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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大祭後夜祭編
159/176

146.この面々が一堂に会するのも、ずいぶん久しぶりです

 魔王様に言われたように、大祭は終わったといえど、その期間にあった様々な出来事の後始末が色々と残っている。

 大祭中に決定した順にいうと、まずは魔王城の建築作業員たちとの会食。次に美男美女コンテストの一位である、俺とアレスディアの奉仕。そして奪爵ゲームで敗北したウィストベルを、我が城に招待する約束、他にも諸々……。

 魔王様との立ち合いは、あの最後の一戦で終わり、みたいな流れだったよな。三十回相手してもらうつもりだったのに……まあ、魔術込みとはいえ、やばいくらい強かったし、しばらくはいいか。

 たまに手合わせを頼めば、気が向いたときくらい付き合ってくれるだろう。


 コンテスト第一位の奉仕は、その権利を有する相手が指定してきて初めて、日程が決まるそうだ。今のところ、アレスディアのところにランヌスからの誘いはないようだし、俺の方もリリアニースタからまだ何の連絡もない。

 だからそちらはおいておくとして、まずは作業員たちとの昼餐会にとりかかることにした。


 数日前に用意した招待状はとっくに各人に届けられている。――というか、届いていなければ困る。

 今日はもう、すでにその昼餐会の日なのだから。

 珍しくマーミルが、自分はどうして参加できないのか、と言ってこないのは、大人たちばかりの会食に飽きたからだろうか。

 それとも、以前ほど俺に固執してこなくなったことも含めて、少しは成長しつつあるのかもしれない。……言っておくが、別に寂しくなんぞない。本当だ。俺は別に、シスコンでもないしな!


「旦那様」

 セルクが執務室にやってきた。

「どんな具合だ? ちらほら、集まってきているか?」

「ええ。魔王領から中位の者たちは大方、それから自領の者たちもある程度は揃っております。加えて、迎えに出した一行もまもなく到着するようです」

「そうか。なら俺も、そろそろ顔を出すか」


 高位の魔族にとって、長距離を移動するのは特別なことではないし、通常は竜に乗ってのことだから苦でもない。だが爵位はあっても男爵や、下位の者たちにとっては自身の属する領地を端から端まで移動することも稀だろう。大演習ぐらいしか、その機会をもてない者も多いのだから。

 今回の魔王城の築城に関わった者の大半は、そういう下位の魔族がほとんどだ。それで魔王領から自身で来られそうにない者たちのために、迎えに竜を数十頭出していた。

 その一団が到着するというので、俺は執務室を出て前室の役割に解放した、広間へと向かった。

 いくら下位の者が多いとはいえ、俺は彼らを歓待する側だ。もちろん、マント込みの盛装でビシッと決めている。

 ユリアーナみたいな感性の持ち主でもなければ、この格好には誰もつっこんで来ないだろう。


 広間で既に到着していた数人の挨拶を受けている間に、魔王領からの一団も到着したようだ。

「あ、閣下! 閣下だー!!」

 その集団の先頭をきって、イタチが疾走してくる。あれは確か……ニールセンではないか。相変わらず、落ち着きのない奴だ。


「一瞬、知らない人が立っているのかと思いましたよ! いつもはボサボサなのに、今日に限ってそんな魔王様みたいに整えてるから」

 ……おい!

 ちょっと待て。いつもボサボサってなんだよ!

 別に前髪おろしてるか、あげてるかの違いだけで、別にボサボサじゃないだろ!

 まさか服装ではなく、髪型につっこまれるとは……しかも、デヴィル族に!

「そういうお前だってテカテカぬめってるじゃないか」

「何言ってるんですか。綺麗に毛繕いしてあるでしょ、俺は!」

 自分のことはそれですませる気か。


「そんなことより閣下、聞いて下さいよ! 競竜の景品の高級食卓が届いたんですけどね、家に入れてみたら大きすぎたんですよ! だから家をください、立派な家を!」

 ……会うなり、なに意味不明なことを言ってくるんだ、こいつ。

 これが妻帯者だなんて、世の中ずいぶん理不尽じゃないか。

「お前は魔王麾下だろうが。家をねだるなら、魔王様にしろ」

「そんな恐れ多い!」

 おい、待て。

 デコピンくらいならお見舞いしてもいいかな? 頭蓋骨は割れて、身体は向こうの壁まで吹っ飛ぶとは思うけど!


「ジャーイル大公閣下、お招きに預かり、魔王領より一同、図々しくもまかり越しました」

 黒豹男爵が年長者らしく――実際はどうだか知らない――、イタチを押しのけて一同の音頭をとり、敬礼する。

 さすがは形式にこだわるカセルム。とは思うが、口に出して誉めてはやらんぞ。俺に男色疑惑をかけてくれたことは、未だに忘れてないからな。

「遠路はるばるご苦労だった。みんな揃うまでは、ここでゆっくり食前酒でも飲んでいてくれ」

 そう言う間にも、続々と広間には招待客が到着していく。そのたびに簡単な挨拶を受けていると――


「閣下。ようやくこの日を迎えられ、感無量でございます。この度は我が望みをお聞き届けいただき、感謝の言葉もございません」

 オリンズフォルトがやってきた。

 しかし俺は、その姿を目にした瞬間、しばし絶句してしまったのだ。

「…………よく、来てくれた」


 だって……だって、だよ?

 オリンズフォルトの衣装ときたら……! いや、ちゃんとサイズは合っている。そこは問題じゃない。それに、こういう会食の場にもふさわしい、繻子の盛装には違いない。なんならたぶん、この会のためにわざわざ仕立てたのだろう。一目でおろしたてとわかる艶を放っている。


 だけど……だけど、だよ?

 ちょっと待て、オリンズフォルトくん。君はそれでいいのか?

 半ズボンはないんじゃないかな! デヴィル族なら許容範囲だが、デーモン族の成人魔族が、半ズボンはないんじゃないかな!

 毛深い足を寒々しく出した上、ふくらはぎからの白い靴下って!

 なぜそんな、魔族の子供が着るようなデザインなんだ!?

 子供なら許せるけど、大人はだめだろ!

 しかも、色も鮮やかすぎる緑で、どこかの侍女の感性を思い出すんだけど!


「それで、彼女はどちらに――」

 自分の服装の奇異さなど、全く認めてもいないウキウキした様子で周囲を見回すオリンズフォルト。

「――ああ……。ミディリースの参加は食卓についてからだ。君と隣の席に配置してある」

 今頃きっと、司書もぶつぶつ言いながら、着飾っていることだろう。

 だが、血縁者のこの姿を見て、何をどう思うだろう。喜ぶだろうと期待していたのに、これではドン引きするのではないだろうか。


「そうですかっ。ありがとうございます! きっと驚くでしょうね……想像するだけでもう……ふふ……」

 うん、たぶん驚くよね! 君が思っているのとは別の意味で!

「楽しみだなぁ」

 オリンズフォルトは無邪気にそう呟くと、雑踏に紛れていった。


 ……本当に、あれでいい、のか……な?

 彼には個別にお願いしたいこともあったというのに、出鼻をくじかれてしまったではないか。

 ……。

 まあ、なんなら後日でもかまわない。いくらでも時間的猶予はある。すでにオリンズフォルトは俺の配下なのだから。


 次に声をかけてきたのは、ジブライールだ。

「私も饗応におあずかりして、本当によいのでしょうか?」

「もちろんだ。ジブライールは俺の代わりに立派に現場の指揮を取ってくれたんだから、招待しない方がおかしいだろう。なぜ、そんなことを?」

「閣下の代わりなどと、とても勤められていたとは思えませんが」

「いや、むしろジブライールでなければあの役は任せられなかったと思っている」


 本当、工期の間、一歩も外に出られない、大祭を肌身に感じられない、だなんて立場、他の副司令官だと途中で暴れ出しかねなかっただろう。……いや、フェオレスならやってくれたとは思うが。

 まあそこはそれ、だ。


「そんな……身に余るお言葉です。ありがとうございます」

 ジブライールはきりり、というよりは、照れの勝ったような表情を浮かべている。

 最近ちょいちょい、以前に比べて態度が柔らかくなったと感じるのは、彼女がようやく俺に慣れてくれたという証しなのだろうか。

「ただ、会食とはいえ、労をねぎらう会だと考えましたので、このような格好で来てしまいました……間違えたようです」

 参加者のほとんどが、女性は特に煌びやかな盛装で参加している中、彼女は儀式用とはいえ、軍服での参加だった。まあジブライールらしいといえば、ジブライールらしい。


「まあむしろ正装ではあるし、いいんじゃないのかな。ジブライールが気になるようなら、城にあるドレスに着替えてくれてもいいが」

「あ、いえ。そこまでは……このままで結構です」

 はにかんだように退いたジブライールは、なんだかいつもと様子が違って見えた。


「旦那様。参加者全員、揃ったようです」

 総勢約千人。さすがに、誰がどこにいるか、探し出すのも大変な有様だ。

「では、順に部屋を移動するよう案内を頼む。全員が着席したところで、俺も参加するから」

「かしこまりました」


 後の手配をセルクに任せ、ミディリースを迎えに行くことにした。

 彼女との待ち合わせは、相も変わらず図書館の中だ。

 ちなみに重度の引きこもりである司書と違って、アレスディアは当然一人で堂々と登場の予定だった。


「ミディリース。用意はできたか?」

「ん~できた、ですけど……」

 彼女はおそるおそる、といった様子で、本棚の影から姿を現した。

 ドレスは俺の手配で用意したが、本人の意向を汲んで装飾も少ない目立たない灰色の生地を選んだ。

 意外にも自分でまとめたのか、いつも流しっぱなしの髪は、綺麗に編み込まれてまとめられている。

 スッピンしか見たことのない幼い顔にも、今日はほんのり化粧を施しているようだ。


「よく似合ってるじゃないか」

「うう……。ホントに、私も……参加しないと、駄目? ……です?」

 半泣きの目で見上げてくる。

「ああ。約束だろ?」

「でも……でも、別に……私、魔王城を建てた訳じゃないし……」

「君の隠蔽魔術がなければ、魔王様のウィストベルを驚かせようという企ては、うまくいかなかっただろう。すると、魔王様はあれほど喜ぶ結果を手に入れられなかったに違いない。それに……」

 おっと。うっかりしてしまうところだった。

 オリンズフォルトのことは、まだ内緒だ。本人が明かすまで、ミディリースにはその存在のことも伝えないでくれ、と言われているのだから。


「まあ、とにかく――ここまで来て、往生際の悪いことを言わないでくれ。素直に来ないと、またいつぞやみたいに抱きかかえて運ぶぞ?」

「……! そんな恐ろしい!」

 照れてくれるかと思ったのに、なぜか青ざめガタガタ震えられた。

 ……どういう意味なのだろうか、これは。うん、あまり深く考えないほうがいいみたいだ。

 ただ……一位になったからって、調子に乗らないように自戒しよう。うん。

 とにかく俺は、約千人の集まる食卓へと、彼女を伴って向かったのだった。


 ***


「私の席は……」

 俺とミディリースは、控えの間にかかるカーテンの向こうから、大宴会場となる食卓の置かれた広間をのぞき込んでいる。

「あそこだ。一つ、空いている席があるだろう? 一番、向こうの……」

 俺は遙か先の席を指し示した。

 食卓は、二十人掛けの円卓ばかりを約五十卓、並べてある。俺の席はこのカーテンのすぐ近くだが、ミディリースの席はその遙か向こう――部屋の端に位置する円卓に用意してあった。


「えっ! 閣下の隣じゃ……ない、です!?」

「むしろ俺の隣でいいのか? きっとものすごく目立つぞ。比べてあそこなら、乾杯が終わればどさくさ紛れに出て行くのも楽だろう」

「た、確かにそれは……」

 俺の意見には納得できるものの、眉根が寄るのは止められないようだ。


「じゃ、ホントに、乾杯が終わったら、すぐに出てく、ので……」

「うん」

 まあ、実際にはオリンズフォルトとの再会を経て、昔話に花が咲くことを願っているが。

「じゃあ、私は後ろから――」

「いや、登場は俺と一緒でいい」

「そんな、それこそ目立つ――!」

「大丈夫だ。ほら――」


 瞬間、広間を照らしていた明かりが一斉に落ちる。窓のないそこは、束の間完全な闇に包まれた。

 ほどなくしてミディリースの席に近い、ただ一つの扉にすべての照明が集められる。そんな中、大きな音をたてておごそかにその扉は開かれた。 その一点に浮き上がった姿を見て、デヴィル族の男たちが歓声をあげる。

 アレスディアの登場だ。

 彼女がすべての視線を一身に集めてくれているこの隙に、俺とミディリースはカーテンの影から抜け出して、それぞれ自分の席につく、というわけだ。


「ほら、いくぞ。アレスディアは右からやってくる。ミディリースは左から、席に向かえ。足下に気をつけて、途中でつまずくんじゃないぞ」

 おっといけない。また子供扱いしてしまった。相手は俺より、ずいぶんお姉さんだというのに。

 だがミディリースは俺の無礼を気にした様子もなく、小走りに自分の席を目指す。

 アレスディアは部屋の向かって右側を、ゆったりとした足取りでこちらを目指してやってくる。ミディリースはその逆を、彼女の隠蔽魔術も発揮して――たぶん――駆け抜けた。

 アレスディアが俺の隣へたどり着く頃にはとっくに、ミディリースも自身の席に無事たどり着いたようだ。誰にも――オリンズフォルト以外には、そうと気取られず。

 さて、次は俺の番だ。

 照明は、今はもう部屋の隅々を照らして、興奮に支配されつつある参加者たちの顔を明らかにしていた。


「諸君、今日はよく集まってくれた。こうして魔王城の建築に携わった者たちが一堂に会すのは、城が解放されて以来になる。さぞ、懐かしい思いもあるだろう。とりあえず、席次は決めてはいるが、しばらく後には自由に立って移動し、好きな相手と歓談してくれ。デヴィル族の男性陣はアレスディアの存在で、より楽しみが増え、不公平だと思われる向きもあるかもしれんが、その他の者には――」

 酒の並々と注がれたグラスを右手に持つ。


「この俺が、誠心誠意、相手をつとめさせていただく」

「きゃああああ」

 割合としては少ないデーモン族の女性陣が、黄色い声をあげ、「お覚悟を! 今夜は眠らせませんぞ!」

 話好きの男性陣は陽気な声をあげる。その中で。

「では、乾杯」

 俺は高々と、盃を掲げてみせたのだった。


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