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episode83

 旅行2日目、早朝。

 傷裏は薄暗い男子部屋にて目覚めた。時刻は午前5時。まだ誰も起きていない。

 彼は朝が早い。いつもならこの時間は自分及び居候用の朝食を作る時間だが、今はその必要がないことを思い出して嘆息する。


(時間……余っちゃったな)


 どうせだ。この余った時間の散歩でもしてみるとしよう。そう考えた傷裏はテキパキと外出用の衣服に着替え、その他身支度を済ませて部屋を出た。



 旅行から歩いて10分の所に、それはあった。

 兼六園跡地。

 例の事件で全てが焼失……というより消失してしまったため、ここには何も残っていない。ただの更地だ。

 昔は兼六園の再建計画も持ち上がったそうだが、あの凄惨な事件を忘れないようにという人々も要望もあって、これ以上手を加えることはなくなった。


「…………」


 ここに来ると、2年前の事件を否応にも思い出す。

 残酷だった。

 理不尽だった。


(『タイガ』、見てる?)

『あぁ、見てるさ。やっぱここは立ってるだけでイライラする』

(あぁ、そうだね。僕は復讐を果たさなきゃならない。それを再確認しにきたんだ)

『……前にも言ったが、復讐っつっても何も殺すことだけが全てじゃねぇ。それを忘れないでくれ』

(……気になってたんだけど、なんで『タイガ』はそこまで僕に『殺す復讐』をさせたくないの? どうせ僕は既に何人も殺している。今更歯止めは効かない)

『憎き相手を殺すということは、そいつは世の中から消えることになる』

(だから?)

『そいつを殺しちまったら、お前は清々するのか?』


 問題ない。

 そう言おうとした口が、動かなかった。

 言えなかった。

 頭の中ではわかっているはずだ。復讐こそが全てであり、それを達成することが傷裏龍の生きがいだ。

だが、体がそれを拒んでいる。

 無意識の反抗だった。


『憎らしいやつを殺すってことはな、もうそいつを恨むことができなくなるってことだ。心にぽっかり穴が空くだけだ』


 空虚だ。

 無意味だ。

 いや、むしろ不利益だ。


『よく言うだろ? 復讐は意味が……いって。復讐は復讐を生むだ……だって』

(そんなもの、全部僕が受け止める。それぐらいの覚悟を持たずに、復讐をやろうなんて考えたりしない。それは君が1番よくわかってるだろ)

『それでもだ。復讐は成功さ……ちまったら、お前はもう2度と後戻り…………ない。お前はその濁った手で、愛する人の手を握れるのか?』


 ん?

 なんだ?

 さっきから『タイガ』の声が途切れ途切れに聞こえる。例えるなら電波の悪い無線通信が相応だろう。

 しかし、一体どういうことか。今までこのようなことは現象は1度として起きたことがなかった。もちろん、今までなかったからといってこれからもないとは限らないが、何か、不穏な予感がしてならない。

 次の異変は畳み掛けるように起きる。


「…………あ、れ……?」


 意識が正常に保てない。どこか深い闇に縛られるような。

 足元がおぼつかない。

 力が入らない。

 しかしこの感覚、覚えがあった。傷裏龍と『タイガ』が肉体の使用権を交代する時に一瞬だけ感じるものだ。ただし、今回はそれが凄まじくスローになっている。ゆえに、麻酔を打たれたような倦怠感を生む感覚となった。

 抵抗は無意味だった。

 意識はすぐに、刈り取られた。




「……ん……ら君……! …………傷裏君!」


 目覚めた。

 目の前に黒崎がいる。その目尻には大粒の涙が蓄積されている。


「よかった! もうずっと目覚めないかと思ってた! もう心配で心配で……」


 彼女は傷裏に抱きつく。熱いハグだ。 なんとも温かみに満ちた、優しくもあり同時に強いハグだろうか。

 状況を冷静に分析し、自分はベッドの上で寝かされていることがわかった。


「…………ぼ、く……は……」

 「朝起きたら市原さんたちから傷裏君がいないって聞かされて、心配になったから探して、そしたら兼六園跡地で気絶しているとこを警察に保護されたって連絡を受けて……」


 息を荒げながら、黒崎は精一杯現状を伝える。そこでようやく、ここが旅館の男子部屋のベッドの上だと把握した。周囲には一同が心配そうな眼差しを向けていた。


「傷裏君どうしたの⁉︎ 何があったの⁉︎」

「……だ、いじょ……うぶ」


 言葉に詰まりながらも答える。


「少し、寝れ……ば、治る……か、ら」

「わかった。無理しないでね」


 睡眠の邪魔になるということで、一同は部屋を去っていった。時刻はそろそろ7時を回る頃なので、食事に行くのだろう。

 ゆっくりと起き上がった時、不意に部屋のドアが開く。入ってきたのは青島だ。彼女はベッドの前まで近づき、神妙な面持ちで見つめる。


「アタシの前でも隠すつもりか? 『タイガ』」


 彼女の一言に、傷裏……ではなく『タイガ』はため息で返し、大きく伸びをする。


「やっぱおめぇの目はごまかせないか」

「当然だ。言葉が妙に途切れ途切れだったからな、すぐにお前が表なんだとわかった。龍のマネをしてるつもりなんだろうが、全然似てないからな」

「そうかい……」


 青島寿華。傷裏及び『タイガ』の深い事情を知る数少ない人物であり、理解者だ。


「多分市原さんも気づいてる。あ、心配するな。皆は市原さん先導の元朝食に行ったから」

「お前は行かなくていいのか?」

「食欲がないって言って適当に流しておいた。今はそれどころじゃなさそうだからな」


 それどころじゃない。

 まさしく急務だ。


「なぁ『タイガ』、アタシが聞きたいのは1つだけだ。なぜ、今お前が表にいる?」

「……わからねぇ」

「何?」

「わからねぇんだ。今日の早朝、『俺たち』は散歩がてら兼六園跡地を見に行った。そこで急に、意識を失った」

「誰かに襲われたのか?」

「いや違う。外部からの影響じゃなくて、内部からの影響だ。よくわからんが」

「いやしかしだ、お前たちが突然意識を失ったのと、お前が表にいる理由は繋がるのか?」

「残念ながら、接点があり過ぎる」


 ここで『タイガ』は一旦会話を区切る。ため息をつき、自らの胸を指差す。


「さっきから何度も試してるんだが、どうも龍とのコンタクトが一切とれない。あいつが寝てるからとか、そういうのじゃねぇ。寝てるなら寝てるで、そういう感じはこっちにも伝わるんだ」

「……じゃあなんだ? お前たちは今現在、交代ができないでいるのか?」

「そういうことだ。治る見込みもないし、原因も不明。わかっているのは、兼六園跡地にいた時がその境目だったってことだけだ」

「……いや、ちょっと待て」


 青島は懐疑心を抱きながら片手で制する。


「お前たちが意識を失ったのは何時だ?」

「大体……5時ちょい、つったとこか」

「今は7時だ。お前が気絶している間に境目があったという可能性もあるだろ。そうなったら原因究明は難しいぞ」

「いや、それはないな。あの時、『俺たち』のリンクにズレが生じていた。龍の声が所々、ノイズのかかった無線通信みたいに聞き取れなかったんだ」

「それが……原因?」

「いや、これは異変の一端……例えるなら初期微動だ」

「そして、今が主要動……か」

「あぁ」


 『タイガ』はベッドから降り、手近な机の上に置いてあった小さな菓子を口に運ぶ。


「とりあえず青島、お前はあいつらのとこに戻れ。余計な心配をかけさせるな」

「ならお前も一緒に行くぞ。『タイガ』だけのからだじゃないんだから、飯は食っとけ」

「……そうだな」


 2人は部屋を出た。

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