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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公位争奪戦編
134/176

123.いよいよ、大公位争奪戦が始まろうとしています

いつも拙作をお読みくださり、ありがとうございます。

今回の大公位争奪戦につきましては、珍しくちょっとだけご注意がありますので、よろしければ活動報告をご覧くださいm(_ _)m

「お兄さま、実は折り入ってご相談がありますの……」

 妹が、常にはない殊勝な態度でそう切り出したのは、昨日のことだ。

 ものすごく、嫌な予感がした。


「悪いがマーミル。お兄さまは明日から始まる大公位争奪戦のことで、いろいろと忙しく――」

「その大公位争奪戦のことですわ!」

 なに? 大公位争奪戦の話?

 もしかして、俺の身が心配でたまらない、とか、そういうことか?

 まあマーミルはお兄さん子だからな!


「お兄さまのことなら、心配はいらない。大公位争奪戦の間でいくらか怪我は負うかもしれないが、死ぬようなことは」

「魔王城の前地に、身内の座る席が用意されるでしょう?」

 ん? あれ?

「今のところ、私とスメルスフォとマストレーナが座ってもいいことになっているでしょう?」

 ちょっと待て。

 あれ?

 俺の心配は?


「そ……そこに……もう一人……」

 待て。なぜそんな頬を赤らめてうつむく。

「ご……ご招待、したい、方が…………いるの……」

 しまった。胸が痛い。

「あの……最近、お友達になったのだけど……」

 健気な風に見上げてくるのはやめろ。

 この間までのあざとい上目遣いのほうが、今となってはどれほどよかったか!


「……ただの友達を、家族席に招待するわけにはいかない。悪いが、あきらめろ」

 言っておくが別にこれは意地悪じゃない。

 大公位争奪戦の舞台は、広大な旧魔王城そのものだ。

 その観客席は安全を期して、周囲を囲む前地にいくらかの空き地を緩衝地帯として配され、設置される。

 まあ設置、といっても、ただ簡単に旧魔王城を取り囲むように階段がつくられるだけのこと。北に設置された魔王様と大公のための席以外は、ちゃんとした椅子すら用意されない。

 座りたくば観戦者たちは、その段に直接腰かけるしかないだろう。


 だが例外として、対戦中の大公の身内のための席――いわゆる家族席が、特別に用意されることになっている。

 東西に一つずつ、それ自体が結界の役割を果たす低い天幕が張られ、そこへいくらかの座席が設置されるのだ。

 そこには家族席というくらいなのだから、実際の血縁者と本人の配偶者や婚約者の他は、せいぜい同居の庇護者くらいまでしか着席を認められないことになっている。


 つまり大公の序列の上下が、自分の生活にも直接大いに関わってくる、そういう者たちのための席なのだ。……一応は。

 その建前を、他の大公が守るかどうかまでは知らないが。


「じゃ、じゃあ……お兄さまの従僕、という形ではどうかしら? それならいいでしょう? お世話のための家臣は、天幕にいてもいいことになっているんですもの!」

 マーミル……そんなに必死に食い下がってくるなんて。

「なんだったら、本当に従僕になさったらいかがかしら? きっと彼も喜ぶと思うわ! だって、お兄さまのこと、大好きですもの!」

 はっきりとした「彼」という言葉のせいで、従僕とは言い間違いをしただけで、もしかして妹が言うのは同性のお友達ではないのか、という俺の一縷の望みは、完全に絶たれた。

 間違いない。その彼というのは、きっとケルヴィスのことだ。


 そりゃあ俺だって、彼のことはとても感じのいい少年だと思っている。貴重な同好の士でもあるわけだし。

 だがマーミルが絡むとなっては、話が違ってくるではないか。

 ああ、かまわないさ。小さい男だと言われようが、かまうものか。

「彼? 余計に駄目だ。同性の友達ならまだしも、異性の友達だなんて、お前の将来に影響が――」

「だったら、同性のお友達ならいいんですのね?」


 ……なに?

「そうなんでしょう、お兄さま」

「……いや、同性の友達なら、単に目立たないかなと言う意味であって」

「なら私、ご本人と相談してみますわ! 女装してみないかって!」

「は? なに?」

 なんと言った、うちの妹は。女装?

「お兄さま、ありがとう! だから大好きですわ!」

「え? いや、ちょっと待て、マーミル!! そういう意味じゃ……」

 だがうちの妹は俺の制止も聞かずに、まるで疾風のように去っていったのだった。


 ……いや、まあ。

 いくらまだ子供だといったって、さすがに女装しろ、とか言われたら、きっとケルヴィスだって拒否するに違いない。

 そうとも。あんなにしっかりとした子だ。

 逆に「なんて侮辱を」とか怒り出して、それきりマーミルとは疎遠になるかもしれない。可能性として、ない訳じゃない。

 マーミルには気の毒だが、初恋なんてそんなものだろう。

 妹が大泣きしていたら、慰めてやろうじゃないか。

 俺はそう決意したのだ。


 それが昨日の話である。


 そして、なぜか今日……。

 そう、大公位争奪戦の初日である、今日。


 俺の家族席の真ん中には、もちろん実妹であるマーミルの姿。その左手にはネネネセが並び、右端にはシーナリーゼの姿。スメルスフォは遠慮してきたし、他の姉妹も不参加らしい。

 それはいい。だが……。

 なぜか妹のすぐ右手に座る、姿勢正しく凛々しい顔立ちの、デーモン族の少女の姿が……。


 なんてこった。

 いったいどうなってるんだ?

 なぜ拒否しない、ケルヴィス! 女装を受け入れるだなんて、まさかその趣味があるのか!?

 しかもなに。マーミルの、あの微妙にはにかんだ様子!


 いや、ちょっと待て、俺。

 もしかすると勘違いかもしれない。

 あれはケルヴィスではなく、本当にマーミルの友達の女の子なのかもしれない!

 目元なんてもうケルヴィスにソックリだが、彼の妹かもしれないじゃないか!

 俺はとりあえず、柵と天幕で区別された、その家族席に向かった。


「マーミル」

「お兄さま!」

 俺が近づくと、妹と、ケルヴィス――に、似たその子は、席から立ち上がった。

 彼女らはこちらをじっと見つめてくる。

 マーミルは不安感に満ちた沈んだ双眸で、一方の少…………女、は、信頼感に満ちた輝く双眸で。

 俺は腰を折って妹の目線に合わせ、金髪が守る小さな頭をなでた。


「お兄さまはこれから戦いに向かうが、あまり心配するな。多少の怪我をしたとしても、診てくれるのは優秀であること、間違いのない魔王城の医療班だ。死ぬことはないさ」

「はい……」

 どうやら妹は、相手がウィストベルであるということに、いっそう不安を抱いているらしい。

 きっと、心優しい俺が女性に手など挙げられないのではと、心配しているのだろう。

 だが妹よ。実際不安なのは、その点ではないのだがな。

 俺は妹の頭上に手を置いたまま、ネネネセを見、それから――


「閣下」

 つけまつげをつけてなお凛々しい少女が、軽く目礼してくる。声は――低い。

「格別のご配慮に対するお礼は、また後ほどとさせていただきます。今はとにかく、御武運を信じて勝利をお祈り申し上げております!」

 ……やっぱりケルヴィスだった。

 自分の格好をわかっているのか、少年!

 なんでそんな嬉しそうなんだ!

 まさか女装に興奮しているのか!?


「ケルヴィス……」

「はい」

「後で話し合おう……」

「……はい!!」

 こんな時までそんなきらきらした目を……。

「とにかく今は、マーミルを頼む……ネネネセに、シーナリーゼも」

「心得ておりますわ」

 シーナリーゼが姉妹を代表して、力強く頷いた。

 彼女たちの瞳が少し揺らいで見えるのは、マストヴォーゼの最後を思い出すからだろうか。


「ヤティーン」

 俺は続いて、もう一人に声をかけた。

 家族席は結界で守られているから魔術は通さないとはいえ、その天幕の中への侵入を拒むものではない。

 そうなるとどうしたって中を守る者を置いておきたいわけで、俺はそれをまたも治安維持部隊の隊長であるヤティーンに任せることにしたのだ。

「みんなを頼むぞ」

「もちろんっす。閣下の戦いもそりゃあ目は離せませんが、だからって護衛をおろそかにしたりはしませんよ!」

 雀はなぜか得意げだ。

 返答の軽さが不安を呼び起こすが、その実力には信頼を置いている。


「じゃあ、お兄さまは行ってくるよ」

「ご無事で!」

 最後に妹の頭を一撫ですると、俺は天幕を後にした。


 ここで現在の序列について、確認をしておこう。

 大公第一位がプート、二位がベイルフォウス、三位がアリネーゼ、四位はウィストベル、そして五位がサーリスヴォルフで、六位がこの俺、ジャーイル、最後の七位にデイセントローズだ。

 この順位の数字を並べて、戦いを言い表したりもする。

 たとえばプートとベイルフォウスの戦いだと、その順位を上位から表して「一二戦」と呼ぶことになる。


 ――さて。

 旧魔王城を舞台に、これから始まるのは大公位争奪戦の第一戦。

 他ならぬ俺とウィストベルの戦い――つまり「四六戦」だ。


 旧魔王城を間に挟んで、東西対極にもうけられた家族席。

 北には魔王様と大公の席があり、そこを空席にしている者はいない。

 その外側を数多の見物客が取り囲んでいたが、今はまるで誰もが息を潜めているかのような静寂が、世界を支配していた。


 俺は四方から突き刺さる視線だけを感じながら、まだ健在である強固な城門をくぐり、以前は人々がひしめき合い、竜が着地した、麗しく整えられた見事な前庭に足を踏み入れる。

 そうして、この世の者とも思えない美しい微笑を浮かべたウィストベルの、その正面に、しっかりと立ちはだかったのだ。


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