 銀色の髪に、黄色い小花が散っている。

 ああ、これはあれか……金木犀か。そういえば、いい匂いがするもんな。

 俺がその香りが好きだと言ったから……。

 ドレスは脱いだのに、俺が贈った腕輪は折れそうに細い腕にはめられたままだ。

 罪悪感に胸が締め付けられた。


「はあ……」

 息を吐く。

「これから俺たち、どうなるんだろうな……」

 涙の跡が残る頬を拭い、俺は反省の意味も込めて、結局朝までその場で悶々と、自分の煩悩と戦うことにしたのだった。


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