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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔王大祭編 後編
129/176

122.偶然は必然と申しまして

 その再会は、偶然としかいいようがなかった。

 なぜならば今日は恩賞会の最終日。

 俺はもちろん大祭主として、閉会式に参加せねばならない。だが今までの主行事と違って、一日中開催されるその行事に顔を出すのは、午後からでよかったのだ。

 つまりその午前中の数時間だけが、たまたま空いた時間だったという訳だ。

 それで俺は、自分の心の平穏のために、武具展を訪れていた。近頃精神が乱れることはあっても、その逆であることなどなかなか無かったのだから。

 そうして展示品を一つ一つ、じっくりと鑑賞していたら、その少年がやってきたのだ。


「ジャーイル閣下!」

 俺を見つけたその少年は、薄茶の瞳を輝かせながら、俺の許に駆け寄ってきた。

「君は……」

 俺はその少年を知っていた。そこそこの魔力に背丈もあったので、一度は成人かと誤解した相手だ。

 そう。彼と初めて会ったのは、爵位争奪戦の最終日。

 プートの領地でかの副司令官からその最後の戦いを受けたときに、自分の愛剣を貸してくれた、その少年だった。


「迷い込んだのか?」

「まさか! どうしてです?」

「どうしてって……見ての通り、ここにすき好んでやってくる者など、なかなかいないからな」

 俺は周囲を見回した。

 もちろんこの場に動く者は、俺と彼だけだ。


「こんなにすごい魔力を帯びた武器が、色々あるのに、ですか?」

 ん?

「じゃあ君は、本当にこの展示を見るために、ここへ?」

「それ以外に理由はありません」


 おお、なんてことだ! すばらしい!

 そういえば俺が借りている剣も、魔剣ではなかったものの、手入れは行き届いていた。

 痛めば修理もせず捨てて、別のものを手に入れる。それが当然と信じて疑わない魔族にしては、珍しい。

 他の者だって魔剣の類であれば多少は丁寧に扱うかもしれないが、それでもベイルフォウスみたいにこだわる者は、そうそういないだろう。

 つまりこの少年は、貴重な同好の士となる可能性が非常に高い少年、ということではないのか!


「どれもすばらしいです。魔剣ロギダーム、正剣ストラヴァス、王剣ガンドヌルブ、朱のマドヴァス、黄金の棘、死をもたらす幸い、岩薙」

 どうやら特に剣に興味があるらしい。彼が口にしたのは、全てこの場を飾る魔剣の名だったからだ。

 そうだ。いいことを思いついた。


「それほど剣が好きだというなら、大祭が終わった後には、宝物庫の魔剣を一本をくれてやろう。この間借りた剣の代わりにな。それでどうだ?」

「……もとは、剣を返していただくはずでしたが、よろしいのですか?」

 ああ、それはそうか。あれほどしっかり手入れをしていた剣だ。さぞ愛着があるに違いない。


「そうだな、いらんことを言った。大事な剣を取り上げるようなことを言って悪かった。忘れてくれ」

「いえ! そういう意味ではないのです」

 少年は初めて会った時のように、床に膝をついてみせる。

「あれは確かに手をかけた剣ですが、閣下に代わりを選んでいただけるとあっては、それに勝る栄誉はございません」


 この間も思ったんだが、子供だってのにいちいち芝居がかった子だな。

 まあ結論としては、魔剣の方でいいわけだ。

 だがまだこの年では、魔剣を自ら判じて選ぶのは無理だろう。下手をすると、不相応な剣を選んだあげくに、その魔力に引きずられて自滅しないとも限らない。


「そうか。ならその時は、俺が剣を選んでやろう」

「ありがとうございます。光栄です」

 少年は紅顔をあげた。

 若々しさにあふれた瞳は、輝かんばかりではないか。

 俺もこのくらいの年の頃は、こんなにも純粋だったのだろうか。

 ……いや、ないな。

 俺はもっとこう……冷めていた気がする。色々なことに。


「そういえば、まだ名を聞いていなかったな。なんという?」

「はい、閣下。ケルヴィス、と申します」

「そうか。じゃあケルヴィス、そろそろ立ってくれ。俺を相手にいつまでも、そう畏まっているのはやめてくれないか」

「ですが――」

「でないと、さっきの剣をやる話はなしにしてしまうぞ」

 そう脅してやると、少年――ケルヴィスは、あわてて立ち上がった。

 この素直さはホントに見習うべきだな。できればこのまま育って欲しいものだ。


「閣下。一つ、ご質問をよろしいでしょうか」

「そう固くなるな。答えられることは、出し惜しみしたりはしない」

「では、爵位の争奪についてお聞きしたいのですが――」

 ああ。確か成人まではあと十年ほどだと言っていたな。だとすれば、そのあたりのことが気になるのも無理はない。そしてこの少年ならば、今のままでも男爵位くらいはすぐに手に入れることだろう。


「実は、今後、その仕組みが変わると耳にしました。今までのように、奪うだけではなくなるのだと――」

 実際には、上位の者から叙爵される、という方法もある。俺がそうだったように。

 だが一般的に、その手を取る者は遙かに少なく、奪うのが当然と思っている者が大半であるのは、間違いがなかった。


「〈修練所〉のことだな。確かにそうだ。今後は爵位を得るのに、従来の奪うという方法以外にも、その力をもって挑み、勝利すれば、相手を殺って奪わずとも爵位を認められる、という方法が新たに加わる」

 もちろん別の方法が加わるからといって、従来の方法が禁止されることはない。

「つまり、こういうことだ」


 俺はケルヴィスに、〈修練所〉の詳しい仕組みを説明した。

 これから自分に大いに関係することだからだろう。彼は今まで俺が話した誰よりも、真剣かつ興味深く話を聞いてくれたのだ。

 あのエンディオンでさえ、途中で目が死んでいたというのに!


「では、爵位を得られる年になる以前に、同じその場所の別の棟で、自分の実力をある程度把握しつつ、効率的な鍛錬もできるというわけですね」

「そういうことだ」

「そうして、早晩僕が成人し、ジャーイル閣下の配下にと望んだときは、閣下がその運営を担当なさっているときに、判定係に勝てばよい、ということで、あっていますか?」

「ああ。正しく理解してる」


 なんだろう、この子。割とこっちの説明心をくすぐってくるよね。

 ちゃんと興味をもって聞いてもらえる相手がいるというだけのことが、こんなに嬉しいものだとはな!


「では僕は、この大祭が終わって〈修練所〉の運営が始まったらすぐに、鍛錬に向かうことにいたします。そうして一刻も早く、閣下の配下に加わらせていただきたいものです」

 子供なのに、なんて気の回る子だ。さすがの俺も、例え世辞であったとしても、そうまで言ってくれる相手を嫌うことなどできないではないか。


「それにしても、俺の他にもこうして武具展に興味を持つ者がいてくれたとはな。その展示品の名をそらんじているほど、見に来ているものがいるとは聞いたことがなかったが……」

 それにこれほど目端の利く少年がいたなら、俺だって今日までに気付きそうなものだ。

 だが聞いた限りでも見た限りでも、ベイルフォウスをのぞけばこの武具展にやってくるものは、ほとんどが時間つぶしにやってきたり、間違って迷い込んだり、という風なものばかりだったのに。


「はい。僕は最近、こちらの領地に引っ越してきたのです。ですがそれからは、二日に一度はこちらにお邪魔して、剣を鑑賞させていただいているのです」

 ん?

 ちょっと待て。

 最近、引っ越してきたって……そう言ったのか?

「爵位争奪戦で?」

「そうです。父が、伯爵位を得ました」

 どこかで聞いた話ではないか?


 俺は改めて少年を見てみる。

 真面目そうで成人間近の、魔力もそこそこある、薄茶色の髪に琥珀色の双眸の少年――


「あっ!」

「はい」

「もしかして、君か」

「僕が……なんでしょう?」

 少年は初めて、不安そうに瞳を曇らせた。その、琥珀色の瞳を。


「いや……いや、なんでもない」

 そうか、この子供か。マーミルの……。

 どうしよう。さすがにこんな誠実そうな子を相手に、うちの妹をたぶらかせやがって、と食ってかかる訳にはいかないではないか。

 妹と仲良くしてくれて、ありがとう、とでも言ってみるか?

 ……いいや、止めよう。余計なことをいうのは止めよう。


「旦那様。よろしいでしょうか?」

 セルクがタイミングよく呼びにきてくれたことを、今は感謝しよう。

「そろそろ、魔王城へ出立なさるお時間が迫っておりますが」

「ああ、今いく。ではケルヴィス。また後日、会おう」

「はい、閣下」


 少年は姿勢を正し、俺を見送ってくれた。

 確かにミディリースの言うとおりだ。相手がこの子なら、大丈夫だろう。

 もっとも、だからといって、俺の気が休まるわけではない。そればかりはどうしようもない、事実だった。


 ***


 その後、俺は魔王城へ赴き昼餐会に参加してから、初日のように魔王様とウィストベルと同じ壇上に並んで、パレードの代表者たちの受賞を見守った。

 ちなみにアレスディアは代表者の中にはいない。

 彼女だけにはとどまらず、この間のコンテストの受賞のために一度パレードを抜けている者は、今回の代表者からはわざとはずされている。

 そうしてすべての者へ褒賞がすっかり配られて、豪華な品に溢れていた壇上ががらんとなるのを見届け、ウィストベルの閉会宣言を魔王様と共に拝聴し、会場の大広間を後にしたのだった。


「ジャーイル閣下!! この間のコンテスト!! みましたか、アレスディア殿の燦然と輝く美貌を!」

 実は珍しく少しばかり感慨深い気持ちだったのだが、リスにまくし立てられて、そんな気持ちもしぼんでしまっている。

「ああああ、しかし寂しいですなぁ。私がアレスディア殿と堂々と隣にいられるのも、あとわずか……この時ばかりは、自分の強さが恨めしいではありませんか」


 そう、あとわずかなのだ。大祭の終了まで。

 なにせこの恩賞会が終った今となっては、常時各地で開催されている大音楽会は別として、主行事で終了を残すのはもうあとパレードだけ。

 そして、開催を待つのはいよいよ大公位争奪戦だけとなる。


「この大祭が終われば私は力ある公爵、それも誉れ高き副司令官です。けれどアレスディア殿はただの大公の侍女。本来ならば、地位の違いは甚だしく、慎ましやかなあの御方であれば、私に声をかけるのもためらわれるでありましょう。そのお気持ちは、重々わかります」

 おい。なんかリスがおかしなことを語り出したぞ。

 アレスディアが声をかけないのだとしたら、それはお前があんまりウザいからだろうに。


「ですが私は、そんなことは気にしない、と彼女に伝えるつもりであります。ですから閣下。どうか無粋なことをおっしゃって、彼女の勇気をくじかれることのないよう、先にお願いしておきますぞ!」

 こいつ……前歯折っていいかな。


「はあ。なんならもう少し、大祭は延長されないものですかな」

「されるか。いいからとっとと、パレードに戻れ」

「そうだ! 閣下、大公位争奪戦の第一戦目でしたよね!」

「ああ。そうだが?」

「どうですか、一つ、医療班も手に負えない、しばらく戦いが不可能なほどの痛手を負ってみる、というのは! きっと大祭が延長されますよ!」

「よし! 今すぐお前をそんな目にあわせてやろう」


 リスは逃げるように去っていった。


 全く、冗談じゃない。

 ……いや、ホントに冗談ではすまないかもしれない。

 リスが言った通り、俺は大公位争奪戦の第一戦目に充てられていた。

 しかもその相手は、そう……ウィストベルだ。

 女王様が本気を出せば、リスの言葉は現実のものとなるだろう。

 だがそうならなければ――もし、彼女が以前に言っていた通り、あの鏡を――邪鏡ボダスを再び使用して、俺との戦いの場に臨んできたとしたら。

 俺はどうすべきなのだろうか?

 それは考えるだけで、頭の痛い問題なのだった。


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