episode77
「ということで、どこか皆で泊まれるホテルを手配できませんかね?」
旅行計画を話し合った日の夜、傷裏はテレビ電話をかけていた。
対談相手である市原は、心底めんどくさそうな顔で傷裏を見る。
『……なぜ、そこで俺が出てくる必要があるんだ?』
「やはり皆で行くとお金がかかるんです。それに今の時期ってお盆休みじゃないですか。つまり旅行客が多いんでホテルも予約取れるとこが少ないんですよ」
『ということで、俺に白羽の矢が立ったわけか……』
「市原さんの管轄のホテルって国内にいくつもあるんですよね? だったらその内の1つのホテルで9名分の予約を取ることも可能じゃないですかね?」
『それって職権乱用……っておい、待て』
市原は引っかかったことがあるようで、会話を一旦区切る。
『なぁ龍、お前今9名って言わなかったか?』
「えぇ、言いましたよ。僕、黒崎さん、青島さん、柳沢さん、唐沢君、アウラさん、戸田さん、室井さん、市原さん」
『いやいやいや、待て待て待て。なんでサラッと俺の名前があるんだ』
「あ、大丈夫ですよ。戸田さんと室井さんにはちゃんと了承貰ってますから」
『いや、別に他の大人の話をしているんじゃなくてだな……』
「あ、そういえば戸田さんが『行くならヒロちゃんも一緒にー』とか言ってたので10人ですね」
『だから待てっつってんだろうが!』
電話越しで市原の疲労の息が聞こえてくる。
『あのなぁ……若い男女が入り混じる中に中年のおっさんが1人混じるのはどうかと思うぞ?』
「大丈夫ですよ。市原さんはその髭を剃ってツナギを脱げば外見上は若いですから」
『いやしかしだな……』
「それに、市原さんがいれば安全ですし」
『安全?』
「旅行先、実は石川県なんですよ」
静寂が訪れた。
石川。
その単語がキーだった。
『おいおい……あそこはお前にとって優しい場所ではないだろ。別の場所にしてもらうように頼まなかったのか?』
「いえ、どっちにしろいつかは行きたいと思っていましたから」
『…………なんだと?』
「今回の旅行を機に、僕はあの事件をもう一度調べてみる必要があると思うんです。ですが、彼女たちを巻き込むわけにはいかない」
『だから、俺に頼って安全性を高めた……か』
「どうでしょうか?」
『むぅ…………』
しばらく悩んだ後、市原は小さなため息をつく。
『わかった、石川のホテルを1つ手配しておこう。場所は金沢でいいな?』
「はい、ありがとうございます。あ、旅行は行き当たりばったりの無計画なんでそこんとこ覚悟しといてくださいね」
『だから俺は行かないっつの!』
「ははっ、まぁ出発は4日後なんでそこんとこよろです」
『急だなおい! てか俺の権限にベッタリ頼りかよ! お前少しは人の話を……』
話が長くなりそうだったので、傷裏は一方的に通話を切った。
「……ふぅ」
一息つき、傷裏は椅子に体重を預ける。
ここは傷裏の部屋である。同居人である黒崎と戸田は一緒に風呂に入っているためしばらくは上がってこない。
数秒の休憩の後にPCを開き、あるデータフォルダをクリックする。3重のパスワードを入力してロックを解除する。
それは2年前、石川県の兼六園で起きた『兼六園焼失事件』の極秘資料だ。傷裏が東郷によって軍属化する際、傷裏が条件として要求したものだ。
焼失と言われているが、実際は爆発テロだ。その被害の範囲は兼六園に限定されていたためそれほどではなかったが、問題は被害人数と爆発の規模だった。
あの事件の被害者で生き残ったのはごく少数であり、あの日あの時、兼六園を訪れていた人間のほとんどは死亡、兼六園はその原型を失った。
あの事件は地元民だけでなく、全国的に人々を震撼させたものだった。
「これといった情報はない……か。これってつまり、軍でも全貌を把握できていない証拠なんだよね……」
『あのジジイが提供した情報がそもそも本物かどうかも怪しいぞ? あいつがお前を騙してるか否かじゃなくて、あいつが知っていい情報か否かの話だ』
『タイガ』が独り言に介入する。思考で会話するのも面倒だ。周囲に人の気配がないことを確認し、傷裏は声で相棒と会話する。
「……大佐ですら知り得ないもの、か。そうなると、相当上が関わってくる話なのかな」
『軍や政府程度の括りでまとめていいもんかは不明だがな』
軍や政府。
それよりも、上の存在。
それこそ、フィクションでしか見ないような『世界を陰で操る黒幕』というものが該当するのだろうが、さすがにそれは思考が飛躍し過ぎている。放棄だ。
『……今更だがよ、龍。お前はあの事件の犯人をどうする気だ?』
「殺すよ」
返答は早かった。
恐怖を感じるほど、即答だった。
悩みや自問など、欠片もない。
「僕は犯人を殺す。仮に犯人が大企業の社長でも、病で床に伏せていても、ヨボヨボの老人でも、僕は殺すよ。それが僕のすべきことだから」
『お前はそんな……ドス黒い私情にまみれた殺しを行った手で、仲間の手を握ることができるのか?』
「その時は、僕は皆から離れるよ。彼らと手が触れることがない場所まで去るよ」
『そんなことすれば、お前は仲間を守れなくなるぞ?』
「…………」
『何も、復讐をするなとは言わねぇ。ただ、その結果を変えろと言っているんだ。殺すことだけが復讐じゃねぇ』
「……もう、後戻りをする気はないよ」
『タイガ』の懇願も、傷裏には届かなかった。
それは、一種の脅迫観念。
自分の感情を、変えることができなかった。
自分のため、という感情すらもはや有るのか無いのかわからない。
「だって……そうじゃないと、僕は……生きる意味を失っちゃうじゃないか」
呟く。
無意識に。
ここまで至った、たった1つの原因を。
「家族は……僕を庇って死んだのに…………」




