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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公位争奪戦編
147/176

136.えっと……誰か、説明してください

 腹が痛い……腹って言うか、いや、腹も痛いんだけど、胸も痛い。

 なんだっけ……ああ、そうだ。プートに思いっきり蹴られたんだ。ひどいよな、これ……絶対、肋骨折れてる……上に、どこか内臓に刺さってるよね?


 それに、顎も痛い……顎……?

 ああ、そうだ。こっちはベイルフォウスに殴られたんだっけ。あいつはいつだって容赦がない。本当に俺のこと、親友だと思っているのか!?

 っていうか……あれ、なんでベイルフォウスが?

 俺、ベイルフォウスとも戦ったんだっけ? え、ってことはもう十日目?


 それに、重い。

 でもこの重みは覚えがある。またマーミルが抱きついてきてるんだろう。あれだけ寝込みを襲うなと、言い聞かせたというのに、全く…………ほら、声も聞こえる。泣いている声だ。

 頭を撫でてやろうと、右手を動かそうとして……あれ? 動かない?

 左手は……動く。なんで右手だけ……痛くはないよな? うん、痛くはない。でも動かない。それに……なんだか、冷たくないか?

 まるで縛られてるような……えっ、まさかあれか?

 その部位を失っているというのに、ある時と同じような錯覚を感じているだけ、とかいう……。


「俺の右手っ!!」

 力を込めて、右手を持ち上げてみると――

「! お兄さま! よかった!!」

「閣下!」

 目を開けると、すぐ間近には泣き濡れたマーミルの顔、その奥に今にも泣き出しそうな表情を浮かべるジブライールの姿があった。

「マーミル……俺の、右手は……」

 持ち上がった感覚は、ちゃんとあった。だが、自由に動かすことができない。何故だ?


「あ、申し訳ありません!」

 ジブライールが慌てて俺の右手を手放すのが見えた。不自由を感じたはずだ。ジブライールが手を握っていたのか……。

 まあ、欠損したのではないと知って、ホッとした。

 っていうか……。


「ここ……どこだ?」

「ようやく目が覚めたか」

「おい、ベイルフォウス、お前……つっ」

 頭上から聞こえたベイルフォウスの怒ったような声に、顎の文句を一言いってやろうと身体を起こしかけた瞬間、胸に痛みが走った。

 そうだった。骨が内臓に刺さってるんだっけ……。


「あまり動かれませんよう。まだ治療は、完了してはいないのです」

 聞き覚えのないその声に従って、大人しく身を横たえておくことにした。

 どうやら俺は治療台に寝ているようだ。まあ怪我が酷いし、今まで気を失っていたようだから、さもありなんといったところか。


 息をついて、自分の周囲をよく見回してみる。右手には妹、その奥にジブライール、頭上にベイルフォウス、そして左手に見知らぬ顔が二つほどあった。その手から俺に向かって魔力が伸びているところをみると、彼らが魔王城の医療班に違いない。

 あたりはすでに暗く、見渡す限り星空が広がっている。視界を遮るものは何もない。

 ということは、場所だってやっぱり旧魔王城の対戦場であるはずだ。


「で……今日は、何日目だ?」

 問う声がかすれた。

「医療員の方々、お兄さまの頭も診て!」

「しかし、全身をくまなく診察いたしましたが、頭部に異常は……」

「でも、今日が何日かもわからないのよ!?  やっぱり頭を強く打って、おかしくなっているんだわ!」

 いや、ちょっと待て妹よ。やっぱりおかしくってなんだ。


「閣下。今日は大公戦の七日目……プート大公閣下との戦いの後です」

 ぎゃあぎゃあわめく妹とは対照的に、ジブライールが冷静な答えをくれる。

「……ならなんで、ベイルフォウスに殴られたんだ?」

 俺は別にもう痛くもない顎を、さすってみせる。

「なんで、じゃねえよ。自分のしたこと考えりゃ、当然だろうが!」

 自分のしたこと?


「プートに腹を蹴られて、土壁までふっとばされて、ムカついたから剣を抜いて……」

「ほう。ムカついたから、魔剣を召喚したのか」

「は?」

 魔剣? 召喚?


「何いってんだ、ベイルフォウス、お前――」

 俺はほとんど痛みのひいた上半身をもちあげた。

 そうしてその場に居並ぶ面々を認め、口をつぐむ。

 少し離れた壇上――魔王席と大公席に、アリネーゼを除く面々が勢ぞろいしていたのだ。


「大公同士の戦いで魔剣を禁じていたのを、お前も知らないはずはないだろう」

 そういって、ベイルフォウスは一点を指さした。その先にあったのは――

「レイブレイズ! なぜ、ここに」

 俺たちのいる場所からいくらか離れたその大地に、俺の愛剣が深々と突き刺さっていたのである。


「なぜ、じゃねえ。それはこっちのせりふだ。俺とウィストベルが止めなければ、お前はその剣で気を失ったプートを殺すところだったじゃねぇか」

 はい? 俺がレイブレイズを持ち出して、プートを斬ろうとした?


「……ちょっと言ってる意味がわからないんだけど」

「意味がわからんのはこっちだ。きっちり説明してもらおうか」

「いや、説明と言われても、俺が抜いたのはただの剣で……」

「そのとおりだ」


 向こうの治療台に座ったプートが、助け船を出すように、低い声をあげる。ちなみに彼の方は、奥方などの付き添いもないようだ。

「その時ジャーイルが抜いたのは、腰に差していた、ただの剣であった」

 ああ、そうだとも。俺が抜いたのはケルヴィスの剣だ。少年に悪いとは思いながらも、件の剣を即席魔剣にし、そいつでプートに斬りかかりつつ、魔術を展開したのだ。


「我々は、魔術と肉体をもって戦いを繰り広げた。決着は、すぐについた。そう、思われた。我が魔術と拳が、ジャーイルを打ち破り、彼は地に伏せたのだから」

 マーミルが俺の二の腕を、心細げに掴んできた。

 だが真実だ。あー、負けた。やっぱりプートは強いな、と思いつつ気を失った覚えがある。


「だが我が土壁を取り払い、勝利を宣言しようとしたその時のこと。ジャーイルが、再び立ち上がったのだ。それも、負傷など何一つないような動作で」

「立ち上がった?」

 俺とベイルフォウスの声が重なる。

「いや、なんでお前が驚くんだよ」

 ベイルフォウスからツッコミが入るが、そうは言われてもそんな覚えがないのだから仕方ない。

 俺の記憶は、気を失ったその時点で途切れている。次に覚えているのは、ベイルフォウスに殴られた瞬間の記憶だ。


「そして、あの黒い魔術を……」

 プートの表情が、かすかに曇る。その時のことを思い出して、苦痛か――まるで恐怖でも感じているかのように。

「黒いのって、プート、君がいつも使うようなやつ?」

 サーリスヴォルフの質問に、プートは首を左右に振った。

「いいや、本質からして全く違う。あれは……あんな魔術は、未だかつて目にしたことがない。我は結界や防御魔術を幾重にも施したが、それでも完全に防ぐのは難しかった」

 え、なにそれ。怖い。

「もたぬと思った瞬間、攻撃も止んだゆえに、死を免れただけのこと。そうして我は意識を喪失した。以後のことは知らぬ。しかしあれは――まるで生きた闇が襲いかかってくるようであった。あの魔術は一体……」

 プートが疑問を示すと一斉に、視線が俺に向けられる。


 だが、困った。さっきも言ったが、そんな記憶は全くない。そんな訳の分からない説明をされても……まして、説明を求められても……。

「いや、実は俺も、そのプートに気絶させられた時点で記憶が途切れてて……ですね」

「は? ふざけるなよ、ジャーイル」

「ふざけてはいない。俺はプートに負けたはずだ。当然、黒い魔術なんて知らないし、体中痛くって、立ち上がるなんてとても無理だった。それで気を失ったんだ。説明しろと言われても、本当に何のことだかさっぱり――」


 見回すうちに視界に飛び込んでくる、みんなの顔が怖い。

 特に、ウィストベル。視線があうたびに、心臓が止まりそうなほど怖い。


「つまり、どういうことでしょう? 夢遊病状態のジャーイル大公が無意識に魔剣を召喚し、プート大公を殺しかけた、ということでしょうか?」

「いいや」

 またも否定したのはプートだ。事情を語ることのできない俺は、口を噤んでいるしかない。

「最終的にはそうなりかけたのかもしれんが、あの魔術を展開した時、ジャーイルはまだ魔剣を手にしていなかった。故にあれを召喚した、というのなら――」

 プートがレイブレイズを顎で示す。

「我があの魔術を耐えて、気を失って以降のことであろう」

「どうなんだ、ジャーイル」

 どうって言われてもなぁ……。


「本当に、覚えていないのか?」

 魔王様が詰問というよりは、ただの事実確認というように淡々と問うてきた。

「覚えていません。負けた、と思った以降のことは」

「……まあ確かに、間近でみた俺の感想を言わせてもらえば、あの時のジャーイルはまるで別人のようだった。それに本人の意識があったとするなら、気を失った相手に剣を振り上げることもないだろう」

 別人ってなんだ、ベイルフォウス。怖いことを言ってくれるな。

 だが、俺が倒れた相手を痛めつけるような男ではない、と断言してくれることには感謝する。


 しかし話を聞いていると、ベイルフォウスは暴走した俺を止めるために、判定人としての務めを果たしたわけだ。なら、殴られたことも仕方ない。

 もっとも、魔術で優しく止めてくれればよかったのに、と思わないでもないが。


「本当に本当に覚えてないの? うっすらとでも記憶はないの? 冗談でも、嘘でもなく?」

「我が主は嘘などつかれる方ではございません! 覚えてないとおっしゃるなら、そうに間違いありません!」

 勘繰るサーリスヴォルフに「しつこいぞ」と口を開く前に、ジブライールが間髪入れず、援護をくれる。

 ジブライール……そんな風に思ってくれていたなんて。今までたまに、奪爵を疑ったりして悪かった。反省するよ。


「寝ぼけてたのだかなんだか自分でもわからんが、とにかく本当に覚えていない。魔王陛下に誓おう」

 俺は両手を軽くあげた。 

「ジャーイル本人がこれでは、これ以上の追求は無理そうだね――どう決着つけます、ルデルフォウス陛下?」

 サーリスヴォルフが肩をすくめつつ、魔王様に判断を仰ぐ。

 魔王様はこくりと一つ頷き、王座を立ち上がる。そうして俺とプートを交互に見ながら、こう宣言した。


「今回の決着は、プートの勝利とする」

 まあ……だろうな。

「理由はプートが勝利を確信し、ジャーイルが負けを自覚して、確かに気を失ったこと。その後については、自ら意識した上での行動ではなく、決定的な使用はないといっても魔剣を持ち出したことも含め――勝負はジャーイルが気を失った、それまでとする」

 自身の負けを自覚していた俺は結果に納得したが、プートは微妙な表情を浮かべている。


「付け加えるならばもちろん、これは大祭の一行事としてという側面もあるが故の判断である。二人が大公位争奪戦と関わりなく勝負をして、この結果を得たというのなら――」

 魔王様は射抜くような瞳で俺を見つめてきた。

「勝者はジャーイルであったろう」

 ……あ、はい。

 まあ試合形式をとらなければ、結果が全てですもんね。


「じゃあ、まあ、そういうことで、公式には明日の対戦前に俺が一応発表するか」

 やや複雑そうな表情で、ベイルフォウスが頭をかいた。

「では、判定のための話し合いはここまでとする」

 魔王様がそう宣言し、一応会議にも似せたその場は解散となった。


「勝敗も決定したことであるし、私も失礼させてもらおう」

 魔王様に続いて、プートが意外なほどあっさりと帰路に就く。

 もっと戦いの内容について――俺の状態について、つっこんでくるかと思ったのに。まあ、こちらは聞かれたところで何も答えられないんだから、ありがたいが。


「それにしても、ホントになんだったんだろうね、あのジャーイル。いつもと全く別人のようだったよね」

 サーリスヴォルフまで、別人とか言わないでくれ。

「ええ、私などはゾクゾクしてしまいました。見るもの全てを凍えさせるような、冷たいあの視線――ふふふ」

 デイセントローズ、お前の発言のせいで、俺は逆にゾクゾクする。


「おい、ジャーイル。お前、一度頭の中、ちゃんと調べた方がいいんじゃないか?」

「なんですって! 失礼ですわ!」

「お前だってさっきそう言ってたろ」

「私はいいんですのよ、妹なんだから!」

 ベイルフォウスは余計な一言をいって、マーミルの怒りを買っている。というか、二人ともちょっと俺に対して失礼ではないだろうか。


 そんな風にみんなが興味深げな視線を向けてくるなか、気になったのはウィストベルだ。

 彼女は話し合いの間、一度も口を開かなかった。ただ鋭い瞳で、俺のことを見つめていただけだ。

 そしてプートがいなくなって間もなく、彼女もまた無言でその場を立ち去ったのだった。

 正直、いろんな意味で気が気じゃなかった。


 しかし、ベイルフォウスの言葉は冗談ではすまないかもしれない。意識を失って、その――黒い、魔術? とやらを使用したと思われるのは、今回が初めてではない。

 以前力を失っていた俺が、プート麾下の六公爵を葬ったというその時にも、黒い魔術を使っていたらしいし。

 あの時にはもしかして、レイブレイズが助けになったのかとも思ったし、見たことのない魔術といっても、所詮無爵のイースの言葉だし、と軽く考えていたのだが。

 うーん……その、意識のない間の俺ってどんなだったんだろう。単に半分寝てる状態とか、本当に夢遊病の気がある、とかなら、普段の生活には支障もないだろうし、まあいいだろうが……。

 とにかく、一度落ち着いたらサンドリミンに相談してみるか。


「閣下がご無事で、何よりでした」

 喧噪を背に、ジブライールがぽつり、と言った。

 まあ怪我はしても欠損はないから、無事、といっていいかもな。

「あ、うん、ありがとう。心配かけてすまなかったな」

 俺が倒れている間、まるで家族のように手を握ってくれていたことだし、ここは礼を伝えておくべきだろう。

「いえ、そんな――配下として、主君の身を案じるのは、当然のことです」

 なんという、魔族にはあり得ないほど主君に忠実な副司令官であろうか!

 ちゃんと誓おう。今後は二度と、奪爵の意志を疑ったりはしないよ!


「ところで、ネネネセはどうした?」

 双子は今日も来ていたはずなのに、姿がない。

「観戦に来ていた部下と、ケルヴィスに帰城を任せましたが――いけなかったでしょうか?」

「ああ、いや。ならいいんだ」

 そうか。マーミルの面倒をみるために、ジブライールは残ってくれたのか。


「じゃあそろそろ、俺たちも帰るか」

 これ以上いたって、答えられもしない質問と好奇の目が向けられ続けるだけだろう。動けるようにはなったし、とっとと帰るに限る。

「閣下、まだ治療が完了してはおりませんが」

 医療員が気遣うような声をかけてくれるが、俺は治療台から降りたった。


「ここまで回復すれば、あとはかすり傷みたいなもんだ。勝手に治る。問題ない」

「お兄さま! そんなの駄目よ、ちゃんと治してもらって!」

 ベイルフォウスにからかわれていた妹だが、俺の発言は聞き逃さなかったらしい。

「全くだ。ちゃんと治してもらえ。俺との戦いがまだ控えてるのに、負けの理由をかすり傷のせいにされちゃたまらん」

 おいベイルフォウス! ちゃっかり勝利宣言してるんじゃない。

 だが、言い分には一理ある。


「わかった、わかった。これ以上の治療は、帰ってからちゃんと受ける。心配するな」

 俺は抜き身のレイブレイズを大地から引き抜いた。

 剣はその身だけで召喚されたのだろう。どこを見回しても、鞘はない。

 代わりに粉々になった、ケルヴィスの剣の残骸を認めた。

 借りものだから、無事に返すつもりだったというのに、叶わなかったか。少年には、よほどいい剣を与えてやることにしよう。


 空いた腰のその鞘に、レイブレイズを一部でも納められるか試してみる。だがやはり、魔剣を差すには鞘の大きさが不足していた。

 万が一のことがあってはいけないと考えた俺は、魔剣をマントでくるみ、それからさらに念のため、マーミルをジブライールの竜に同乗させて、自分の城へと帰城したのだった。

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