episode63・ハイタッチと脱走
アウラがシミュレーション機から出ると、戸田黒崎両名が笑顔で待ち構えていた。曇りのない純粋な笑顔だ。
「ヘーイ!」
戸田が手を上げて何かを構えるポーズを取る。黒崎も控え目だが同様に手を上げる。
アウラがわけもわからず首を捻ると、戸田はアウラの両手を掴んで同じように両手を上げさせた。
パンッ。
アウラの両掌が戸田の掌に強く叩かれた。いわゆるハイタッチというやつだ。戸田が満足気に1歩下がり、新たに前に出た黒崎が弱めにハイタッチを行う。
それでも何が起きたかわかっていないアウラに、痺れを切らした戸田がガックリと頭を落とす。
「アウラちゃん、少しは勝利の余韻に浸るとか、勝利の美酒を味わうとか、そういうのないの⁉︎ あの化け物コンビに買ったんだよ⁉︎ もっと喜ぼうよ!」
勝利の余韻や美酒と言われれば、アウラはそのモードに突入していた。戸田の言う通り、あの傷裏に勝ったのだ。そしてトドメだけだが、ある程度の連携で兵藤も倒した。
戦術最強である傷裏。
戦略最強である兵藤。
対照的な2つを統べる者を倒した。
何かを成し遂げるというのは、それだけで自信に繋がる。
「いやぁ、お見事、お見事だ」
そんな様子を遠くから眺めていた兵藤が賞賛の拍手を送る。その隣には傷裏がおり、毎度同様の柔和な笑みを浮かべていた。
「あの戦略は、さすがの俺も読めなかった。まさかあの瓦礫すら布石の一部だったとは、予想だにしていなかったよ。今回の戦闘は君たちに戦略の有り様を教えるつもりでいたが、逆に教えられたか」
「あたしだってこれでも昔は部隊の隊長だったのよ? 戦略となれば、それなりにやれるわ」
「確かにな、いやはや、参ったよ……」
ふと疑問を感じた。兵藤の声がどんどん小さく、低くなっていった。見ると、戸田、黒崎、傷裏、そして外でずっと傍観していた神野すら、なんとも言えない微妙な表情をしていた。
「あの……アロラさん?」
そんな微妙な空気を打破するためか、傷裏が恐る恐る問いかける。
腫れ物に触れるが如く。
「その……頭の上のソレは、何?」
アウラは小首を傾げ、自身の頭の上のソレにポンポンと触れる。
「…………カニ」
一言、アウラは小さく口にした。
「え、カ……ニ?」
戸田は困惑する。皆も困惑する。あの兵藤でさえもどう反応すればいいか困って微妙な表情をしている。
なぜなら、アウラがカニと称するそれとは。
ウサギ。
ラビットであった。
白く耳がピンと立った愛らしいウサギが、体重を預けるような倦怠感丸出しの体勢で、アウラの頭の上に堂々と居座っていた。
「アウラちゃん、君はそのモフモフで可愛らしいウサギをカニと称するの?」
「…………」
何も言わない。ただ、首を縦に振った。
戸田はしばらくアウラの顔をジッと見つめた。おそらく傷裏のように、表情から何かを読み取ろうとしているのだろう。
要した時間は10秒。
戸田は渋い顔をしたまま、無言で傷裏に頭を下げた。ベテラン執事もビックリの見事な礼だ。
「フィンランド語ではウサギをカニと言うらしいですよ」
「マジで⁉︎」
フィンランド語は可愛いことで定評である。
「とにかく、それ、いつから乗せてたの?」
「…………」
「戦闘開始の1分前だそうです」
「なんのために……」
「…………」
「和むから、だそうです」
戸田が質問を繰り返し、傷裏の翻訳が代わる代わる行われる。
その翻訳の1つが下記である。
「ちなみにあの機内にまだいるだそうで……え?」
傷裏は翻訳の途中で疑問を口にした。
アウラの指差す方向……アウラが乗っていたシミュレーション機に一同は視線を移動させる。
ぴょこっと、シミュレーション機の中から茶色で耳が左右に倒れたウサギが飛び出す。
それを先頭に、5羽ほどのウサギが次々と飛び出してきた。種類は全部別々、中にはウサギなのに耳が短く小太りな個体もいる。
「かわいいぃぃぃぃ!」
黒崎が乙女モード全開にしながらウサギ軍団に突撃、モフモフフィーバーを満喫しに行く。
その間、アウラの無表情感情は続く。
「……えっと、今日はこの子たちに囲まれて戦っていた。だから勝てた、だそうです」
「ウサギの力おそるべしね……」
「……追記なんですが、これ正直訳したくないです」
「え、なんでよ傷裏。あんたが翻訳しないとアウラちゃんの言葉は伝わらないんだから」
「え、あ、はい……仕方ないです」
凄く嫌がりながら、傷裏は小さく深呼吸。
「ウサギかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい」
「ちょっ、えぇ、怖っ⁉︎」
アウラの表情をそのまま引用、復唱すると戸田が驚きながら身を引いた。ギャグ的なそれではなく、真面目なドン引きだ。
「誇張じゃ……ないのよね?」
「……はい、残念ながら」
戸田は改めてアウラを見つめる。微動だにしない氷の顔を眺める。
「……なんかごめんね、わかってあげられなくて」
まさかの謝罪だった。頭を軽く撫で、優しく微笑む戸田。ほほましい光景である。
そんな時。
「あ、ちょっ、待って!」
黒崎が慌てて手を伸ばす。その向こう側にいるウサギはその手をスルリとかわし、走り去る。
それを皮切りに他5羽も走り出し、ホールの出口へ飛び出した。
いざ、大海へ行かん!
ではなく。
「逃げちゃった……」
「そうね…」
ウサギの大脱走劇を見て、傷裏と戸田が呆然と呟く。
と、眺めている場合じゃない。
「これ、追わないとダメじゃない⁉︎」
最初に正気に戻ったのは戸田だった。彼女は飼い主であるアウラを見る。
が、アウラは呑気に頭に乗ったウサギと戯れていた。和む光景だが今はそれどころではない。
「アウラちゃん気づいてる⁉︎ ウサギ逃げちゃったよ⁉︎ 華麗な脱走だったよ⁉︎」
「…………」
アウラは首を傾げる。それがどうしたと言いたげに。
そこで傷裏が1歩前に出る。
「アロラさん、ウサギを捕まえないと。ここの職員さんにも迷惑がかかるから」
「…………」
しばらくボーッとしていたアウラであったが、やがてシミュレーション機に向かい、中から7つの動物用ケージを取り出した。
ここで何が怖いかといえば、ウサギ及びそのケージを運ぶ様子を誰も見ていないことである。
その内の1つに頭上のウサギを入れ、檻を閉める。
そして傷裏に無表情を向ける。
「いや、そんなドヤ顔されても……。まだ6羽残ってるでしょ?」
「…………」
「あの子たちに自由を与えてあげてほしい、じゃないよ。元々終わってからケージに戻さなかったアロラさんの責任だよ?」
「…………」
「我関せず、じゃねぇですよ」
この情景、はたから見れば完全に変質者のそれである。
「とにかく、とっとと捕まえるよ。皆も協力して!」
傷裏はケージの中のウサギを愛でているアウラを起立させ、そう告げる。
こうして、ウサギ鹵獲大作戦が始まったのであった。




