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episode30・陽炎

 思考が拡がる。目、耳、鼻、舌、肌を介して流れ込んでくる無数の情報が、まるでフィルターを通ったかのように洗練、浄化され、必要な情報のみがピックアップされる。

 カブト型の攻撃。レーザー。照射数4。

 回避。

 カブト型の攻撃。両腕部の外骨格型装甲内部に内蔵されていた小型ミサイル。弾数は左右合わせて24。

 回避。


「よし、いける……」


 J型の動きが明らかに変化したのは、言わずともであるが直前に飲んだ錠剤が原因だ。

 詳細は割愛するが、これは『傷裏龍』に『タイガ』の超高度演算能力を一時的に譲渡する薬品であり、これにより傷裏の戦闘負荷は大幅に軽減される。

 新薬なため副作用などが不明瞭だが、今使わないとおそらくアレが到着する前にやられる。


「アレが来るまで時間を……っ⁉︎」


 言葉は途中で打ち切られた。予想だにしない攻撃が傷裏を襲ったからだ。

 今度は上空。敵機のベースである睦月はプロボクサーを連想させるようなスリムかつ所々が筋肉のように隆起したデザインの機体。開発企業は中国・四国に本社を置く厳島社である。

 背中に増設されているのは、巨大なクモを思わせる8本の細い足のような物体。それぞれの側面には小型ブースター、さらに機体の背部には大型のブースターがある。

 カラーは濃紺。その両腕は真っ直ぐ傷裏へ向けられ、掌から先端にブレードのあるワイヤー……アンカーが射出、J型の頭部と背部を突き刺すことで動きを拘束していた。

 加え、背中の8本足の先端から同本数のアンカーを追加射出、動きは完全に止められた。


「……あれは確か戸田さんの話にあった機体の……スパイダーとか言ってたか」


 パイロットは浪原大樹。雑誌編集社の記者を勤めていたサラリーマンだったが、第3次世界大戦により行われた大規模リストラの対象になり、職を失った。

 その後、リストラを指揮した日本に対して逆恨みを抱くようになり、記者時代に培われた情報網を利用して『ヤマタの集い』に接触、参加したらしい。

 これで確信した。今現在、この街に悲劇を運んできた襲撃者たちは『ヤマタの集い』だ。狙いは不明だ が、何か目的のためにこの街を襲撃しているのだ。


『貴公、その機体はどこの物だ?』


 スパイダー……つまり浪原から映像通信が発せられた。中途半端に長い黒髪をオールバックにまとめた30代後半の男性。鋭い目つきや口調から、中世貴族を連想した。


『軍はこの街に駐在していない。街は陸奥隊が包囲していて外部からの侵入は困難、かつ包囲網が突破されたという情報はなし。となると、貴公は何者だ?』

(陸奥隊……別働隊はまだいるのか)

『あぁ、そういえばこの街にあるんだったな。BP機関という施設は。つまり貴公は……』


 スパイダーはアンカーを格納し、それによってJ型を手繰り寄せる。


『戸田、朝垣、木村……。殺せていなかったということか……まったく、使えないと言ったらないな』


 前述したが、超演算能力は情報のフィルターだ。必要な情報のみを取り入れ、それ以外を除外する。

 つまり、これは情報の吸収量を上げるものではない。壁の向こうの情景が見えるわけではない。

 見えないものまでは、見えないのだ。


『なら、ここで我が直々に死刑に処してやろう』


 アンカーによってJ型はスパイダーの手元まで引き寄せられ、10本の指先から細く鋭い爪が現れた。

 スパイダーの両手首が高速回転、ドリルのような鋭利な武器と化す。


『我が執行人を務めるのだ。光栄に思うがいい』


 スパイダーの両腕が振り下ろされる。

 衝撃は……やってこなかった。

 いや、衝撃と呼べるものはあった。

 それは、J型の全身を拘束していたアンカーが唐突に外れ、地に向かい落下していく衝撃だ。

 それに気づいたのは地に伏した時だ。


「……え、何?」


 最初、傷裏は状況を理解することができなかった。情報が少ないため、超演算能力もこの場合では無意味だ。

 スパイダーは自らアンカーを外したわけではない。レーザーにより溶解されたのだ。

 新たな敵の誤射と考えたが、どうやら違うらしい。なぜなら、レーザーが照射された方向に1つ、味方の識別信号を発する機影がいたからだ。

 見たことのない機体だ。改造機の可能性も考慮したが、まずその機体はバーバリアンとしての前提を大きく外れていた。

 装甲の薄い純白の機体だ。腕は右腕しかなく、左肩があるべき部位には背部から伸びる多数のケーブルが接続されている。

 問題は脚部。本来あるべき人型の2脚は廃され、代わりを務めるのはX字の4脚。一見すると物体を固定する支持脚のようだが、各部の小型のブースターが等間隔かつ同数搭載されていることから移動能力はあると思われる。

 右腕に大型のロングバズーカ、両肩に4連装ガトリングを左右それぞれに2門、背部には大型のコンテナを備え、高火力拠点型の機体だと推測できる。

 しかし、一体誰が……。

 そう考えていると、アンノウン機から映像通信が入る。


『こちら陽炎、こちら陽炎。傷裏君、大丈夫?』


 知っている声だ。知っている顔だ。

 彼女は元スパイだ。彼女は天才的なパイロットだ。彼女は一大企業の一人娘だ。

 彼女は心優しき少女だ。

 艶のある長い黒髪を指で流し、傷裏の命を救った少女の名は……。


「黒崎……さん」

『助けにきたよ、傷裏君』




 黒崎グループ製陽炎シリーズ。バーバリアンの特徴である人型という制約を無視し、新たな戦略を開拓することを目的に作られた黒崎グループの新シリーズ。

 その1番機を務めるのがこの機体、陽炎なのだ。


『黒崎さん……そんな機体一体どこで?』

「前々から室井さんに頼んでたの。どうせ試作を作るのなら私がテストをやるからそれをちょうだいって。ほら、今日病院で私電話してたじゃない? あれ、陽炎が機関に運び終えた通達だったの」

『え……でも、黒崎さんは確か……』


 そう、黒崎は深雪の一件によりバーバリアンを操縦できないはず。

 それなのに、黒崎は今、平然と陽炎に乗っている。それはなにゆえか。


「うん……。ホントはね、凄い怖い。今すぐにコックピットから下りて、この場から逃げ出したい」

『なら……』

「でもね、トラウマって逃げてるだけじゃダメだと思うの。小さなリハビリ治療も大事だけど、ビビッとくるショック療法も大事なの」


 それに、と黒崎はつけ加える。

 優しい声で、溢れ出る恐怖を抑え。


「傷裏君は私を恐怖の檻から解放してくれた恩人なの。恩人が命の危機なのに、それを助ける力を持っているのに使わないのは、檻に戻るのと同じこと。だから私、頑張る!」


 陽炎がバズーカを構え、スパイダーに向け、引き金を引く。

 巨大な砲口に相応の大口径レーザーが迸る。

 回避された。スパイダーの持つ多数のブースターが高速で稼動し、余裕をもって避けられた。

 続いて、4門のガトリングの銃身が弾丸を高速で吐く。これもまた回避される。


『遅い、遅いぞ!』


 スパイダーのパイロットは機体性能を限界以上まで引き出していた。アンカーやブースターを利用した3次元的な機動は陽炎を翻弄する。

 そしてついに、スパイダーが陽炎の背後を取った。

 念を押してか、スパイダーは一定の距離を離して腰のショットガンを構えた。


『もらった!』


 ポンプを引き、散弾が空を穿つ。

 鋼鉄の鉛玉が、鋼鉄の巨人の全身を抉る。

 否、である。


『っ⁉︎』


 陽炎は回避した。機動性があるようには見えないあの図体でだ。

 いや、それは違う。

 あの機体は、下半身が支持脚といえど上半身は軽量機のそれなのだ。重装甲重武装の機体ではない。

 むしろ逆だ。普通の2足でないゆえ、X字の4脚ゆえ、通常より機体制御が安定し、それゆえ、通常より高い速度を発揮しても機体バランスが崩れることがない。

 ある意味これこそ、最も高機動を追求した機体なのかもしれない。


『ちょこまかと!』


 スパイダーから8本のアンカーが射出、陽炎を狙うが全て回避される。

 レーザーバズーカでスパイダーを誘導、回避ルートを絶ったところでガトリング。弾丸が吸い込まれるようにスパイダーを直撃した。


「……チッ」


 結果は芳しくなかった。スパイダーの背中の8本足が前面に展開され、盾の役割を果たしていたからだ。


『我の盾万物を無効化する! 我の盾を貫ける矛など、皆無だぁぁぁぁぁ!』


 浪原は高らかに宣言する。

 それとは対照的に、黒崎の反応は冷めていた。


「あんたにはまず、矛盾って言葉を教えてあげる必要があるようね」


 レーザーバズーカを構え、冷徹な目でスパイダーを見据える。


『まだ我に挑むか、面白い。我が全力をもって、貴公の矛をへし折ってくれよう!』

「…………」


 照射。

 光り輝く熱線は1秒足らずでスパイダーと接触、人間の意識が理解するより早く。

 スパイダーの胴体を溶解した。


『な、な……なぁぁぜぇぇぇぇだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 轟く断末魔を響き渡らせ、浪原の生命は断絶した。




「今のレーザー……」


 スパイダーの盾は視たところ対レーザーコーティングが施されていた。なおかつ、陽炎の放ったレーザーは低密度広範囲の極太レーザーだ。なぜ、あぁも簡単にスパイダーを貫いたのか。

 傷裏はその謎を突き止めていた。というより、超演算能力によって半強制的に教えられたという感じも否めない。


「あのレーザー……高密度レーザーを何本も結合させているのか……」


 おそらく、あの巨大な銃口の内部にはさらに細い銃口が敷き詰められており、それらが独立して極細レーザーを照射しているのだ。

 高密度レーザーの弱点は当たり判定が小さいこと、低密度レーザーの弱点は外部からの干渉に弱いこと。

 あのレーザーバズーカは、それぞれの弱点を補っているのだ。


『傷裏君、室井さんから話は聞いてる。待ってるんだよね』

「うん」

『それってあれじゃないかな?』


 陽炎が指差す先は、大空を駆け抜ける紅い姿があった。

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