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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公位争奪戦編
153/176

142.戦いの結果が出そろい、順位もやっと決まりました

 プート対ベイルフォウス。

 二人の戦い方は、どちらも俺とやったときとは全く様子が異なっていた。

 まず一つ目。会話が全くないのだ。

 ベイルフォウスがプートを相手に無駄口を叩かないのはまだわかるとしても、プートにはこう言いたい。

 俺と対戦したときの、数々のあの恥ずかしい叫びはなんだったんだ!!

 と。


 そして二つ目。

 二人とも、肉弾戦をしかけようとしない。

 ベイルフォウスとプートは、いつも会議の席でそうであるように、お互いギラギラとした目でにらみ合い、ただ力の限り魔術をぶつけ合っているだけだ。

 その魔術も、たとえばベイルフォウスは俺とやるときには技巧を凝らしていたと思うのだが、今は本当にただの力押しだった。


 大きいことはよいこと、とばかりに大爆発があちこちで誘発するが、天を目指して盛り上がった土壁がその威力を阻んでしまう。

 渦を巻いた炎がプートに襲いかかれば、それを突き破ってうねった大地がベイルフォウスを叩こうとする。

 防御と攻撃のためにベイルフォウスが炎赤竜を顕現させれば、プートは土傀儡を顕現させる。

 目の前ではそんな風に、ベイルフォウスが火炎の魔術を発動すれば、プートは大地の魔術で迎え撃つ、という戦いが繰り広げられていた。

 確かに双方派手ではあるが……なんか、物足りない。殺気だけは確かに強いが、魔術がおおざっぱすぎる。

 まさか二人とも、本気を出していないんじゃないだろうな?

 おい、ベイルフォウス! お前、俺にさんざん勝つ気でいけとか、自分は勝つとか言っておいて!


 いいや、手を抜いている、という感じではない。だが明らかに戦い方が、俺の時とは全く違う。

 ああ、なんかこの気持ちを誰かと語り合いたい!


 俺はちらりと魔王様を見た。

 魔王様はすぐにこちらの視線に気がついたが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、目の前の戦いに集中しろ、とでも言わんばかりに顎をクイッとやった。冷たい。

 はいはいはい。わかりましたよ。

 ちなみにウィストベルのことは、いろんな意味で最近怖いのであんまり見たくない。


 とにかく二人の戦いは、意外にも予想より早く決着がつこうとしていた。

 双方傷は負っているが、プートのは浅く、ベイルフォウスのは深い。

 俺の時と同じようにプートが考えた訳でもないだろうが、ベイルフォウスの頬にはざっくりと創傷が刻まれている。


「ちっ! 相変わらず、ビクともしねえでかわいげのねぇ奴!」

「お前こそ」

 それが二人の、唯一交わした言葉だった。


 ベイルフォウスが最後の挑戦とばかりに、即席魔剣に炎をまとわせて斬りかかる。プートは武具など使わずに、やはり自分の肉体に防御魔術をまとわせてそれを受け止め反撃した。

 戦う二人の背後で、土傀儡が火炎竜を消し潰す。

 同時にプートがベイルフォウスの剣を砕き、とっさにガードしたその両手をも砕ききった。


 ベイルフォウスの敗北で、勝負はついた。


 その後、大公への挑戦者を募ったが、やはり今回も名乗りを上げる者は一人としていなかった。

 結局大公位争奪戦の全日程を通して、挑戦されたのは俺一人、挑戦したのはコルテシムスの一人で終わったのだ。


 治療を終えたベイルフォウスが全ての戦いの終結を宣言し、十一日に及んだ大公位争奪戦はこうして幕を下ろしたのだった。


 ***


 現魔王城の露台にそろって移動して、まず行われたのは魔王様による新たな大公位の発表だ。

 ただ一人、アリネーゼの姿はないままに。


「大公位争奪戦の結果を得て、新たな大公位が決定した。では発表する」

 眼下を埋め尽くす臣民が、我が同胞たちが、興奮の声をあげる。

「まずは七位。アリネーゼ」

 一瞬、歓声が止む。本人がこの場にいないことに加えて、その結果を迎えることとなった戦いの数々を思い出すと、さすがの魔族も悲壮感を漂わさずにはいられないのかもしれない。


「六位、デイセントローズ」

 順当だ。だがこの発表も、一部が沸くだけであまり歓迎されたようには感じられなかった。

「五位、サーリスヴォルフ。四位、ウィストベル」

 この辺りになると、ようやく観衆も元気を取り戻す。ウィストベルのアリネーゼに対する所行に眉をひそめた者もいるかもしれないが、表だっては聞こえてこない。


 さて、問題はここからだ。大公位争奪戦の結果、俺とベイルフォウスは同成績だが――


「三位――ベイルフォウス。二位がジャーイルだ」

 一つ向こうから、友の舌打ちが聞こえてきた。

「これは疑問に思う者もあるかもしれん。両者は引き分けたのだからな」

 公式記録に投げっぱなしの弟と違って、兄は説明をするようだ。まあもしかすると、観衆に、ではなく、弟に対して、なのかもしれないが。


「確かに二名の実力は、拮抗していた。だが、終了宣言の後、わずかにベイルフォウスの方が先に倒れたこと、それに加えてプートとの対戦の内容を考慮し、今回の順位を決定した」

 おお、あの引き分けの判定の後の態度も考慮されてたのか。確かに俺の方が一瞬後に気を失ったっけ。


「まあいいさ。気に食わなきゃ、もう一回やりゃあいいことだしな」

 ベイルフォウスがため息混じりで呟く。

 その時は、魔剣レイブレイズと魔槍ヴェストリプスで戦うことになるんだろう。

 ……あれ? そういや、再戦の約束はとっくにしてたっけ……。


「当然一位はプートだ。これを、大公位争奪戦の結果とする」

「うおおおおおおおお!!!」

「大公閣下、万歳!! 魔王陛下、万々歳!!!」

 アリネーゼ不在の影響か、やや精彩は欠くものの、その結果は観衆たちの歓声によって迎えられたのだった。


 さて、次は俺の番かな。

 すでに平原の向こうは、数多の煌めく頭部で埋め尽くされている。その大人数が近づくにつれ、大地も微震するようで、その一団が移動するにあわせて、歓声もいや増す。

 百日――いいや、百一日前に旧魔王城を出た八百余名が、ようやくこの新魔王城へと、今日、たどり着くのである。

 ほとんど休みもなく、歩き詰めだった彼らには、盛大な歓迎こそふさわしい。


「さあ、彼方を見るがいい」

 俺は露台を進み出て、観衆に背後の南方を指し示す。

「いよいよ大祭主行事の最後の締めくくり――パレードの到着だ。大祭の間、我々の心をその麗しい姿で満たしてくれた彼らには、最大の賛辞と歓待こそふさわしい。そうではないか、同胞よ」

「おおおおおおおお!」

 観衆たちは手を挙げ声を上げ、祝意を表した。

 毎回思うが本当、魔族のこのノリの良さはたまらないな。


「道をあけて手を叩け! 足を踏みならせ! 飛べる者は飛んで歓迎の心尽くしを見せてやれ! さあ、パレードの到着だ!」

 魔王城のきざはし――〈大階段〉に最初の一歩がかかる。

 ここまではそれぞれ魔獣に乗り、車に乗っていた者たちも、魔王城の下に広がる平原で下車し、徒歩で上がってくる。

 さすがに大人数のパレード。あの千段に及ぶ〈大階段〉でさえ、すぐに彼らの頭部で埋め尽くされてしまった。

 〈大階段〉の両端には彼らを歓迎し、炎を吹き出す者、花火を挙げる者、水芸を披露する者、色鮮やかな花をまき散らす者、魔術と歓声での歓迎を惜しむ者はない。


 そんな賑やかな楽しい光景の中。

「ウォーホッホッホ! ウォーホッホッホ! ウォーホッホ……ブフォ!」

 ……なんだ、この徐々に近づいてくる変な笑い声。

 ちょっとだけ、嫌な気がした。


「ご 一 同 、お 待 た せ い た し ま ゴ ボ ォ !!」


 おいウォクナン! いや、確かに先頭きってくる資格はあるけど……あるけどさ!

 こんな時くらい口の中はスッキリあけたまま来いよ! 口の中のもの、きっちり吐き出して来いよ!

 なんでこの場でも、リンゴとかバナナとか、ポロポロこぼしながら上がってくるんだよ!

 せっかくの空気が台無しだろ!!


 とにもかくにもパレードの面々が無事に全員魔王城の前庭に勢ぞろいすると、その参加者、観衆たち、この場にいる全員に酒を満たした杯が配られ、そうしてこの大祭最後の乾杯の音頭が魔王様によって取られたのだった。

 ……ちなみに酒は、もちろんあれではない。


「ジャーイル閣下! みましたぞ!」

 乾杯の後は、パレードの面々を労う目的で、そうしてその他の同胞たちとも最後のバカ騒ぎをするため、魔王様も大公も、露台から降りて前庭のあちこちで酒を酌み交わしている。

 主役である魔王様はウィストベルと一緒にあちこちで歓迎されているし、サーリスヴォルフはここぞとばかりに男女の区別なく声をかけているようだ。プートも美女に囲まれてご満悦だし、ベイルフォウスは言わずもがな。あろうことか、盛大に反感を買ったであろうあのデイセントローズさえ、デヴィル族の女性の歓待に鼻の下を伸ばしているではないか。


 だというのに、何故、俺だけこんな口からポロポロ食べ物をこぼすおっさんとの歓談なのだ。


「閣下? どうしました、また吐きますか?」

「ただの酒で、吐くか。っていうか、なぜあの件を知ってる」

「そりゃあ、パレードの最中とはいっても、私は別に愛想を振りまかないといけない立場でもありませんからね。あの日はちょうど、アレスディア殿も近くにはいなかったし、暇つぶしに閣下の戦いをみていたんですよ!」

 暇つぶしかよ! 上司の戦いを見るのが、暇つぶしかよ!


「まあとにかく、大公位争奪戦を戦いきって、何はともあれ序列を駆け上がられた閣下を祝して、この忠実なる臣下より」

 ウォクナンは頬袋の奥から、唾液まみれのサクランボを取りだした。

「その手に持ったグラスに、この熟した深い味わいを捧げましょう」

 おお、なんと器用な舌だ! つるがハートの形に……って、うるさいわ!

 なにが忠実なる臣下だ!


 もう一度言う。なぜ俺だけがこんなおっさんを相手にしなければいけないのだ。


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