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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔王大祭編 後編
113/176

106.大祭主は忙しいんだから、舞踏会免除にして欲しいですね

 俺は今日もまた、魔王城にやってきている。

 呼び出されたからではない。

 以前決定したように、連日新魔王城で行われている落成大舞踏会には、必ず一人以上の大公が参加しなければならない。

 今日はそれが俺の番だったというわけだ。

 だが、正直に言おう。

 今日は来たくなかった。

 だって、これだもの。


「で、そのときウィストベルが私の腕に自分の腕を絡めてきたわけだ。わかるか、ジャーイル。他の者がいる前で、だぞ?」

 この態度でお察しいただけるだろう。

 魔王様は今日の午後に〈暁に血濡れた地獄城〉の滞在を終え、魔王城に帰城されたのだ。

 明日ならよかったのに!


「あーはい、わかります。わかりますよー。よかったですねー」

 もう俺じゃなくて、ベイルフォウスにでも話してくれないかな。あの兄バカなら、どんな話でも喜んで聞いてくれるだろう。

 なんだったら、プートでもいいかもしれない。二人でニヤケながら、恋バナでもなんでもすればいい、と思う。イメージが崩れようが、知ったことではない。


 いやいや、我慢しろ、俺。

 ついこの間、こう思ったばかりじゃないか。

 魔王様は孤独なのだ。優しくしてあげよう、って。

 

 だが、そんな決意も空しく霧散してしまうほど、今日の魔王様は――

 うざい。


 幸いここは舞踏会場だ。

 この間みたいにとっととダンスに逃げるに限る。

 知り合いでなくともかまわない。近位のものですらなくてもいい。

 とにかく、誰でもいいから相手を捜さないと。


 だが、俺は魔王様と並んで座っている。祝宴時の席ほどの高さはないものの、それでも皆が踊っている場所とは区別された壇上だ。その上、今日はなんだか遠巻きに見られるばかりで、誰一人近寄ってこようとしない。

 それどころか、相手になりそうな女性を捜して視線を合わせようとすると、瞬時に顔ごと逸らされる始末。


 なにこの隔絶感……。

 さすがにこの状態で魔王様から離れてダンスを申し込んじゃ、逃げたのがバレバレだ。

 お願い!

 誰でもいい。七大大公の誰か――この際アリネーゼでもいい。

 近づいてきて!!


「相変わらず、仲がよいのぅ」

 やばい。

 誰でもいいとか言ってすみませんでした。やってきたのはウィストベルだ!

 いや、待てよ。

 魔王様は二人きりになりたいはず。そうとも、俺がいなくなるのを歓迎するはずだ。

 これはチャンスか?


「今ちょうど、ジャーイルにそなたの城での宿泊体験を話し始めたところだ」

 もうさわりだけでお腹一杯ですけどね!

 魔王様はウィストベルにも上機嫌だ。だが一方の女王様の表情は、なぜか険しい。

「……ルデルフォウス」

「何だ?」

「私はこの間から思っていたのだが――」

 彼女はむき出しの肩を、大きく上下させた。

「主は、存外――面倒くさいの」

「!?」


 ちょ、ウィストベル!

 面倒くさいけど!

 魔王様は面倒くさいけど!!!

 そんなハッキリ……。


 俺はおそるおそる、魔王様の表情を窺った。

 ……。

 …………。

 ………………。

 固まってる。


「魔王様? 魔王様?? ま・お・う・さ・まー!」

 ダメだ。返事がない。

 それどころか目に光もない。

 俺の声すらも、届いていないような……。


「ジャーイル。主は私の相手を務めよ」

「けれど、ウィストベル。魔王様が――」

「若君、今宵最初の栄誉を、お与えいただけますか?」

 ウィストベルからの正式な口上――初めて聞いたのではないだろうか。いつも誘え、という無言の圧力に負けて、俺の方から言葉をかけてばかりだったから。

 これは、断れない。断ることなどできない。

 すみません、魔王様。

「姫君、光栄に存じます」

 そう応えた途端、引きずられるように舞踏場へと連れ出された。


 曲の途中で参加したものだから、気を使われたのだろう。

 交響楽団は演奏をやめ、舞踏者たちは足を止めた。

 ウィストベルは堂々とした態度で輪の中心に陣取り、俺の手を取る。

 周囲の舞踏者たちが位置関係を計るように移動して再度手を取り合うと、音楽も再開された。


「本当にいいんですか、魔王様を放っておいて」

「かまわぬ。ルデルフォウスときたら――」

 珍しく、ウィストベルがため息をつく。憂いを帯びて伏せられた長い睫毛が、グッとこなくも――なんでもない。

「私との関係を公表してからというもの、いくらなんでも浮かれすぎじゃ。私に関わることだけ、とはいえ、あのニヤケた顔を配下にいつまでも晒していては、魔王の沽券に関わる」

 おっと。ただ冷たいだけではなかったようだ。

 確かに話がウィストベルに及んだ時の、最近の魔王様の浮かれ具合ったら、この寵臣たる俺が辟易とするほどだもんな。

 なるほど、ウィストベルは魔王様を更正させようと、わざと冷たい言葉で突き放し、俺をダンスに誘って――


「主はこの城を知り尽くしておろう? なにせ築城を請け負ったのじゃから」

「ええ、まあ、それなりに」

「ならば、誰にも邪魔されない場所についても、心当たりはある訳じゃな?」

 ……。

 いつものウィストベルでした!

 なにその獰猛な目付き!


「ウィストベル、ちょ、まっ」

「主はまだ美男美女コンテストに投票していないそうではないか? 明日が最終日であろう。まさか、この期に及んで、誰に入れるかまだ迷っておるのか?」

「いや、そんなことは……」

 なんでみんな、俺の投票に興味持つんだよ!

 単に列に並ぶ時間がなかっただけだから。出し惜しみしているわけでも、対象が多すぎて悩んでいる訳でもないから!

 明日、締める直前に投票できるよう、サーリスヴォルフに話を通してある。それを待ってるだけだから!

 お願いだから、プレッシャーかけないで。


「まだ誰の名も書いておらぬというなら、私が相談に乗ってやろう」

「いや、それには及びません!」

「ほう。つまりそれは、誰かの名を書いた、ということじゃな?」

「言いませんよ。誰の名を――例え、ウィストベルの名を書いていたとしても、言いませんから」


 白状したら自分の名を書かずに投票する意味がなくなるだろ。

 ウィストベルの名前を書いたけどね。

 ティムレ伯とどっちにするか迷ったけど、可愛いコンテストじゃなくて美男美女を選ぶコンテストだから。やっぱりデーモン的視点でいくと、どうしてもなぁ。


「まあ……今の返答は悪くはない。それで満足しておくことにしよう」

 よかった! 許されたようだ。

 にこりと微笑むウィストベルは、ドキリとするほど艶やかだった。

「のう、ジャーイル」

「はい」

「聞いておるか? 存外主と私は、良い評判じゃの」

 評判?


「魔王陛下でもいいけれど、やっぱりウィストベル大公閣下とジャーイル大公閣下もお似合いよね」

「美男美女ですものねぇ。絵になるわ」

 マジか!

 俺とウィストベルってそんな風に見えるのか!


 心配になって、魔王様の様子を窺ってみる。

 まだ放心している、大丈夫だ。噂話なぞ聞こえていないはず。

 だが、噂話が聞こえて不味かったのは、魔王様ではなかったようだ。


「あら。瞳の色が同じで、恋人というよりは姉弟のようにも見えません?」

 その発言が耳に届いた途端、ウィストベルの瞳がすっと細まったのだ。当然のように、殺気を含んで。

「姉弟に見える、じゃと……」

「実状を知らない者の噂話に反応するのはよしましょう。意味もありませんよ」

 そうとも。噂話なんて、ろくなものがない。ただ無責任なだけだ。いちいち真剣に聞いていたら、キリがない。

「……確かに、主の言は正しい」

 よかった。ウィストベルも冷静だ。

「じゃが、聞こえてくるものは仕方ない。ここはやはり、周囲と隔絶した場所を探して――」

「そんな場所はありません。あったとしても、いきません」

 ウィストベルはやっぱり相変わらずだった。


 ウィストベルの相手を暫く務めることにはなったが、結果的にはそれ以上のことはなく、俺は平和的に解放された。

 そうして露台で一人、ホッと息をついていたのだが。


「あら、閣下。こんな暗がりで、何を物思いに耽っておいでですの?」

「いや、そう言う訳では」

 公式の舞踏会場で俺に声をかけてくる相手は珍しい。いかに場所が、人目のない露台の隅といえど。


 なにせ舞踏会の会場では、親しい間柄でもなければ下位の者から上位の者に声をかけることも難しい。

 もっとも、そうはっきり決まり事としてあるわけではないから、実際には近位の知人であれば割と遠慮なく、近位でなくともそれ以上に親しければ周りの雰囲気を伺いながらではあるが、話しかけてくる。


 だが、声をかけるならもうちょっと早くにお願いしたかった。

 こうして一人で休憩している時じゃなくて、魔王様の話に辟易としていたときとか、ウィストベルに捕まっていたときとかに!


「では、疲れて休憩中なのかしら?」

「まあ、そんなところかな」

 疲れている、どころじゃない。疲れ切っている、といっていい。

「勿体ない。閣下のように高位で見た目も麗しく、決まったお相手もいない殿方は、こういう場所では身を粉にしてでも世の未婚女性を楽しませてあげるべきですわ」

 ハハハ。なんですか、その女性上位な発言。

「君こそ、こんなところにやってこないで、明るい場所で世の紳士諸君を悦ばせてやってきたらどうかな」

「あら」


 リリアニースタは相変わらず艶やかだ。大きく巻いたプラチナブロンドと、豊満な肢体を包むドレスに藤の花をあしらった装いは、華やかつ上品だ。流し目を多用した視線運びも、男たちの目を存分にひくだろう。

 少し切れ長の眼の周囲と、ふっくらとした唇は、新鮮な血を塗ったように赤く彩られている。

 ユリアーナの濃い化粧は奇抜としか言いようがないが、リリアニースタの場合は元がはっきりした目鼻立ちなのもあってか、素材を引き立てているといった感じだ。


「申し上げませんでした? 私、愛妻家の夫がおりますのよ」

 夫が?

「初耳だ」

 まあそれはいいが、表現の仕方がひっかかる。

「ガッカリしていただけたのかしら?」

「いや、別に」

 眉を顰めたのは、配偶者の存在を憂えてのことではない。夫がいるのにベイルフォウスの膝に乗っていたのか、と思ったのがつい態度に出てしまったのだ。

 魔族の感覚でいうと、その程度ならなんの問題もないのだろうが。


「ジャーイル大公閣下」

 リリアニースタは小さなため息をついた。

「こういう場合は心にはなくとも、残念だ、くらいはお愛想に言うものですわ」

 ……また、面倒くさいことを。

 今日は何。女難の相でも出てるのだろうか。

 いや、待てよ……いつもな気がしてきた。


「あ。今、面倒だと思ったでしょう。そんなことだから、朴念仁といわれるのだわ」

「そんな風に評された覚えはない」

 存外失礼だな、リリアニースタ! 

「あら。それは失礼しました」

 ぜんぜん悪いと思っていないのが、ありありと知れる笑顔だ。


「しかし、それならやっぱりこの間の件は冗談だったんだな」

「この間の件?」

「いや、なんでもない」

 自分の名前を書いて俺に投票するとかなんとか言っていた、あれ。

 やはり冗談だったようだ。覚えていないくらいだし。


「美男美女コンテストのことでしたら」

 覚えてるのかよ!

「宣言通り閣下に投票いたしましたわ。もちろん、私自身の名を記して」

「は?」

 今さっき、まるで夫に誠実な貞淑な妻であるかのような言い方をしていなかったか?

 いや、夫が愛妻家だと言ったのか。


「ジャーイル閣下。コンテストに投票するからといって、誰もが相手に対して一途であるとはお考えにならない方がよろしいですよ」

 つまりそれは……俺のこと、好きでもないけど投票したってこと? まあ、確かに美男美女コンテストであって、自分の好きな相手を告白する大会、ではないが。

 それに、彼女が名を書いて投票したからといって、奉仕される相手に選ばれるとも限らないし。


「こんなに鈍いのに、どうしてそういう思考方向だけは、男性の欲から外れないのかしら」

 おい!

 小声のつもりかもしれないが、ばっちり聞こえてるぞ!

 ほんとに失礼だな、リリアニースタ!!


「あら。そんな怖い顔なさらないで。私はただ、閣下の純真無垢さに驚いているだけ。年寄りが勝手に若さに感じ入っているだけなのですから」

「ああ、君はどうやら長寿なようだから、三百歳を越したばかりの俺なんて、頼りない子供みたい思えるんだろう」

「すねないでくださいな。本当に子供みたいですよ。実際、閣下はうちの娘よりもまだ、かなり下なんですし」

 リリアニースタは軽やかに微笑んだ。

 随分失礼な態度だと感じているにも拘わらず、本気で怒る気にならないのは、相手の貫禄を認めているからか?

 それともこの間から感じている、どこかで会ったような既視感のせいだろうか。

 いや、たぶん疲れきって、怒る気力が沸かないだけだな。


「それで、休憩はもう終わられまして?」

 すっと差しのばされる手。それの意味するところは、一つだ。

 俺はその手を取るのをためらった。

 なぜなら彼女の手を取ると言うことは、舞踏会場に戻る、ということと同義であり、そうなるとまたウィストベルに見つかるという可能性が――


「ウィストベル大公閣下でしたら、もうお帰りになられましたわ」

「……見てたのか」

「そりゃあ、あの会場にいて、お二人に気づかない者はおりません」

 ですよね。

 なら余計に助けてほしかった!


「ウィストベル閣下でなければ不服なのかしら? それとも、私も正式に口上を口にしなければお相手いただけませんの?」

「いや。もちろん、そんなことはない。喜んで相手役を務めさせていただくよ」

 俺はリリアニースタの手を自分の腕に導き、揃って広間へ戻っていった。

 だが、一歩を踏み入れた、その途端。


「おい……あれ!」

 なぜかこちらに注目する数人のデーモン族たち。

 なんだ? と不審に思う間もなく、囁くような声が耳に届く。


「ジャーイル大公のお相手、リリアニースタ侯爵じゃないか?」

「あら、本当。まあ、まだご存命だったのね。お顔を拝見するのは――随分、久しぶりじゃなくて?」

「確かに。五百年ぶりほどじゃないかな?」

 どうやら、リリアニースタはそこそこ有名らしい。自領で噂されるならともかく、魔王城でこの扱いなのだから。

 それも、五百年ぶりだとか――どこかの引きこもり娘を思い出す。


「君は以前は魔王領にでもいたのか?」

 爵位の争奪のたびに領地を変わる者は、珍しくない。属する領地の変更は、なかなか認められないからだ。だから、奪爵をいい機会と考える者は、むしろ多い。

 リリアニースタもそうかと思ったのだが。


「いいえ、魔王領には一度も。なぜです?」

「結構注目されているようだが」

「まあ、それは……一応、私が前回の美男美女コンテストで、五位までに入賞しているからでしょうね」

 えっ!

 前回の美男美女コンテストの上位入賞者?

 そうか――そう言われれば、納得はできる。

 ウィストベルを見慣れると、つい基準が厳しくなりがちだが、確かに彼女は結構な美人だ。それも艶やかで、目を惹くタイプの。加えて、スタイルもいい。


「そこで黙り込むのは無粋ですよ」

「いや、心中でさもあらんと頷いていたところだ」

「なら口に出してくださればよろしいのに。そういう細やかな配慮に、女性はグッとくるものなのですから」

 なんだろう。彼女の口調とこの態度。

 どうも〈女性に対しての正しい態度について〉とかいう講義でも受けている気分にさせられる。

 いや、それか。これはあれだ――『お母さん』だ。

 母親が、小さな息子に女性を大切にしろ、と言い聞かせてるような感じだ。


 あなたは俺のお母さんですか?

 もうなんていうか……美人なのにもったいない。ちょっと遠慮して口をつぐめばいいのに。そうすれば、きっとモテるだろうに。

 まあ当人にはとっくに夫がいるわけだから、他の者から恋愛対象として見られなくても問題ないのかもしれないが。


 俺の表情から心中を察したのか、リリアニースタは曲が終わるとダンスの足を止め、俺の腕を掴んで壁際へ退いた。

 それから実に優雅な手つきで給仕係の盆から飲み物を二つとり、一つを俺に渡して曰く。

「本当にお疲れのようですから、これで解放してさしあげますわ、ジャーイル大公閣下。どうせいずれ一晩、お付き合いいただくことになるのですから。その時にはじっくり、指導してさしあげましょう」

 俺も言っていいだろうか。我が妹が時々やるように。

 うげええ、と。


「さあ、そうなることを俺も願ってるよ」

 我ながら白々しい。だがこれが大人の対応というものだろう。

 ため息をつきながら、俺は社交辞令を口にしたのだった。


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