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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大祭後夜祭編
167/176

154.そういえばそんな約束も、していた気がします

 図書館の修理を含めた増築工事は、ようやく昨日始まったばかりで、当然終了していない。この際、敷地面積を倍にすることにしたからだ。

 設計をキリンくんに頼んだら、唾をまき散らしながら感激してくれた。数日前から我が城に泊まり込みで、ああでもないこうでもないと設計図をひいてくれていたのだ。

 そんなキリンくんを、マーミルがなぜか気に入ったようだ。長い首に乗せてもらっているのを何度かみかけた。

 あんまり邪魔になっているようだったら、遠慮せず追い払ってくれと言っておこう。


 とにもかくにもそんな風に本棟の一部が改築中では、ウィストベルを招く訳にもいかない。まあ特にせっつかれてもいないのだが、一応急にこられたりしても困るから、俺は新しい図書館を披露したいので、暫く招待できないという事情をウィストベルに手紙で伝えた。それから本人から聞いているかも知れないが、と前置きして、ミディリースが実母と暮らすことになったことも付け加えておいたのだ。

 そうしたところ、昨日返事があったのだが……。

 いや、もちろん了承の返答だ。しかしそれとは別に、その手紙には彼女からの希望も載っていたのだった。


 曰く、ミディリースの暮らしぶりを実際に確認したい。

 曰く、ダァルリースと話をしてみたい。


 ……とりあえず、ミディリースには手紙を出しておくか。

 司書が我が城を出てもう暫くたつが、その間も俺たちは何度か手紙をやりとりしている。相変わらず、文通は続けているのだ。

 もっとも、ミディリースとウィストベルはもっと以前からの文通友達なのだから、すでに直接要望を伝えてあるのかもしれないし。


 そうして手紙を書いていた時に、親友の来訪があったのだった。

「ちょっと待ってくれ。あと少しで書き上がるから」

「かまわん。厳密にいうと、今日のメインはお前じゃないんだ」

 うん?

「マーミルはどこだ?」

 俺は便せんから視線を上げた。


「マーミル? ああ、剣の修行か」

「今日は違う。言っていただろ? ヴェストリプスの代わりに、マーミルの武器を選んでやるって」

 そういえば、そんな話になってたっけ。

 ベイルフォウスは右の肩に短弓をかけていた。

 妹が今でもなんなく引けそうな、コンパクトな弓だ。


「その弓がそうか?」

「あ? いいや、これはマーミルにじゃなくて、約束していたもう一つの魔弓だ」

 サイズ的にマーミルへかと思ったのに、違うのか。

 だがそうと言う割に、あとは他に武具など持っていないように見える。

 と、いうことは、なにか質量の小さいものを選んだってことか?

 針とか、チェインとか?

 それとも小刀とか?


「何を選んだんだ?」

「後で一緒に見せてやるよ」

「え、なんで?」

「こんな武器はダメだとか、うるさいことを言われても嫌だからな」

 どういう意味だよ、ベイルフォウス。俺はそこまで妹のことにあれやこれや、うるさく口出ししないぞ。

 いや、待てよ。


「お前まさか、なにか卑猥なものを……」

「卑猥な武器ってなんだよ。そんなものがあるんなら、是非教えてくれ。使いこなしてみせるから」

 逆に呆れたような表情で見られてしまった。


「あー、ごほん」

 咳払いを一つ。

「マーミルは出かけているはずだ。確か……ケルヴィスのところでお茶会があるとか言っていたから、今日は夕方近くまで帰らないんじゃないかな」

「ケルヴィス……? あああの、親族でもないのに女装までして、お前の家族席にいた子供か」

「覚えてるのか」

「そりゃあな」


 ベイルフォウスの奴、記憶力はいいらしい。他所の、関わりのない無爵の子供の名前と顔まで覚えているなんて!

 しかも相手は男なのに!

 自慢じゃないが、俺だったら忘れてるぞ、絶対。


「ところでお前、ロリコン伯をやったんだってな」

「ボッサフォルトのことか?」

「他に誰がいる。いいタイミングだった。誉めてやろう」

「……どういう意味だ?」

 無駄に偉そうなのは、いつものことだからおいといてやろう。


「例の……催淫剤を子供が飲むとどうなるか。覚えているだろう?」

「忘れるわけはないだろう」

「だよな」

 一応まだ気にしているらしく、ベイルフォウスが珍しくばつの悪そうな顔をする。

「あんなことが本物のロリコンに知られてみろ。悪用されかねない」

「ああ……」

 もちろん、ロリコンなのに大人にさせても意味はないのだから、対外的な利用のことを言っているのだろう。たとえばさらった子供を家族が探しに来ても、大人に姿を変えてごまかすというようなことを。


「だがそうか、マーミルは遅いのか。なら、今日は夕餉をごちそうになって、ついでに明日の朝、帰ることにしよう」

「え? 泊まるってこと?」

「たまにはいいだろう。武器の使い方も教えてやりたいし、子供のいない間にしかできない話ってのもあるだろう?」

 子供のいない間にする話?

 うん、一瞬、深刻な話かと思った俺がバカだった。

 ベイルフォウスが話し始めたのは、ほとんど猥談だったからだ。


 ただ、いいだろうか。

 その時の話し手の九割はベイルフォウスだった。俺はほとんど、聞き役に徹していたのだ。

 だというのに、たまたまセルクがやってきたときに話していた内容が、女性のどういう部分に魅力を感じるか、という話題で、たまたま、ほんとにたまたま俺が話していた時に彼がやってきたものだから、後でぽつりと「旦那様もそういう話をなさるんですね」と言われたのが、ちょっとなんていうか……いや、別にいいんだけど!


 まあとにかく俺は手紙への集中を欠き、続きは明日にでもとその便せんを執務机の引き出しにしまいこむことになったのだった。


 ***


 夕食後に移った談話室で、その武器はベイルフォウスからマーミルに進呈された。

 見た目はせいぜい二十センチあるかどうかというような、小さな筒のようなものだ。

 赤い下地に金と銀で、鋭い針を持った蜂が背景の花と共に描かれてある。それを水晶で象った物が、筒の片端に飾られていた。


「なんですの、これ」

 マーミルはその筒をいろんな角度から見ながら、首を傾げている。

 俺の方に視線をよこすが、俺もわからない。


「鞭だ」

「ムチ?」

「そう。魔武具の一つでな。こうして、ここをひねれば」

 水晶蜂を左にひねると、逆の端から細長い紐が飛び出した。

「おお」

 マーミルが本気で驚いたからだろう。まるで小さいおっさんのような低い声をあげた。


 それにしても、ベイルフォウスはよくよく仕込み武器が好きとみえる。

 以前武器市でマーミルに選んでいたのも、やっぱり針の仕込まれた髪飾りであったはずだ。


「これなら目立たず持っていられるし、スカートの下にでも忍ばせれば、舞踏会でだって携帯できる」

「舞踏会に携帯して、どうするんですの?」

「それはお前、お前に不埒なことをしようとする相手をこれで舐めてやればいいのさ」

「可愛いって罪ね」

 ……この間のミディリースの件がなくば冗談かと思うところだが、世の中ほんとにおこちゃまにも手を出す変態がいるらしいから笑い飛ばせない。


「まあ、今はまだ必要ないだろうが、いずれそうなるときのために、今から練習しておくといい」

 そうだな。それでいずれ、くれた相手を一番に叩くってわけだな。

「難しそうだわ」

「センスはいるだろうな。だが基礎は俺が教えてやるから、心配するな」

 ベイルフォウス! お前、槍や剣だけじゃなくて鞭も得意なのか?


 握り手も紐も、はるかに長い鞭を振り回すベイルフォウス……。

 ……うわ。なんか似合うのが嫌だ。

 ちなみに俺は、鞭の扱いには慣れていない。持って振り回したことはあるが、あんまり興味が沸かなかったのと、やっぱり……似合わないだろ?

 だからって、妹にこんな武器はダメだとは言わない。さっき見せてくれてもよかったのに。


「しかし、それは魔武具だよな?」

 ほんのり魔力を漂わせている。間違いないはずだ。

「そうだが、なぜだ?」

 ならば、ただの鞭ではないはず。

「どんな能力がある?」

「それは……」

 ベイルフォウスはふと思い立ったように、言いよどんだ。


「……内緒だ」

「……なんで?」

「なにもかも明かしてばっかりじゃ、おもしろくないだろ。だいたい、使う本人がその能力をものにする前に、他に知られちゃつまらんだろう」

 お前がいつ、俺になにもかも明かしてくれたっていうんだ?

 むしろ「内緒だ」ばっかり聞いてる気がするんだけど?


「別に私、気にしませんわ。お兄さまだもの」

 ベイルフォウスは妹をなだめるように、頭をぽんぽんとたたいた。

「まあ、どうしても知りたきゃ自分で調べろ。割と珍しい魔武具だから、お前の好きだって言う本にでも、載っているだろうさ」

 ……そこまで言われると、わざわざ調べるのもなんかしゃくだ。だいたい今は図書館も閉鎖中だし。

 まあそのうち……本を読んでいてそれらしいものが出てきたら、覚えておくことにしよう。


「いいなぁ、マーミル」

 遠くで姉妹たちと座っていた小さいマストレーナが、ぽつりと呟いた声が耳に届く。

 武器に興味津々な子がいるのか、それとも単に贈り物がうらやましいのか。

 素直な感想は、しかし姉によって窘められる原因となったようだ。

 そういえば、この子らは以前は大公の娘だったのだ。そのころは配下からなにか贈り物をもらったりということがあったのかもしれない。


 そうでなくとも考えてみれば父親はあのマストヴォーゼだ。妻や娘を喜ばせるのに、いろいろな贈り物をしたり、催しを企画したりしていたのかもしれない。なにせ、御前会議より家族との団らん、といった考えさえ透けていたしな。

 そういう意味では、俺は仕事ばかりで愛想のあるほうではない。

 よし、今度なにか子どもたちが喜びそうな催しでも考えてみるか。


 結局、ベイルフォウスはそれから三泊もしていって、みっちりマーミルに鞭の扱い方の基礎を教え込んでから帰って行ったのだった。

 あいつと俺、同盟も結んでないんだけど、どう考えても一番頻繁に遊びに来てるよな……。


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