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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔王大祭編 後編
131/176

間話7.たまにはまったり勝負をするのもよいものです

「<奪爵>! んっふっふっふ。どうします? あきらめちゃどうですか? これ以上どう粘ったところで、俺の勝利は覆らないんですから」

「く……主に本気で怒りを感じたのは、今日が初めてじゃ」

 若干ムカつく表情で笑う相手を悔しそうに見上げるのは、誰あろう、魔族の真の女王であるウィストベルだ。

 相手に対してすごむ表情はデーモン族一の美女にふさわしく、背筋が凍るのも忘れるほどに美しい。

 もっとも、言われたバカは美に対する敬虔な心より、恐怖心の方が勝るようで、鼻白んだような顔つきをしている。

 調子に乗るからだ。いい気味である。


 現在は魔王大祭の最中で、この部屋は新魔王城の一角にもうけた遊技場の一室だった。部屋には一本脚の真四角の卓がいくつも並べられ、その卓上には長方形の分厚い盤が置かれてある。七×八、五十六マスのその盤は、<奪爵>と名の付いたゲームを戦う舞台だ。

 七マスを勝負をする両者に向けて置き、大公・公爵・侯爵・伯爵・子爵に見立てた各一個の駒、男爵に見立てた二個の駒、無爵に見立てた七個の駒を、手前二列に配置する。そうしてそれぞれの駒を決められた挙動に従って一手ずつ動かし、大公を取って勝敗を決するゲームである。

 ちなみに魔王の駒も存在するが、あまりに強力なため、一定の条件がそろわないと出現しないことになっている。


 ウィストベルはジャーイルを相手にその<奪爵>ゲームをしており、そろそろ彼女の負けで勝負が決しようとしていた。

 彼女らの勝負は九戦目を数えるが、ウィストベルの戦歴は0勝九敗だ。そのすべてが二十手以下で勝敗が決しており、ジャーイルはそのうち七戦で魔王の駒を出現させていた。正直、圧倒的な実力差があることは否めない。

 ウィストベルもそれは十分わかっているだろうし、負けて悔しいのだから途中でやめればいいものを、勝負の手を止めようとしないので負けはかさむばかりだ。


「ルデルフォウス……陛下」

「うん?」

 私の名を、彼女が呼んだ。

 敬称がとってつけたようなのは、ジャーイルとの勝負に夢中になるあまり、他にも観衆がいることを、忘れかけていたためだろう。

 大公同士の戦いとあっては、注目を浴びぬ方がおかしいのだから。

「私の仇を、とってはいただけぬか?」

 やや上目遣いにこちらを見てくる。

 私にそれを、すげなく断ることなどできようか。いいや、できない。なんならこのまま、彼女を抱き上げて寝室に駆け込みたい位だ。


「よかろう」

 私は二人の勝負を見守るように両者の間に置かれた椅子から立ちあがる。そうしてウィストベルに代わって、彼女が腰掛けていた椅子に腰を下ろした。

 ウィストベルは体温が低い方だと思うのだが、よほど夢中になったのだろう。肘掛けにも座面にも、ほんのりと温もりが残っている。だが背もたれが冷たいままなのは、前のめりでいたからなのだろう。


「陛下。期待しても?」

 私は彼女の問いかけに、意図して応えなかった。

 正直に言おう。あまり自信はない。

 もちろん私もウィストベルが相手であれば、勝利は確信できただろう。

 だが、どう考えても相手が悪い。意外にもジャーイルはこのゲームが得意であるようだ。ウィストベルが弱すぎるだけだ、というばかりでないのは、その手を見ていればわかるのだから。


「魔王様、強そうだなー」

 いつもながら、発言に重みがない。

 だが口調の軽さは置いても、その真剣な眼差しで、ジャーイルが私を相手でも全く手を抜く気がないのは見て取れた。

 私の見守る前で、ジャーイルの手は優雅に動き、盤上の駒を整えていく。

「じゃあ、やりますか? ただし、二戦目からは駒は自分で並べてくださいよ」

 その、一戦目から自分の勝利を疑わないという自信満々の言葉に、苛立ちを感じた。


「先手は――」

「もちろん、魔王様からでいいですよ」

 いつもの胡散臭い笑顔が、余計癪に障った。

 なにせ盤上のゲームは、たいてい先手が有利であるとされているからだ。つまりジャーイルは、私に負ける気などないのだ。さっきの発言と併せて考えても、ただの一度も。

「後で吠え面かくなよ」

 思わずそう口をつきそうになったが、ぐっと堪えた。情けないことに、今回ばかりは確実な勝利の予感がなかったからだ。


 私は黙って上部をくびれさせた無爵の駒を二マス進めた。通常は前方に一マスずつ進むにとどまるのだが、それぞれの初手だけは二マス進むことができるのだ。

 それに対してジャーイルは、槍を持たせた伯爵の駒を自陣の無爵の駒を飛び越えさせて、前方二マス、右に一マスの場所に進めてきた。魔王を除けば唯一この駒だけが、前方を敵味方の駒が塞いであっても、それを飛び越えて自分の着地に移動できる駒なのだ。

 ちなみに、盤上の配置は次の通りである。

 七マスの中央に大公の駒を置き、両脇を男爵で囲む。その外側、遊技者の向かって右に伯爵を、左に子爵を、右の端には公爵、左端に侯爵が、というぐあいだ。

 だがこれ以上、ゲームの内容については解説すまい。お互いがどう駒を動かしたか、ということより重要なことは――


「陛下……もうそろそろ、手をひいてはいかがか?」

 ウィストベルの声が耳に響く。

「そうですよ。もうそろそろ、おしまいにしましょうよ? ほら、ちょうどお腹もすいてきたころだし……」

「軟弱なことを言うな。もう一度だ!」

 私はジャーイルを叱責し、勝敗の決した駒をもう一度きれいに並べ直した。奴の分までもをだ!


 最初の頃は、ウィストベルも憤りを感じていた。自分の席を立って私の隣に立ち、さらには肘掛けに座って身体を預け、あれやこれやと助言をくれたりしたのだ。正直、意見は全く参考にならなかったが。

「二対一じゃ」と、ジャーイルに挑戦的に宣言した言葉にもやや興奮した。実際には、全く加勢にならなかったが。

 だが途中から彼女の口数さえ少なくなり、今ではほとんど耳にしたこともないような気弱な声で、私に勝負を引くように告げてくるのだ。

 ああ、わかっている。それが同情に満ちた声であることは、私が一番よく理解している。

 四十九戦して四十九連敗した今の状況では、誤解しようもないではないか!


 魔王と大公が盤上とはいえ戦うとあって、熱気を感じるほど集まっていた観衆さえ、今は一人として存在しない。それどころか、他の卓でゲームをしていた者まで含め、いつの間にか誰一人として認められないのだ。この部屋に存在するのは私とジャーイル、それからウィストベルの三人のみ。

「もうとても見ていられません」という、我が侍従長の震えた声を最後に、他の者の気配も声も、物音は何一つ聞こえてこなくなったのだから。

 ただ、盤上を叩く駒の音をのぞいては……。


「もう少し……もう少しで、何かがつかめそうなのだ」

「勘弁してください。さっきからそれ言うの、何回目ですか」

 ジャーイルの言葉が心に突き刺さる。

「今度、暇なときに教えてあげますから、今日はもうこれでおしまいです」

 ジャーイルは珍しく強気に宣言すると、席を立ち上がった。

「あと一回……あと一回やれば、それで五十戦目だ! ちょうどいいだろうが!」

「……はぁ」

 今回ばかりは、ため息をつかれても仕方がない。自分でも、どうして引けないのかと思うが……。

「わかりました。本当にあと一回だけですよ?」

 渋々あきらめた、といった感じでジャーイルは正面の席にもう一度腰掛けた。

 そうして――結果は改めて聞かないでほしい。


「さて、ウィストベルには九勝、魔王様には五十勝か」

 勝者だけが手にできる、敗者の名と紋章が書かれた札を数え、ジャーイルが一人ごちる。

「勝負の前には何をかけるか決めてませんでしたしね。どうしようかな……」

 私とウィストベルにそれに対して差し込む言葉はみつからない。敗者はただ、勝者に従うが魔族のルールである。たとえそれが、ゲームの上の勝敗であっても、だ。

「ウィストベルには――」

「私の寝室を好きな時に好きなだけ、訪れてもよい、ということでどうじゃ?」

 なん……だと?

「まさか! 遠慮します」

 ジャーイルが断ったからよいものの、そうでなくば私は我を忘れていたかもしれん。


「逆にそうですね――じゃあ、うちに泊まりに来てください」

 なん……だと!?

 ウィストベルの申し出を断ったとほっとしていたら、それか!

「貴様……」

「あ、うちにといっても、もちろん俺の寝室にって意味じゃありませんからね! そうじゃなくて、ミディリースとまた、仲良くしてやってほしいということで!」

「ほう、あの引きこもりとか」

 そう応じるウィストベルの声は、弾んで聞こえた。

 ミディリース? どこかで聞いた名だ。


 ……ああ、そういえば、この魔王城を建てる時に隠蔽魔術を施したという、ジャーイルの配下だったか。ウィストベルが珍しく気に入っている娘だということは、知っている。恩賞会からその者の名が抜けていると、わざわざ声をあげたくらいだからな。

 だが。

「それを信じろというのか?」

 表向きはどうであれ、実際にウィストベルが宿泊しにいけば、どういう対応をするのかはわからないではないか。


「ルデルフォウス」

 他に誰もいないからだろう。ウィストベルが私を親しげにそう呼んだ。

「我らは敗者じゃ。この上、見苦しい真似を重ねるでない」

 そっと手を握ってくるウィストベルは、この申し出を心から喜んでいるようだ。もちろん、私だってわかっている。敗者は勝者の命令に、ただ黙って――

「わかった。だが、その話は予の前でしてくれるな。今後一切」

 くそ。ジャーイルとウィストベルの勝負なぞ、始まる前に止めてやるのだった。


「わかりました。詳細は、二人で――」

「いや、待て。やはり予も参加しよう」

 そうしよう。そうして、ウィストベルが滞在中のすべての時間を、それこそ細切れの予定で埋めてやるのだ! もちろん、夜中に至るまでな!

「……じゃあ、それはそれとして、魔王様の方ですが」

「お前の城になんぞ、泊まりにいかんぞ」

 寵姫と認識されつつあるウィストベルの城ならともかく、他の大公の城にだけ逗留するとあっては、公平を欠く。

「そんなこといいませんよ。それよりみんなには内緒で、ということで、一つお願いが」

 公にできない願い、だと!?

「もちろん誰にも見られないところで、一度でいいので、お相手を頼みます」

「待て、その気はない」

 どういうことだ。まさか、いやに馴れ馴れしいと思っていたら、こいつまさか――

「え? でも、ベイルフォウスが魔王様はベイルフォウスより上だって――」

 なんだと!? うちの弟が、私の方が上手だと…………うん? ベイルフォウスが?


「『俺より兄貴の方が、剣に関しては』上だって、言ってたんですが」

 こいつ……! なんて紛らわしい言い方を!!

 変な汗をかいたじゃないか!

「ルデルフォウス……主はいったい、どんな勘違いをしたのじゃ」

 そういうウィストベルの目には、軽蔑したような色が浮かんでいるではないか。

 私は咳払いをし、こう切り出した。

「よかろう。お前も相当な使い手とは聞く。今度一度、相手をしてやろうではないか」

「愉しみです。五十戦してもらいますからね」

「ご……」

 そう言って、ジャーイルはいつもの胡散臭い笑顔を浮かべたのだった。


「しかし、なぜ誰もいない場所で、なのだ?」

 そんな変なことをいうから、こっちだって誤解してしまったのではないか。

「えー。だって、ゲームでもこれなのに、剣を交えて魔王様が敗北するところだなんて、みんなに見せられ」

「よかろう、貴様。今すぐ外に出ろ!」

 こいつ、いい度胸ではないか! ベイルフォウスより私の方が上だと聞いて、この態度とはな!

 確かにジャーイルの剣の腕は知っている。たいした物だ。いいや、ハッキリ言って、そうそう勝てる相手はいないだろう、という感想を抱いた程だ。

 だが、だからといって、こうまで言われて引き下がれるか! 敗北を重ねた後はなおさらだ。

 脳みそまで砕ききってやるからな!


「えー。やですよ。魔王様と剣での全力の勝負なんて、それはもう楽しいに決まってますけど、今日は本当にもうそろそろ帰らないと。また今度にしましょう」

「あ、おい!」

「ルデルフォウス」

 去るジャーイルを追いかけようと立ち上がりかけた私の手を、ウィストベルが撫でてとどめる。

「私はもう疲れた。主もそうであろう?」

 確かに精神的疲労を感じてはいる。

「幸いにも、誰もおらぬの?」

 小首をかしげる仕草は可憐というより、妖艶そのものだ。

 私はジャーイルへの怒りは忘れ、彼女の誘いに乗ることにした。


 こうして我ら二人、ウィストベルと私は、一方はジャーイルの城への宿泊――だが、断じてジャーイルと親交を深めるために行くのではない――の約束を、もう一方は奴と剣だけによる仕合の約束をもって、その敗北を受け入れたのだった。


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