episode61・戦術と戦略
一方その頃、黒崎機と戸田機はある方向へ向かっていた。
つい数分前、2人から見て前方3キロ先に向かいミサイル攻撃が発射された。アウラの機体装備から推察して、それは兵藤のトラップによるものと考えるが正しい。
「にしても、傷裏はなんで私らを放置して撤退したのかしら?」
『多分、今アウラちゃんと交戦しているのは兵藤さんじゃなくて傷裏君だと思います。片腕を奪ったあの狙撃を脅威と感じ、最優先目標をアウラちゃんに変更したんだと……』
「なるほどね……やっぱ舐められてるじゃない、私たち」
戸田がイライラを込めて毒づく。ここまで底辺に見なされればいくら傷裏に対してでも多少の苛立ちは生まれる。
『……っ⁉︎ 危ない!』
唐突に、陽炎がクイーンビー・NEXTを強く押し出す。
その直後。
陽炎を、1条の光が螺旋を描きながら駆け抜けた。
「ちょっ、梨々香ちゃん⁉︎」
『うっ……すいません、機体がオジャンです。それより、敵を』
黒崎が咄嗟に反応したおかげで本来狙われていた戸田は無傷で済み、陽炎は右脇腹を大きく抉られ、脚部を1本失った。幸いコックピットにダメージは到達していない。
戸田は言われるままに、光が放たれた遠くのビルを見る。クイーンビー・NEXTのアイカメラではハッキリと見ることはできないが、それでも何か影が動いたのを視認した。
「梨々香ちゃんはどこかに隠れてて。私は奴を追う!」
大通りを走行しながら考える。
狙撃手であるトリックは既に移動を開始しているだろう。それでも、そう遠くには行けないと確信していた。
それは、今の狙撃を見た上での判断だ。
「今のレーザー……五月雨二式か」
詳しい製造元までは知らないが、それは日本の某武器専門企業が開発したスナイパーライフル。特徴は螺旋状のような独特なレーザーの軌跡であり、これは大出力レーザーを限界まで高密度かつ高速に仕上げた結果、レーザーがまっすぐ走らずこのような奇怪な動きになったという。
今のような軌跡のレーザーは五月雨二式だけであり、それはトリックの動きが制限されていることを示していた。
五月雨二式は大出力レーザーを照射するため、エネルギーを受け取るために外部の粒子貯蔵タンクを必要とする。それはバーバリアンが単独で運べるサイズではなく、加えて有線式だ。これでは思うように動けない。
「あ、でも……」
思い出す。昨日の夜、兵藤の対策法としてアウラが語って(当然傷裏の翻訳によって)いた。
トリックは多数の武器を運ぶためのキャリーを使うと。
もし粒子貯蔵タンクをそのキャリーで運ぶとすれば、ある程度の移動は可能か。
そうなれば捜索は一層難しくなる。とにかく近づくことができれば、狙撃を封じることができるだろうが。
瞬間、前方1.5キロ先が瞬く。それを察知し、戸田は回避運動を取る。
直後、螺旋レーザーが迸る。
クイーンビー・NEXTは寸前のところで回避に成功した。
「そこか!」
位置を把握した。再照射から逃れるため大通りから左右の細い路地に移動、それを数回繰り返すことでこちらの位置を秘匿する。
残り1キロのところ、ついにトリックを射程に収めた。うつ伏せで寝るような姿勢で大型で有線式のスナイパーライフル……五月雨二式を構えていた。
「ショット!」
移動しながら展開していたスナイパーキャノンでトリックを狙い撃つ。
同時、トリックもまた五月雨二式を照射。
2つのレーザーが交錯、そして。
「くっ!」
『むぅっ』
クイーンビー・NEXTは右腕を、トリックは五月雨二式をそれぞれ撃ち抜かれた。トリックは誘爆から逃れるために五月雨二式を捨てて後退する。
これを好機と捉え、戸田は一気に前進する。途中にいくつかのワイヤートラップが仕掛けられていたがそれらを回避、さらに加速。
『ほぉ、なかなか』
トリックは片手でサブマシンガンを発砲、それと同時にもう片方の手で何かを投擲する。
それは手榴弾型の武器だった。この距離では届かない。
が、手榴弾のグリップの先端が突如炸裂した。炸裂というよりは噴射であるが、とにかく推力を得た手榴弾は数回直線的に曲がりながらクイーンビー・NEXTに飛来する。しかも単発ではなく計8つ。
「ったく、次から次へとよく出るわね!」
後退しながらマルチウェポンハンガーを換装、BPEマイクロミサイルを数発射出、そこから放たれる多くの爆発が手榴弾を飲み込む。
『この幅広さが、俺の持ち味だからな』
爆発に飛び込むように、トリックがこちらに突っ込んできた。接近されることを想定していなかった戸田は一瞬怯むが、すぐにミサイルで反撃に出る。
「この距離ならかわせまい!」
『かわさんよ』
トリックは減速しない。そのまま加速、クイーンビー・NEXTに掴みかかり、そのまま押し込む。
近距離での爆発の前提で発射されたミサイルはトリックの後方で爆発する。
『ミサイルより早く動けばいい』
「ちょこまかと!」
トリックの顔面を殴り、なんとか拘束から逃れる。
さらにミサイルを全身から同時かつ時間差的に連続射出、逃げ場を奪う。
『それではまだ足りない』
ミサイルはトリックの眼前で爆破、ダメージを与えずに終わった。またワイヤーの類かと思ったが違う。直前にどこからか放たれた無数の鉛の礫がミサイルを撃ち抜いたのを見た。それしかない。
『君は確かに優秀だ。操縦技術、状況分析能力、高度な戦術作成能力、そして不測の事態への対応力もそれなりだ』
それなり。
最上ではない。
その言葉が戸田の心に突き刺さった。
『中途半端、とは言わないが、やはりまだ足りないな』
まるで教鞭を振るいながら生徒に教える教師のように。
兵藤は述べる。
『足りないのは戦略。さっき傷裏君に対して敢行した包囲戦、あれを考案したのは君だろう? ワルキューレと謳われた君らしくない、犠牲を覚悟した戦略だったな』
全て見通されていた。
いや、見透かされていた。
『過度の戦術を上回るために戦略が存在するんだ。しかしまぁ……戦略とはいってもそのバリエーションは様々だな。君には作戦を立案する才能があると思うんだが』
「あんたみたいな鬼才にそう言われるとは光栄だわ!」
ここで再びミサイルを一斉射出。今度は余すことなく全て。両腕、両足、装甲内蔵型、背部のBPE。全てだ。
撃ち尽くした後に残るコンテナはパージ、さらにマルチウェポンハンガーのスナイパーキャノンをも撃ち尽くし、ハンガーごと捨て落とす。
「傷裏みたいにはいかないけど!」
重荷を捨てたクイーンビー・NEXTはより素早く、より柔軟に地を滑る。
戸田は傷裏の戦闘データを閲覧したことがあった。その中に、装甲をパージするという戦術があった。それを真似た結果がこれだ。さすがに装甲をフルでパージとまではいかないが、それでも機動性は飛躍的に上がる。
多方向に設置した武器で全ての攻撃を相殺したトリックもまた追撃を開始するが、スタートダッシュのタイミングの差は戸田に優位を与える。
(あいつは武器を運ぶキャリーを持っている。んでもってさっき、私の視界にそれはなかった。でも五月雨二式を使うにはそれがいる。ならば……)
戦術的な思考を巡らす。今の攻撃で武器を失った戸田はこの策に出るしかなかった。
やはり自分らしくないとは思う。この策はかなり賭博性の強い、確実性の薄いものだ。
そうでもしないと勝てない。
脅威を感じざるにはいられない。
加速し、大きく回り込み、ついにキャリーを見つけた。
予想よりかなり大型だった。無数の武器、弾薬、トラップ機器が積まれ、低速で自走している。その上には例の粒子貯蔵タンク、そしてECM発生装置もある。
「よし、あいつは巻いたか」
周囲にトリックの姿がないことを確認し、キャリーの上に飛び乗る。
そこで、変化があった。
両腕の手首から、ミサイルの安定的な運用のために廃止したマニピュレーターが内部から展開された。要は、普通の腕に変形したのだ。これは、クイーンビーをNEXTに改良した際に増設した機能である。
載せられていた1丁のアサルトライフルを手に取って確認する。フルオートに再設定、問題ない。
「ちょっと拝借しますよーっと」
さらにアサルトライフルの予備マガジンを2つ、キャリーから回収して両腰に収める。バーバリアンの大抵の武装は同型のアタッチメントを採用しているのだが、それはこういった場面で役立つ。
「最後にこれも貰っちゃうよー」
それだけでは足りず、ある兵器を複数個取り、これらは背腰部に接続。これで完璧だ。
ちょうどその時、路地からトリックが現れた。
『……泥棒はしてはいけないと、親に教わらなかったか?』
「そんなん言ったらキリがないわね」
キャリーから飛び降り、背後にアサルトライフルだけを向け、ECM発生装置を破壊する。
「あんたが言ったのよ? 戦略を活かせって」
『あぁ、言ったな』
「その言葉、活かさせてもらうわ」
舞い上がる爆炎を背に、高らかに宣言する。
「あなたを負かせてみせるわ」




