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episode50・相棒と神格

「すまないな。赤井は完璧主義者なのでな、自身の最高傑作が負けたのが許せないんだろう」


 赤井が去ってしばらく。職員たちが機材の後片付けをしている時、兵藤は傷裏たちにそう言った。

 擁護、とはまた違う。

 心底申し訳なさそうに。


「君たちには驚かされた。俺はあの15分の間、君たちに悟られないように君たちの機体を観察し、武装を把握し、諸機器を把握し、性能を把握した。現に、それらはあっていた」


 正解だった。

 ただ1つ。


「最後の、そこのゴスロリ少女のブレードだけはわからなかった。あれはどこに仕込んであった?」

「…………」

「踵の装甲の中に収納してる、と言っています」

「なるほど……そうか、仕込み武器も計算に入れなければならないな。これは確実に、俺の想定不足だ。赤井には悪いことをした」


 傷裏は比喩抜きで疑問を抱いた。どうにも兵藤は赤井に対して何か後ろめたさがあるような口調を繰り返す。


「ところでだ、傷裏君」

「はい、なんでしょう?」


 不意に兵藤が傷裏に問いをかける。


「君は、本当に人間なのか?」

「え?」

「いや、すまない。気に障る言い方をしてしまって申し訳ない。だがどうしても気になるんだ。戦闘中、君はコロコロと戦闘スタイルが変貌していたような気がした。まるで、パイロットが複数人いるような……」


 背筋がゾッとした。

 それは、以前黒崎に食堂で「別の人が乗っていたよう」と疑われた時と同じように。

 『タイガ』という存在に気づくための切符を手にしかけている。

 『かけている』というのは、まだその段階には至っていないからだ。

 あくまでまだ疑念の段階だ。

 近づいているつもりが逆に遠ざかっている、という展開が起きることはないのだが、そう簡単に掴めるものではない。

 ここでふと、いや、ずっと気にある人もいるだろう。

 なぜ、そうまでして『タイガ』の存在を秘匿するのか。

 これは、単純に傷裏の個人的感情だ。基崎風に言うならば、それは傲慢というやつだ。

 『タイガ』は傷裏にとって唯一無二、文字通り一心同体の相棒だが、同時に罪の証でもある。

 罪というよりは、汚れ。

 『タイガ』が悪いのではない。これは傷裏の罪、汚れであり、それを『タイガ』という看板になすりつけているのだ。

 押しつけだ。

 傷裏は有能な人間かもしれない。他の人ではできないようなことを平然とこなすだけの能力と精神を有しているかもしれない。

 だが、有能であるゆえに万能であるとはなり得ない。

 イコールにはならない。

 点と点の個別体であり、線で結ばれない。

 だから、人に見せたくない。

 自分の裏の部分を。

 汚らわしい部分を。

 本当に、傲慢だ。


「……僕は1人です。当たり前じゃないですか。そんな器用なマネ、できませんよ」

「……そう、だな」


 訝しみながらも、兵藤は引き下がってくれた。

 聞かれたためか、傷裏はなんとなく兵藤に聞く。


「兵藤さん、赤井さんはどういう人なんですか?」

「ん?」


 なぜこんなことを、なんの脈絡もなく聞いたのか。傷裏本人にもわからなかった。

 なんとなく、気になったのだ。直感でしかないが、彼を知っておくことは今度何か、おそらく何か役立つと思ったのだ。


「どういう、と聞かれてもだな……」


 兵藤は困ったように唸る。

 ここだ、と傷裏は関係なく安堵した。先ほどまで死に物狂いで戦っていた相手と他愛もない雑談に興じることができる。

 普通の戦争ではあり得ない。

 なんだか不思議な気分になったりするのだ。

 しばらく悩んだ末、兵藤は言う。


「赤井と俺は、同僚だった。同期と言うが適切か……。皆は俺と赤井を見ると俺が上司で赤井が部下、に見えるらしいが」


 ははっ、と兵藤は優し気に笑う。


「俺たちの出会いなど諸事情は長いので割愛するが、俺と赤井は一心同体だったと言っても過言ではないかもしれん。趣味嗜好が一緒というわけではなかったが、どうにも互いが互いを理解できた。そう思ったよ」


 どこかと遠い目をしながら語られた。

 だが、傷裏が気になったのはそこではなかった。


「兵藤さん、『思った』と過去形なのは、何か理由があるんですか?」


 それを言われと、目を丸くして驚かれた。


「……普通そんなところに注目がいくものか? 正直、君が怖いな」

「よく言われます」


 笑顔で返す傷裏に、兵藤がようやくため息をつく。


「……初対面の君にこんな話をしていいものかわからないが、今の赤井は変わってしまった。狂信者とでも例えるべきか。完璧主義者なのは昔からだったが、今はそれが異常に肥大化しているように思える」

「それは……いつ頃から?」


 まるで探偵や刑事のようだと、傷裏は自分自身を嘲笑した。

 ここまで踏み込んでいいものかと不安になったが、それでも聞いておくべきと思った。


「正確な境界線はわからん。ただ2週間前、赤井と再開した時には、既に狂信者と化していた」

「長い間、会っていなかったのですか?」

「あぁ。俺が退役してから再雇用の話がくるまで、顔を合わせてはいなかった。連絡も取っていなかった」

「相棒……だったんですよね? それなのに、仕事から離れた途端に関係を失うものなのですか?」

「そう言われると辛いものがあるが、それでもその時の俺は、それが得策と信じていた」


 また、過去形。

 悔いるように。


「今から言う言葉は自意識過剰ではないと理解してもらった上で聞いてほしいんだが、どうにも赤井は俺を過大評価しているようなんだ。大仰に言えば神格化か」

「神格化……ですか」

「まぁ、あんな戦闘スタイルを見せられたら尊敬ぐらいしますよね。私が赤井さんの立場だったらそうなります」


 今まで聞き手に徹していた黒崎が話に入ってきた。


「そうだな、黒崎君。普通なら……自分で言うほど辛いものはないが、尊敬ぐらいするかもしれん。ただ、赤井は数段階上の価値観で俺を見ている」


 過大評価。

 悪く言えば価値観の押しつけ。

 自分の尊敬する相手が『こういう人であってほしい』という願望。

 さらに言い方を変えれば独占欲か。


「赤井は言ったよ。『兵藤さんに認めてもらうよう頑張ります。兵藤さんの夢を叶える』と」

「夢……?」

「あぁ。俺は退役する時、本気ではなかったにしろ言ってしまったんだ。『もう1度、あの世界に行きたい』と」


 あの世界とはおそらく、シミュレーション機による架空の戦場。

 命の懸け合いがいらないゆえに、気楽とは言わないが、安心して普段では見えない世界に行ける。

 高速で陸を滑走すること、大空に飛翔すること、銃や刃を交えること。

 それら全て、普段はない世界だ。少しばかりの高揚があっても咎める者はいないだろう。


「だから、なのだろうな。赤井にとって何よりも最優先事項なのは自身の研究だが、そのすぐ下に、俺への固執がある」


 それを理解した兵藤は、彼との断絶を図った。

 一種の親離れ子離れのようなものだ。固執する相手を失うことで、赤井の自立を狙った。


「それは逆効果だった。赤井は俺と断絶されたことを『見捨てられた』と判断したらしくてな、より努力すれば俺が戻ってきてくれると考えたらしい。それほどまでに……」


 それほどまでに。

 兵藤の与えた影響は大きかった。

 甚大だった、と言うのがこの場合は正しいかもしれない。


「俺は赤井の人生を狂わせたんだ。神格化という言葉で例えるなら、俺はあいつを悪徳宗教に入団させたようなものだ。人が人に与える影響は、計り知れない」


 しばらく暗い空気が流れたが、即座に兵藤が換気(あくまで比喩だ)をする。


「あ、すまない。赤井の話をしてくれと言われたのに、かなり脱線してしまった。心配はない。赤井は狂信的な面を除けばいい奴だ。不安がることはない。赤井は研究になると周囲の迷惑を顧みないような人間だが、決して悪人というわけではない。それを理解していてくれ」


 半ば擁護に思えてしまった。赤井を狂わせたことを悔いているからなのだろうか。


「傷裏君、他に質問はあるかね?」

「いえ、特には」

「そうか。すまないが俺は先にここを離れる。思考操縦システムを使って体に異常が起きないか検査する必要があるのでな」


 そう言い残し、兵藤は1人でその場を去って行った。

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