episode40・人間
きっと、傷裏はここで殺されるだろう。
しかし。
「チェックをかけたのは僕です」
宣言と同時、傷裏は室井を引き寄せてからすぐさま身を屈める。
直後。
無数の弾丸が真上を駆け抜けた。
クローンたちの発砲ではない 。
逆だ。
鮮血が舞い、クローンたちはドサドサと倒れていった。
銃声が鳴り止み、傷裏は硝煙の臭いで充満する一帯を見渡す。
「ありがとうございます。ジャストタイミングです」
傷裏に応えるように、周囲で紫電が生まれる。
単発ではない。多数の紫電が駆け、迷彩服で重武装の男たちが姿を現す。
ステルス。黒崎グループは人間1人1人を隠す程度の技術の開発には成功したと聞いたことがあった。
つまり、彼らは。
「傷裏君、久しぶりだねぇ。仲介人の対策会議以来かぁ」
「そうですね。よく考えたら、あの時の本社制圧作戦でもそれを使えばどうとでもなるんですね。どうりで……」
武装集団を束ねる男……利根川亡露がニヤついて答える。
「なる……ほど、な」
折り重なるように倒れたクローンの山から、息も絶え絶えな東郷が姿を見せる。状況を見るなりに、複 数体のクローンを盾にして防いだのだろう。
「黒崎グループが所有する、特殊対人部隊か。彼らとまでパイプを有しているとは……」
「正確には、彼らの上司である黒崎獅童さんとのパイプと言う方が正確ですけど」
ふと気づく。東郷は手に持った拳銃を自身の額に押し当てていた。
「……東郷さん、馬鹿な真似はよしてください」
「私の目的は、強力な戦闘クローンによってこの国の軍事力を遥か高みに上げることだった。これなら人は死なない。強大国の属国化が進んでいる日本は強大な軍事国家として安寧を得る。日本は守られる、そう、守られるんだっ。自分の故郷を守ろうとする気持ちの、何が罪だ!」
平静に語っていた東郷だが、途中からその声には震えが見え、最後には爆発した。
「私は間違っている? 知っているさ! それぐらい理解できるに決まっている! それでも、不法な道を使わなければ、この国は救えない! 弱者が強者に勝つには、正しい道だけではやっていけないんだ!」
散々叫び、やがて声に覇気は失われ、嘆息。
「しかし、そんな目的も今潰えた。なら、生きる理由はないだろう」
「新たな目的を見出せばいいじゃないですか」
「捕まってらどうせ俺は死刑、運がよくても終身刑だ。今ここで死ぬのと何も変わりはしない」
それは道理である。結局、東郷は間接的にと言えど立派なテロリスト。生易しい処分で終わるはずがない。
でも。
「自害なんて、させませんよ」
一瞬の内に投げられたナイフが拳銃を貫き、機能を喪失させた。
「確かに、今ここで死ねばあなたは辛い思いをせずに済むでしょう。なんせ何かを考えることも感じることもできないんですから」
それは向こうの都合だ。
こちらが従う義理も必要性もない。
「……あんたが」
傷裏の声色が変質する。
『タイガ』が表に出たから。
ではない。
傷裏の感情の表れだ。
「あんたのせいで、この街は甚大な被害を受けた。それを水に流せるほど、僕の心は綺麗じゃない。聖人君子なつもりはない」
東郷の掌に、傷裏は躊躇なくナイフを突き刺す。
「っっっぁぁ⁉︎」
「もう1本」
今度は右足の太もも辺りに新たなナイフを刺す。加えてグリグリと力を入れて捻る。
「っっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「3本目……」
無表情で3本目のナイフを振りかぶり、降ろす直前、背後から腕を掴まれて阻害される。
「……室井さん」
「もう……それぐらいにしてくれないか。今、殺そうとしていたぞ?」
これは自覚のなかったことだが、あのまま振りおろしていればナイフは東郷の脳天に突き刺さっていたことだろう。
「……基崎君は……」
苦悶の表情のまま、東郷は口を開く。
「基崎君は、そういった間違いを正そうとしていた。怒りに任せた過ちは、誰にでも起こりうる。それを彼は、回避したかった。それは、罪なのか?」
正しかったとは言えない。無関係の人をたくさん犠牲にしたのだ。
絶対的な悪かと問われれば、それもまた否だ。彼の求める終着点は、きっと過ちの生まれない世界だったのだろう。
それでも、と。
傷裏は宣言する。
する義務がある。
彼を否定したゆえ今がある。
自身の選んだ道を、途中でコロコロと変えてはいけない。
それは、他者の意思への冒涜だ。
「世の中は、全てが罪です。でも、罪があるから功があるんです。善があるから悪があるんです」
世の中の事象には、必ず対比がある。
光と闇。有と無。
感情と無感情。
間違いがない世界は負がない代わり、良が存在し得ない。
それが傷裏の考え。
この理論を良と受ける者も、負と受ける者もいるだろう。
それが普通だ。
それを理解してなお、自身の価値観を通す。
「僕は否定しますよ。だって……」
基崎の意見に賛同する心がないわけではない。僅かな後悔を感じたり焦燥感にふけないわけではない。
でも、否定する。
矛盾だが、理解を拒絶する。
「プラスのない人生なんて、嫌じゃないですか」
『先日発生した大規模テロ事件の続報です。事件を起こしたテロ組織「ヤマタの集い」のリーダーであるフリーの企業パイロットの基崎翔太郎、並びに組織に様々な援助を行った容疑で東郷平蔵国防軍大佐が、両名共に逮捕されました。容疑者2人は今回の事件について全面的に認めており……』
東郷との一件があった翌日、傷裏は病室の小型テレビから流れる情報に耳を傾けていた。
傷裏が入院したわけではない。黒崎の見舞いだ。幸い大事には至らなかったらしく、目の重傷も再生手術でほぼ完璧に治るそうだ。
「ごめんね、傷裏君。助けに行ったつもりが、逆に助けられちゃって。加えてお見舞いにまで来てもらって……申し訳ない」
「気にすることはないよ。今、僕たちはまだ生きている。それだけで十分じゃないか。それに、僕が入院した時に黒崎さんは毎日来てくれた。これぐらい当然だよ」
「そう……ありがとう」
互いに微笑み合う。
「ねぇ、傷裏君。根本的なこと聞いていい?」
「ん?」
「傷裏君は、なんのために戦ってるの?」
「真理をついてきたね……まぁ……僕の場合、目的は1つなんだけど」
「何?」
これはほとんどの人間に話したことがないことだが、自然と傷裏の口は動いた。
「復讐」
「……え?」
言って、しまったと思った。今みたいな淡々とした口調では何かしらの恐怖を与えてしまう。それは彼女にとってよくない。
「僕はね、家族を殺されたんだ。無差別な自爆テロで。兼六園焼失事件って聞いたことない?」
「あ……確か、未だ犯人の正体も目的も明らかになってないっていう……」
「うん、それ。僕の戦う目的はね、その犯人を見つけ出し、殺すことなんだ」
謝罪などさせる意味はない。
犯人が謝罪しようと、悔い改めようと、自らが復讐をしても、死んだ者は還ってこない。
「それでも、僕は犯人を殺す必要がある。正しいかどうかなんて関係ない。そうしないと、僕は納得できないんだ」
文字通り、正しさなど存在しない。
でも、それが意思なのだ。
それが決意だ。
誰のためでもない、自分のため。傷裏の問題。
今更、人殺しを悔いるような人間でもない。
しかしそれと同時に、他人を巻き込むまいと心に決めていた。先にも述べたが、これは傷裏だけの問題。他人がその業を背負う必要性も義務もない。
「なら、私も手伝う」
そのはずだったのだが、どうも今のはフラグだったらしい。
黒崎の目は真剣で、傷裏に要望する感情を思わせた。
「傷裏君は私を救ってくれた。2度も救ってくれた。そんなあなたのためなら、私はなんだってできる。というか、協力したい」
「……ダメだ。君を巻き込むわけにはいかない」
傷裏は自身の内情を語ったことを無意識と理解しているが、それは誤解である。彼は意識的にそれを口にしていた。それを無意識と意識的に錯覚している。
その理由は、彼女を守るために他ならない。
傷裏は黒崎と友達でいたいと、欲を出せばそれ以上の仲になりたいと思っている。
しかし、それでは黒崎を巻き込む可能性が高まってしまう。それは避けたい。それは最も危惧していることだ。
それゆえ、傷裏は自ら嫌悪されるようなことを口にし、彼女が自らの意思で傷裏から離れるように仕向けた。幸い、今の黒崎は傷裏宅を去っても、家に戻れば暖かい親がいる。心配はいらないだろうという算段だった。
その結果がこれである。
「私はさっき、救ってくれた借りとか言ったけど、そんなの実際は建前で、本当は明確な理由なんてない。あなたのために、何かしたい」
「なら命令だ、黒崎さん。僕にこれ以上関わるな。僕の醜さに絶望し、避けろ」
「断るわ。それとこれとは話が別よ」
「……絶対に、ダメだからね。君は闇から抜け出すことができたんだ。戦わない生き方を手に入れたんだ。君は、その道を歩むべきなんだ」
それだけ告げ、傷裏は部屋を後にしようと席を立つ。
「傷裏君、私、絶対あなたの力になる。一方的ともワガママとも言われても、私頑張るから」
顔すら向けず、ドアノブを回す。
「それが私の意思だから!」
「…………」
その言葉に一瞬動きが止まったが、傷裏は部屋を去っていった。
ここで1つご報告があります。
いつも3日に1話更新の本作ですが、次話からは2日に1話更新とさせていただきます。
駄文ですが、今後ともよろしくお願いします。




