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episode89

 時間は遡り、ここは傷裏チーム。例のカップル2組とは別の、余ったメンツはここに集まった。とは言うが、実際は市原と室井は別行動を取っているため、今ここにいるのは余った4名ということになる。

 傷裏としては、これは黒崎との思い出を作る絶好の機会であった。『タイガ』のリンクの一件もあるが、相談した後市原に「気にせず楽しめ」と言われてしまったので、楽しむしかないと割り切った。


「見てみて傷裏君! これでもう4つだよ!」


 黒崎がヨーヨー釣りで無邪気に笑う。それを見て和む傷裏。


「む……むむむむむ……」


 その隣では、未だ1つもゲットできずに唸っている柳沢。

 そして……。


「……モイ……モイ……モイ……モイ……」


 モイモイ言いながら大量のヨーヨーをゲットしているアウラの姿が、そこにはあった。

 余談であるが、モイとはフィンランド語の挨拶のようなものである。アウラのこの場合は一種の掛け声となっていた。


「アロラさん、屋台泣かせもほどほどにね」


 傷裏が苦笑いで忠告するが、アウラの耳にそんなものが入るわけがなく、ひたすらゲット連鎖の無限ループなのであった。


「やった! これでこれで5つ目!」


 それと比較すると、天真爛漫な黒崎は癒しそのものだ。真剣な眼差し、取れなかった時の落ち込んだ顔、そして取れた時のあの清々しい笑顔。どこを取っても天使……いや、女神だ。


「やべぇ……可愛過ぎる……」


 だらけきった表情で、彼女を眺めながら呟いた。はたから見れば変態行為だ。

 しかし、不覚だった。

 傷裏は今、黒崎の真横数センチに位置しているのだ。

 つまり、よほどの難聴スキルを有していない限りは、聞こえてしまう。


「え? 傷裏……君?」


 黒崎は目を丸くしてこちらを見る。ビックリ仰天というか、鳩が豆鉄砲を食ったようというか、とにかく驚いていた。


(…………やべぇ、どうしよ。収拾つかねぇぞこの状況……)


 傷裏もまた驚いていた。口走った本人が誰よりも驚いていた。驚きのあまり、自分の口調が若干『タイガ』よりになっているがそんなことに注視できるほどの精神的安定はもたらされていない。


「傷裏君……今の言葉って……」


 彼女は顔を赤くする。やはり直球で言われたからだろうか。しかし、向こうが無視、もしくは罵倒されないだけマシなのだろうか。このままの勢いで告白すれば、一体どうなるだろうか……。


(いや! さすがにまだ無理っしょ! 告白とか早過ぎるっつぅの! ……いやしかしどうしよこれ。黒崎さんにバレた? いや、でも、どうなんだ……とにかくこの場はごまかさないとだけど……こういう時に『タイガ』がいれば丸投げできたのに……クソッ!)


 理不尽極まりない脳内回想が行われていた、ちょうどその時。

 ガクッと、傷裏の体がブレた。

 意識を失った。

 が、その直後、ガバッと覚醒する。


「……ぁ? もしかして……入れ替わったのかぁ?」


 小さく呻(うめ)くように、『タイガ』は呟く。

 自身の胸に手を当て、内部に逆算をかけてみたが、やはり相棒には通じない。

 手を当て、そこで気づく。手のひらに何かが書かれていたことに。


「……『携帯、メモ』? これって……」


 この字体、おそらく書いたのは相棒だ。ということは、つい直前まで彼が表にいたことが証明された。そして、相棒はおそらく携帯のメモ機能で『タイガ』とのコンタクトを取ろうと考えたと推測できた。


(なら早速……)

「傷裏君?」


 不意に声をかけられた。見ると黒崎だ。しかし浴衣やポニーテールといった具合に外観が変わっていた。そういえば、まだ『タイガ』の意識がある時に浴衣ショッピングの約束をしていたことを思い出す。となると、これがそうなのだろう。


「傷裏君、大丈夫? なんかガクってなって……なんか目つき悪いけど……体調悪い?」

「……え? あ、いや、大丈夫だ、心配ない……です」


 思わず『タイガ』の口調で会話してしまったが、今彼女は傷裏龍に対して言葉を発したことを再確認し、なんとか口調を戻す。


「なら、いいんだけどね。……それよりさ、傷裏君…………さっきの言葉って……」

(え? さっき?)


 黒崎は恥じらいながら顔を背け、『タイガ』へ視線を向けたり逸らしたりといった感じにであるが、客観的に見て、『タイガ』はこれを乙女の眼差しと捉えた。

 つまりは何か? 彼女も彼女で、傷裏龍を意識しているということなのだろうか。

 だが、今の問題はそこではない。彼女は何は原因で、今、乙女モードに突入しているのかということだ。


(龍……今度は一体何をやったんだ?)

「さっき私のこと……可愛いって言った?」

(……………………え?)


 思わず、『タイガ』は拍子抜けした。

 そんなことか、と。

 おそらく『タイガ』が出る直前、傷裏龍は慌てふためいていたことだろう。『自分はなんて踏み込んだ台詞を言ってしまったんだ』といった具合に、だ。

 だが、たかが「可愛い」と言うぐらい、普通にあることではないか。日常的なことではないか。

 だから、下手な小細工など無意味だ。


「うん、その浴衣とか、ポニテとか、可愛いなって思ってさ」

「…………ぇ」


 結果、黒崎は言葉を失った。顔を真っ赤にして、ただ呆然となり、うつむいた。

 彼女は人生の長い間、家庭の事情により他人と接する機会が極端に少なかった。無論、異性などもっても他だろう。

 ゆえに、彼女は異性からこういった直球に褒められた経験が少ない。

 だから、ライトノベルのチョロいヒロインが如く、彼女の心は簡単に揺さぶられてしまうのだ。

 さて、そろそろ頃合いだろうか。『タイガ』にはやるべきことがある。


「じゃ、僕は立ち去るよ。女子が3人いる中で男子が1人っていうのもなんか気恥ずかしいからね」


 という口実を作り、『タイガ』はその場を去ることにした。

 ……余談であるが、この数日間で相棒のモノマネも上達したものだと、彼は密かに思っていたのであった。



 人がいない高台のベンチ。下では祭りのどんちゃん騒ぎが小さく聞こえ、謎のもの哀しさを感じさせる。


「……これといって目新しい情報はないな。龍、さすがにこの短時間で原因究明はできなかったか」


 携帯のメモを見ながら、『タイガ』は新たに追記事項を入力していく。


「……8月23日、約午後7時半、再び表がチェンジ、現状特に変わった様子は無し……っと、こんな感じか」


 追記していてわかったが、やはり2人にとって、圧倒的に足りないものは情報だ。いつもなら脳内会話で推論を交えて討論できるのだが、今回はリンクが切れているせいでそれもできない。いつ入れ替わるかわからないこの状況では、メモによる交換文通も効果は薄いだろう。


「さて、一体どうしたもんか……」

「おーい、傷裏くーん!」

「……ん?」


 後ろから呼ぶ声がした。振り返ると、そこにいたのは黒崎だ。

 彼女は笑顔で駆け寄ってきて、『タイガ』の横にチョコンと座る。


「……どうした、の?」

「いや、やっぱ皆で楽しんだ方が祭りは面白いと思ったから、探してたら見つけた」


 単純で純粋な答えだった。

 彼女は楽しそうに首を真上に上げる。


「……空、綺麗だね」

「……そうだな」

「満天の夜空って……こういうのを言うんだね」

「……あぁ」


 都会では見られない、美しい星々が、そこでは煌(きら)めいていた。とても幻想的な風景、見ていて心が落ち着くような、そういう光景だった。


「ねぇ……傷裏、君?」

「……何?」

「1つ……聞いていい?」

「……あ」


 あぁ。そう答えようとした。

 だが。

 ガクッ。

 また、ブレた。

 直後、表は切り替わる。


「……ぁれ?」


 傷裏はそこで、直前の記憶と今の風景がマッチしていないことを理解し、また入れ替わったのだと理解する。


(……そうか、僕はまた……)

「……傷裏君」


 横を見る。黒崎がいた。

 真剣な目で、傷裏を見据えていた。


「あ、黒崎……さん。どうしたの? 真剣な顔して」

「……やっぱり、そうなのね」

「え?」


 黒崎は何かを理解したようで、傷裏の顔をジッと見つめる。とても近かったが、彼女にとってはそんなことはどうでもいいらしい。


「何……かな?」

「傷裏君……1つ、聞くよ?」

「あ、うん……どうぞ」


 彼女は目を閉じ、覚悟を決めるように、ゆっくりと深呼吸。

 そして開目。

 ゆっくりと、口が開かれる。

 決定的な問いが、投げかけられる。


「傷裏君……あなた、2重人格よね?」

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