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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔王大祭編 中編
106/176

100.脳筋がすぎるのも困ったものです

 こんな状況を誰が想像しただろう。

 朝にはアリネーゼの副司令官の挑戦を受け、昼にはプートの副司令官と実際に刃を交えている。

 今日の俺には副官難の相でも表れているのだろうか?


 それはともかくとして、マッチョ副司令官の剣の腕は、大口を叩くだけのことはあるようだ。彼は両手に持った武器を、見事に使いこなしていた。

 左に握ったフォインで俺の剣を受け流し、絡め取るようにして動きを封じてから、右の長剣を振るって身を削ごうとする。

 ただし、いつもであればそれも上手くいくのだろうが、今日は勝手が違うようで、その眉間には深い皺が刻まれている。フォインで受けるまではいいが思うように相手の――つまりは俺の剣を操れないのだから仕方ない。


 マッチョ副司令官は、確かに魔族においては二刀剣法の達人と言えるかもしれない。少なくとも魔術を封じて戦えば、ほとんどの相手を苦もなく翻弄できるのだろう。

 だからといって倒すのに苦労するほどの腕ではないし、長々と訓練代わりに相手をしてやる価値も必要も感じない。

 実際に、その剣技はベイルフォウスとは比べるべくもないのだから。


 それに後日、大公位争奪戦が控えている以上、剣のみの戦いとはいえ、こうしていることはプートに対して手札を披露してやっているのと大差ない。

 そう思いついて物見台を見上げてみれば、獅子の食い入るような視線とかち合った。

 ……まさかとは思うが、それが狙いか?

 ならば歯ぎしりしているマッチョ副司令官には気の毒だが、余計とっとと終わらせるべきだろう。


 小手先を狙ってふるわれた長剣を弾き、反撃に出る。

 それを察して、マッチョ副司令官はフォインを握りしめた左手を構えた。

 刃を護拳で受けて滑らせ、手首を翻して俺の剣を封じるつもりなのだろう。

 実際に打ち込んでみれば反応は悪くない。定石だが達人が使えばこれほどか、というほどの見事な剣捌きだ。


 だがマッチョ副司令官にとって不幸だったのは、相手がその上をいく技量を持っていたという事実だ。


 それに、なまじ力があるせいだろう。技巧より力に頼りすぎている。

 俺は逆に護拳の内側に切っ先を入れて、副司令官のフォインを絡め取り、そのまま右に回転して右の長剣を弾いた。

 両手を空にさせたマッチョ副司令官は、理解が及ばぬという表情を浮かべている。俺の左手に握られたフォインを瞳に捉え、長剣が地に刺さる鈍い音を聞き、空の両手に素早く視線をやり、喉元に突きつけられた切っ先を認めてようやく、絶望の色を浮かべる。

「参り……ました……」

 敗北を認めるかすれた声が、耳に届く。

 俺は剣を下げた。


 その途端、大地を轟かせる歓声が、四方から沸き起こった。

 その反応を見るに、短い勝負、しかも魔術のないものだったとはいえ、観衆には楽しんでもらえたようだ。

 俺は観衆に向き直り、剣を地面と平行に差し出した。

「鞘を」


 先程の青年が膝を折って観衆から進み出、鞘を捧げ持つ。どうもさっきから、芝居がかっていけない。

 とにかく俺は彼から鞘を受け取って、抜き身の剣を納めた。

「いい剣だった」

 そのまま持ち主に返そうとするが。

「ではどうか、お納めください」

 青年はガンとして顔もあげず、そう申し出る。

「いや、剣なら俺にはこのレイブレイズが――」

「魔剣では、大公位争奪戦へ帯剣できません。ですからどうか、この剣をお供になさってください。どうしてもとおっしゃるなら、ご返却はその後に」


 確かにその通りだ。

 彼の言うとおり、爵位争奪戦と同様、大公位争奪戦には魔をまとった武具や道具の類を携帯することは許されない。

 その道具の力で、勝負の行方が左右されることすらあるからだ。


 しかし、だからといって剣を借りねばならぬほど、俺だって武器には不自由していない。なにせ大公城の宝物庫には、一日ではとても見て回れないほどの武具が納められているのだから。

 それでも。

「では申し出はありがたく受け、大祭の間は借りることとしよう。俺が大公位争奪戦でこの剣を折られたり、他の大公に敗れて死んだりしない限りは、その後返却する。そのときは受け取りにくるがいい」


 まあ本当にいい剣だったから、借りていよう。俺が持って大公位争奪戦を戦い抜いた後に返せば、剣にも箔がついて、そのこと自体が借り賃にも相当するだろう。

「ありがたき幸せ」

 ようやく彼は顔をあげた。

 その顔を見て、俺はようやくその相手がまだ幼さを残した少年であることに気づく。


「子供、か」

 マーミルほど幼くはないものの、成人はまだだろう。そんな相手がこれほどの名剣を所持していることに、やや驚きを感じた。

「子供などでは……」

 少年は、気を悪くしたように頬を赤らめ、眉を顰めた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに神妙な顔つきに戻ってみせる。

「十年もたてば、成人します」

 ならやっぱりまだ子供じゃないか、とは言えなかった。

 プートの大音声が、大地を震わせたからである。


「双方、見事な戦いぶりであった!」

 プートは物見台の椅子から立ち上がり、両手を大きく広げていた。その口元には不適な笑みが広がり、その瞳はこの場からでも爛々と輝いて見えた。

「ああ、ジャーイル大公よ。だが我は、このような戦いを企画するべきではなかったのやもしれぬ!」

 なにを今更、という内容の台詞に、俺は眉を顰める。


「血がたぎるのを抑えるのが至難であるが故に! 今すぐそなたと対戦したい気持ちを抑えることが、容易ではない故に!」

 おい……なに言い出すんだ、この獅子。気は確かか?

「ああ、今日ばかりは感謝をいたそう。あの、ベイルフォウスにな! そなたと戦う機会を、図らずも与えてくれることとなった、あのベイルフォウスにな!」

 え、ちょ……いやいやいや。

 なに吠えてんの、なに大声で獣の咆哮あげてんの、プートさん。

 落ち着こう。ちょっと落ち着こうよ。

 ほら、観衆もポカーンとしちゃって――。


「うおおおおおお! プート大公の宣戦布告だー!!!」

 は?

「プート! プート! プート! プート!」

「ジャーイル! ジャーイル! ジャーイル! ジャーイル!」

 いやいやいや。君たち、なんで名前を連呼し出すの?

「これをもって爵位争奪戦は終結を迎えるが、全魔族は刮目せよ! 後の日に控えし大公位争奪戦は、魔族の歴史に残る名勝負でもって、諸君等の目と心を大いに沸き立たせるであろう!」

「うおおおおおおおお!!」

 はああああ?


 大地を揺らす聴衆の興奮とは反比例して、俺の心はしぼんでいくのだった。


 ***


 ところでこれは、余談である。

 新魔王城の発表からすでに七日がたった。

 遷城作業は滞りなく進んでいるようだ。

 旧魔王城から運び出される荷物の列は途切れがなく、それを見学する者たちも日に日に増えている。引っ越しが、一つの主行事のように迎え入れられているのだ。

 途切れがないといえば、コンテストも開催からまだ二日目を数えるばかりだが、投票のための列はこちらも一向に減る様子をみせないそうで。


「どうする? 全員参加だぞ」

「どうする、といわれても……」


 ただいま俺は、ミディリースと図書館で作戦会議中なのである。

 議題は、いつ、どのタイミングで投票に行くか、だ。


「私、別に、参加しなくても……いい。どうせ、罰せられない……でしょう?」

「まあそれはそうなんだが……そうかな? だよな」

「私はいい。でも、閣下はダメ」

「え? なんで?」

「大公が参加しないなんて、バレる……決まってる」

「そう、思うか?」

「当然。絶対、バレる」


 ミディリースめ、なんだその笑顔。

 人前ではオドオドしてるくせに、なんだってそんなしてやったりな顔で俺を見る。


「恩賞会に出すぞ」

 ボソリ、というと、彼女はビクリと肩を震わせた。

「ウィストベルが是非にと望んでいるしな。魔王様だって、君の隠蔽魔術に報いたいそうだ。恩賞会には作業員に混じって」

「エンディオン!」

「ん?」

「エンディオンならいい相談相手になるはず! 前の投票の時、ネズミ大公は列、並ばなかった! と、思う!」

 ……確かに、あの高慢なネズミが“下々”に混じる訳はないか。

 それに確かに頼るなら、誰よりエンディオンだ。

 いや、もちろん最終的に相談するつもりではあったのだが。


「……恩賞会、出たくない。別に、報いてくれなくていい、です。むしろ……恩賞をくれるというなら……ここから出なくていい権利、が、ほしい……」

 じっと一点を見つめ、右指で机に丸を描きだしたその態度に、思わず苦笑が漏れる。


「ちなみに、もし投票するなら誰に入れる?」

「もちろん、閣下」

 まあ、ミディリースが接している相手なんて俺だけだし。当然そうだろうと思っていた。

「と、なると、俺は自票を増やす努力をするべきかな?」

「えー」

 ニヤリと笑うと、ミディリースは眉を八の字に下げて抗議の声をあげる。


「冗談だ。なんとか不参加でいけるよう、考えてみる」

 そういうと、ミディリースはホッとしたように歯を見せて笑った。

「が、その代わりといってはなんだが」

 一転して、警戒した表情が浮かぶ。

「〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉が終わった後、作業員たちを俺の城に招いて食事会を開くことになっている。その席に、少しでいいから顔を出してほしい」

「え……で、でも……」

 作業員の数を思い出して尻込みしているのだろう。目が宙を泳いでいる。

「大丈夫、俺の側にいればいい。なんなら乾杯の間だけの、ほんの少しの間だけでいいんだ」

「むー」

 ミディリースはあちこちの本棚に視線を巡らせている。

 恩賞会と食事会、どちらの心理的負担が大きいのか、比べているのかもしれない。


「わかりました……」

 どうやら魔王様の領地で千人に混じった上に、見物客までいるだろう恩賞会よりは、慣れた自分の領域で、わずかの間千人を迎える方がましだと判断したようだ。


「そしたら投票も……本当にいかなくて、いい……?」

 さらにそう来たか。

「まあ、行くも行かないも……俺はこれでも大公だ。とても領民一人一人の動向を、把握などできん。……本人が口を滑らせでもしない限り、はな」

 そういうと、ミディリースは両手で口をふさいで、神妙な顔で何度も頷いた。


 図書館を出てから、以前の投票の時はどうしたのかを聞きそびれたことを思い出して、俺は少し残念に思ったのだった。

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