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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔王大祭編 後編
121/176

114.なんでも端から拒否せず、楽しんでみるべきかもしれませんね

「はあ……ふう、…………はあ…………」

「どうかなさいましたか、ジャーイル大公」

 おっとしまった。気を抜いてはいけない相手の前でまで、ため息なんぞついてしまった。

「いや、なんでもない。それより、そろそろか?」

「そうですね」

 隣に立っているのはデイセントローズ。ここは魔王城の〈大階段〉を登り切ったその地点に、三百mの幅と百mの高さと十mの厚さを保って造られた、立派な石門の上だった。

 今日この一日、主行事のためだけに造られ、明日には崩される門だ。


 そうしてここから見渡せる限りの場所には、この大祭中何度も目にした光景が広がっていた。

 大地を揺るがす歓声を、かけらも惜しまぬ大観衆の姿である。

 その目的は、目にも留まらぬスピードで飛び込んでくる竜の勇姿を見るためかもしれなかったし、ここから読み上げられる百二十にも及ぶ名を、聞きもらさずにいるためかもしれなかった。


 そう。

 今日は〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉の八十日目。

 午前には競竜のすべてのレースに決着がつき、午後には美男美女コンテストの三十位以内に入賞した者の、発表がある日なのだ。恩賞会もこの日ばかりは、この勝者と上位入賞者の発表を待って、それらの者にだけ褒賞が授与される。

 俺はそのどちらをも、大祭主として魔王様とともに見届けるためにここにいる。


 今は魔王様も俺たちの後ろに王座を置いて、レースを観戦しているし、ウィストベルは城内のどこかで休憩中だ。彼女も競竜には興味があって、レースにも賭けているかもしれない。けれどラマが担当者である限り、この場にはやって来ないだろう。

 サーリスヴォルフも午後の担当だから、すでに魔王城のどこかには来ているに違いない。


「結局、ジャーイル大公は、どの竜にもお賭けになりませんでしたね」

「他の者が楽しんでいるのを見ているだけで、満足してしまってな」

 賭札だけは、幾枚も目にした。築城作業員たちのかなりの者が、競竜に参加していたからだ。


「プート大公とベイルフォウス大公は、随分札をお求めでしたよ。代理の者が毎日、来ておりましたから。もしかすると、今もどちらかでご覧になっておいでかもしれません」

 そう言えば二人とも、予選の初日から賭けてるっていってたっけ。これ以上、大公城に物を増やしてどうするつもりだ。

「しかしプート大公はともかく、ベイルフォウス大公は負け越していたようですが」

「へえ。あいつ、負けたのか。それならさぞ、みんなにいいものが配られただろうな」

 だったら参加して、却ってよかったのかもしれない。

「女性に対し、ご自身を支払いにあてられたようです。さすがですね」

 なにがさすがだ。聞くんじゃなかった。


「魔王様はどうなんです? 賭けられたんですか?」

 いつまでもデイセントローズと二人きりで話していても、全く楽しくない。ここは魔王様を巻き込むに限る。

「ああ。〈死して甦りし城〉に滞在したときに――賭札を少しな」

 その時何を思い出したのか、平時には氷にも例えられるその双眸が、苦痛を感じたように揺らめいた。もっとも一瞬だが。


「先日は、母が大変な失礼をいたしまして」

「ああ」

 デイセントローズ、一応母親の失礼には気づいているのか!

 それにしても魔王様の配下の謝罪に対する返答が、短くとはいえ肯定とは珍しい。いつもなら「かまわぬ」とか言いそうなのに。

 よっぽどだったのか……何をしたんだろう、あのラマ母。

 ……いや、夜這いだってのは聞いてるから、むしろ詳細は知りたくもないが。


「そのお詫びの意味も兼ねて、またぜひいらして下さいと、母も申しておりました」

 厚顔とも言える申し出のせいで、今度ははっきりと表情に歪みが定着する。

 苦痛どころか明らかな嫌悪感が、その顔全体を覆ったのだ。心情はお察しする。

 空耳でなければ、歯ぎしりの音も聞こえたと思う。


「あー、おほん。魔王様、うちの妹も、ご滞在に対して感謝を申しておりました」

 ここは仕方がない。俺がその場をとりなすしかないではないか。

 デイセントローズの為ではない。魔王様の、名誉と威厳を守るためだ。ほら、俺って忠臣だから!

「ああ。予からも同様の思いであると、妹御に伝えておいてくれ」

 だが自分で言っておきながらなんだが、今度は俺の表情が曇る。なぜかは察してもらえると思う。

 俺はまだ、ミディリースのところにさえ、その結果――はっきり言いたくない――を聞きにいけていないのだから。


「なんだ、その顔は」

「……いえ、なんでも……。お言葉ありがたく、妹に伝えておきます」

「ちょっと待て。まさかお前、また弟と同じ扱いをする訳ではないだろうな」

「魔王様のことなんて、全然関係ないですよ」

「……ことなんて?」

 あれ? なにか間違ったか?

 魔王様のこめかみがひきつってて地味に怖い。


「そろそろ、先頭が見えるようですよ! ほら歓声も大きくなってきた」

 こういうときは、ごまかすに限る。

 それに実際、東の空にはすでに小さな点がいくつも見える。しかもそれは、あっという間に大きさを増したではないか。


 乗り手をその背に乗せた竜たちが、まっすぐこちらを目指して飛んでくるのだ。

 ああ、それはそうだろう。俺たちの立つこの門の下が、その決着地点なのだから!

 まずやってくるのは単純な長距離走の決勝竜。

 デイセントローズの城を今朝出発し、まっすぐこの魔王城へたどり着く。


 だが見よ。

 普段はその背に乗り、操るばかりの竜が、目をギラつかせ、牙をむき出しにし、殺気を漲らせて眼前へと迫ってくる。

 なるほど、皆が夢中になるわけだ。これほど興奮する出来事があろうか?

 猛き者の殺気を浴びて、血湧き肉踊らぬ魔族など、この世にいるはずがない。


「おい、この馬鹿者!」

 肩を強くつかまれ、我に返った。

「お前が興奮してどうする。竜たちが脅えて門を抜けられなくなるぞ!」

 振り返るといつの間にだか王座を立って、俺の肩を掴む、呆れたような魔王様の姿があった。逆に後退したらしいデイセントローズの瞳には、かすかな怯えが浮かんでいる。

 どうやら俺自身も興奮のあまり、無意識に門上の端まで前進してしまっていたらしい。

 まあ存外俺も、脳筋だということだ。魔族の例に漏れず、な。

 ……誰だ今、存外でもないと言ったのは。


「見て下さい、お二人とも! いよいよ第一の勝負に決着がつきますよ!」

 デイセントローズが後方から、少しかすれた声でそう叫んだ。

「よし! ラグナ=ネールだ!! 来い……来い、来い!」

 自分で賭けた乗り手なのだろうか。さっきまでの怯えた様子はどこへやら、俺の隣まで滑るようにやってきて、拳を振り上げ、唾をまき散らしている。

 心なしか、俺の肩に置かれた手にも力がこもった気がする。まさか、魔王様もこのレースに賭けているのか?

 肩の骨を砕かれる前に、そっと外しておこうっと。


 僅差で先頭を競いあっていた三頭が、もつれ合うように門をくぐった。

 豪風が吹き上げ、マントが翻る。

「どいつだ!? ラグナ=ネールか!?」

 いつの間にかデイセントローズは、竜を追うように逆の端まで駆け抜けていったようだ。さんざん唾をまき散らせながら。

 門を抜けた三頭は、そのスピードをにわかには緩められず、〈御殿〉の屋根をかすめて上空を滑空し続けている。

 その鋭い牙の間から、耳をつんざく咆哮をあげながら。


「ただ今の勝者――」

 門の出口で待ちかまえていた判定人が、竜に負けじと大声で呼ばわった。

「メイヴェル=リンク!」

「なんだって!? 畜生! おい判定人! 貴様の目が腐ってるんじゃないのか!? ラグナ=ネールだろうがっ! そうだったはずだ!! 畜生がっ」


 ラマは拳を振り回し、血管をはち切れんばかりに浮き上がらせ、顔を真っ赤にして泡を吹いている。

 その下にいる判定人は、迫り来る水滴を避けるのに必死だ。

 全く迷惑な。賭事で性格が変わるタイプらしい。いいや、本性が出るのか。

 やはりラマの奴、ロクなもんじゃないな。

 一方で、魔王様は俺がそっと放した手をぐっと握りしめている。こちらはどうやら、メイヴェル=リンクに賭けていたようだ。

 ちなみにどうでもいい情報だが、競竜の出場名は選手名=竜名といった感じで発表される。例えばメイヴェル=リンクならメイヴェルが乗り手の名前、リンクが竜の名だ。


「うおおおおお!」

 空を走る一頭の上から、雄叫びがあがった。メイヴェルが勝ち鬨をあげたのだろう。

 随分野太い声だったが……メイヴェルというのは女性の名だ。確かそうだ。

 少し経って、残りの竜が門をくぐった。

 それが合図のように――


 以後、いくつもの競争を戦う竜たちが次々と姿を見せ、決勝門をくぐった。

 短距離走、障害物競走、魔術競争、等々。

 時にはもつれ合い、時には圧倒的な単独飛行を見せて。

 ある者は勝利に酔って勝ち鬨をあげ、ある者は悲嘆にくれた声をあげた。


 最後のゴールを果たしたのは、全てのうちでもっとも飛距離の長い競争を戦い抜いた竜と乗り手だった。

 決勝の始まった日に、デイセントローズ領からスタートを切ったのが始まりだ。すべての大公領を回り、夜はいずれかで歓待を受けて鋭気を養い、最後の日に魔王領に入領してゴールを目指す。それは四夜を越える、長い戦いだった。

 その最後の結末を迎え、決勝戦を勝ち抜いた全ての勝者たちと、とりあえずの祝杯をあげつつ、競竜は幕を閉じたのだった。


 俺は見くびっていた。確かにこれは、楽しい催しだ。

 いままで全く興味のなかった俺でも、最後には大観衆とともに叫び出したい気分になったのだから。そうしないですんだのは、賭札を手にしていなかったからかもしれないし、側にあきれるほど興奮した男がいたからかもしれない。

 おかげでレースが終わる頃には、着ているものを興奮のあまりボロボロに引きちぎったラマと違って、醜態を晒す羽目には陥らなかった。


 当然だが、競竜の担当者であるはずのラマは、興奮のあまりか茫然自失として、ほとんど役に立たなかったことだけは、大事なことなので明言しておきたい。


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