episode82
色々ありながらも、海水浴イベントは無事に終わった。一同はレンタカーを走らせ、夕方には旅館に到着していた。
「まさかこんな短期間で2回も旅館に泊まるとはねぇ」
戸田は満面の笑みで呟く。彼女が期待しているものが何かは直感でわかった。
「戸田さん、言っときますけど神野さんと2人部屋なんてダメですからね」
「えぇ⁉︎」
傷裏の勧告に戸田は驚愕した。やはりそのつもりだったらしい。
「ちょっと傷裏⁉︎そんなの聞いてないんだけど!」
「当たり前じゃないですか。お2人で旅行に来たなら止めませんが、ここには他に何人もいるんですから、不純行為は認めませんよ」
「不純行為って何さー……そんなオブラートで包まずに直球で言えばいいじゃない。例えば……」
「誰かそいつの口止めろ!」
傷裏のキャラ崩壊など気にしない怒号に反応して女子一同+神野が急いで戸田を制する。これだから常時官能系女子は困る。作品の年齢規制が上がってしまうではないか。
皆に制止された戸田であるが、その程度で彼女の欲望……基崎風に例えれば色欲が止まることはない。
「じゃあ私とヒロちゃんは新しく別の部屋とる! これで文句ないでしょ!」
「確かに文句はありませんが、この旅行、結構なお値段しますがよろしいのですか? 市原さんが部屋を予約してくれたから僕たちはタダで泊まれるのですが?」
「うっ……」
これには戸田も反論することができない。タダより安いものはないのだ。
「……わかったわよ、従うわ」
「それは何よりです」
戸田は渋々了承した。
「さて、まずは荷物を部屋に置いて、そこからご飯だけど……時間が大分あるね」
旅館の人の話によると、ご飯は1階の大広間で振舞われるので、7時に集まればいいらしい。現在の時刻は5時半。まだ随分と時間がある。
「じゃ、私は先に温泉に入るが、誰か一緒に来るかい?」
「じゃあいっそのこと、もう全員で入っちゃいましょうよ」
室井と黒崎によって、一同は温泉に入ることとなった。
カコーン。
ししおどしの小気味いい音が鳴る。
「温泉とかいつ以来かな、福岡の時は個室の小さなバスタブしかなかったからね」
「ですね。やっぱ日本人は温泉ですよ」
神野と傷裏が会話しながら温泉に浸かる。温かな湯が全身を優しく包み、安らぐような気分になる。
「傷裏、さっき看板見たけどここの露天風呂って色々効能あるらしいぜ」
「効能って……唐沢君、そりゃ露天風呂なんだから効能ぐらいあるでしょ」
「いやいや、これがまた結構変なのが多くてさ、頭痛、腰痛、肩凝り、冷え症、筋肉痛、リラックス効果……」
「全然普通じゃん」
「ダメージ回復、被ダメージ軽減、攻撃力上昇、防御力上昇、消費MP軽減、アイテムドロップ率上昇……」
「RPGかよ!」
1回の使用で得られる効果が異常に多い仕様であった。おそらく旅館の職員の趣味で書き入れたものだろうこの解説文であるが、当然、リアルの温泉にそんな効果はない。一体何をドロップするというのだろう。
「ところで傷裏よ」
「ん?」
「男女入り混じった温泉イベント、かつ女子一同は誰もが羨むレベルの美女揃いだ。これはわかってるな?」
「うん、それで?」
「おいおい、俺が何を言いたいか、わからないわけじゃないだろぉ?」
唐沢の表情がやたらとウザい。妙にフレンドリーであり、確実に『よからぬこと』を考えている顔だ。
「ここまできたら、やるしかないだろ」
「え、何を?」
「覗き、に決まってんでしょうが」
ゴンッ。
唐沢の頭上に傷裏の鉄拳が降り注いだ。
「いっつぅ……いきなり何すんだ!」
「何、はこっちの台詞だよ! 一体何考えてんのさ! バカ⁉︎」
「バカじゃねぇし! バカじゃねぇから! てか殴んなよ! お前自分の力の強さ少しは自覚しやがれ!」
「話逸らそうとしてんじゃないよ! それはさすがに殺されるよ⁉︎ ねぇ市原さん!」
「え、俺?」
突如話題を振られてポカンとする市原だが、それはすぐに苦笑に変わる
「いいんじゃねぇの? どうせ減るもんじゃないし、そういうのは若いうちにやっとくに限るんだよ」
超放任主義だった。市原はもう使い物にならないと判断した傷裏は最後の砦である神野に助けを求める。唐沢が覗くということは、彼の彼女である戸田の裸体も見られるということになる。彼氏としてそれは嬉しくないだろう。
「……もう彼、何言っても聞きそうにないよね、残念ながら」
まさかの神野まで撃沈だ。こうなればもうどうすることもできない。唐沢は満足そうな顔で露天風呂まで向かう。
「さて、一体どんな素敵露天風呂が堪能できるの……ってウェァ⁉︎」
露天風呂に通じるドアを唐沢が開けた直後、彼は恐ろしい表情で急速後退した。まるで化け物でも見たような。
それを不審に思った傷裏は湯舟から上がり、唐沢の視線の先に目を向ける。
愕然とした。
まさに化け物が、そこにいた。
少なくとも人間である。
ただし、ここにいることは絶対的にありえない存在だ。
「何やってんですかぁ⁉︎」
少々広いといえる露天風呂。
その温泉に浸かっていたのは、『性別上』ここにいるべきではない人間。
室井静香であった。
彼女は自らのナイスバディを隠すことも、さらに恥じらうこともなく、堂々と居座っていた。
「ん? おぉ、傷裏君ではないか! 君が来るのを待っていたんだよ!」
室井は傷裏の存在に気づくと目を輝かせ、恋する乙女のようなノリでジャンプ。このままでは傷裏に抱きつくことが想定された。
よって、傷裏は目の前のスライドドアを閉めることでそれを阻止、彼女は扉に思い切り衝突した。
「傷裏君、痛いではないかー。ビックリしたではないかー」
「ビックリしたのはこっちですよ! なんで男風呂にいるんですかあなたは! てかどっから入ったんですか!」
「どこって聞かれれば……あっち」
指差されたのは露天風呂の男子エリアと女子エリアを隔てる高い岩山だ。よじ登ることも一苦労そうなあれを彼女は登ってきたという。
「何がしたいんですか……」
「君みたいなショタを探しに来た。私はトレジャーハンターならぬショタラーハンターなのだよ」
「語呂悪っ⁉︎」
「毎回そんなハイテンションでツッコミをできる君には感心するがね、傷裏君。1つ君は大事なことを忘れているよ」
「あなたがその裸体を早く隠すこと以上に大切なことがあるんですか?」
室井は未だに裸体を隠さない。おっぴろげである。さすがにそれを直視することはマズイので、傷裏は赤面して目を逸らしている。
「傷裏君、君は今自分が晒している姿を自覚してもいいと思うのだが?」
「え? じ……ぶん…………あ」
室井の登場がショッキング過ぎてそこまで思考が回っていなかった。
ここは温泉だ。つまり……。
傷裏は室井に、思い切り裸体を晒していた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
赤面ここに極まる。全力の速度でタオルを腰に巻き、一瞬にして圧倒的な距離をとる。バトル漫画並みの速度だ。
対し、室井は笑顔だ。満面の笑みだ。
「いやいや傷裏君、いいものを見させてもらったよ。いや待てよ、いっそのこと教えなければもうちょっと拝見できたのか?」
「あなたはなんでそう堂々としてるんですか! 少しは恥じらいをもってくださいよ!」
「恥じらいなど既に捨てた。私にもショタラーハンターのプライドがあるのでな」
「そんなもの今すぐ捨てろ!」
またキャラ崩壊だ。
数分後、室井は渋々女子エリアに帰っていった。残酷過ぎる嵐はようやく退散してくれた。これほどの衝撃はそうそうない。
嵐が過ぎ去った後、唐沢は呟く。
「覗きをされる人間の気持ち、わかった気がする……」
やる側からやられる側に移ったことで、反省を覚えた唐沢であった。




