episode74・悲願と破壊
発砲。
アウラが躊躇なく撃った弾丸。
数は2。
その両方が、発砲音の直後には2人の男女の脳天を貫通、破壊した。
「なっ……⁉︎」
クーシが驚きの声を上げるが、それを無視したアウラがさらに2度発砲。
さらに2人の女性が死亡。残るは屈強な男が2人。
当然、向こうが何もしないわけがない。男たちはそれぞれの人質である戸田と神野に拳銃を突きつける。
その動作は遅かった。既にアウラは動いていた。地を高速で駆けながら跳躍、両太ももで男の首をホールドし、骨を折って絶命させる。
その間にダーウィンを構え、男を股で挟んでいるという奇妙な状態のまま発砲。最後の1人もまた絶命した。
男のホールドを解いて着地したアウラは、その銃口をクーシに向ける。彼はこの一瞬で起きた惨劇に驚愕し、情けなく尻もちをついて倒れていた。
「……これで終わり」
「……マジかよ。お前、今殺した奴らが誰かわかってんだろうな? 俺やお前と同じマッド隊、つまり同類であり、仲間だぞ?」
「……わかってる。でも、今僕が守りたいのは、彼女たちだから」
「……そうかい、クソッ。……さて、これからどうする? お前は俺の中位権限コードが欲しいんだろうが、そう簡単に俺が渡すとでも思っていないだろ。俺としても、あのシステムを破壊させるわけにはいかねぇんだ。俺のこれ以上の進化ができなくなるからな」
クーシはその場で寝転んだ。降伏のサインだろう。いつでも殺せるが、情報を聞き出すまでは殺すわけには……いや、待てよ?
何か、ズレている。
アウラとクーシの会話劇の中には、確実で大きな矛盾が存在する。
(……そういう、こと)
アウラは理解した。
矛盾を。
そもそも、中位権限コードの必要性の有無を。
「……変じゃない?」
「あ?」
「……君たちの目的はレクイエムの奪取、もしくはその破壊。でも、変じゃない? 初期の計画では、帰りの旅客機に乗った僕たちを爆破し、レクイエムごと葬る計画だった。なぜそれをしなかった?」
「……言っただろ? お前が仮にルートを逸脱した進化に目覚めることを避けるため……」
「そもそも、僕の生死は関係ないじゃん。レクイエムを破壊すれば、後はどうとでもなる。僕が生きようが死のうが、僕という存在はあなたたちにとって脅威にはならない。個人で国を相手取ることは不可能、さすがにわかってる」
ではなぜ、爆破作戦は行われなかったのか。
しなかったのではない。
前提として、できなかったのだ。
「レクイエムは、破壊してはならなかった。いくらセカンドというサブストックが存在しようと、互いは同格でリンクしたもの同士。片方が破壊されて、プログラムが無事で済むはずがない。指揮系統を失った軍隊は統率性を失い、瓦解していく。チェスでキングが取られたら終わりなのと同じ」
「……それだと、わざわざセカンドを作る必要はなんだ? どうせオリジナルを回収するなら、そんなものは金を無駄に食うだけの害虫だ」
「それは……アレのためでしょ?」
アウラは、今まさに海上で激闘を繰り広げているハルファスとアースガルズを指差した。
ハルファスの両足からキマイラが展開、アースガルズの両翼を溶断するも、翼は一瞬にして再生し、すぐに行動を再開する。
翼のはばたきでハルファスはバランスを崩される。拳の1発1発が回避地点を予測して放たれ、装甲をじわじわと抉っていく。敗北は時間の問題だ。
「僕が部隊にいた頃、アレはいなかった。でも、新しい進化個体を作り出すにはレクイエムが必要となる。だから作る必要があった。金を食う害虫だとしても、僕からレクイエムを安全に回収するには必要だった。違う?」
「…………」
「そして多分アレはレクイエムセカンドの情報的補助を受けることで何とか形を保っていられる程度の失敗作。だって、あそこまでの進化個体、そう簡単に作れるものじゃない。もしこの仮説が正しいとすると、僕のレクイエムを壊せばアレは自壊すると思うんだけど……仕方ない、壊すか」
「おい、バカなことはやめろ!」
クーシはアウラに飛びかかるが、それらは軽くかわされ、無様に顔面から倒れた。
「おいアウラ! お前、自分が一体何をしようとしているのかわかってるのか!」
「わかってる。これを壊せばマインドコントロールは解除され、苦しんでいた皆は自由を得る」
「法的にその存在が認められていないモルモットが世に出たとして、その未来に光があると本当に思っているのか! 学歴も戸籍も知り合いもいない奴らが、平穏な生活なんてできるものかよ!」
「心配ない。行き場のない進化個体たちは全員、市原さん管轄の地域で職と住まいを与えてもらう契約になっている」
「お前はいいのか! 今以上の力を欲しいとは思わないのか!」
「僕は……」
レクイエムのUSBメモリを振り上げる。
過去との決別のために。
彼女の戦う理由のために。
「もう化け物だから、もう十分」
振り下ろす。
USBが叩きつけられた。それでは済まず、何度も踏みつける。
何度も、何度も。
USBが粉々に壊れてもなお、踏み続けた。
直後だ。遠くの空で戦っていたアースガルズに変化が起きた。
「ウゥゥゥウウアァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!」
アースガルズが激しく叫んだ。それは確実に苦痛であり、アウラの仮定を証明していた。
そこから時間を経たずして、アースガルズは全身から鮮血を撒き散らす。両翼はハルファスが何もせずとも根元から千切れ、滑空能力を喪失した巨人は海中深くへと、沈んでいった。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
そしてクーシもまた、絶望の奇声を発していた。
「お前は、お前はぁっ! お前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はぁぁぁぁぁぁっっっ! 俺の悲願をぶち壊しやがって!」
血の涙を流しながら、クーシは銃口を突きつける。
ただし、それはアウラにではない。
「どうせ俺は殺される。ならせめて、お前の仲間を殺してお前には絶望を知ってもらう!」
銃口は、アウラの横にいる戸田に向けられていた。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
パンッ。
弾丸が放たれた。
銃槍が生まれた。
そこから真紅の液体が流れ出し、小さな池を形成する。
ただし、それはクーシの放った弾丸による事象ではない。
弾丸を放ったのは、アウラだ。クーシは凶弾に倒れ、撃つことが叶わなかった。
そして標的だった戸田はというと、その場で倒れていた。
というより、倒されていた。
クーシが引き金を引こうとする前、そしてアウラは引き金を引く前。
いち早く、神野が行動していた。
戸田を弾丸から守るように、身を差し出して盾となっていた。もし弾丸がそのまま撃たれていれば、無事では済まなかっただろう。
「課長……?」
「よかった……本当に、よかった……。戸田さんが無事で、本当によかった……!」
神野の目には大粒の涙がポタポタと流れ落ちていた。
こんなこと、誰にでもできることじゃない。
神野がどれほど戸田を大切に思っているか、それは誰の目から見ても明らかだった。
「……バカ」
戸田は小さく呟いた。
その言葉は、自らを危険に晒した神野に叱責するように。
それと同時に、そこまでしてくれる神野に感謝の意を伝えるように。
「…………」
アウラは何も言わなかった。目の前に転がるクーシの遺体を見つめ、踵を返す。アースガルズのこともあり、少し目立ち過ぎた。ここでこれ以上の長居は危険だ。
そう判断し、アウラはその場を立ち去った。




