episode22・兄弟
上宇治兄弟の戦法は単純だった。
阿津也が傷裏のフェニックスを狙い、克也が戸田のクイーンビー・NEXTを狙う。
完全なるワンマン戦法。
兄弟というぐらいだから絶妙なコンビネーションを予想していた傷裏にとって、これは意外以外の何ものでもなかった。
「阿津也さん! あなたのさっきの言葉、真意ですか! 弟を見捨てるなんて、本当にそう思ってるんですか!」
『あまり喋るな狗っころ。耳障りだ』
バタフライは脚部ブースターの微力噴射による軽快なステップをとり、レーザーを照射する。
回避。
対してライフルを連射するが、全て盾に防がれる。
「答えてください!」
『黙れ。敵との会話に、意味はない』
レーザー。
向かってきたそれを、傷裏は回避しなかった。
レーザーリフレクト。
Bバリアを操作、レーザーのベクトを逆転。
「クッ!」
それは叶わなかった。
レーザーはわずかに横に逸れるのみで、フェニックスの左腕を貫いて傷裏の管理下から除外する。
レーザーリフレクトは『タイガ』だからできる技であり、傷裏龍の技ではない。
よって、傷裏龍ができるわけではない。
『龍、いつまで表に居座ってるつもりだ! お前じゃそいつに勝てない!』
「悪いけど、それは無理だよ『タイガ』。僕はあの人の真意を聞く必要がある。だから、まだっ!」
加速。
右に回り込もうとすると、黒い白雪も常に対面するように移動する。
左回りに軽く加速をかけるだけで即座に反応され、背後に回ることはできない。
(なら……)
右に微弱な加速をかける。
黒い白雪はそれを瞬間的に察知して行動に出たのだが、甘かった。
「反応が早すぎるのも困りものだね!」
右への加速はフェイント。直後にフェニックスは左へ旋回して、ついに背後を取った。
だが、なのだ。
無数の徹甲弾が飛来。
「っ⁉︎」
緊急回避。
敵意の正体は当然ながらモス、上宇治克也だ。どうやらこの兄弟は、一見互いに不干渉に見せかけ、実際は互いが互いを自然とフォローしているらしい。さすがは兄弟というところだろう。
『兄さん、まんまと狗ちゃんに騙されたな。バカみたいに』
『全くだな。あぁ、お前ら狗共も笑って構わんよ。殺すだけだからな』
再びバタフライがレーザーを照射。
それをかわしながらの攻撃は、やはり防がれる。
『傷裏、どいて!』
思考を巡らす前に、フェニックスの巨体が跳躍。
直後だ。
レーザーキャノンを展開していたクイーンビー・NEXTが、バタフライを狙い撃った。
いや、『狙い撃つ』という表記は正しくない。
駆け出したレーザーはその細い砲口とは不釣り合いな、極太のレーザー。
『狙い撃つ』ではなく『なぎ払う』。
いくら盾を所持していようとも、これは防ぎきれない。
だがしかし、そんな巨大なる破壊物質は、たった1発の細いレーザーに接触したと同時に、中心から抉られた。
それは丸太を斧で切り裂く薪割りように、左右に引き裂かれ、なんの攻撃性も持たない粒子の粒へ変換された。
それでもなお直進を続けるバタフライのレーザーは、クイーンビー・NEXTのレーザーキャノンを貫く。
『ちょっ、やばっ⁉︎』
慌ててレーザーキャノンがパージされ、次の瞬間には爆散した。
「……光断、か」
『ほぉ、クソ狗でも知っているのか。かなりマイナーな技のはずなんだがな』
光断は高密度レーザーで低密度レーザーの中心を撃ち抜くことで粒子の結合組織を破壊、霧散させる高度技術。
「阿津也さん、あなたが弟を切り捨てる覚悟を持つほど、『ヤマタの集い』には価値があるんですか!」
『答える意味はない』
空間を縦横無尽に駆ける黒い白雪の頭部を狙うが、結果は生まれない。
動きは捉えている。問題は盾。上宇治阿津也の異様な反射神経の前に、ろくな成果が上がらないのは、どうにも苛立ちを生む。
「……もう、わかりました。戦場であなたに何を聞いても無意味だと理解しました」
『ようやくか、狗』
「だから……あなたを捕縛して全て聞き出します。『ヤマタの集い』についても、僕の私情についても。だから……『タイガ』!」
『了解!』
交代。
『タイガ』が前に出る。
「行くぞおら!」
明らかに、フェニックスの動きが変わった。
フェニックスから放たれる弾丸はバタフライの盾に阻まれることなく、腕、脚といった関節部を狙う。
『チッ、面倒なところばかり狙うか!』
『タイガ』が狙うのは人体構造としての弱点。かわすにしろ防ぐにしろ、人型では対応しきれない箇所は確実に存在する。
右に微量加速。
それはフェイント。
左に走るが、黒い白雪は騙されない。
『そんな手、2度は通じん!』
「知ってるよ」
左にも走らず、再び右へ加速した。
フェイントすらフェイントと化す。
2重フェイント。
『兄さん!』
またしてもモスの弾幕が乱入するが、それらを最小限の回避運動でかわし、ライフルの威嚇射撃で動きを制限する。
『あんたの相手はこっちだっつーの!』
クイーンビー・NEXTの全身から尋常ではない量のミサイルが発射された。
威嚇射撃によって回避ルートが完全にシャットアウトされたモスを、数多のミサイルが迫る。
『うっぜぇんだよ、裏切り者のくせに!』
モスは両腕のアサルトライフル、加えて背部から伸びたサブアームの持つマシンガンをミサイルに対し斉射。
ミサイルが次々と撃ち落とされる。
仕方のない話だが、それは失敗だった。
ミサイル群の中に、威力が明らかに違うBPEミサイルがあることに気づかなかったのだから。
予想以上の広範囲の青白い光が複数発生し、モスを一瞬にして飲み込んだ。
『克也! …………貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
「おぉっと」
阿津也が激昂と共に盾を用いた打撃へ移行するが、『タイガ』はそれを容易にかわし、右膝を撃ち抜く。
さらに左膝を撃ち抜くと、バタフライの体を支えるものがなくなりその場で倒れた。
『チッ、動け、動け!』
『タイガ』は追い打ちと言わんばかりに両肩にも弾丸を食わせ、できることは首を動かすことだけとなった。
「さて、阿津也さん。色々聞かせてもらいましょう」
バタフライの胴に足を置き、ライフルを突きつける。
『……俺が素直に話すとはさすがに思っていないだろう。喋っても喋らなくとも、俺の未来は死に直結された。なら、せめてこの身を呈して仲間の安泰を守るとするよ』
「そうですか。……それにしても」
『なんだ?』
「弟を見捨てるなんて真っ赤な嘘でしたね。あの時の感情の爆発が、あなたの真意でしょう?」
阿津也は大物政治家の父の元に産まれた。阿津也は国のために奔走する父を尊敬し、父もまた息子を大事に、正しく育てた。
そんな父は、阿津也が中学に上がる前日に死んだ。視察先の建設中介護施設での倒壊事故に巻き込まれたのだ。
事故、というのは誤りだ。真実は、阿津也の父の存在を疎ましく思う政治家たちによる悪意ある事件だった。
阿津也がその真実を知ったのは事件の10年後。犯行を画策した政治家の秘書が阿津也の母に泣きながらその事実を告白したことで発覚。ちょうどその頃に克也がこの世に生を受けた。
秘書は警察に証言すると言ったが、翌日に謎の自殺死体として発見された。当然、政治家たちによる証拠隠蔽だろう。ご丁寧に、証拠資料を根こそぎ消して。
結果として、この真実が世間に知られる可能性はなくなった。
それをきっかけとして、阿津也の中で何かが壊れた。
『誰かが世を正さねばならない。それを行使する者は、大切なものを捨てる覚悟を持つ、純白の悪にならねばならない』
阿津也はそう思うようになった。
そこで同じ意思を持つ友人をリーダーに据えて、『ヤマタの集い』を結成した。
『ホッとしてるんです。あなたが完全な悪人じゃないってわかって。でも、だからといってあなたの罪を帳消しにしようとは言いません』
「あぁ。わかっているさ。だから……」
コックピットの右端に悠然と居座っている赤いボタンのカバーを開く。カバーには『WARNING』の表記が。
「俺は、純白な悪だ。俺たちのやっていることは、正しい悪だ。」
仲間たちと未来を見ることは叶わないようだ。ならせめて、この狗に地獄への水先案内人を頼むとしよう。
「お前たちは走狗だ。上の使いっ走りでしかない、愚かな者たちだ」
『でしょうね』
「それを知っていながら、お前たちは走狗となるのを良しとするのか?」
『はい』
即答だった。
誇らしげに、勇ましく、少年は続ける。
『僕たち兵士は確かに走狗です。認めましょう。ですが「今」走狗であったとしても、「未来」も走狗とは限りません』
「……お前まさか、上に上がる気か?」
『いえ、違います。上がるのはあなたです、上宇治さん』
「……何?」
『僕は、走狗は愚かであるが罪人ではないと思っています。最も愚かで最も罪人なのは、走狗の使い方を誤った飼い主です。僕はソレらを叩く』
少年の言葉には重みがあった。目的を成し遂げんとする思いが。
『ですから、あなたにも協力してもらいたい』
「……弟を殺した奴らの仲間に、なると思っているのか?」
『別に、仲間になれとは言ってません。一時的な休戦協定というか、利害の一致というか、そういうものです。いつでも後ろから僕たちを狙っても構いません。最初、戸田さんもこうやって誘ったんですよ』
「…………なるほど。戸田がお前に傾いたのも頷ける。……なかなか、面白い話だな。だが……」
彼となら、本当に世を正せるかもしれない。彼にはそう思わせる何かがあった。
しかし。
「もう、退くことはできないんだ」
これは仁義だ。正義や悪程度の言葉は意味を持たない。
自らの行いが矛盾していようが、遠回りだろうが関係ない。
「俺は、仲間を裏切ることはできない。たとえそれが、間違いだったとしても!」
赤いボタンを押し込む。
それにより。
阿津也の機体が爆発、紅蓮の波が一帯を飲み込んだ。
「傷裏!」
フェニックスが炎に飲まれた。
阿津也の機体が自爆したのだ。
「傷裏! 傷裏!」
『……ぶ。……大丈夫』
ノイズ混じりに返答が返ってきた。
未だ消滅する気配のない爆炎の中から、装甲の各所がボロボロに崩れたフェニックスが姿を現す。
『……さすがのBバリアでも、0距離自爆は防ぎきれなかったか。もうこいつはダメだね。戸田さん、回収班を呼んでください。あと基地の破壊も忘れずに』
苦笑いを漏らしながら呟いた。
その声にはどこか、やりきれない思いが滲んでいるのだった。




