episode21・御三家
傷裏龍、戸田恵里の両名は、東郷の命で応接室らしき部屋に呼び出された。
アンティーク風な西洋家具や食器が立ち並び、その景観はカフェを思わせた。
「まぁお2人、座ってくれ」
東郷に促され、これまたアンティークかつ高級感溢れるソファに腰を落とす。東郷もまた長机を挟んだ反対側のソファに座った。
「戸田大尉によって提供された『ヤマタの集い』の情報を元に、我々国防が奴らの駐在基地を数ヶ所潰していることは2人
も知っていることだろう」
秋田、愛知、和歌山、高知、佐賀。
現在この5ヶ所の駐在基地、つまりは仮宿の襲撃に成功している。
しかし、『ヤマタの集い』の移動経路はリーダーが独断かつ移動の直前で決めるため、そこまでは戸田の知る範囲でなかったため捕虜となりうる人物はいなかったという。
「どこを襲撃してももぬけの殻。備蓄用の食料が置かれていたことから先回りして必要なものだけ回収しているということはないようだ」
仮宿は残り3ヶ所。その全てを叩けば、あとは籠城戦だ。どこかに確実に足がつく。
「大尉。残る3ヶ所はどこだったかな?」
「群馬、石川、広島です」
「あぁ、そうだったな。というわけでだ」
東郷が球状プロジェクターを取り出し、長机の上に置くと直上に映像が展開される。
「君たち2人には群馬駐在基地の制圧に向かってほしい」
映像は群馬駐在基地の周辺立体地図。
「群馬駐在基地は巨大な山々に周囲を囲まれた小さなガレージ群。中には大量の食料、弾薬が隠されており、ここを叩けば彼らの物資の3割は削れる、でいいんだったかな、大尉?」
「はい。また、群馬駐在基地を含む残った3ヶ所は自動防衛システムを多数揃え、制圧は容易ではありません」
「うむ。というわけで今回はバーバリアンによる少数電撃作戦を敢行する。決行は今日の21時。夜戦だ」
群馬県山岳部。
2機のバーバリアンが夜道を闊歩していた。
傷裏の機体はフェニックス。今回はアイカメラに暗視スコープを装着している。
その後ろを進む戸田の機体は、黄色と黒のコントラストが特徴の陸奥、クイーンビー・NEXTである。
『ヤマタの集い』構成員だった時の戸田の愛機、クイーンビーをBP機関によって修理改造を行ったのがクイーンビー・NEXT。全身に備わったミサイルは相変わらずだが、本機は背中に大型バックパックを積んでいる。
マルチウェポンハンガー。傷裏が考案したこの新装備は、背中にレーザーキャノン、ミサイルフレア、BPEマイクロミサイルコンテナを載せ、状況に応じて使い分けができる。
『傷裏さぁ、背中のこれ重いんだけど』
「今回はそれのテストも兼ねているんですから我慢してください。それともまたトマトを……」
「頑張ります」
傷裏が言い切るより早く、戸田は自身の身の安全を確保した。
「ところで戸田さん、『ヤマタの集い』の構成員が8人だけっていうのは本当なの?」
『えぇ。傷裏は八岐大蛇の神話ぐらいは知ってるわよね?』
「頭を8つ持つ大蛇ですね」
『そう。「ヤマタの集い」まさにそれを体現しているわけ』
「メンバー追加とか、あるんでしょうか?」
『多分ないわね。あのメンバーは創始者である3人のトップが数年かけて選び抜いた人材らしいから、そう簡単に補充がきくことはないと思う』
八岐大蛇を体現。
その言葉を聞き、傷裏はある不安に駆られた。
『ヤマタの集い』八岐大蛇の伝説をそのまま取り込んでいるとすれば必然、あの件も……。
「あの、戸田さん……」
「ストップ。一旦止まって」
不安を口にしようと思ったその時、戸田に制止されてフェニックスの歩を止める。
『ここからあと数歩でも進んだら、即刻防衛システムに引っかかる』
「それ、単調なAIによる無人兵器ですよね? そこまで心配することは……」
『そうなんだけど、ちょっとこれヤバイかもなのよね』
戸田の声が、震えていた。
『多分あそこ、人がいる』
「え?」
『防衛システムの動きがいつものオートじゃない。マニュアルが混じってんの』
コマにパラボラアンテナと機械的な羽を取りつけた物体。それが複数機、数キロ先の上空を低速で飛行していた。
「あれは確か、ECUのオープス社製自立式監視ユニット、アクラネ」
『そう。核となる司令機から届く電波の受信距離に限りがあるから私たちのいるここまでを見ることはできない。問題は、どうやって司令機を……というかこいつを操作してる誰かを潰すか……』
その時だった。
傷裏たちが身を潜めている森林をなぎ倒しながら、2機のバーバリアンが現れたのは。
片方、レーザーライフルに西洋騎士風の盾を持った黒い白雪が、フェニックスにレーザーライフルを構えた。
もう一方、カラーリングはそのままの白い白雪が、両腕に装備したアサルトライフルをクイーンビー・NEXTに向けた。
同時、それぞれの回線にそれぞれの相手が割り込んだ。
敵の2人は同時に、全く同じ台詞を言い放つ。
『死ね』
光と鋼鉄。
2つの凶弾がそれぞれを狙い、発射。
2人は反射的にブースターを最大出力で噴射、なんとか回避に成功する。
白黒の白雪2機は銃口を向けたまま距離を取る。
『ねぇ、傷裏。さっき私、「ヤマタの集い」の創始者は3人だって言ったじゃない?』
「うん……」
『あれなのよ』
「え?」
『あの黒い方が「ヤマタの集い」創始者、通称御三家の1人の上宇治阿津也なの』
既に見つかっていた。アクラネはここまでを見通すことはできないはずなのに。
考慮するべきだった。アクラネの性能拡張が施されているという可能性を。
『その機体……まさか、戸田か?』
黒い白雪(名をバタフライというらしい)のパイロット、渋い声の阿津也が意外そうに問う。
『えぇ。向こうで色々聞かせてもらったわ。あんたらが私にしたこと』
『……なるほど。全て知られたわけか』
『なぁ兄さん。感動の再会とかいいからさ、とっとと潰そうぜ? 結局戸田の野郎は、俺たちを裏切ったっつぅことっしょ?』
上宇治阿津也を兄さんと呼んだ若い声の男はの名は上宇治克也。阿津也の実の弟で、白い白雪(名をモスというらしい)のパイロットだ。
『まぁそう急くことはないんだ克也。時間を堪能しようじゃないか。どうせ殺すのだから』
阿津也から危機感は感じられず、随分と余裕を持っているようだった。
『戸田、そして赤い方の薄汚い国防に忠実な哀れなゴミ野郎』
阿津也の口調が急に豹変した。それだけで、阿津也が国防……というより上の存在に対しどれほどの憎悪を抱いているのかが明確に理解できた。
『ここで俺は、お前たちに高説を垂れる気はない。戦場ほど、人の心が意味をなさない場所はないだろう』
戦場に必要なのは、相手を上回る技術と冷静な判断力。情などというものは不要なもの。
阿津也のその意見に対し、傷裏は不快感を覚えた。
「上宇治さんと言いましたね。あなたの言葉をそのまま受け止めたら、必要とあらば仲間も見捨てるということになりませんか?」
『あぁ、その通りだ』
「だとしたら、あなたの弟もその見捨てる対象になるんですが?」
これで多少の動揺や憤怒を与えられる。
この兄弟の力の限界は不明だが、容易に勝てるはずもない。
よって、精神的攻撃を先にしかける。
しかし。
『その通りだ』
精神のブレなど微塵も感じさせないもの返答だった。
逆に、傷裏が動揺してしまった。
動揺というよりは、恐怖。
『与太話は終わりか? なら克也、行くぞ』
『あぁ、兄さん』
白と黒。
2色の白雪が地を駆ける。




