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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公位争奪戦編
150/176

139.大公位争奪戦も、いよいよあと僅かです

 大公位争奪戦も九日目、今日を過ぎれば後は二日、たった三戦を残すのみ。

 そこまでくるとさすがに強さの予測も容易になるとみえ、中盤あたりからは勝者予想も大多数が正解を導き出すようになっていた。


 そもそも今日の一戦目は一五戦だ。プートの強さは圧倒的だから、その勝利には疑問を挟む余地もないだろう。

 実際にプートはそれまでの戦い――俺との戦いをのぞく、すべてでそうであったように、圧倒的強さを見せつけてサーリスヴォルフに勝利した。

 ちなみに、プートはやはり叫ばなかったし、サーリスヴォルフも酒を振りまいたりしなかった。

 一体二人とも、どういうつもりなのだろうか。


 ともかく――波乱を呼んだのは、二戦目の三七戦だった。

 今までの序列的には、アリネーゼの順位はベイルフォウスに続いて三位なのだ。

 それでも遠慮なく事実を言うと、アリネーゼはこの大公位争奪戦の間、活躍の場が一つもなかったと言っていい。

 プートには瞬殺されたし、俺にも角を切られた。サーリスヴォルフには翻弄され、最大のライバルと目されていたウィストベルに片足を奪われ、結果、ベイルフォウスには情けをかけられた。少なくとも、そう見えた。

 だがさすがに相手は新参のデイセントローズ。経験不足もあり、今度こそアリネーゼが勝ちを得るか、という予想が多数を占めていたのだ。

 ところが――


「申し訳ありません、アリネーゼ。ですが私も、新参だからといって手を抜いてはいられない立場なのです」

 ひきつった嫌らしい笑みを浮かべてそう宣言したデイセントローズの魔力の餌食となり、アリネーゼは切り刻まれ、気を失って大地に伏せた。

 蓋を開けてみれば、大方の予想に反して結果はデイセントローズの圧倒的勝利に終わった。


 ああ、もちろん俺には理由がわかっている。

 デイセントローズの奴は、あれからまた魔力を増強してきたのだ。昨日はこれほどではなかった。

 もっとも、争奪戦前でもわずかにアリネーゼよりは上回っていたのだが、増力に増力を重ねた今では、確とした差がついている。

 あの苦しみを一晩で何度も経験したのか、あるいは増量される魔力量は全くの運任せなのか、条件である程度操作が可能なのか――仕組みはわからないが、とにかくかなり強くなっていた。

 具体的にいうと、百マーミルほどだ。


 それで勝つのはよいとしても、その後が悪かった。

 ただデイセントローズが勝利した、というだけならば、意外だ、天晴れだとは囁かれても、反感は買わずにすんだだろう。

 だが奴は倒れるアリネーゼの衣服――その、ただでさえぼろ切れのように切り刻まれ、素肌をのぞかせていた下半身の衣服を、乱暴に引きちぎるという暴挙に出たのだ。

 つまりアリネーゼが失ったはずの左脚の部分を、観衆の前に無慈悲にも暴いてみせたのだった。


「ほう、これは興味深い――別の脚をつけておいでなのですね」

 確かに、結果は奴の言ったとおりだった。

 かつて爛れた雌牛の脚があったその部分には、すらりと伸びた別の脚がついていたのである。だが、それは以前のように爛れてはいなかったし、その蹄は竜のものでもない。左右で太さは違ったし、医療魔術でつけたのだろうが、接続面はなめらかでもなかった。

 それでも、牛の脚には違いない。


 だが、いったい誰が、そんな風に敗者の意志も問わず、秘部を暴くことを快しとしただろう。魔族が残虐なのは確かだが、それは相手に負傷を負わせ、殺すことに躊躇がないというだけのことだ。

 デイセントローズのやり方は、一部の性的嗜好者にはたまらないかもしれないが、多くにとっては眉を顰める行為であったろう。

 実際俺も気分が悪かったし、嗜虐的傾向の強いベイルフォウスでさえ――もっとも友は相手が女性だったために、そういう反応だったのかもしれない――、不愉快でたまらないといった表情を隠そうともしなかった。

 その行動には観衆たちも一気にざわつき、非難めいた空気を醸し出したのだ。


「勝負のついた後にまで、相手を貶めるようなことはするんじゃねえよ」

 ベイルフォウスは自分のマントを脱ぎ、アリネーゼの脚を覆い隠す。

「これは……失礼いたしました」

 デイセントローズは薄く笑うと、魔王様に向かって一礼をし、対戦場からさっさと退いていった。


 この日以後、公の場でしばらくアリネーゼの姿を見た者はいなかった。

 大祭の終了するそのときにも、彼女は姿を見せなかったのだ。


 ***


 翌日の対戦は、五七戦――サーリスヴォルフとデイセントローズの戦いから始まった。

 昨日のことがあるからだろう、会場はいつもより更にざわめきが大きい。


「今日はずいぶん、サーリスヴォルフ閣下を応援する声が大きいようですね」

「そりゃあそうだろうよ。いくら大公様といったって、あれはねーわ。さすがの俺もどん引きだったわ」


 ヤティーンとケルヴィスが、昨日の対戦について感想を交わしあっている。

「あんな風に相手を辱めるくらいなら、サクッとヤっちゃうべきだと思うね、俺は。一応、相手の命を取ることは禁止されてないんだしな」

「えっ!」

 ヤティーンのいらぬ言葉に、マーミルが驚きの声をあげる。


「お兄さま。今のヤティーン公爵のお話、本当ですの?」

「そうだな、敗者をいたぶるようなことはいけないな」

「そうじゃなくて、命を奪ってもいいって……」

「まあ確かに、相手を殺してはいけないと、決められているわけではない」

 魔道具の使用ははっきりと禁止されているが、実はそれ以外の項目はわりと不問だ。


「だが少なくとも今回は、誰も相手を殺そうとまではしないさ。心配するな。ヤティーンは結果そうなったからといって、責められることはない、と言いたいんだろう。そうだよな、ヤティーン?」

「や、まあ、そうっす」

「だが、魔王様も言っていただろう? 今回の大祭行事で、大公を減らすつもりはない、と。その御意志を大公のみんなもよく知っているから、勢い余らない限り、そんなことにはならないよ」

「……ベイルフォウス様は勢いあまったりしないタイプですの?」

「心配するな。それこそあいつが一番、兄上の意志には添おうとするだろう」

「よけい心配になってきましたわ」


 ベイルフォウス。お前結構、信頼されて無いぞ。

 うん……正直なところをいうと、俺にもここぞというところでは、あいつのことはよくわからない。

 でもまあ、どうせ俺を殺そうとするなら、せっかくだから魔槍ヴェストリプスが手に入ってからにするだろう。


「だって、ベイルフォウス様はお強いでしょう? お兄さまと……同じくらい」

 ん? あれ?

「だったらそのつもりはなくっても、何が起こるかわかりませんわよね?」

 さすがに付き合いも長くなると、相手の実力も少しは推し量れるようになってくるということだろうか。関係性も含めて。

「大丈夫だ。どっちもそんなに間抜けじゃない。そうだろう?」

「そうかしら」

 ……おい!

 なに? 女の子って、好きな相手ができると、大好きなお兄さまにも冷たくなるの?


「それで、ヤティーン」

 俺は話題を変えることにした。

「なんすか」

「お前は五七戦をどうみる?」

「そりゃあ、サーリスヴォルフ閣下の勝ちでしょう。ってか、そうでないと嫌ですよ」

「心情的にか」

「その通りっす」

 その前方で、ケルヴィスも深く頷いている。どうやら少年も、同意見らしい。

 昨日一日で、デイセントローズはずいぶん同胞の反感を買ったようだ。


 だがどうだろう?

 デイセントローズはまたも、少し魔力を増やしてきていた。昨日ほどではないにしても。

 増幅される量は、やはり運任せなのだろうか。日々こうマチマチだと、その可能性が高い気がする。

 結果、デイセントローズはこの時点で実はサーリスヴォルフより強くなっているのだが、まだ圧倒的な差がついているという程ではない。

 そうなると、経験値の差で勝負をひっくり返すことも、サーリスヴォルフになら不可能ではないはずだ。どの戦いをみても、デイセントローズの戦い方は大ざっぱで未熟すぎる。

 あとはサーリスヴォルフの特殊能力次第か。 


「で、閣下はどうなんです。どっちに賭けます?」

「そうだな――俺もサーリスヴォルフに賭けようか」

「それは――心情的に、っすか?」

「そういうことにしておこう」

 俺はヤティーンに笑いかけた。ところが、だ。

「……なんか企んでそうで不気味です」

 殴っていいかな、この雀、殴っていいかな!


 とにもかくにも、五七戦が始まった。

 意外なことに、デイセントローズの攻撃は精彩を欠いた。

 もしかすると、自分の方が相手を上回っているという確信がもてないことからくる不振なのかもしれない。それも考えてみれば当然か――俺とウィストベルの赤金の瞳でもなければ、そうそう魔力の強さなど、はっきりわかるはずもないのだ。

 それに加えて、サーリスヴォルフには特殊能力がある。いや、デイセントローズがそれを知らないとしても、まあ疑って警戒くらいはするだろう。

 自身がご大層な特殊魔術を持っていて、それを防がれたことがあるからにはよけいに――


 そうして実はここにきて、俺はようやく気づいたことがある。

 サーリスヴォルフの動きについてだ。

 俺の時もそうだったが、サーリスヴォルフは相手の攻撃を紙一重ほどのギリギリで交わすことが多い。あるいは一瞬前に、対抗策を講じているか、だ。

 こうして実力の近い相手との戦いだからこそ顕著に見えたのかもしれないが、それはまるであらかじめ予想ができているかのような――


「ヤティーン」

「なんすか」

 面倒くさそうに答えるなよ。俺は上司なんだぞ!

 もっと丁寧にしろよ。傷つくだろ! 意外に繊細なんだから!

 ただでさえ、このところは傷つきっぱなしだというのに……。


「サーリスヴォルフの戦い方についてどう思う?」

「面倒くさそうっすねー。ジャーイル閣下は隙がなさすぎて、っていうか、全方位得意な感じでソツがなさすぎてホント嫌な感じですし、強すぎてやってられないっすけど、サーリスヴォルフ閣下はサーリスヴォルフ閣下で、面倒ですね」

 さらっと俺も非難するんじゃない。

 それにしても、面倒、か。

「それは先手を読まれるからか?」

「そうっす」


 やはりそういうことか。昨日もやたら、ギリギリに避けられてると思ったんだよな。

 どうやらサーリスヴォルフは相手の動きをよむことに長けているらしい。


 ……まさか……確かに今までも、ちょっと勘がいいな、と思ってはいたんだけど……まさか、まさか、だよ?

 心の中は読めたりしないよな!?

 俺が常日頃、あんなことやこんなことを考えているとか、そんなことまではまさかわからないよな!?


 いや、ちょっと待て俺。

 それがサーリスヴォルフの特殊魔術と決まった訳じゃないぞ。

 ホントに単に、勘がいいだけかもしれない!

 相手の動きを読めるわけではないかもしれない!

 ましてや、心の中をだなんて……!

 でも……万が一そうだったらどうしよう……。


 今度から彼に接する時は、心に壁をつくろう――そう決意した俺なのだった。


 ところで、勝負はサーリスヴォルフが勝利した。

 やはり、経験の少ないデイセントローズでは、年長者の妙手には対応しきれなかったのだ。

 サーリスヴォルフは決して魔力同士を直接ぶつけあうようなことはせず、俺にそうしたように小細工を弄してデイセントローズを翻弄したのだった。

 それが今度は覿面に利いた。

 結果、デイセントローズは昨日アリネーゼにしたことを、今度は逆にされたようなボロボロの姿で地に伏せた。

 もっとも、サーリスヴォルフも無傷ではなかったし、危うい戦いではあったのだが。

 とにかく魔力の差をものともせず、サーリスヴォルフはその戦闘に勝利したのだった。


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