episode80
そんなこんなで20分後。
海辺に見える6つの影。戸田チーム、青島チーム、そして黒崎&室井チームだ。彼ら彼女らは楽しそうにキャッキャとはしゃいでいる。
そんな様子を、傷裏はビーチパラソルの下で見ていた。その左右には柳沢とアウラ。市原は用事があると言ってどこかへと行ってしまった。
その傷裏であるが、今はミンチになっていた:黒崎による無慈悲で正当な制裁を受けたせいだ。以前黒崎と手合わせした時からわかっていたが、彼女の身体能力は普通じゃない。
本当は今すぐ一団に混じってエンジョイしたいものだが、身体的ダメージが酷いためまだ立てそうにない。
「柳沢さんは皆のとこに行かなくていいの?」
「私はいいや。運動苦手だし」
「そっか……アロラさんは?」
「…………」
「面倒だからヤダ、か……。2人ともさ、もっとエンジョイしない?これじゃ立案者の僕の顔が立たないよ」
2人は動く気配を見せない。なんともいえぬ微妙な空気が一帯を包み込む。
「やっほー傷裏、元気してる?」
そんな空気を壊しながらやってきたのは戸田だった。その後ろから一同が戻ってきたが、その中に神野と唐沢、それに青島もいなかった。
「ヒロちゃんたちはすぐ向こうの海の家でヤキソバ買ってくるってさ。あ、ちゃんと傷裏たちの分もあるから大丈夫よ。そろそろ時間だしさ、一緒に昼食とりましょ?」
そんな解説をしながら、戸田は柳沢の後ろにスッと座る。
そのまま、ゆっくりと、戸田の両腕が上げられる。
そのまま……。
「ひゃうっ⁉︎」
柳沢の胸部をハンドでゲッチュした。
「……なるほどなるほど。青島ちゃんが近くにいるせいで気づきにくいけど、柳沢ちゃんも十分スタイルいいわよねぇ……」
「ちょっ、何やってんですかぁ⁉︎」
柳沢のテンパりをよそに、戸田は神妙な表情で思案に耽る。
「何もサイズがでかいだけが問題じゃないのよね。1番大事なのは形よ形。柳沢ちゃんこれかなり凄いわよ? いい素材持ってるわね」
「そ、んな……やめっ……」
中の上ほどのサイズを誇るソレを強く、かつ優しくマッサージ(という名の何か色々マズイ行為)される。
「いいなぁ、若いって。私だって昔はもっとツヤッツヤの肌だったんだけどさぁ……あぁ、歳とるって嫌になるわ」
「いや……だから……ぅ……」
もはや戸田の愚痴になっていた。柳沢はそんなものを聞く余裕はなく、ただただ慌てていた。
「ちょっ、戸田さんストップ!」
これはさすがにマズイと判断した傷裏は戸田の頭に軽くチョップした。軽めとはいってもそれは傷裏主観の軽めであり、実際の威力はかなり痛いに相当するものであった。
「痛っ⁉︎ 傷裏、一体何するのさぁ!」
「それはこっちの台詞ですよ! 何やってくれちゃってんですかあなたは! それじゃ色々と危ない中年おっさんと一緒じゃないですか!」
「えぇ〜、いいじゃないこれぐらい」
「どこがこれぐらいですか! 度が過ぎてんですよ!」
「でも柳沢ちゃんは拒否ってないわよ? ね、柳沢ちゃん?」
「…………うぅぅぅ」
柳沢は答えることなく、傷裏の後ろに隠れて警戒の意思をうなり声で表す。まるで猫だ。
「ほら、完全に嫌われてるじゃないですか」
「そっか……残念。まぁ時間はあるからその間にねぇ……ふっふっふー」
「その悪質な笑みを今すぐやめてください」
そんな感じで、一同は平穏に時間を過ごしていたのであった。
さて、平穏という前置きをしたことはフラグを建てるための対比対象であり、こちらは平穏とは言えない状況だった。
そう、海の家に向かった3人が……。
「だから青島! お前何度言わせればわかるんだよ!」
「冬夜こそアタシの話聞いていたのか⁉︎ ここはアタシの意見に従うべきだろ!」
「あのー……2人とも落ち着いてだね……」
海の家。そのレジカウンターの前にて、唐沢と青島は激論を繰り広げていた。言い方を変えれば喧嘩だ。それもいつものような安っぽいものではなく、重厚で濃密な会話劇に他ならない。
「これだけは絶対に引かないぞ! 譲歩するとしたらお前だ青島!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやろうじゃないか! それにしても冬夜、譲歩なんて言葉よく知ってるな、意外だな」
「バカにしやがったなてめぇ!」
「バカにしたんだよ。だからお前が譲歩するんだ!」
「理由になってねぇよ!」
「ねぇ……ちょっと……2人とも?」
2人の喧嘩を止めようと神野が仲裁に入るが、そんなもので止まる2人ではない。レジカウンターの前での事態なので後続に人がつっかえているのだが、そのことすら気づいていないらしい。
「ねぇ、神野さんはどう思います⁉︎」
「俺が正しいっすよね、神野さん⁉︎」
「え、僕⁉︎」
突然話題を振られて困惑する神野。
2人はそんなことは気にせず、自身の意見を率直にぶつける。
「ヤキソバはこの肉盛りセットですよね⁉︎」
「ヤキソバはベジタブルセットっすよね⁉︎」
前言撤回。彼らの討論に重厚も深みもない。恐ろしく単純でバカで安っぽい会話劇だ。
この10分ほど、2人はレジカウンターの前で周囲の迷惑も顧みずにこのような低俗の喧嘩に勤しんでいたのであった。
「冬夜お前バカか⁉︎ 皆遊んで疲れてるんだよ! こんな時は肉食ってスタミナ回復するべきだ! 皆そう思ってる!」
「バカはそっちだ青島! お前はいっつも肉肉肉肉ばっかでさぁ! 少しは野菜取れよ! ビタミン必須コレ絶対!」
「ていうか2人とも……外見と好みが見事に正反対に走ってるよね……」
なぜ『初見なら』清楚系女子に見える青島が栄養バランス崩壊真っ盛りの肉食系で、『初見なら』不良系男子に見える唐沢が健康状態良好のベジタリアンなのか。これはある意味正反対過ぎるゆえに似ていると言える。
「野菜ばかり食べてるからお前はそんなヒョロヒョロなんだよ! ちょっとは肉つけろ!」
「肉ばっか食ってるからそんな脂肪が一極集中するんだろ⁉︎そんなにそのビッグが嫌なら野菜食え! 世の中のA級女子に失礼だ!」
「それ野菜と関係ないだろ!」
「それ肉と関係ないだろ!」
いつもは唐沢に強く発言することができない青島であるが、食事に関してはまるで別人のように変質する。それほど肉に拘りがあるのだろう。
「あの……ちょっと……」
神野は後続の人の列に目を向ける。本来このような場合、彼らは怒ってもいい。むしろ怒るべきだ。
しかしなぜか、彼らは悲しげな表情になるだけでそれ以上は何もない。彼らに恐怖しているのだ。あの威圧的な剣幕に、大の大人が退いている。
「ねぇ……だったら肉盛りを5つ、ベジタブルを5つにして、皆が好きなやつを選ぶ方式でいいんじゃない?」
「いえ! それじゃ納得できません!」
「そうです! これは俺たちのプライドの問題でもあるんです!」
どうやら和解は不可能らしい。それを悟った神野は未だにガミガミ言い合っている2人をスルーしてカウンターまで移動する。
受付の店員は迷惑そうな顔をして……いなかった。今にも泣きそうな表情を浮かべている。その意思を読むことも簡単だ。
『この客、もうヤダ……』
諦めきった、絶望の底の意だ。ここで店員の名誉のために補足しておくと、彼はこの騒動を収めようと頑張ったのだ。何度も制止を促したのだ。しかし、その度にあの凄まじい覇気に圧倒され、今に至る。
(店員さん、お疲れ様でした)
神野は心の中で勇者に敬礼を送り、そんな勇者に優しく微笑。
「ヤキソバ、ノーマルで10人分、できれば多くを持ち運べるトレイも一緒にお願いします。あと、できれば運ぶのを手伝ってくれるお方を1人」
光が射し込んだ。
結果、一同は青島と唐沢を放置して昼食をとった。彼らが疲れたという理由で喧嘩を止めたのは、それから30分後だったという。




