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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔王大祭編 後編
111/176

104.僕まで情緒不安定になりそうです

「あの……本日は、その……頭でしょうか、手でしょうか、それともおし……おし……」

 はい?

 ジブライールさんが、今日もちょっとおかしい。

 うつむき加減でもじもじと手を合わせたと思ったら、なんだか「くっ」とか急に言い出して振り返り、扉に頭を打ち付けだした。


「ちょ、ちょちょ……! ジブライール、落ち着いて、ジブライール!」

 何があった、ジブライール!

 俺は慌てて彼女の肩を掴もうと。


「きゃあああああ!!」

 えっ!

「あ、ごめん!」

 何!?

 俺、何かしたか!?

 変なところ触ったか?

 いやいや、肩に触れただけだよな? しかも、ほんの指先がっ!

 何その反応、なんで悲鳴?


「失礼いたします!」

 突然、ジブライールの背を打つ勢いで、扉が開く。

 だがそこは公爵。彼女は間一髪、とびすさって直撃を回避した。

 同時に中に駆けこんで来たのは、もちろんセルクだ。


「旦那様!? 今の悲鳴は一体――」

 セルクは俺を見、ジブライールに視線をやる。

「ああ……なんか、すみません……余計な気を回してしまったようで。失礼いたしました」

 妙に気の抜けたような表情で、執務室を退室しかけ――「ああ、旦那様。一つ、ご忠告を」

 閉めかけた扉の隙間から、顔だけを差し込んできた。

「時と場合によっては、きちんと結界を張ってください。その方が、配下としてもいらぬ心配をしないですむ、というものです」

「は!? おい、それはどういう意味――」

 俺の質問はきれいに無視された。

 いや、それどころか……。

 おい、今!

 セルクの奴、出て行くときに鼻で笑ったよな?

 鼻で笑ったよな!?


 なにこの対応。

 解せぬ。


 だがそれは後で追求するとしても、今はジブライールだ。

 今にも泣き出しそうな表情の――あれ?

 さっきまで泣き出しそうな顔してたんだけど、今はすっかりいつもの無表情に戻っている。

「申し訳ありませんでした。本題をどうぞ」

 彼女は咳払いを一つすると、何事もなかったかのように姿勢を正した。


「頭は大丈夫か? もしあれなら一度、うちの医療班に診てもらったらどうだ?」

 当たり障りないようにいったが、もちろん俺の発言の意味するところは外傷を、ではない。

「大丈夫です。問題ありません」

「え、でも……」

 どう考えても、情緒不安定すぎて大丈夫じゃないと思うんだけど。

「大丈夫です! 問題ありません!」

「あ、はい。すみません」

 何で謝った、俺!

 情けないぞ、俺!

 ……とりあえず、咳払いでごまかそう。


「えー、じゃあ本題に入るが――実はジブライールに一つ、やってもらいたい仕事があって」

「……仕事、ですか」

 あからさまにガッカリされた。

 いや、仕事じゃなければ、なんでこんな大祭中に執務室に呼び出したと思ったんだろう?

 ジブライールを選択したのは、他の副司令官たちは任務の継続中だが、彼女だけは魔王城が解放されたため、これといった役目についていないからだし。


「ええ、そうですよね。仕事ですよね」

 ……なに、不満なの? もうこの時点で不満なの?

 だがジブライールはすぐに表情をいつものように、凛々しく引き締めた。

 この切り替えの早さは誉めておくべきだろうか。

「とはいえ実は、私の方からお願いにあがるつもりでした。魔王城の現場担当者としての役目も終え、副司令官の中では私だけがこれといった分担もないとあっては、さすがに不公平さを感じかねません」

 とりあえず、いつもの冷静なジブライールさんに戻ってくれたようだ。


「では、お命じください、閣下」

 今日もビシッと決まる敬礼。表情と格好のギャップがほんとにヒドい。

「実は、ウォクナンからパレードへの要望があって」

 かっこよくビシッと命令できないところが、俺のダメなところだ。

 うん。自分でもよくわかっている。


「要望! ウォクナンめ……閣下に対して、要望などと……」

 えっ。いきなりそこが引っかかるの?

 確かにリスは常にイラッとする筆頭だけど、内容も聞かないうちは許してあげようよ。


「前地に到着した日に、労いの祝宴を開いて欲しいそうだ。アリネーゼの領内で酒宴が催された後、デイセントローズも彼らを歓待したそうでな。俺はパレードの担当者なのだから、それ以上で報いてほしいと……」

「なるほど。つまり閣下は、ウォクナンの代わりに私をパレードの担当者になさろうと」

「……なぜそうなった?」

「ウォクナンの思い上がりを糺すために、役割を取り上げ罰する、ということでは」

「違う」

「違うのですか!」

 そんなにびっくりしなくても。たぶん「罰する」の内容は物騒なものだと思うから、聞かないでおこう。


「では、一体……」

「要望は叶えようと思っているんだ。だけど、多少俺の参加に不安があって……」

「祝宴に参加されることに、御不安が?」

「いや、まあ……そこはつっこまないで欲しいんだけど、とにかく祝宴を盛大に開催するにあたって、いっそそれならばパレードの参加者の家族や恋人を招待しようと思いついたんだ。ほら、魔族は身内に甘いから、その方が品のいい祝宴になるかな、と考えたわけだ」

「はあ……」

 ジブライールさんは不審顔だ。

 だが事細かに説明する訳にはいかない。やぶ蛇になる前に、押し切らせてもらおう。


「それで、そのパレードの家族や身内を、どうにかして四日後、前地に集合させたい。ということで、ジブライールへ頼みたい仕事、というのはそれを何とかしてもらえるかなって事なんだけど。……いや、面倒なのはわかってる」

「面倒などと、とんでもありません」

 ジブライールはかぶりを振った。


「パレードの参加者名簿さえいただければ、四日と言わず、二日で任務を完遂してみせます」

 おお、頼もしい。

 もちろん、配下を総動員してのことだろうが、正直助かる。

「それじゃあ、セルクを呼ぶから待ってくれ」

「かしこまりました」

 俺は壁際に垂れた筆頭執事の部屋につながる呼び鈴の紐をひき、ジブライールを振り返った。


「あの……閣下。この際ですので、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「なに?」

「その役目の後のことなのですが……それが終わった次は、私は一体なにを成せばよいのでしょう」

 確かに、今の仕事は一時的なものだ。何か仕事をと自ら尋ねてくれようとしていたほどだから、次のことが気になるのだろう。


「そうだな……。他の副司令官の補佐を、という風には考えていたんだが、他に案があるようなら言ってみてくれ」

「あの……例えば、ですが」

 ジブライールは両手を胸の前で組み、俺の方に歩み寄ってきた。

「閣下の……大祭主としての閣下の補佐、というのはいかがでしょう!」

 大祭主としての俺?


「えっと……つまり?」

「ですから、魔王城へのご出仕や行事への参加に随行したり、一緒に会議に参加したり、舞踏会でお相手を務めたり、という補佐役です!」

 随行はともかく、舞踏会の相手を務めるのが大祭主の補佐の役目?

「いや……大祭主としての補佐なら、副祭主とかいう役を無理矢理に用意したベイルフォウスがするべきだし、実際に役目は果たしている。それに、祭司たちもよく働いてくれているから、今のところ更なる補佐は必要でもないんだが」

「あ……そう、ですよね……」

「そうだな」


 やはりジブライールは上昇志向が強いのだろうか。上司の補佐なんて面倒臭いことを望むのだから、同僚の補佐では物足りないのかもしれない。

 だからといって。


「さすがに俺の代わりにコンテストの投票の列に並んでくれ、とかいう用事を言いつけるわけにはいかないしな」

「!」

 初日に投票のタイミングを逃した俺は、エンディオンに上位魔族の投票について聞いてみたのだ。

 すると彼はこう言った。


「たいてい、投票台の下までは代理人を派遣いたしますね。大公閣下に限らず、上位のみなさまはそうなさっておいでと考えます。代理人を申しつかった下位の者は、誰の代理人かわかるように名札をつけるなり、似せて変装するなりして列に並ぶのです」

 本人風に変装? と、驚いたものだ。


 だが、代理に立つのはあくまで下位魔族。

 ジブライールはむしろ代理人を選ぶべき立場にある上位魔族だ。自分の投票でわざわざ並ぶかも怪しいのに、俺の代理だなんて頼んでいいはずがない。

 そう思ったのだが。返ってきたのは意外な言葉だった。


「それでもかまいません。その間、投票用紙を預けていただけるのであれば」

 まさかの乗り気である。

「いやいや、さすがにジブライールにそんなことを頼むのは失礼だろう」

「そのようなご心配は……」

「いや、今のは冗談だし、忘れてくれ」

 残念そうな表情に見えるのは、気のせいだよな?


「ところで、ジブライール自身は、もう投票には行ってきたのか?」

「!」

 あ、しまった!

 以前、彼女は言っていたではないか!

 確か俺の身を守るために、自分の名前を書いて俺に入れる、とか宣言していたのではなかったか。

 今の質問、俺に入れてくれたのかって意味に取られてないだろうか!?


「行って参りました。投票して参りました」

 そう応える彼女は、どこか恥ずかしそうだ。とたんに俺から目を逸らしてしまったし、頬も少し赤みがかっている。

 と、いうことは……まさか本当に俺に投票したのか?

 さすがに義理投票だとしても、照れるものらしい。


「それはあれか? もしかして、列に並んだ? それとも、代理人をたてていた?」

 とりあえず、誰に入れたとか聞かないことにしよう。単に自分の本命に入れて、恥ずかしがっているだけかもしれないし。

「もちろん、階段の下までは代理をたてました」

 ああ、やっぱりエンディオンの言ったとおりじゃないか。なおさら、ジブライールを俺の代理にするわけにはいかない。

「……けれど、お名前はきちんと自分の手で一字一句、心を込めて書きましたし、投票するときにも思いの丈を込めて投入しました!」


 思いの丈って、上司の身の安全を慮るために投票するような時には使わないよな? と、いうことはやはり本命に投票したのだろう。

 うん、この話題はここでやめておいた方がいいようだ。

 俺に入れる、と言っていたことは、忘れているのかもしれない。下手なことは言うまい。


「あー、とにかく」

 俺は一つ、咳払いをした。

「先の任務が終了した後のことは考えておくよ」

 あれ。眉が下がった?

 シュンとしたように見えるのは気のせいだろうか。

 もしかして、結局誰に入れたのか、とか聞いた方がよかった?

 まさか俺と恋バナしたいわけじゃないよな?

 まさかな!


 だいたい、あんまり私的なことに踏み込むのもどうだろう。

 これがヤティーンやウォクナンなら尋ねるのに躊躇はしないんだが、なにせジブライールは副司令官といっても女性だからな。

 さすがに俺だって、少しは遠慮をするのだ。


「とにかく、悪いな。頼りにしてる」

「……はい」

 一瞬だけジブライールの表情に、朱がさした気がした。

「必ずや、ご期待に添えてみせます」

 そう言うと、ジブライールは敬礼を披露する。


「ああ、それ、着けてくれてるんだ」

 勢いよく胸の前で交差させた左の手首に、キラリと光るものを見つけてついつい反応してしまう。

 もちろん俺がジブライールにプレゼントした、紫水晶の腕輪だ。

「も……もちろん、です!」

 ジブライールはその腕輪を包み込むように、右手で触れた。


「入浴中も寝るときも、一日数秒たりとも外さずおります!」

「えっ。まさか、それ、呪いの腕輪とかだった?」

 一度はめたら外せない、的な?

「え?」

「だって外れないんだろ? ごめん、気づかなくて……」

 しかし俺の目で見ても、呪詛がかかっているようには見えない。ということは、別の呪いか。ごく単純で、純粋な――

「閣下……外れないのではありません」

 ジブライールが困惑顔を浮かべている。

 ん?

 外れないのではないけど、外さない? ということは?

「私は……私、は――」

 ジブライールは腕輪を握りしめたまま、俺の方に二、三歩距離を詰めてきた。

 そうして――


「失礼いたします、旦那様。名簿を――」

 セルクが執務室の戸を開けて、入ってきた。

「……」

「いやいやいや。ちょっと待て。なんで今、出て行こうとした?」

 俺は慌てて扉に駆け寄り、筆頭執事の腕をつかんだ。

 さっきから、なんなんだ一体!


「紐に当たって、うっかり引いてしまわれたのかと」

「は? そんな訳ないだろう」

 一瞬彼は、ふと考えるような表情をしてから、一つ頷いた。

「すみません、思い違いでした」

 さっきから随分思い違いが多いね!

 俺はセルクの腕を放し、執務机の前に戻る。


 ジブライールが身を引いた。さっきまでの砕けた雰囲気はどこへやら、それどころかむしろ苛立っているような緊張感を醸し出している。


「名簿はジブライールに渡してくれ」

「はい。こちらに――」

 セルクは名簿の束をジブライールに差し出しかけたが、彼女がそれを掴む前に、手首を翻す。

「あ、申し訳ありません。そういえば、さっき点検していた時に抜けていた頁を見つけたんでした」

 そう言って、彼はパラパラと名簿をめくった。

「と、言うわけで、すみませんジブライール閣下。ご足労をおかけいたしますが、侍従室までお越しいただけませんか?」

「では後ほど」

「いえ、今すぐにお願いいたします。私も予定が立て込んでおりまして。それに、すぐすみますので」


 愛想良く笑いながらとはいえ、公爵であるジブライール――しかもどこか不機嫌に見える彼女に、よくそんな強引な口が利けるな、セルク。そういえば、俺と初対面の時も結構失礼な感じだったっけ。

 いや、っていうか、割といつも遠慮ないよな。

 どう考えても図太い性格をしているのだろう。まあ、こう言っちゃあなんだが、エミリーをあんな風に評価するくらいだしな……。

 ジブライールは無表情だが、その右頬がピクリと微かにひきつったのを、俺は見逃さなかった。

 やはり今の言い様は、お気に召さなかったらしい。


 俺が取りなしの必要性を感じたその時だ。セルクがジブライールに近づいて、何かを囁いたとみるや、たちまち彼女から不機嫌さが霧散したのだ。

「なに? どうかしたのか?」

「いえ、特に何も」

 セルクの作り笑顔に裏打ちされた言葉に、ジブライールがこくりと頷いて同意を示す。

 え、何。俺に内緒ってこと?

 ……。

 いやまあいいや。二人がモメないんだったらいいんだけど……。疎外感ハンパない。


「では閣下。失礼いたします。私は名簿を急ぎ手に入れ、すぐさま仕事にかからせていただきます」

 ジブライールはいつもの凛々しさの勝る表情で俺に敬礼した。

 そうしてセルクと共に、颯爽と退室したのだった。


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